第12章 その9 クラリスの戦い4
その9 クラリスの戦い4
そんなゴラオンに向かって、特大巨人の腕が伸びます。
それを軽快な動きで避けるゴラオン・・・のハズなのですが!?
「動かない!?」
「ご主人様!その恥ずかしいマスクのせいでは?」
「まさか、こいつは・・・ぐうわあああっ!」
動きが止まったゴラオンを、巨人の拳が殴りつけました。
かぶったばかりのオレンジのマスクはその一撃で吹き飛びます。
ホント、何のためにつくったやら、と思ったのは後のこと。
「いやっ、叔父様ぁ!」
「アントォ!」
「「「「教官殿!」」」」
この時のわたしたちは悲鳴を上げるしかできません。
拳の直撃こそ不思議な光壁によって防がれましたが、大型種の拳すら上回るその衝撃に、ゴラオンは飛ばされ、地上に叩きつけられるのです。
二転三転・・・地面を転がり、ようやく停止したゴラオン。
機体に大きな損傷は・・・
「あちこち装甲がひしゃげてますが・・・まだ大丈夫に見えます、閣下。」
デニーの遠視です。
「ありがとう。でも・・・」
「いくら教官殿がご油断していたとしても」
「今の動きは不自然やったで。」
「・・・魔術種。」
「あ!それです。邪巨人を率いて「転移」してきた魔術種がどこかに隠れているんですよ!」
「じゃ、そいつがゴラオンの動きを止めたの!?卑怯だ卑怯だ!」
「・・・アント、メルちゃん助手・・・」
「デニー、「敵探知」に切り替えは出来るのでしょうか?」
「可能です、シャルノ。でも「検知妨害」を使っていると思います。」
「「迷彩」も。」
「そして位置を悟られそうな直接攻撃はしない・・・狡猾ですわね。動きを止めたのは不可視の重力魔法。」
つまりは魔術的にも、視覚的にも隠れている、ということ。
みんなは叔父様とメルを案じながらも、事態の打開すべく相談しています。
それを聞きながら、でも、わたしは両手を顔の前に汲んで、ゴラオンを見つめ続けます。
「キミたち、ここは危ない。もう避難したまえ。」
ワグナス教官とイスオルンもと主任が城壁に降り立ちます。
「わたしたちの魔力も残り少ない。「飛行」で索敵していたが、魔術種は発見できなかった。」
「「検知」でもはっきりした反応なし。それでも概ね当たりはつけたものの、もう限界です。これ以上は特定できません。」
そうおっしゃられる教官方。
それを聞いて黙りこくるわたし。
そして
「ですが、このままではフェルノウル教官殿が・・・」
「メルッちが・・・」
「ゴラオンが・・・」
「メガネの意地が・・・」
「ヘクストスの街が・・・」
「・・・アント・・・」
口々に心配をもらす仲間たちです。
「あのオモチャはともかく、中の搭乗員くらいは私とワグナスで助けにいくさ。」
「それくらいなら、大丈夫でしょう。ですから、キミたちは学園に急いで報告をしに行ってください!」
そう聞いた時も、わたしはもう何も考えられません。
「・・・閣下、何かお考えはありませんか!」
デニーがそう言うと、みんながわたしを見つめます。
ですが、今のわたしは叔父様の無事を祈り、ゴラオンを見つめるだけなのです。
「みんなは学園に戻って。教官方は叔父様とメルをお願いします。」
でも・・・きっと叔父様はお逃げにはならない。
わたしの願いをかなえるために・・・だったら。
「クラリスは?」
わたしを見上げるリトの強い視線を感じます。
わたしはその視線を受け止めることもできません。
「もちろん・・・みんなと一緒に・・・。」
「相変わらず、致命的にウソがお下手ですこと。」
「まったくや。一人でここでなにができるちゅうねん。」
「閣下!そんな覚悟がおありなら、もっとできることがあるはずです。しっかりしてください!」
「クラリスらしくないよ。」
「・・・クラリスの願いをみんな知ってるの。だから、アントもフェルノウル教官も、わたしたちも、みんなここに来たの。だからまだ戦えるなら戦いたいの。一緒に!」
「でも・・・わたしの願いで、幼いわたしの誓いで叔父様を犠牲になんて・・・」
それは許されるのでしょうか。
叔父様は昔からわたしのためなら「世界の一つや二つ」とか「僕の命なんて」とか言ってくれています。
そこにウソ偽りはないのです。
完全な本気。
ですが、それで本当に叔父様にもしものことがあれば、わたしは生きていけないのです。
「ふん。キミも所詮はただの女だ。とっとと戦場から逃げ帰るがいい。」
イスオルンもと主任!
その憎々し気な口調は、みんなの怒りを買いました。
わたしも思わずゴラオンから眼を離し、失礼にもにらみつけるのです。
しかし待ち受けていたのは小動もしない傲岸さ。
「戦場ではつねに誰かが死ぬ。何かを守るためには、自分の犠牲だけでは足りないのだよ。ともに戦う仲間が、戦友が死んでいく。しかしそれに耐えられずに、現実を直視できなくなったら、それはもう・・・ただの夢の世界の住人だ・・・あの男のようにひきこもるしかあるまい。」
長い期間徴兵されて、兵士として戦場にいた叔父様。
でもその心は未だにきれいなままで。
だからこそ戦いを憎んで。
それなのに。
「それでも、あの男が戦場で戦っている。少なくともまだ戦いを放棄していないのだろう。」
ゴラオンはとっくに立ち上がり、槍をかまえています。
泥にまみれて、巨人と比べるとなんて小さいのでしょう。
それでも雄々しく立ち向かっているのです。
「キミたちに何ができるかは知らないが、ここで、戦場で何かをしたいんなら、チャンスは今だけだ。あと2分で決めろ。」
「主任!」
「それくらいは待ってやろうじゃないか。ワグナス。私たちは戦う魔術士を育てる教官だ。ただの民間魔術師を救助するんなら別だが。」
どうする、と言わんばかりのイスオルン主任。
これが、わたしたちの厳し過ぎる教官。
女を戦場に来させないために手段を選ばなかった、優しい差別主義者。
ここで、わたしが逃げたら・・・この人の間違った主張を認めたことになるのです。
同じ主張を持つ叔父様に反論できなくなるのです。
女には戦場に行く資格はないという思想に、行ってほしくないという願いに。
ギリッ、と歯を食いしばります。
叔父様が心配です。
もし何かあったら、そう考えるだけでうずくまりたいのです。
それでも・・・戦場へいく、いえ、人々を救う、世界を守る、この大それた望みが許されるなら!
叔父様と二人で、世界の深淵に挑もうというのなら!
わたしは、あの「銀の指輪のお姫様」のように、戦えなかった自分を嘆きたくはないのです。
「風使いのお姫様」のように、ただ一人で世界の深淵に挑めるほど強くもないのです。
わたしとわたしの叔父様の、二人で歩みたいのです。
この世界の謎をとくために。
もう戦わくていい世界のために。
噛み破った口の中から血の味がします。
ふん、です。
「教官方、おおよそでいいのです。魔術種が潜んでいる可能性が高いのはどのあたりですか!?」
「「「「「クラリス!」」」」
「閣下!」
そこ!
閣下はヤメテ!
「イスオルン教官、ありがとうございました!」
イスオルン教官には、リルが「魔力供与」を使いました。
それでも上級魔術士の彼からすれば十分には程遠いのですが、わたしを連れて飛ぶくらいには問題ないとのこと。
「・・・私は別に何もしていない。考えたのはキミだし、実行するのはキミたちだ。後はあの男がどれだけやれるかだが。」
「はい。だから、わたしが行くんです。叔父様はわたしがいないとまるでダメなんです!」
接近する特大種。
そして見えないところから攻撃する魔術種。
両方の攻撃を避けるためか、ゴラオンは地上で「迷彩」を使っています。
ですが教官の「魔力検知」で位置は特定できました。
魔術種にはこれすら通じませんでしたが。
やはり「検知妨害」。
「それでは、ここで。行ってまいります!」
一度右手を下げて、右の人さし指と中指で剣印をつくり、素早く肘をはりながらこめかみにつける。
そして、いったん溜めたら前に半円を描くように戻す。
魔法兵の敬礼の動作です。
「フッ・・・あの男ともども、健闘を祈る。」
教官が御手本のような敬礼で返されます。
イスオルン教官が叔父様の健闘を祈る?
思わず笑みが浮かびます。
ですが、ここでゴラオンが勝たなくては大変ですから、当然と言えば当然ですけど。
「叔父様!叔父様っ!」
そう叫びながら、ゴラオンに走り出したわたしです。
ひたすら真っすぐに叔父様のもとへ向かうだけ。
泥が跳ねて、時々躓いて、それでも勢いを落とすつもりはありません。
そんなわたしに向けられたお声が。
「何やってんだ!キミは!死にたいのか!」
珍しく本気で怒られました。
でもそれが、うれしいのです。
「お叱りは後で。ですが叔父様とともに戦って勝つために来ました!乗せてください!」
黙りこくった叔父様にかわって、メルの声。
「え~クラリス様もお乗りになるんですか?ご主人様と生死を共にするのはメル一人で十分なのです!」
むか、です。
ですが、負けません。
「大丈夫よ・・・あなたなんかに、そんな大役わたさないから。それに生死の境なんかまだまだ遠いんですよ。わたしたちがそんなギリギリな目に遇うのは、きっともっと大きな事件の時ですから。」
少しの間の後。
背中のハッチが開きます。
そこから手を伸ばす叔父様。
お顔には、どこかにぶつけてできた青痰に鼻血を拭いた跡。
わたしは一瞬自制心を忘れ、手を取り叔父様に向かって飛びつきます。
そのまま中に引きずり込まれて、「バカ」ってつぶやかれて、そして、優しく抱きしめられます。
わたしは思いっきりしがみついていますけど。
もうかじりつく勢いです。
「叔父様!他にお怪我は!」
「もともとないから、無事って言っていいのかな?」
といって、凄惨なお顔で笑いながら、ご自分の失われたままの右腕をかるくふります。
また、ご自分の腕でそんなこと。
足元には飛ばされた際に外れたのか、メガネが落ちています。
「叔父様。これがないとデニーが心配します。」
「ありがと。しかしそりゃ、なんの心配だい?」
「さあ?・・・やはり無茶です。片腕なんて。ですから、わたしが右を操作します。」
「あぁ~そう言えば、あの時、基本操作は教えてたっけ?」
ミライの洞窟に向かう時のことです。
叔父様は操縦席に座っておられます。
わたしはその前に、叔父様の膝にお尻を乗せる形で座ります。
「はい。わたしの方がうまいって、言っておられました。」
背中はそのまま叔父様に押し付けて、なんだか甘えてるみたいです。
狭いけど、これで操縦できます。
「ちぇっ。それは基本動作に限ればだよ。だいたいあの時は慣熟運転もしてなかったんだから、今じゃ僕の方が・・・」
「それでも、何もない右腕よりは役に立ちます・・・一緒に戦わせてください!」
その間も、特大種が足元の地面をすくって、土砂を投げつけてきます。
あの大きさで思いっきり投げられると、充分に迷惑な範囲攻撃です。
受ける度にその衝撃で、ゴラオンの損傷も見えないところで蓄積されているのでしょう。
叔父様の焦りの色が見えています。
さっきまでいた兵隊さんたちは、叔父様の呼びかけもあり、かなり遠巻きになりました。
決してさっきの「メルの声」でやる気をなくしたわけではない、と思います。
叔父様は投げられる土砂を上手に避けながら、それでも忌々しく舌打ちをなされています。
「ちぇっ、イヤらしい攻撃だ・・・しかし・・・戦うにしても、魔術種のヤツ、姿を隠して攻撃、足止め、嫌がらせ・・・集団転移で魔力を消費したからなんだろうけど、イヤな手ばかり使いやがる。ほら来た!」
辺り一面がぬかるみます。
「泥生成」?
低コストな嫌がらせです、まったく!
「あんなにでかい癖に魔術まで使いやがって・・・世の中って不公平だよ。特に僕には壊滅的に厳しいね。」
「あら、わたしと出会ってからはお幸せなんでしょう?」
ドン、って勢いよく後ろに倒れるわたしです。
頭であごをこづいて差し上げます。
「やれやれ・・・キミも言うようになったね。その通りだ。泣きごと撤回!」
気持ちが伝わったようです。
うれしそうな叔父様です。
でも足元の方の座席から声。
「もう・・・お二人で盛り上がらないでください!メルは独りで乗り物酔いに耐えているのです!」
「あまり無理しない方がいいですよ、メル。なんなら吐いちゃえばいいのです。その方がスッキリしますよ?」
「ご主人様ぁ、クラリス様がメルをいじめるのです。」
「・・・頼むよ。二人とも。とりあえずどんな秘策があろうと、僕たちが突破口であることに変りはないんだからさぁ。」
特大種・・・というよりもはや巨大種・・・が次第に近づきます。
ゴラオンの「迷彩」もそろそろ時間切れ。
「新たにかけなおすという選択は・・・」
「ありません。もはやゴーレムが動くかもわからないんでしょう?この場で敵を倒さなくては、わたしたちが滅びます。」
叔父様が言いにくかったことを察してわたしが言ってしまいます。
もはや守護鋼像が動く保証はないかも、と。
だから時間稼ぎではいけない、と。
そう、覚悟を決めるのです。
「・・・キミは強いね。だけど姿を見せたら魔術種の攻撃がどっからか飛んでくるよ。」
「いいえ、その前に倒します。」
せまい操縦席です。
わたしは他の男性には決して許さないくらい叔父様に密着しています。
叔父様の胸の鼓動が聞こえるくらい。
トクトク。
その音がわたしを落ち着かせるのです。
「勝機はあります!逆方向からの、異なる波長の同一術式の行使による、一時的な空間の魔力保持機能喪失現象・・・以前叔父様が教えてくれたことです!」
あれはいつのことだったでしょうか?まだ幼かったわたしが、叔父様と二人で歩いています。
「魔術は、空間に人の意志を直接刻む行為なのですね、叔父様。」
「そうだよ。」
「では、同じ魔術を使う意志が多いほど強くなるんですか?もしも何人かで同じ魔術を同時に使ったら、何倍にも強くなるんですか?」
「いい質問だ。クラリスはドンドン賢くなるな。」
公園の池の近くで、幼いわたしと叔父様がいます。
わたしは叔父様に頭を撫でられご満悦です。
「よく使われる例えは・・・ご覧。静かな水の表面に、ほら」
「遊びで石を投げてはいけませんよ、叔父様!・・・あ?」
「そう、波紋が広がる。こういう風に。これが空間に意志が作用しているイメージだとして。」
叔父様は、もう一個石を投じます。
「あ?波紋が・・・。」
「そう。波紋同士打ち消し合って、あのあたりでは効果がなくなる。」
叔父様はメガネを一度外し、ハンカチではなく、その袖で拭きはじめます。
「違う魔術師が同じ術式を行使した場合、それが同じ術式であるからこそ、互いの意志に干渉し、打ち消し合う。まるで、同じ水面に二つの石を投げた時のように。だからその術式の効果も弱まったり、全くなくなったりする。しかも、同じ魔術を互いに、しかも全く同時に相手に向けて撃ちあったりでもしたら、その際、空間自身が一時的に、魔術の効力を消去してしまう。もしもその時、そこで別の術式が使われていたら、その効果も無効化される・・・ほんの一瞬だけどね。
もっとも集団詠唱や、中級の精神系術式「精神結合」なら、複数の魔術師が同時に唱えることも可能だ。ただし、それは精神的に波長があうもの同士でなければ使えない。・・・要は仲よくしなきゃ、ダメだってことさ。」
最後は魔術の話なのか、友達のことなのか。でもなんかいい話で終ったって記憶が残っています・・・。
「待てよ?それさぁ、結構難しいんじゃないか?だって離れた位置で撃ち合うんだよ。タイミング合わせる合図でもしたら、あのでっかいのに攻撃されちゃう。」
「え?タイミングは簡単ですよ。今が・・・1858です。1900ちょうどに撃ちあうようにお伝えしましたから。」
「なんで時計もないのに、そんなのわかるんだい?」
「叔父様?・・・あ!そう言えば、叔父様は魔術時計をお持ちでないのですね。初級の時間魔術「時刻」で、わたしたちにはヘクストス魔術協会の魔術時計に同調した体内時計が・・・」
「そんなの聞いたことないぞ!僕は自前の自律神経が自慢だったのに、これじゃバカみたいじゃないか!?」
確かに「タイマー」を使えたなら、アントも叔父様もあんな残念過ぎる失態をさらすことはなかったでしょう。
特に「ハロウィン」?
未だに意味不明ですけど。
「入学してすぐに習う術式で・・・あまりにも当たり前で魔術書にも載ってないんです、これ。でも、街から離れたら効果ないですし。そんなに怒らなくても。」
「いや!ぐれてやる!これだから魔術師ってやつは!」
「叔父様。そんな子どもみたいにすねないでください。」
困った人です・・・ホントに子どもみたいです。
こんなに年上のくせに。
ふふ。
「ほら、もうすぐですよ。わたしのアンティノウス。」
「・・・それ・・・僕は真名を呼ばれるのが嫌いなんだけど。」
「わたしだけですよ、あなたの真名を呼ぶのは。二人きりの、わたしだけ。」
叔父様はしばらく黙りこくっているのです。
でもちょっと振り向くと、お顔が赤いのです。
こんな時なのに、なんでこうもドキドキって。
わたしも、叔父様も。
「あのう!クラリス様!メルもいるのです!」
「・・・いたの。でもそこ、操縦席じゃないですし、叔父様と離れてますし・・・ボッチ席でしょう?」
「ひどいです!ご主人様!クラリス様が・・・。」
ちなみに、メルも中級魔術士のくせに、魔術を教える叔父様が「時刻」を知らなかったので、まだ使えません!
勝ちました!
下から何か聞こえてますけど、所詮は負け犬娘の遠吠えです。
無視無視。
「叔父様!いいですか・・・3・・・2・・・1・・・」
暗い中、離れた場所で、二つの大きな魔法円が浮かび、束の間の瞬間だけ雷が走って消えていきます。
魔術種がいる「だいたいの場所」を挟んで、イスオルンもと主任とワグナス教授が「雷撃」を撃ちあったのです。
これであの周辺の術式は一時的に無効となり・・・半瞬だけ遅れてその方角に強い光が走ります。
「精神結合」でリンクしたみんなが、見つけた魔術種の位置めがけ、射程と威力を増幅するために、残った魔力を振り絞って唱えた「閃光」。
その一瞬の、しかし強烈な輝きは、魔術種の影を暗闇に強く浮かび上がらせました。
それは、ゴラオンにいるわたしたちにもくっきりと見えたのです。
「叔父様!」
「クラリス!」
わたしたちは同時に操縦棹を握り動かします!
再び宙を飛び、空を疾走するゴラオンは、まるで放たれた矢のようです。
そして勢いそのまま、精神集中を乱し大きな音を立てている源に、突撃するのです!
「クラリス!操縦棹を頼む!」
「はい!」
左右の操縦棹はわたしに任されます。
正直に言えば、片方だけよりもこのほうが扱いやすいのです。
もっとも足元のフットレバーやペダルは叔父様が操っています。
それにわたしの知らないいくつかのボタンやスイッチ、それを叔父様の左手がわたしの体越しに手早く操作します。
「火球!」
目の前で袖口から飛び出したスクロールが開かれ、古代魔法文字が、続いて魔法円が展開し、火の玉に変化して飛んでいきます。
その展開の速さは、先ほどの比ではありません。
「やはり片手でご不自由していらしたんですね。」
「まあね。機体はそのままキミに預ける。」
どかああん!
火球は蠢いていた魔術種の近くに命中し爆発します。
しかし大きなダメージを与えたようには見えません。
「叔父様?」
「分かってる。今のは照明のかわりさ。魔術師相手に抵抗されるのは覚悟の上。しかし意外にチビだな。」
確かに、中型種と小型種、どちらかと見まがう程度の大きさです。
しかし違うのは畸形的に大きな頭部、そして手にもっている曲がりくねった木の棒・・・メイジスタッフでしょうか?
叔父様は再びスクロール、古代魔法文字、魔法円を展開し、わたしはその間にゴラオンを操縦して、魔術種の胸部を槍で貫くのです!
そしてその手応えとともに叔父様の声!
「雷撃!」
雷撃が槍を通して、
「「必殺サンダーブレイク!」」
魔術種の心臓を破壊します!
もう恥ずかしさもなく、叔父様と声をそろえて叫ぶわたしです。
ゴラオンの前に崩れ落ちる魔術種。
あと一体です!
しかし、その一体が大きい。
しかも
「火球!・・・ちきしょう!」
・・・大きさもですが魔法抵抗も高く、効いた気がしません。
そして再び地面をすくい、土砂を投げつけてきます。
石や木ならよけようもあるのですが、大量の土砂です。
それをあの巨体で力一杯投げられては、障壁でとめても衝撃が伝わります。
そのため動きがとまるのです。
そこに掘り返された岩が投じられます。
直撃すればそれこそ大ダメージ。
何よりも困るのは、その射程距離。
特に「延長」しない場合、魔法は通常100m程度有効なのですが、あの巨体にとっては100mなんて、一っ飛びなのです。
投げつける土砂ですら数百m向こうの方が長射程で、しかも近接戦も強いのです。
ですから、叔父様が「古式詠唱」をしようとすればその間回避行動ができなくなり・・・やったところ、舌をおかみになりました・・・・スクロールの「火球」「雷撃」では効果が薄く、それも
「必殺サンダー・・・うわああ」
ゴラオンの突撃でも貫通しなかったのでしょう。
「雷撃」が脳内に伝わらず、結局振り払われてしまい・・・。
「これでスクロールも弾切れ。」
「ご主人様。メルの魔力もそろそろ・・・回復薬は先ほどで使い果たしました。」
吐くなんて言いながら、ちゃっかり魔力回復薬は飲んでいたメルですが、さすがにもう余裕はないようです。
「あのでっかい口の中に飛び込むってベタな手も・・・。」
「そこまで小さくないんですね。ゴラオン。」
「どうせならクラリス様がお飛び込みになってはいかがですか?」
かちん、です。
どさくさに紛れて、この子は。
「残念ですね。わたし飛べないのです。あなたの方が適任でしょう。飛べるし、どうせ魔力もないのでしたら、魔力供与は代わってあげますよ!?」
「・・・ご主人様ぁ、クラリス様がぁ」
「はいはい・・・なんでキミたちはこんな時まで仲が悪いかなぁ・・・キミたちを見てると、僕は自分が常識的な苦労人だって思えてくるよ。」
「それはありません。」
なにが叔父様にそんな異次元的な誤解をさせたのでしょう?
「ご主人様。大変申し上げにくいのですが・・・。」
わたしだけでなく、メルまでにも却下されて、またも「ぐさ」とか、いじける叔父様です。
「叔父様・・・もう。お願いします。もう一息なんですよ?」
ちょっと声で甘えてあげます。
機嫌を直す叔父様です。
そしてつぶやいたのが
「やれやれ・・・仕方ない・・・秘密兵器の御登場だ。」
ひみつへいき?
「叔父様!?そんなの、まだあったんですか?でしたら・・・」
勢い込んで振り返るわたしは、しかし、叔父様の次の言葉で、完全に固まります。
「だってさぁ・・・試してないんだよ?全然。」
それはそれは・・・。
今まで幾度となく、くり返された、「発明」とか「開発」の度に起こった悲劇を思い浮かべ、わたしは絶句するしかありません。
叔父様と一緒に逃げたり、叔父様を説得して一緒に謝りに行ったり、そんな光景が浮かぶのです。
背筋を何か、冷たいものが走ります。
顔が引きつっている自信があります。
ですが・・・それでも・・・
「他に手がなければ、それしかないのなら。やりましょう!何かあったら、わたしが一緒に謝りますから。」
後半のセリフは幼いころから何度言ったでしょうか。
ですが問題は、もしも何かあったら、または何もなかったら・・・謝る相手も、もうこの世にはいないかも、ってことですけど。