第12章 その7 世界の意志は
その7 世界の意志は
「ご自分の描かれた人物は、ご自身の分身です。ですから、アンティ・ノーチラスという魔術師が、普段はダメでどうしようもないくせに魔法のメガネをかけると、急に冷静になり頭の回転も速くなって、いかなる事件も解決する、というこの、一種の変身設定は、あなた自身にも有効だったのです。それに教官殿は以前からメガネを着脱して気持ちを切り替えている様子が見られましたし。自信はありました。」
「・・・不本意だが実際僕が変身?したようなことをみんな言うんだからそうなんだろう。しかし目が覚めたらいきなり自分の黒歴史を暴露されるなんて、どんな羞恥プレイだ?まったく。」
まだなにやらくすぶっている叔父様ですが、それはこちらもそうなのです。
アンティ・ノーチラス?
ほとんど真名じゃないですか。
真名を呼ばれるのがあんなにお嫌いなくせに。
絵本作家をしていたという話も初めて聞きましたし・・・それをデニーが?
それに、何よりも・・・今はいなくなった、あの子のこと。
もういないことを受け容れ始めている自分。
そもそも何も気づかない叔父様。
言葉にできない何かが胸の奥に漂っています。
その間、みんなが大急ぎで邪巨人の襲撃を伝え、第六のゴーレムのことを確認します。
「うへえ、そんなレアモンスター、よく出て来たな。しかもこんなタイミングで。さすがは「そういう日」だ。やはりこっちにも広めるか?」
・・・相変わらずこの人の言うことは意味不明なのです。
わたしたちはエスターセル女子魔法学園に急行しました。
そして到着して、無事に着いた感慨とともに、消え入りそうな残照の中、校門を見上げます。
今は1752。
今朝あった飾りは爆風で飛ばされたのか、もうその片鱗もなく、それでも学園の中は無事です。
鐘は鳴り続け、学園の健在を周囲に示し続けているのです。
寂しくなった校門を見つめるリル。
その頭を撫でてあげると
「えへ。ありがと。でも学園が、みんなが無事なら、あたいはそれでいいや。」
ちょっとだけ寂しそうに、でも明るく笑えるのが、この子の魅力です。
元気な、うちのムードメイカーさんです。
わたしも胸の内の屈託を一時忘れるのです。
校地に入ると、クラスのみんなと教官方の驚きとともに迎え入れられます。
なにしろ叔父様が一か月ぶりに姿を現したのですから。
ですが・・・
「おっさん?生きてたのか?」
「・・・キミも相変わらずの様で残念だよ。」
とか。
「ええですか?シャルノはんにエミルはん。展嫁三分の計にはまだ続きがありますのや。」
とか。
なかなか緊張感がありそうでないのです。
むしろ不協和音が増大してませんか?
人族の危機って自覚あるんでしょうか?
「ええっと、クラリス。そろそろ口をきいてくれるかい?」
叔父様が目覚めてから、わたしは一度も話しかけていません。
近づくこともしていません。
不自然なのは誰よりもわかっています。
「あの・・・また僕がなにかやらかして、キミを怒らせたんだろうけど・・・さっきから思いだせなくて・・・でも確かにみんなに迷惑はかけたみたいで・・・だから、謝るから。もうしない。約束する。」
子どもの頃から何十回も繰り返された約束。
叔父様がわたしとの約束を意図して破ったことは一度たりともないのです。
ですが、この約束ばかりは逆に守られた試しがないのも事実。
ここは学園長室。
さっきまで学園長と二人きりで話していた叔父様です。
今は学園長が部屋から出て行き、入れ代わりにわたしが招かれました。
ですが正直、今、叔父様とどんな顔をして何を話せばいいのか、わたしにはわからないのです。
ミライの洞窟の時とは反対の気持ち。
アントといる時は叔父様を、叔父様といる時はアントを。
あんなに会いたかった叔父様を目の前にして、でも、なぜかその姿を見ることすら胸の痛みを思い出させるのです。
つい、そのお顔からも顔をそむけてしまいます。
「あ・・・。」
そんな悲しそうな叔父様の声を聞きながら、わたしは無言で部屋を飛び出します。
部屋の外には不審そうなメルがいましたが、彼女がわたしを呼ぶ声も耳に入りませんでした。
わたしも、メルくらいに割り切れたらいいのに。
そんなわたしが走りついた先は・・・笑ってしまいます。
叔父様の教官室なのですから。
残り少ない夕日で微かにオレンジ色づいた教官室を前にして、立ち尽くす。
そんな時間。
ですが、それは思いがけなく短くて。
あわただしい足音の方を振り向くと
「・・・中に・・・入ろうか・・・お茶を淹れるよ・・・まだ準備に・・・時間がかかるし。」
息を切らせている叔父様。
なぜ?
そんなに走ってわたしを追いかけるなんて、叔父様には似合わない。
困った顔で、少し経ってからやってくる、それがいつもの叔父様とわたし。
「ぜえ、ぜえ。まったく・・・?あれ、でももう息が戻ってる。意外にまだ若いのかな、僕も。」
そう言いながら、教官室のカギを開け、わたしを招きます。
わたしは、やはり無言で、でも立ち去ることもできず、中に入るのです。
叔父様がわたしを追いかけて来た、この事実がそうさせたのかもしれません。
胸の奥が少しうずいています。
それでも気まずくて、部屋の外に目を向けます。
教官室の窓の外から、避難してきた市民の皆さんがたくさん見えます。
校舎内もできるだけ開放しているのですが、さすがにこれほどの大都市の市民です。
すごい人・・・。
叔父様はその間も、左腕だけで危なげなくお茶を淹れてくれます。
本当に無駄に器用な人です。
叔父様と向かい合って、薫り高い北紅玉茶を口に含みます。
「おいしい。」
久し振りの、叔父様の淹れた北紅玉茶は、わたしの屈託をわずかながら溶かしてくれたようです。
自然に声が漏れ出てしまいました。
「それは何よりさ。お茶を淹れた甲斐がある。」
いつもの叔父様。
そのはずです。
話したいことはたくさん。
でもわたしの口から出る言葉はイヤになるほど現実的な言葉。
「・・・叔父様。なぜみなさん、学園から避難なさらないんですか?」
もう、城壁の上から特大種の頭部が見えるほどの距離。
「拡声」では北街区からの避難指示が出てしまいました。
せっかく守り通した学園も・・・あんな大きな巨人が侵入しては守り切れるはずもないのです。
悔しいです。
ですがみなさんの命には代えられないのです。
「敵が迫る前に、みなさんにはここから避難していただいて・・・」
「残ったキミはここを死守する、かい?」
見抜かれています。
叔父様も、こんな時だけ察しがいいのです。
市民のみなさんがいなくなったら、思う存分戦ってこの学園を守りたいのです。
それが戦略的に無意味な戦いだとしても。
みんなと過ごしたこの学園を壊されてたまるものですか!
この時、わたしは、いつになく感傷的になっていたかもしれません。
「・・・・・・ですが、みんなにも避難してもらいます。残るのはわたしだけ。」
「却下だ。そんなの、僕が許さない。いや、させない。」
「叔父様!」
叔父様はこの学園ではただの講師。
そんな権限はないし、そもそも戦いがお嫌いな叔父様が自分から積極的に戦いに関わるわけが・・・。
「大丈夫だ。こんな僕だけど、キミの守りたいものは僕が守る。だって、キミの夢をかなえるのが、僕の夢なんだから。」
その言葉!
ずきん。
強い胸の痛み。
さっきまで胸の奥に漂っていた何かが、うずいていたものが鋭い針にかわってわたしに突き刺さります。
その痛みに耐えかねて、うずくまって・・・でもそれが消えていくとともに、わたしの中の叔父様とアントが重なっていくのです。
わたしの中で、微かにずれていた二人への思い。
それがずれていたパズルが組み合わされたように、急に一つになって。
わたしの頬を何かが伝わっていきます。
熱くて悲しくて、でもうれしくてせつなくて、そして幸せで。
わたしの叔父様。
そしてアント。
二人はやはり同じなんです。
「ああっと、ゴメン。なんかまた変なこと言っちゃった?僕はキミに泣かれるとホントにダメなんだ・・・ああ・・・どうしよう?どうすればいい?」
慌てる叔父様の様子は見てられません。
あたふたとわたしの側にきて、その様子がとてもおかしくて。
子どもみたい。
こんなに年上のくせに。
「なら・・・こうしてください!」
急にこみ上げるうれしさ。
それに突き動かされて。
わたしはバネが跳ねるように立ち上がり、怪訝な顔をする叔父様にそのまま飛びつきます。
ガッチャ-ンとカップが落ちる音。
そして、ソファごと倒れるわたしと叔父様。
床にぶつかって、でも痛いのは全然平気。
「ちょっと、イタタタ。何するんだい。子どもじゃないんだから、クラリス。」
かちん、です。
わたしは痛くなんかないのに、叔父様は士道不覚悟です。
でも、叔父様が下になって、とっさにわたしをかばったのかも。
こんな時は素早い叔父様です。
だから見逃してあげます。
そして、わたしは思いっきり抱きついて、その胸に顔をこすりつけるのです。
「クラリス?ええ?あの・・・その・・・」
いつになく動揺している叔父様。
ふと顔を見上げます。
・・・耳が、頬も赤い?
これも珍しいのです。
わたしが抱きついて、こんなに恥ずかしがってる叔父様は。
・・・まさか?
はっ、として、もう一度叔父様の胸に、心臓の場所に耳を押しつけます。
すると・・・トクトクトク。
いつもよりずっと早く脈打って・・・
「ああ・・・そこにいたんですね。」
アント。
あなたの、大人になった叔父様に負けない「想い」は、そこにいるんですね。
うれしさでまたあふれた涙が、その心臓の上に落ちていきます。
それを見たわたしは思うのです。
わたしの気持ちも、涙と一緒にそこに届いてほしいって。
「あの・・・ね?クラリス・・・そろそろいいんじゃないかな。僕だって一応男だし。」
いつになく照れながら、いつも以上に困っている叔父様・・・しぶといです。
でも、トクトクトクトク。
ふふふ。
心臓は裏切れませんよ。
あなたのハートはもう、わたしのモノなんですから。
「ダメです。わたしのアンティノウス。まだ許してあげません!」
バカ。
自分の心にも気づかないこの人は、やはりおバカ。
ですが、もう逃がしません。
引きこもったりもさせません。
過去でも現在でも、きっと未来だって、いつもわたしの側にいて、わたしの夢を、あの誓いを守ってもらいます。
そして二人で、困っている人を、いえ、戦いに疲れたこの世界を救ってみせるのです!
そのためには、世界の深淵さえものぞいてみせる!
わたしがそう決意した、その時。
洞窟の中で、初めて会った時のミライの言葉がよみがえりました。
(なぜわたしたちはこの世界に呼ばれたのでしょうか?・・・この世界には、なぜアンティノウスのように転生したり転移したりする人族がいるのでしょうか?・・・わたしたち亜人と、転移した人族、何が違い、なぜ戦うのでしょうか?・・・15年前、アンティノウスが抱いた疑問を、今、ようやくわたしも抱くようになりました・・・今ならアンティノウスの苦悩が、疑問がわずかなりともわかる気がするのです。)
あの時の、その言葉の意味が、そして叔父様がこの世界にいて、わたしがここにいる意味が、急にはっきりと理解できて!
「それがわたしたちの運命。この世界の意志なんです!」
そう言って、再び顔を上げ、叔父様を見つめるわたし。
それなのに。
「・・・クラリス、大丈夫?頭うった?まるで中二病みたいだよ?」
って!
あなたがそれを言いますか!
なんだか、とっても腹ただしいのです!
「あなたっていう人は!」
思わず叔父様につかみかかってしまいます。
悲鳴を上げる叔父様。
その時です。
「フェルノウル教官、フェルノウル教官・・・・至急例の場所に来てください。準備が整いました。・・・」
校内にワグナス教授の声が「拡声」によって響き渡ります。
おかげで、二人の間にあった空気がみるみる弛緩してしまいます。
「ふう。なんか、いろいろ危なかったよ・・・。」
ちぇ、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど。
ですが
「叔父様。準備って?」
さすがに立ち上がる叔父様から一度体を離し、聞いてみます。
でも、その前に。
「あら、まだお顔が赤いですよ。」
「キミだって、真っ赤っかじゃないか・・・やれやれ・・・。」
自覚はあります。
もう、耳なんか痛いんです。
ですが、叔父様は身なりを整えながら、こう言うのです。
「出撃さ。あいつらの足止めくらいは僕で十分だ。」
「ゴラオン零式改。よく間に合ったなぁ。ちゃんと僕の設計に沿って改修されて、しかも注文のこれもちゃんとできてる。」
南方で学園長に手渡した資料に、改修案が含まれていたとか・・・ガクエンサイ以外にもいろいろ企んでいたんですね、この人。
「もともと予備パーツは豊富でしかも研究資料も充分でした。」
「しかもみんな面白がって授業そっちのけで夢中になってましたから。」
「それはナイショよ、ワグナス教授。こっちに夢中になって生徒の授業を・・・コホン。」
じ~っと見つめるわたしです。
ひょっとしてガクエンサイ前の授業が妙に少なかったのって・・・。
大人はズルいのです。
わたしも大人のはずですけど。
学園の研究施設の一角にあったのは、黒い人型。
あのゴラオン。
戦闘用有人式ゴーレムです。
メルも控えていて、複座式という部分はまだ改良されていないとのことです。
ですが、肩についていた弩弓はなくなって、背中に大きな四角い箱と、その右上から長い棒が突き出ています。
外観上の改修はそのくらいでしょうか?
いえ、両腕にも袖口のようなふくらみが見えます。
よく見ると脚部も一回り太くなったような気がします。
「ま、あとは任せてくれ。大型ならこいつで充分。特大種でも足止めくらいは・・・厄介なのは姿を見せていない魔術種だな。どこにいるのやら。そっちの索敵は頼んだよ。」
「わかりました。」
「わたしは、本部で指揮してるから。」
「・・・手伝うにはやぶさかではないが・・・キミはまたこんなオモチャをつくって・・・。」
イスオルンもと主任は以前から叔父様と折り合いが悪かったのです。
その理由の一つが叔父様の無自覚な発明癖です。
世間への影響を考えない叔父様に忠告までしたのです。
「こんなモノ・・・使えるかどうかわからんが、万が一そんな力を示したら、この後、軍も貴族も商人も、場合によっては王家も放っておかんぞ。」
「ごもっとも。でも、それだって、この街が残ってこその、一周遅れの心配さ。優先順位は圧倒的に、僕のクラリスの願いが上だ。」
「ち。叔父と姪。教官と学生で、何をやってるやら。」
ドキリ、です。
わたしが無自覚な以前から、わたしと叔父様の間柄を疑っていたもと主任です。
今となっては・・・もう確信犯のわたしですけど。
ですが・・・「僕のクラリス」。
久しぶりに聞き、こっちにもドキリとしました。
「僕のお姫様」も嫌いじゃないんですけど、気恥ずかしさが先立ちます。
単なる慣れかもしれませんけど。
「ご主人様・・・クンクン。これはまた「マーキング」されたのですね。」
かちん、です。
ギロ。
メルとにらみ合います。
見えない火花がバチバチ。
「メル。さ、行くよ。キミがいなければこいつはガラクタ。棺桶だ。メルが頼りだよ。」
「ご主人様!ご主人様と生死をともにできるなら、これに勝る幸せはないのです!」
こっちを見ながらわざとらしく叔父様にスリスリしてるメルです。
今度はむかっ、です。
「しかしフェルノウル教官。片手でいいのですか。あれは操縦が必要なゴーレムなのでしょう?」
あ!?
そう言えば、以前叔父様とともにゴラオンに乗り込んだ時は、操縦に両腕を使っていました。
「ま、大丈夫だろ。こう見えてけっこう器用な僕さ。」
そう言って叔父様とメルはゴラオンにふたたび乗り込んだのです。
「ところで今は何時くらいかな?・・・へえ、1802?巨人の出現から5時間?うへえ・・・前回のゴーレムは4時間遅れだったけど遅刻記録更新かい・・・剣のゴーレムも今回はまだなのかい?そろそろ出てくれてもいいんだけどなぁ・・・ああ、そう言えば頭部の特殊装備、できてるの?」
「拡声」器の声に、なぜかぎくりとするワグナス教授です。
「あ・・・ええ・・・ですが、あれ、必要なんですか?」
「もちろん。期間限定アイテム。しかも今日はまさに本番だし。・・・じゃ、行ってくる。クラリス、心配しないで待ってておくれ。」
「それはムリです!叔父様!」
「やれやれ。じゃ、なるべく早く帰ってくるよ・・・って、それはあいつ次第だけど。」
北の塔。
その中に収められているはずの、ヘクストスの守護鋼像。
わたしは、そのゴーレムに、「お祈り」というものを捧げるのです。
神も仏もいない世界。
そう叔父様はこの世界を呼びます。
実際に、人知を超えた奇跡を起こす「神様」とかいう存在は、いません。
もしもそんなものがあるのなら、それは世界の意志なのです。
ですが、わたしは初めて叔父様のいう、「祈りたい」気持ちになったのです。
そんな儀式は知りませんけど。
でも
この人を無事に返して、だから、ゴーレムも早く目覚めさせてください!
そう何度も胸の中でつぶやくのです。
「ゴラオン、発進!」
そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、叔父様・・・一応メルも・・・を乗せたゴラオンは動き出します。
重量感のある機体は、それでも小型種の半分ほどの大きさです。
「浮揚!」
機体に呪符された叔父様編集の「浮揚」で、ゴラオンは重さを感じさせず、軽やかに空に飛び立ちます。
夕焼けが消えた空へ。
ヘクストスを守り、わたしの願いをかなえるために。
「あ~あ。本物はもっと大きくて「発進」って気分が出るんだけどなぁ。」
「ご主人様、所詮は自慢の砲撃力を無駄にして特攻で終わったオリジナルなのです。このゴラオンのほうが立派なのです!」
そんな残念な声を残して。