第12章 その6 告げられる秘密
その6 告げられる秘密
「ああ・・・知られていないのかい?北の魔法鋼像は、まだ動けないよ。」
茫然とするわたしたちに、アントがサラッと何でもないことのように告げるのです。
「クラリスさん、ヘクストスを守護するゴーレムを全部言える?」
こんな時なのですが、アントに質問されると、わたしは条件反射的に答えてしまうのです。
「はい。第一のゴーレムは東北東を守護する剣の軽装兵、第二のゴーレムは東南東を守護する槍と盾の装甲兵、第三のゴーレムは南を守護する弓兵、第四のゴーレムは西南西を守護する騎兵・・・そして第五のゴーレムが西北西を守護する魔法兵のゴーレム。」
5年まえ、わたしと叔父様はこの魔法兵のゴーレムに助けられました。
それで幼いわたしは魔法兵にあこがれたのです。
「最後の、第六のゴーレムは北方を守護する・・・魔法騎兵のゴーレム。」
「そうさ・・・でも、すごく不自然だって感じたことはないかい?」
・・・ありませんでした。
そういうもの。
それで納得していました。
「・・・ミスター。いいですか?」
「うん、メガネの子。どうぞ。」
なんだか本当に授業になったみたいです。
ですが「最強のゴーレムが動けない」という大きな衝撃的な言葉に、わたしたちはアントの話を聞かざるを得なくなってしまったのです。
「通常、と言っていいかは分かりませんが、一般的に守護者を配置する場合、まず四方位が基本です。ですから、都市を守護するゴーレムであれば、東西南北の4体でいいはずです。北、南の南北に配置して、なんでその他は西北西とか東南東とかの中途半端な方位にゴーレムが配置されたのか、わかりません。どうせなら八方位を守護する8体にする・・・その方が、意味的にはまだわかります。」
目がテン、です。
眼からウロコでしょうか?
確かに言われればその通り。デニー・・・
魔術の知識はまだそれほどでもありませんが、その思考はさすがに鋭いのです。
「半分当たりだ。なかなかの思考力だ。でも、魔術的な解釈が足りなすぎるね。他には?」
「・・・いい?」
「ええっと。そこの白い髪に紅い肌の地味っぽい子。」
アルユンは見たまんま言われて少し不機嫌そうです。
でもこれがあなたの憧れの教官の正体なんです。
人の気持ち、女の子の気持ちには無関心な残念な人なんです。
「魔術的な知識からすれば、六芒星を基にして配置した、とも考えられるけど、でも六芒星なら上向きと下向き、天と地を象徴する二つの三角形を対につくられるわけで、配置する時にゴーレムの属性も対になるように配慮するはずよ。例えば、剣と魔法、火と水、光と闇、男と女、とか。でもここヘクストスのゴーレムは、さっき出て来たとおり、属性がバラバラ。これじゃ魔術的な意味も効果もあやしいわね。」
アルユンはそういってわたしを見ます。
まるで「どうよ」って感じです。
ふん、です。
たまたまです。
急に指名されてとっさに出なかっただけなんです!
「へえ。なかなか。基本とは言え魔術的な知識をよく押さえてるね。うん。四方位でもなく六芒星でもない。そうさ。つまり、ここのゴーレムは位置を守護する目的で配置されたんじゃない。魔術上の配置じゃなくて、必要上の配置なんだ・・・魔力を補充しやすくするための必要上。」
こんな時ですが、アントも所詮は叔父様なのです。
知っていることは話したくて仕方がないという性癖は抑えられないのでしょう。
軍ではだれも聞いてくれなかったようですし。
「この地には6つもの霊脈が通っていた。魔術的にはすごい場所だよ。で、その霊脈から、ゴーレムの魔力を補充しているんだ。だから、霊脈が5つだったらゴーレムは5体。20あったら20体。それは多すぎか?まぁ、でもそんなところ。で、その霊脈の強さに応じて、ゴーレムの強弱があるわけだ。たまたまか、なにかあるかはわからないけれど、第一のゴーレムからぐるっと順番に強くなっている。霊脈の数や強度を考えると、霊脈そのものが人工的につくられた可能性すらある・・・古代の魔法文明はおそるべし、だね。」
「さすが、クラリスの従兄。物知り。」
思わず目をそむけます。
ごめんなさい、リト。
本当のことはとても言えません。
「あれ、そうだっけ?あたいはおじ・・・もがもが」
ありがとう、レン。
危うくこんなところでみんなをパニックに陥れるところでした。
「・・・・・・で、結論。北方の霊脈が枯渇している。原因はまだ不明だけど。」
突然の結論に、悲鳴を上げたくなります。
それではゴーレムは動かず、北からの襲撃にヘクストスは無力・・・?
「いや、まだ完全に枯渇してはいないのか、蓄積された分が残っているのか・・・動くことは動く。ただ、敵を見つけてから、第六のゴーレムが出動するまでに時間がかかる。最初に第六のゴーレムの出撃が確認されたのが、正確な記録が残っている最古の文献によれば、226年前の出撃。」
そんな細かいこと暗記できるほど詳しく?
わたしがあの誓いを立てる前から?
「・・・・その記録では発見から10分足らずで出撃している。ちなみにこの時の敵はまだ異世界軍じゃなくて、今はなき北の大帝国だ。だけど、80年前は2時間近くかかっている。そして・・・15年前は」
15年前?
それは・・・アントにとっての?
その表情からはうかがえませんが、かすかに声に苦いものが混じったように感じたのは、わたしの気のせいでしょうか?
「・・・第六のゴーレムが出撃する前に、第一のゴーレムが出撃している。邪黒竜相手に大苦戦して、それでも剣のゴーレムが持ちこたえて、4時間後、ようやく第六のゴーレムが出撃して・・・だが、その間の被害は甚大。おそらくこの80年の異世界侵略者との戦いでは最も被害が大きかっただろう・・・。」
その犠牲の中に、アントの本当の・・・?
「あれ、そこのキミ。僭越だけど異世界侵略は既に100年近くになるよ?」
ヒルデア・・・!?いけない!
「それに一番大きな被害はやはり、5年前の「ギュキルゲスフェの戦い」とその後の・・・?」
アルユンまで!?
その二人の発言を聞いたアントは、不思議そうな顔をします。
少しの間の沈黙。
しかし、次の瞬間です。
アントの姿が揺らめいたり、半透明になったりするのです。
それを数回繰り返すアントの体。わたしたちは、何が起こっているのかわからず、かたずをのんで見守るしかできません。
そして、ようやく再び戻ったと思ったら、その場に崩れ落ちたのです。
その体は灰のような鈍い銀色に光っています。
「クラリス、いけないの。アントの認識世界が変調しちゃうの!ミライが悲鳴を上げてる!」
レンの声を聞きながら、わたしはアントを抱きかかえます。
わたしより小柄なその体を。
そして大慌てで近くの廃屋に走りこんだのです。
「シャルノ、みんなと学園に帰還して!命令よ!」
途中、そう言うのが精いっぱいで、それでも
「ええっ!?ですが・・・了解です。事情はうすうすは・・・2班を護衛に残します。」
そう言ってくれたシャルノに感謝しつつ、ろくに返事もしないまま廃屋の床にアントを寝かせます。
背後からは「ええ~っ!?・・・はぁい。」ってみんなの声。
おそらくシャルノは事情を知らないみんなの不満を聞きながら苦労してもどってくれるのでしょう。
頭が上がりません。
でも、今はそれどころではありません。
廃屋の中、メルとわたしはアントの鈍く銀色に光る体を見つめるのです。
うめき苦しそうなアントです。
その顔を見ているのはつらく、そして、世界が変調する?それはどういうことなのか、不安です。
「平穏なのです!」
そう唱えたメルの術式が効いたのかどうか、しばらくするとアントの表情が安らぎ、わたしたちも多少は平常心を取り戻します。
一番おどおどしていたのはレンでした。
彼女とわたしだけが、あの洞窟の・・・ミレイルトロウル種の鉱物脳の中での出来事やミライの話した内容を知っているのです。
あの洞窟の中で、レンはこう言ったのです。
「フェルノウル教官があの事を思い出すようなことがあったら、世界の歴史が再編集されて、大きく変わっちゃうかもしれないんだから!」
「正確には、実際には体験しなかったことなんだけど、もしも教官が、この鉱物脳の中で再現された過去の中であった出来事を、本物って認識しちゃったら、本来の歴史と入れ替わっちゃうことがあるの。」
「・・・でも、クラリス。あの時とは条件が違うの。ここは鉱物脳の中じゃないし過去でもないの。」
「それはミライが言っているのですか?」
「うん。今日はずっとミライと・・・。」
チラッと周りを見るレン。
みんながいる中では、危険な話題かもしれません。
「ああ・・・少し外を見張ってきます。リト、リルも。メル助手は・・・」
様子を察したデニーの配慮はとてもありがたいのです。
「メルは残ってください。」
不安そうだったメルの顔が、少しだけ緩みます。
叔父様に関わることを、この子抜きで話すのはかわいそう過ぎます。
何より、この中では一番力になるはず。
メルは、アントの頭を自分の膝に乗せ、その顔を濡らしたハンカチで拭いています。
「アントの認識世界が変調する?もしそうなったら、世界はどうなるのですか?やはり別な世界と入れ替わるのですか?」
「・・・ここでは・・・鉱物脳の外では、それほどの変化にはなりません・・・そもそも、2週間以上、今の状態でアンティノウスがいられたのが異常です。とっくに自分のいた時間でないことに気づき、なにかのきっかけで元に戻るとばかり・・・。」
レンの瞳が深い蒼に変わっています。
ミライと同調しているのでしょう。
あんなに離れているのに。
しかし・・・異常?
それは叔父様ですから非常識なのは当たり前ですが。
「彼の体を構成しているのは、彼本来の物質ではなく、彼の誤った認識で変換されたモノです。しかも、あの洞窟の中で、あなたとレンに出会ったのは過去でした。今は現在。ですから二つの過去が入れ替わることはなく・・・・彼が元の彼と入れ替わる、それだけだと思っていたのですが。」
よくわかりませんけど・・・
「要は・・・鉱物脳の中でなくても、アントが叔父様にもどることは可能ということなのでしょうか?」
「・・・あなたの大雑把な理解では、それが正解です。」
褒められた、と思うことにします。
専門外、自分の知識以上の出来事に対処するのは、これくらいでちょうどいいんです。
困った時は「自分にとっての根幹をつかめ」って叔父様は言っておられましたし。
わからないものを無理にわかったふりをしても、よくないのです。
「ただ・・・認識世界を変調させる・・・つまり、19年前のアンティノウスが、現在を未だ19年前だと思いたがっていて。それが違うという事実を発見した場合・・・世界が修正される代わりに、彼自身が自分を修正していく可能性があります。」
はてな、です。
さすがに「大雑把な理解」には限界があるのです。
「その・・・蒼い目をしたレン様。それはご主人様が、このニセご主人様として、この世界で成立してしまう・・・そう言うことなのですね。」
メル?
さすがにいきなりの話題にもちゃんとついていっています。
叔父様の愛弟子だけのことはあります。
「そうです。彼は自分の記憶を改ざんし、上書きして、自分が19年前ではなく、最初からここの世界で生まれ生きてきたように思いこむ、そうすると、この、19年前のアンティノウスがこの世界でのアンティノウスになり、本来の・・・現在のアンティノウスは・・・おそらく消えていくのでしょう。」
・・・アントは過去の叔父様。
叔父様の一部。
ですから、叔父様にもどることは可能。
でも、アントにとって叔父様は将来の可能性で・・・うまく言えません。
「クラリス様・・・大は小を兼ねる、なのです。」
メルが簡単にまとめてくれたので、ようやくわかった気がします。
35歳の大きな経験値を持つ叔父様と16歳の未だ成長途中のアント。
情報量が違いすぎるのです。
ですから、存在を再構成するとして、過去が現在に吸収されることは可能でも、その逆は不可能。
だから過去のアントがこの世界で成立してしまえば、現在の叔父様を構成している、アントが持っていない情報はあふれてしまう・・・消えてしまうのです。
「もともと、この19年前のアンティノウスは、鉱物脳の中でつくられた存在。なんでここまで存在を保っていられたのか・・・。」
「楽しかったから。」
ポツリ。
その声は、まだ声変わりを終えていない少年の声。
「アント?あなた・・・どこから?」
「こういう時はね・・・ほとんど最初から、ってね・・・・僕は昔から眠りが浅くて、前の世界でもそうだったけど、今もそう。」
そうですか?
わたしはいつもぐっすり寝てる、この人の・・・叔父様の寝顔しか記憶にないんですけど。
ふとメルをみますが・・・頷いています。
はてな、です。
でもこれも後回し。
「だから、メルちゃんの術式の後、ぼんやりだけど意識は戻って、はっきり戻ったのは今だけど、話はだいたい聞かせてもらった。」
「あなたは・・・自分がどういう存在か、知ってしまったのですか?」
「まぁ、以前から、だいたいのことは、なんとなくわかってたさ。クラリスさんは、時々不思議そうで、僕じゃない僕を見てるみたいで、僕の少し上を見てるんだ。メルちゃんなんか僕をニセモノなんて呼ぶし、レンさんなんか、僕に隠れて泣いてたし。行かないでって。」
・・・フェルノウル教官もアントも好きなレンには、どちらかを選ぶことが難しいのです。
ですが、同年代の異性として知り合ったアントを・・・。
今、レンの瞳から流れる涙は、その色も青く見えます。
でも、メルにとっては、自分を救ってくれた大人のご主人様が不可欠。
今のアントにも随分馴染んではきましたが、やはり「ご主人様」は一人だけなのです。
そして・・・わたしにとっては・・・。
「なんとなくここは僕の世界・・・いや、僕の時間じゃないってわかってたけど、でも確認するのは怖かった。どうせ死に損なった敗残兵の僕さ。別段惜しい命でもないし、さっさと確認して、その結果、僕じゃなくなるんならそれでもいいやって思ってた。最初は。」
わたしはこらえきれなくなって、アントの側に座り、その左手を握ります。
アントはわたしを見て、微笑むのです。
「だけど、クラリスさんに会えた。あの時もう会えないって覚悟した、僕のお姫様に。そしたら、もうちょっとここにいたいって思ってしまった。レンさんも時々会いに来てくれた。泣かれると困るけど、でもうれしかった。」
レンが青色にうっすらと光る涙を流し、そしてアントの右肩に顔をうずめます。
「メルちゃんもすごくかわいくて・・・僕のもといた世界なら世界中の「オタク」たちが大絶賛間違いなしさ。」
それはうれしくないかもしれません。
でも、メルはそうでもないようで、アントの頬に手を伸ばし優しく撫でるのです。
「だから、毎日が楽しくて。あんなに楽しい時間は、僕の前世でも、この16年間でも初めてさ!それで・・・つい、歴史とか時間とか確認するのを怖がってね・・・でも、今日で最後にしようとは覚悟してた。クラリスさんたちのガクエンサイ!ぜったいこれを見てからだって。今日までは勘弁してくれって、そう思って・・・そしたら、調子に乗って、自分から歴史を持ち出して、このざまさ。」
アントもガクエンサイを楽しみにしてくれてたんです。
わたしたちのガクエンサイを。
それなのに、そんな日に!
「泣かないで、クラリスさん。・・・昨日、僕は大人になんてなりたくないって言ったけど。」
アントが、その左手が強くわたしの手を握ります。
「訂正する。僕は今、大人になる。そうしないと、キミの夢をかなえられないから。キミの夢をかなえられないなら、大人だろうと子どもだろうと、僕に生きてる価値はないから。」
その言葉は、あまりに平然と語られて、それがとても悲しくて。
わたしは彼の手を強く握り、叫んでしまいます。
「バカ、バカバカ!あなたにはあなたの価値があります!わたしのためなんかじゃなくて、あなたの夢をかなえて!」
なのに、アントはわたしの手からスッと手を離して。
「だから、それがこれなんだ。僕の夢は、キミの夢をかなえること!そして、今の僕じゃ力不足だ。おそらくあと20年近くも生きてる僕なら、今の僕なんかよりもっと役に立つはずさ。どうすれば、第6のゴーレムが起動できるのか、せめて起動するまでの時間稼ぎができないか、きっと知ってるはずさ!それがこの街を街を守ることで、キミの夢をかなえることなら!」
小さくても彼は男のプライドを、何よりわたしとの約束を忘れていない。
だから、アントは立ち上がり、深く蒼い瞳のレンにむかって言うのです。
「さぁ、レンさん。僕を大人にしてくれ!」
って・・・・・・。
それは少し微妙な言い回しですけど。
そしてレンが
「どうやって?」
って首をかしげます?
・・・はい?
廃屋の中に気まずい沈黙が流れます。
なんですか、この白い空気。
「・・・あなた、自分がこの時間の中の住人じゃないってこんなに自覚してるのに、なんでまだ戻らないの・・・って、ミライが頭抱えてるの。」
ここまで来て。
いろんなものを覚悟して、あきらめきれなくて。
それなのに。
わたしはがっくりと肩を落とすのです。
一周、いえ、十周まわって変化なし、そんな気分です。
「話は聞かせてもらいました。ここは戦場の名探偵、デニス・スクルディルにお任せを!」
突然のデニー?
白に近い灰色のモジャモジャ髪に、メガネをかけたデニーが場違いなほどに颯爽と登場します。
「メル助手。教官殿のこれ、お持ちですか?」
これ?
デニーのメガネが怪しく光ります。
絶対あれはマジックアイテムです。
「もちろんなのです。ご主人様の持ち物の中でも一番繊細な器具ですから。メルがこうして肌身離さず持ち歩いているのです。」
そう言ってメルは胸元からケースを、その中からメガネを大事そうに取り出しました。
「ええっと、ミスター。試しにどうぞ。」
「・・・って、ただのメガネだよね?」
急展開に、アントもわたしも、きっとこの場の誰一人ついていけてないのです。
それなのに、この返答。
「メガネは常に知恵と真実の象徴なんです!」
・・・・・・この子、何の病気かしら?
おそらくその場にいた誰もが、アントですらそう思ったでしょう。
「・・・メガネをかけたら変身・・・まるでセブンだな。」
それでも、アントがいかにも不審そうにメガネをかけたのですが・・・。
突然白銀色の輝きがメガネからあふれ、そして顔、胸、腹、手足と広がり、アントの全身を覆っていきます。
「ウソ!・・・ってミライがびっくりしてるの。」
わたしもびっくりはしてますけど。
「一番驚いてるのは僕だよ。」
光の中から、意外に落ち着いた、そして明るい声がします。
やはり、まだ声変わりが終わっていない少年の声。
「クラリスさん。僕は消えるわけじゃない。戻るだけだ。だけど、戻って大人になった僕に、きっと今の僕が負けてないものがある。それには気づいてほしい。きっとね!約束だ、僕のお姫様・・・それにメルさん、レンさん。みんな・・・またね。」
またね。
そう言ってアントは・・・光に飲み込まれました。
そして渦巻くような白銀の光が一度大きく輝き、消えたそこに立っていたのは・・・
「ご主人様!ご主人様ご主人様ご主人様・・・」
メルがひたすらそう呼びつづけ、泣きじゃくってしがみついているのは
「ええっと・・・メル?トロウルたちはどうなったんだい?」
その耳も尻尾もぴんぴんと跳ねるようなメルです。
そんなメルを優しく抱きしめながら、困惑している・・・叔父様です。
アントよりも背が高く、彼と比べれば表情も声もまだ落ち着いている、わたしの・・・。
右腕はないまま・・・でもその左手は、メルの耳を触り始めます。
そうするとメルは次第に泣き止んで、くすぐったそうに甘える仕草をみせるのです。
なんて現金ではしたない・・・でも、それも後回し。
叔父様?
・・・メルの耳をあんなに触る人でした?
泣き止んだメルの前で、自分の手を怪訝に見ている叔父様・・・。
まさか、大人になった僕に負けてないものってそれですか!
その変態性ですか!
いろいろあってどうすればいいかわからないわたしですが、無性に腹が立つのです。
「だれか僕に事情を教えてくれないかな?」
そう言われても、わたしたちもわからないことが多すぎて、混乱していて。
結局叔父様の問いに答えたのは、叔父様を戻したデニーです。
しかし
「メガネです。ミスター。メガネは常に知恵と真実の象徴なんです。」
その病的な呼びかけに、一同呆れて、思いっきりひいたのです。
が、一人だけ更に大きく後ずさった人物がいます。
「デニスくん、キミは・・・まさか!」
え?
予想外の展開です。
まさかデニーにもなにか秘密があったんでしょうか?
「あれを読んだのか?」
「はい。」
「・・・嘘だろ。あんな全然売れなくて同業者にも散々バカにされた、僕の黒歴史の塊・・・。」
「何を言うんです。フェルノウル教官殿、いえ、ミスター・ノーチラス!」
びしっと音が鳴りそうな勢いで叔父様を指さすデニー。
「うおおおおっつ」
とうめく叔父様。
・・・叔父様が他人に追い詰められています。
貴重ではありませんが希少ではある一場面です。
でもさっきまでの緊迫感が台無しです。
アントの声が、手の感触が、わたしの中にまだ残っているのに。
レンなんか実は涙が残る顔で怒っています。
「ぶぅ」って。
「ミスター・ノーチラスこと、アンティ・ノーチラス。あなたのペンネームですね。そしてかつてあなたがお描きになった絵本がこれです!」
・・・謎を追及する時のこの子って、本当に楽しそうです。
そして、そのデニーが掲げたのが「メガネの魔術師は名探偵」という絵本です。
表紙絵のローブ姿の顔には大きなメガネが描かれています。
それは古びて、随分手垢にもまみれて、でもとても大切にされているのが一目でわかります。
「そして、その主人公の決め台詞が・・・メガネは常に知恵と勇気の象徴なんです!」
がっくりと膝をつく叔父様と、その眼前で仁王立つデニーの光るメガネ。
そんな光景の中、
「大変だよぉ~城壁の上から巨人の頭が・・・って」
「なに?この茶番?」
息せき切ってやってきたリルとリトに
「さあ。」
わたしたちは、そう返すことしかできないのです。




