第12章 その3 クラリスの大勝負!
その3 クラリスの大勝負!
五体目の小型巨人。
今日会敵した中で一番大きな体は、石製の壁を崩しながら、それでもようやく倒れていきます。
「さぁ、早く。エス女魔は安全です。そこまでもうすぐ・・・行けるよね、坊や。」
若い夫婦は、3歳くらいの男の子を連れていて、巨人に襲われていました。
ですがわたしたちが巨人を倒しても、なかなか動けないようです。
「うん!僕がパパとママをつれていく!おねえちゃんたち、ありがとう!」
ふとアントを思い出します。
あの子は産まれて間もないころ、邪竜の襲撃で両親を亡くし、その後遠縁に預けられた、そう言っていました。
今は、メルがついていれば大丈夫・・・?
逆に不安がありますが、その不安は巨人ではないのです。
「かわいい男の子ですネ、閣下。」
「とても勇敢な子でした。」
あんなに小さいのに両親を勇気づけて、えらいのです。
「デニー。年下が趣味?」
「いやいや、リト?あれは年下って言えるレベルではないでしょう?・・・って、11時の方向に6名います!80mくらい向こう!」
「急ぎます!」
もう30人以上は直接救出し、呼びかけに答えて学園に避難した人はその10倍以上はいるはず。
人影も随分乏しくなりました。幸いにも辺りには死体がほとんどなく、迅速な行動が功を奏したように思われます。
それでも時々見える死体・・・かつて人だったそれを見てしまうと、動揺してしまうわたしたちです。
だからこそ、まだ生きている人を助けたい、強くそう思うのです。
しかし、交差点を曲がり、建物の陰から出たわたしたちが見たものは、際立って大きな人型。
周囲の建物を超える長身に分厚い胸板。
素手の一撃で、赤い屋根の大きな建物が崩れていきます。
「かか閣下・・・探知の必要は・・・」
「・・・不要です。」
「視認終了。」
「あたいにも見えちゃった・・・おっきい・・・」
「・・・あれが中型巨人・・・」
20m近い大きさ。
周りの建物よりずっと大きい。でも・・・
「はい。あの近くに6名・・・。」
「なら躊躇も不要です。」
前衛はわたしとリト・・・いえ。
「リトは中衛。魔術での牽制を主に。他は後衛。攻撃魔術は、威力を十分に高めて!」
リトの「風甲」は回避力も防御力も向上させる優れものですが、あんなのに当てられたら多少の防御力なんか無意味。
なら「回避」のほうが有効ですし、接近すれば・・・。
おそらく敵からは、わたしの姿は術式によってゆがみぼやけて見えるはず。
その命中力は激減します。
もっとも・・・
わたしから大きく外れたその拳は、敷設された石を砕き、その破片をまき散らします。
何個も当たり、かなりの痛みです。
「ガマンガマン!」
そして、リトの「閃光」。
地面に膝をつき、目を抑えて暴れる中型巨人。
小型巨人の2~3倍はある巨体が暴れると、周りの家が壊れ、更にその破片が飛び・・・これでは動きの予想もできません。
「これでは、かえって危険かも!?」
作戦変更!
慌てて離れ、隊列を組みなおします。
「2班魔術戦隊列!」
そしてわたしを一番左に、リト、デニー、リル、レン。
五人で手をつなぎます。
わたしは左手に学生杖、右手にリトの手。
レンが一番右で、右手にワンド。
「レン!」
「うん。・・・「精神結合」!」
わたしたち5人が銀色の光に包まれます。
夢見の一族として優れた感応力を持つレンが使えるこの術式は、同名のものが中級術式にもあるのですが、おそらくレンの体質のおかげでしょうか、とても便利で使いやすくなっています。
この子の特殊スキルかもしれません。
青くなったその瞳を見ながらそう考えるのです。
「・・・クラリス、集中して!」
「は~い。」
いま、わたしたち5人の精神は表面的に接触していて、表層の考えは即座に全員に伝わります。
そして術式の威力は、互いの魔術回路が共鳴・増幅し合い、集団詠唱よりも強力!
念を込めたわたしに同調する4人。
みんなの力がまとまります。
それを貯めて溜めて・・・大きな白銀の魔法円にして・・・一気に放出!
「魔力矢!」
その大きさは標準的な魔術師のつくるそれと比べ、おそらく10倍近く。
その威力は中級術式の「魔力槍」を軽く上回っていたでしょう。
地面で暴れていた中型巨人は額を貫かれ、そのまま絶命しました。
「ふう。」
と一息・・・つこうとしましたが、リンクしているデニーがとらえた飛翔物!
「散って!」
一旦、手を離し、それぞれ回避します。
寸前までわたしがいたところに煙突が飛んできて、地面に突き刺さります。
その破片が飛び散り、視界を妨げ・・・その中に再び集まるわたしたち。
手はつないでなくても、心は一つ!
デニ―が示した方向にいる中型巨人。
その隣にも!
「煙幕があるうちに。」
もう一撃!
再び白銀の魔法円!
「魔力矢!」
額を打ち抜かれて、地響きを上げながら倒れる中型巨人です。
そしてもう一体の巨人は・・・!
大きな白銀の光を浴びて消滅したのです。
「今のは?」
「リト・・あれは「魔光砲」では?」
純粋な魔力を直接攻撃に使う術式の上級呪文。
あれが上級魔術師の力。
わたしたち5人が束になっても、「精神結合」をつかっていてもたどり着けない高み。
「2時の空に飛行する人族・・・ってまさか!」
デニーがこんなに慌てて・・・でも
「ええっ?どうして!?うそうそ。あたい信じらんない!」
「・・・教官殿!?」
デニーの「検知」魔術で識別した情報がわたしたちにも伝わり、それですら疑いたくなるわたしたちの目の前に、当の人物が降りたつのです。
わたしたちは思わず駆け寄り叫ぶのです。
「イスオルン主任!」
主任は・・・正確にはもと主任ですが・・・相変わらずやせて、見るからに意地わるそうなお顔です。
さらに丸眼鏡がイヤミのようで逆効果。
でも今の表情は・・・
「久しぶりだな。2班の諸君。また会えてうれしいよ。」
ホントにうれしいんですか?
その表情は確かに目慣れませんが。
ですが・・・?
「ああ。特別恩赦だ。このヘクストスの重大事に数少ない上級魔術師を寝せてはおれんそうだ。」
どなたかが国王に上申して、即決したとか。
収監された監獄から「飛行」でまずはエス女魔に向かっていたそうです。
この方も、あんな「飛行」を使うのを、嫌がってたのに。
「しかし・・・エス女魔?どうもそういう軽薄な呼び方は・・・これだから女生徒は・・・。」
相変わらず女性を差別して・・・って、あれ?
「主任。いま、女生徒って?」
「リト。キミは女のようだが、わたしの生徒でもあった。女生徒で何が悪い。」
「・・・主任はやはり強情です。私たちを女として見下す部分は残っていますけど」
「うん。でも生徒って呼んでるもんね!」
「・・・少しは認めているの。きっと恥ずかしいの。」
「ちっ。まぁそれくらいにしてくれ。しかし・・・諸君、見違えたぞ。軍の精鋭や熟練冒険者パーティ並みに緻密で連携のとれた動き、それに中型巨人を一撃で倒す、あの強力な術式・・・女子も三日会わなければ、再会して目を剥かなくてはならないようだ。」
原文は「男子」だそうです。
えっへん、です。
何やら誇らしいのです。
「この辺りの邪巨人はわたしに任せたまえ。キミたちは学園から少し離れすぎた。戻った方がいい。今は・・・1421か。」
わたしたちの体内の魔術時計は、初級の時間系魔術「時刻」によって、ヘクストスの魔術協会の魔術時計に同調しています。
もう収監を解かれたイスオルン主任も機能が回復しているのでしょう。
同じ時間感覚です。
街から離れれば効果なしですけど。
「直行すれば20分もかかるまい。避難の呼びかけなら、あいつらに頼めばよかろう。」
主任はそう言って顎を向けます。
そこには一群の騎影がありました。
騎馬衛兵隊?
そのスキに再び宙に舞うイスオルン主任。
あいさつもせず、行ってしまわれます。
「本当に相変わらずです。でもお元気そうで・・・」
何よりです。
例えあの方が、わたしたちを陥れて戦場からひきはがそうとした差別主義者であっても、その実力と知識や経験は、敬意に値します。
何よりわたしたちをきびしく鍛えてくれた恩人の一人でもあるのです。
わたしたちは6名の一家と合流します。
彼らは、どこに避難すればいいかわからず、逃げもできなかったというのです。
それは今まで救出した多くの人と同じです。
そしてその様子を見た衛兵隊もやってきました。
「そこの生徒たち!・・・ってきみはクラリス・フェルノウルさんかい?これはまた、びっくりというべきか、さすがというべきか・・・。」
「クラリスさん?あなたたち、避難もしないで危ないじゃない。すぐに・・・」
クライルド隊長さんにアレイシル副長さんです。
「俺は最近何かある度にキミやキミのおじさんに会ってる気がするよ・・・「事件の陰にフェルノウル」って気分だ。」
副長さんがあからさまにイヤそうな顔をします。
隊長さんの冗談が面白くなかった・・・わけではないようです。
それは不本意な思われ方なのです。
「わたしのせいではありません!」
「でも教官殿の方は否定しないんだな。」
横目で、間近に馬を見て喜ぶリルとレンを見ます。
それは平和と錯覚しそうな眺めですけど。
「叔父様はそういう方ですから。」
あの人こそ、だいたいは事件の元凶です。
わたしの人生では「トラブルの主役はいつも叔父様」だったのですから。
「ところで隊長さん・・・」
別に話をそらすわけではなく、本題に入るのです。
「この辺りの人は、みんなうちの学園に避難するよう誘導してほしいのです。それに・・・」
わたしは救助のため出撃したつもりでしたが、はからずも威力偵察になっていたことに気づきました。
敵の戦力、そして市民の状況・・・そんなことが実感できたのです。
ですから、クライルド隊長にお願いすることができるわけです。
今、思いついた、ある重要なことを。
「それは危ない!やりすぎだ!」
「ですが、避難場所もわからずにいる人が多すぎます。だったら・・・」
そう言って、最後には協力を取り付けたのです。
「まったく・・・やはりキミは疫病神だね。」
あの精悍な顔をゲンナリさせたクレイドル隊長には本当に申し訳ないのですが、仕方ないのです。
「学園長!クラリス・フェルノウルです・・・意見具申です!」
わたしたちは、急いで学園にもどりました。
そして迎え入れるエミルやシャルノ、みんなすら押しのけ、特設本部の学園長の所に押しかけたのです。
セレーシェル学園長は、学園周辺から押しよせる邪巨人を自ら数体葬り、ややお疲れの様でした。
でもこの方も上級魔術師。20代で・・・どれだけ恵まれた才能なんでしょう!
「今イスオルンが来てくれて・・・さっきはもう大変だったんだから。それなのにあなたたちったら、中型がうようよしてる学園外に行って・・・しかも倒したんですって!あのイスオルンが上機嫌で話してたわ。」
「学園長。その話は後で。お願いです・・・学園の外にいる人たちの多くは、どこに避難すればいいかすらわからず、巨人に襲われています。このままではもっと多くの人が死んでしまいます。」
「でも・・・軍の主力は市外の特大型や大型の迎撃に出払って・・・」
「ですから・・・みんなを集めるんです!ここに。ここは大丈夫だって!知らせるんです!」
ワグナス主任代行教授にイスオルンもと主任教授、スフロユル医務助教授にミラス助教授。
それに生徒の代表としてクラス委員のヒルデアにシャルノ、なぜかエミル。
そして他校の教官方や、生徒代表であるレリューシア王女殿下にエリザさん、オルガさん。ジェフィ。
校内の衛兵隊長さんに、警備の冒険者代表さんと、ルーラさん。
最後にわたしたち2班の5名。
学園の演習場わきの特設本部で臨時の作戦会議です。
「・・・学園の外の状況は以上です。騎馬衛兵隊に市民への避難の呼びかけの依頼はしましたが、それでも多くの市民が逃げ場所を知らず混乱していると思われます。」
学園の中の現状に続いて、外の状況の確認。
みんな情報を咀嚼してします。
それが一段落するまで学園長は逸るわたしを押しとどめて・・・今頷かれました。
では!
「みなさん!聞いてください。作戦提案です!このような中、わたしたちがすることは市民を救うことです。そのために・・・」
一度大きく息を吸います。
そして吐き出すのです!
気合と共に!
「鐘を!学園の鐘を鳴らしてください!」
ざわっ。
わたしの発言の意味を理解した人。
つかみ損ねて困惑する人・・・でも続けます。
「その大きな音に「拡声」を使えば、北街区とその周辺には響き渡るはずです。わたしたちの学園が無事だ、健在だって。幸い今日、うちがガクエンサイをやっていることが知れ渡っています。なら、鐘の音を聞いた市民はここなら安全だって思いつくかもしれません!」
しばらくの沈黙の後。
イスオルンもと主任が挙手します。
「発言よろしいか?学園長・・・ありがたい。クラリスくん、キミの意見はわかったし、感服した。だが・・・それでは」
「はい、敵も集まってきます!」
再びざわつくみんな。
でもそれを説き伏せるのがわたしの役割!
「ですから、わたしたちで守るんです!学園を、市民を!この街を!敵が集まってくるんなら、待ち伏せして、わなを仕掛けて、逆襲です!それこそが人族の戦い方です!」




