第12章 その2 そして、災厄は舞い降りる
その2 そして、災厄は舞い降りる
「えっと、10m未満が小型種。20m未満が中型種。で、40m未満が大型種で・・・40m以上は特大種です。・・・ねえ、叔父様。邪竜は空を飛んでやってくるのですけれど、巨人族もそうなのですか?こんな大きな生き物が南方から歩いて来るって大変ですよね?」
「確かに、ここ数十年は巨人は来てないから、わからない人が多いか。でも歩いては来ないって考えるクラリスはエライぞ。あんな大きなものが、歩いてきたら、それだけで国中ぐちゃぐちゃだし、巨人だって大変だし。」
「では、やはり飛んでくるんですか?魔術ですか!?」
「魔術を使う巨人種がいるって推理できたのもエライな。いい子だ。邪巨人種は一般に知能が低いけど、確かに中には魔術を使える知能と適性を持つ魔術種がいる。かなり少ないけど。」
その時の叔父様は少し悔しそう。
自分が使えない魔術を、あんなに大きくて強い巨人が使えると言う理不尽さに怒っていたのか、或いはただの嫉妬でしょうか。
「だけどあいつらは「飛行」は使わない。そんなにあの術式は使い勝手がいいモノじゃない。」
叔父様が「飛行」という精霊系の上級術式の欠点をしばらく講義されます。
でも脱線・・・相変わらず話が長くなるのです。
ですが、叔父様の説明は分かり易くて勉強にはなります。
「では「転送門」ですか?」
ですが、講義中の叔父様はなかなか答えを教えてくれません。
基本的なことは教えてくれますし、ヒントはくれますけど。
「さすがにこっちにはあいつら用の「転送門」の儀式魔法円はないよ。そりゃどんなサイズだ?あのエスターセル湖くらいかい?」
「転送門」は便利な魔術ですが、転送側と目標側に同じ魔法円がないと成立しない儀式魔術です。
ヘクストス側に儀式魔法円がないなら、邪巨人は「転送」して来られない・・・。
「降参かい、クラリス?でもまだ考える余地はあるよ?」
「・・・もぉ、叔父様ぁ。」
悔しいけど、降参です。
でも、ちょっとすねて、甘えてあげると叔父様はすぐに教えてくれます。
叔父様は、実は教えたがりですし。
だから、ホントはどっちが降参したんだか。
「やれやれ。奴らが使うのは「転移」だ。空間魔術系の超級術式「空間転移」・・・希少な魔術種が出現した時だけ、邪巨人はヘクストスを襲撃するんだ・・・だから邪竜よりよっぽど珍しいけど、仲間連れだから実は面倒くさい。それでも、ヘクストスの魔術結界が防いでいる。と言っても中に入られないってだけで、すぐ側にはこられちゃうんだけど・・・」
そして説明はこの後も続いたのです。
結局、この日は邪巨人種のことだけで叔父様の講義が終わってしまいました。
そんな滅多にないことを、こんなに聞かされても困るんですけど・・・そう思ったわたしは、まだメルがいない、10歳か11歳の頃・・・。
学園を囲む塀の向こうに見えるヘクストスの街並。
その遠くで、何か空気が揺らいで、そして鈍い灰色の輝きがここにまで見えます。
そして、その後の大きな音響があちこちから聞こえてきて。
観客席からもどよめく声が続きます。
みんな不安げに辺りを見渡しています。
子どもづれの人たちは自分の子を抱きかかえて。
夫婦か恋人か、二人連れは手を握り合ったり、抱き合ったり。
「こちらはヘクストス守備隊観測部である。市外に巨人種の出現が確認された。繰り返す。巨人種の出現が確認された・・・。」
そんな声が、ヘクストス中に響き渡ります。
「拡声」の術式が使用されているのです。
「特大型、大型は魔術結界に防がれ、市内に侵入できない。しかし中型以下は直接侵入する可能性がある・・・。」
そして、このエスターセル女子魔法学園には更に結界があります。
中型種の巨人すら侵入は不可能。
それでも・・・学園の外には、大きな人型が見えるのです。
素手で家を壊し、足で踏みつぶす、巨人の姿。
あれでも中型種なんです。
大型種ではないのです。
「拡声」を聞いた市民のみなさんは大慌てで、本来それを落ち着かせるべき冒険者さんたちも何をしていいか、茫然としている様子です。
前回の、あの邪赤竜の襲撃から5年。
異世界からのヘクストスの直接襲撃では、5年という間隔は決して長いものではないのです。
それでも今起こっている出来事にこうも動揺しています。
何より数十年ぶりの巨人種・・・十体以上の襲撃は、ヘクストスの魔術結界も、城外を守る六体の魔法鋼像をも擦り抜けての侵入なのですから。
学園の外の、あちこちから湧き上がる大きな音。
それを聞いた市民のみなさんたちの悲鳴、倒れる屋台、そして暴走しそうな人の群れ・・・。
こんな・・・ここまでの事態は想像すらしませんでした。
5年前に経験していたのに。
守ろうって思ってたのに。
できると信じていたのに。
仲間が助けてくれるって、言ってくれたのに。
わたしたちのガクエンサイ。
今日一日、守りきろうっていうわたしの誓いは、わたしの覚悟は、決意は・・・。
もう守れないのです。
視界がぼやけ、前を向くことが、周囲を直視することができません。
泣き出したいのです。
目をつぶりたいのです。
悲鳴が、どよめきがいっそう大きくなり、となりでリトが「こんなのって」とつぶやく声が聞こえます。
エミルが泣いていて、シャルノの嗚咽まで聞こえてきて。
耳を塞ぎたいのです。
うずくまりたいんです。
あたりの景色が、音が、次々と混乱を広げ、わたしの心をむしばんでいきます。
ですが・・・。
「!」
突然、その音が消えました。
人の声も、ものが壊れる音も、風の音一つしない。
すべての音が消える、完全な沈黙がもたらす違和感。
わたしたちは何事か辺りを見回し、何があったか不安になり、反面それまでの恐怖や混乱を忘れたのです。
この、ほんの一瞬。
ですが、その静寂のあとに。
「学園内にいる皆さん。落ち着いてください。」
セレーシェル学園長の声が「拡声」によって大きく響いたのです。
「ここには強力な魔術結界があります。外よりも安全なのです。」
みんながその声に聞き入ります。
女性としては少し低い、でも魅力的で落ち着いた声。
「そして、教官はみんな優秀な魔術師です。このエスターセル女子魔法学園にいれば、王宮や軍の施設に次いで、安全なのです・・・警備員は市民の皆さんをお守りしてください。市民の皆さんは、野外演習場で待機をお願いします。そして、演習場には教官が向かいますが、その間は、本校の生徒が中心になって、皆さんを落ち着かせてください・・・できるわね、あなたたちなら。」
その声を聞いた人たちは恐慌から脱し始めます。
それはわたしも同じ。
さっきまでうつむきそうだった顔を上げて、こんな日に不似合いなほどの青い空をにらみつけて。
そして。
学園長・・・ありがとうございます。
「・・・シャルノ!エミル!ヒルデア!・・・ジーナにソニエラも!緊急事態ですが、今は魔術戦のための命令系統です。このままわたしが戦隊長として指揮します。異論は後で好きなだけ言って!」
わたしができることはまだあるのです。
ガクエンサイは守れなくても、でも、まだ守るものがある・・・レンが不安そうにわたしを見ていて、だから、もう・・・大丈夫、そう笑ってみせます。
「みんな、王女殿下、ジェフィ、ルーラさんは、各校生徒を掌握してください。ルーラさんたち冒険者さんたちは、学園内の市民のみなさんの護衛をお願いします!・・・そして、2班のみんな!覚悟はいいですね!」
リト、デニー、リル、レンはわたしの周りに集まってきます。
4人とも平静には程遠いながら、それでもわたしに応えくれたのです。
まだみんな青い顔のまま。
学園内にも敵が侵入する可能性は皆無ではありません。
実習で実戦を経験しているエス女魔の生徒ですらもう立っているのがやっと。
ヘク女魔の生徒は人事不肖の子もいたり、パン魔女ですら泣きそうです。
さすがにルーラさんたちは落ち付いていますが、彼女らも前衛あってのパーティバトルに慣れ過ぎて、魔術師だけの戦いは未経験。
でも、ふふふ。
一人の姿を見て、笑ってしまいます。
「ジーナ。あなた、少しは抑えてください。一人で飛び出しそうですよ?」
大柄で力も強く、タフなジーナ。
同じ「たこ焼き隊」のリトもつられて笑います。
当の本人にいたっては
「がははは。ばれたか。許可してくれんのかよ?戦隊長?」
豪快に笑っています。
こんな時は頼もしいです。
「単独は不許可。ですが・・・「たこ焼き隊」は大物相手に実戦済み。隊で行動するなら許可します。ただ、リトはわたしの隊だし、任務は学園内の逃げ遅れた市民の発見と誘導。学園内に侵入した敵と遭遇した場合、自衛・救出のための戦闘を許可します。」
任務には不満そうですが、それでも生き生きとしたジーナを見て、周りのみんなも呆れる一方、元気づいたようです。
「すごいすごい、たこ焼き隊。自分から行くなんて、命知らずだよ。あたいもびっくり。」
ホント、リルの言う通りです。
「ちょっとやめてよ。わたしは迷惑よ。」
わたしをにらむアルユンも
「ええ~?ファラも行くのぉ~♡」
場違いにユルカワいく首をかしげるファラファラも、それでもジーナについて行きます。
遠くではワグナス教授があんなにいやがっていた「飛行」を使って、市民の捜索や誘導を、救護場ではスフロユル教官が「治癒」でケガの手当てをし、その近くにミラス教官がついています。
きっと他の教官方ももう動いているんです。
わたしたちの指導役のエクスェイル教官は・・・どこなんでしょうか?
ジャーネルン教官はいつの間にかちゃっかり演習場にやってきて、女子生徒に声をかけています。
二人は10歳差、その年の功でしょうかね?
「たこ焼き隊」のおかげで持ち直した学生たちの士気です。
なんとか、この場で市民の皆さんの護衛には働いてもらえそうです。
「エミル。シャルノ以外の1班を率いて、あなたのお父さんや伯爵の安全を確認・・・可能なら大公殿下も。」
「そら、しゃあないか。やったる。けどうちらは戦わんで。」
「当たり前よ。むしろ戦闘は可能な限り避けて。」
そしてわたしたち2班です。
わたしは、改めて仲間の顔を見渡します。
この数日、魔術戦の為に特訓してきた仲間、今日わたしのために協力してくれると言ってくれた4人。
その大切な仲間に、とんでもない宣言をするのです。
「わたしたちは出撃します。学園の外に出て、周辺の市民を学園に避難させるのです。」
と。
そうです。
学園の中はそれなりに安全です。
みんなも落ち着いて、不安は随分となくなりました。
ですが、ここから見ても学園の外で暴れる中型種や小型種の巨人の姿が見えます。
あそこに誰かがいたら・・・そう思うとわたしは行かざるを得ないのです。
ですが、こんな無茶な指示です。
「だけど、いくら朝約束してもらったからって、無理強いは」
しない、そういうわたしの言葉を遮り、リトが短く、しかし強く言い切るのです。。
「了解」と。
予想外のはずのわたしの宣言のはず。
それでもリトはニッコリ。
逆にこちらが驚きです。
思わず見返すわたし。
でもその耳に届くのは。
「閣下ぁ、そりゃ無茶ですよ。約束は守りますけどね。」
文句を言うデニーの声。
ですがメガネで表情を隠してもニヤケ顔の想像はつきます。
「あたいはオッケーだよ!今朝もそう言ったし。」
元気に飛び跳ねるようなリルは、相変わらず、その不相応なム・・・を揺らして。
「・・・レンも。」
さっきまで一番怯えていたレン。
でも今はかすかな笑顔を浮かべて。
うれしくて、飛び上りそうです。
でも、今は戦闘前。
そんな気持ちをむりやり押さえつけて、わたしは、この場の指揮を一度シャルノに預けました。
「それは・・・ですがクラリス、無茶ですわ。」
「めっちゃ、危ないって。」
「フェルノウル・・・あなた正気ですか?」
「ほんに・・・止める言葉もありまへん。」
そんな言葉を背中に、わたしたちは校門から出るのです。
いえ、その直前。
デニーが叫びます。
片手にワンドを握ったままです。
「・・・そこから一体、来るわ!」
デニーのワンドは淡く輝き、術式を行使している状態・・・今のあの子は準備万端だったわけですね。
さすがです。
その指さす方向には、濃い灰色をした、「空間の揺らぎ」・・・「転移」の兆候?
わたしは、とっさに覚悟を決めました。
いえ、いきなりならムリ。
でもわたしだって心の準備は済ませているのです。
「リト!」
「了解・・・「閃光!」」
こんな時でも打てば響くリトです。
空間の揺らぎから次第に形を明らかにする小型巨人。
トロウルより間違いなく二回りは大きく、腰布を巻いただけの姿。
でも、そのプロポーションは人族と変わらない。
実体化と同時にリトの簡易術式で目をくらませえられた小型巨人。
それにリルとレンがつぎつぎと略式詠唱で「魔力矢」を浴びせ続けます。
デニーは警戒しながら「目標生命値、約半分」と冷静に報告。
「リト!」
「承知。」
そして、まだ視界が不自由な敵に接敵!
わたしは「回避」を、リトは「風甲」を簡易詠唱し、剣をふるいます。
デニーが唱えた「武器強化」で、輝く剣身。
分厚い巨人の皮膚はとても固く、それでも脚部、そして腹部から血しぶきが飛び散り・・・。
5人がかりとはいえ、そして小型種とは言え、素早く、危なげなく巨人を倒すと、かたずをのんで見守っていた仲間も、市民の皆さんも歓声をあげてくれます。
これなら・・・
「うん。いける!」
ガッツポーズのリト。
特訓の成果は存分に発揮できそうです。
「学園内にあと五体の小型種。ですが、ワグナス教官、エルイン教官、衛兵隊、冒険者パーティ・・・これはメル助手にミスターが迎撃中。どこも優勢です。」
ミスターって?
呼びにくいのはわかりますけどね、デニー。
そして、わたしは一瞬だけアントの心配をします。
魔術が使えず、体力もない、しかも片腕で・・・。
「やったやった!特訓の成果だよ!」
「やったね。」
二人でハイタッチして喜んでるリルとレン。
それを見て、わたしも気合を入れなおします。
「みんな!これからは中型種がいるかもしれません。小型種だって何体いるかわからないんだから。油断しないで。できるだけ無駄な戦闘は避けます。」
そうです。
これからが本番。
そして、わたしが守りたいものは、この先にあるはずなのです。
今朝、守ると誓った、わたしたちのガクエンサイは守れませんでした。
でも、5年前の誓いは、今こそ、守ってみせる。
「魔法兵になって困っている人を守る」という誓いを。
白のブラウスにきれいな青の上衣、同色のスカート。
紺色の学生魔術士用ローブ(ハーフローブ)に学生杖。
足を包む紺の長軍靴。
わたしたちは、我が学園の制式戦闘衣をまとい、学園の外に踏み出したのです。




