第12章 決戦!エスターセル女子魔法学園! その1 クラリスの戦い3
第12章 決戦!エスターセル女子魔法学園!
その1 クラリスの戦い3
レンが目覚めると、もう一度二人で抱き合います。
それは二人だけの約束のため。
無言のまま自室にもどるレンを見送りながら、いつもより早く登校の準備をします。
体内の魔術時計によれば、まだ0515。
それでも教官や寮の生徒が早起きした時の為に0530から食堂は開いてるはず。
「クラリス?」
「・・・おはよう、リト。」
「何かあった?」
「・・・大丈夫ですよ。今日はガクエンサイです。みんなで楽しみましょう。」
あからさまにいぶかしむリトです。
さすがにもう半年以上一緒の仲良しでは、わたしの残念な演技力ではごまかせないようです。
ですが、レンから受け取ったメッセージは他の人にだって伝えられないのです。
自分のクローゼットの奥に密かに張り付けた「戦術」論の一節をにらみます。
「夫れ戦いは勇気なり」・・・どんなに苦戦が必至でも、戦うからにはまずは勇気が不可欠なのです。
ところが、そんなわたしのとなりで、リトも登校の準備を始めているのです。
「リト?まだ早いですよ?」
「いい。クラリスと一緒に行く。」
黒曜石のような瞳がわたしを見上げています。
クラスでは二番目に小柄なリトです。
何も言わないわたしの、それでも力になってくれるつもりなんです。
「ありがとう。なんて言ったらいいか……。」
「ん。当たり前。」
そっけないような、その返事。
でもその一言にはたくさんの想いがこもっていて。
でも何度もお礼を言うと、恥ずかしがり屋のリトは怒りだすから。
これでガマン。
ぎゅうって。
「クラリス・・・苦しい!」
お酒を飲むと、自分から抱きつきたがるくせに。
お人形さんのような顔が真っ赤です。
そして玄関には、レンが。
朝が弱いデニーやリルまで。
「どうしたの?みんな・・・まだ早いのに。」
「・・・閣下。まぁ何となくです。」
「クラリスもレンも昨日からおかしいよ?だからデニーが・・・もがもが」
デニー。
さすがに察しのいい子です。
観察力に注意力は並外れていて。
「・・・2班が勢ぞろいだね。ファラなんて、レンがいないことにも気づいてないのに。」
レンがうれしそうです。
わたしは、そのままデニーとリルに飛びつき、抱きしめました。
慣れないことをされたせいか、デニーは
「かかかかっかぁ?」
なんて異音を発して固まって。
でもリルは
「へへへ。あたいも~。」
って、抱き返して、明るく笑いかけてくれます。
結局、こんな早い時間から、わたしたち五人、2班は学園に向かうことになったのです。
学園の校門。
きれいに飾られています。
リルたちががんばってつくった飾りが、そんなに多くはないけど、でもちゃんと目立ってて、とても素敵。
今日1日だけのためにつくられた、この飾りが、でもひょっとしたらその1日すら持たないかもしれない・・・。
「みんな・・・」
校門の前で、わたしとレンは見つめ合い、そして一緒にうなずいて
「今日のガクエンサイのことですけれど・・・。」
「わかんないけど、何か起こるかもしれないの。」
「だから・・・何か起こったら・・・力を貸して。お願い。」
「レンも・・・お願いするの。」
そう交互に言いました。
何をどう言えばわからないままの、つたないお願いです。
なのに
「ん。だから当たり前。」
「そうです。それにせっかく特訓したんですから、これくらいが丁度いいんです。」
「リルでいいの?ならオッケーだよ。リルも特訓したし。」
みんな、何でもないようにそう言ってくれます。
今日の戦いは一人で始めて、最後まで貫く覚悟でした。
ですが、今のわたしは、一人ではありません。
レンが、リトが、デニーが、リルが・・・みんながいます。
信頼できる仲間がいれば、何とかなりそうな気持ちになれるのです。
「だからって、朝からそんなに食べますか?閣下?」
「あなたは小食すぎです。リトもレンも!リルを見習いなさい。いつ何が起こるかわからない。この後いつ食べられるかわからないのですよ。」
わたしがパンとシチューをお替りするのを見て呆れるみんなです。
それでも、もう3杯目のリルにはかなわないのです。
いえ、あのム・・・にもかないませんが。
「腹が減っては戦ができないのです。」
戦略論の一節を唱えて三杯目にチャレンジするわたしです。
「しかし・・・「なんか」って、予測はできないのでしょうか?ヒントとか?」
デニーがそう言う気持ちはわかりますが、
「ありません。どこで、すらわかりません。ですから無策です。今日ここで何かあった時の覚悟を決める。これだけです。」
「・・・ま、仕方ありませんね。」
そう言いながらも光るメガネ。
何かたくらんでますかね?
そして・・・11月15日1000。
快晴の中、始まりの鐘と共に、エスターセル女子魔法学園の学園祭が始まりました。
人、人、人・・・人、多すぎです。
ヘクストス・ガゼットの記事のせいでしょうか?
創立一年目の現在、わずか20人の生徒数に比して、魔術実習や軍事演習のために大きな校舎なのですが、今はもう、人であふれています。
聞きなれない「ガクエーサ~」という物珍しさもあるし、何より市内の有名屋台が多く集まってることも人気の原因なのでしょう。
クレオさんに情報を流したエミルの手柄です。
でもその手柄は、何かが起こった時、犠牲を増やしただけの、最悪の結果になってしまうのです。
そうなってはいけない、と改めて誓います。
例え何が起ころうと・・・。
ですが・・・・・・。
始まって2時間余り。
忙しい中、小さなトラブルは起きるものの、まず無難と言っていいのです。
ホントになにかあるんでしょうか?
あちこちに冒険者さんの姿が見えます。
衛兵隊の方もさっきから巡回してくれています。
大抵のことなら何とかなるはずです。
好天と屋台の賑わいの中、なにもなければいい、そんな思いが次第に大きくなっていきます。
今日の仕事が少ないリルは、デニーのお手伝いでしょうか、すぐ隣にいます。
でも、時々手をつないだり、魔術教本で復習をしたり。
そんな忙しくも平和な時間が・・・。
「大変です!閣下・・・・・・迷子です!」
一瞬どきっとして縮んだわたしの寿命を返して欲しいのです。
「・・・あなた、何かここで使える検知系術式はないの?」
どうせ、さっきから学生杖を手に持ちっぱなしなんだし。
「いや、さすがに「迷子の親検知」は。条件付けが難し過ぎます。」
叔父様の付帯術式なら可能かもしれませんけど。
「じゃあ、冒険者さんに連絡して、あと「拡声」術式係に伝えて、張り紙も!・・・で、なんであなたたちがここに来てるんですか!」
ここは野外演習場に設置された特設本部です。
朝から忙しいんです。
それなのに
「あなたたち1号で~す。だって、学園祭だよ!こっちに来て初めてだよ!こんなの。何回も頼み込んでやっとオッケーが出たんだから!」
「じゃ、メルはあなたたち2号なのです。ニセご主人様がちゃんとメルの言うこと聞いてくださるし、変なトコ触らないって約束してくださったので、えらい方にお願いして許可をいただいたのです。」
アントにメル!
よりにもよって、なにか起こりそうな日に、いかにも起こしそうな人を連れてくるなんて・・・ありえないのです!
わたしはもう、へなへなと地面にへたり込んでしまいます。
今日も頭痛が痛いのです。
「どうしたの、クラリス・・・ああ、メルッち!久しぶり!って・・・じゃ、この人が!?」
エミルが騒ぎだしますが、デニーがすかさず口をふさぎます。
早くもそんな混乱を引き起こしたことに全く気付かないのは、さすがアントです。
キョロキョロ見回しながら感想を言います。
「しかし、一般の屋台がこんなに来てるなんて珍しいね。」
それはうちの生徒数が少ないからの「苦肉の策」なのです。
屋台は「たこ焼き隊」の出店が限界なんです。
「合唱とかしないし。」
それは・・・術式の集団詠唱のことなのでしょうか?
「冒険者もいて、トラブル処理が早いのはいいことだけど。」
さっきの迷子はもう母親と合流したのです。
普段から迷惑な叔父様のおかげでトラブル処理に慣れた、わたしの残念な経験の成果なのです。
「PTAで食堂とかは開かないんだ?」
PTA?
それはわからないのです。
挙句にシミジミ一言。
「こっちの学園祭って・・・どっか変わってるねぇ。」
ぶち。
当の企画者がここでひきこもってるのに!
その張本人にだけは言われたくないのです!
「・・・混沌の世から嘲笑を響かせ、楽園を悪しき世界に変えようとする根源は、この口ですか!」
「ひふぁい!いふぁいよぉ・・・くるぁりふすぁん・・・ちぇ、キミは意外に中二病だったんだね。しかもかなり重症だ。」
ぐっさし、です。
思わず胸を抑えて固まってしまいます。
「クラリス様は本当にご主人様の薫陶を厚くお受けになっておられるのです。」
今度は、むか。
わたしが中二病とやらの保菌者だとしても、その大元の感染源が言うことですか!
とても不本意なのです!
なぜかアントがぎゅううううとつぶれた声を出していますけど。
「こんにちは。フェルノウル。今日の試合、お互い堂々と手合わせをしましょう・・・先日の二人もいますね・・・あなたには公開処刑の趣味があるのか。よくもまぁ堂々と・・・わたしの身分でもさすがに人前でこういうことは出来ません。」
それはどんな特殊な趣味なのでしょうか?
「レリューシア王女殿下。これは正当な懲罰なのです!決して趣味でも私刑でもありません!」
そこで首をかしげるエミルには、後できちんと言い聞かせてあげます。
「委員長閣下、いいから首から手をお放しください。そろそろ危険な状態ですし、王女殿下にも失礼ですよ。」
仕方ありません。
確かに失礼ですし。
でも閣下はヤメテ。
わたしはぐったりしているアントをポイッとメルに投げつけて、王女殿下にあいさつをするのです。
「すみません。王女殿下。失礼をいたしました。エリザさんとオルガさんもすみません。」
黙って、それでも礼を返してくれる双子の側近です・・・オルガさん、本当にオトコノコなんでしょうか?
3人おそろいの水糸の髪に水色の制服姿・・・わたしには見分けがつきません。
「先日の件もあります。気にしないでください・・・そうか、公開処刑の趣味ではないのか。」
なぜか残念そうな王女殿下です。
「ところで・・・フェルノウル、実は困ったことがあります。」
ぎくっ。
「はい?なんでしょうか?」
わたしを近くに招く王女殿下です。
困ったこと?
何があったんでしょうか?
不安でドキドキします。
「うむ・・・わたしは隠していたのですが、王宮でもガクエーサ~が話題になって・・・しかもそこのエリザが余計なことを・・・」
エリザさんが大きく頭を下げています。
何回も言われたみたいでよく見ると赤い瞳の周りも真っ赤。
ウサギさんみたいです。
「おかげで・・・父上が忍びで来ている。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「あれでも世情には詳しいし、よく隠れて市内を散策しています。何もないとは思いますが、一応知らせておく。」
「・・・あの・・・レリューシア王女殿下の父君というのは、王弟であられる・・・」
「うむ。サーガノス大公だ。いえ気にしないでください。ただの物好きな中年だ。政治は兄に、娘の教育は師に任せっぱなしのくせに、こういうものには目がないというロクデナシ。」
わたしの体温が一気に10度くらいさがった自信があります。
「・・・デニー・・・」
「・・・はい。学園長にもお伝えしてきます!」
「ああ・・・それ言うたら、うちの父ちゃんと一緒にシャルノのトコも来てるで。」
それは・・・天下のアドテクノ商会長に名だたる名家の当主テラシルシーフェレッソ伯爵もいらっしゃっていたんですか!
「だって、ガクエンサイって保護者に見てもらうんやろ?うちらの学業の成果とやらを。何や二人とも喜んでおったそうやで、娘の成長をじかに見れる言うて。」
そうでした。
わたしの両親は忙しくて来られないけど。
言われるまでもなく、考えればわかることでした。
しかも。
「これはまぁ、みなさんお揃いで。お久しゅうございますなぁ。本日はよろしゅうお願いします。」
ジェフィ!
デクスフォールン男爵家の次期当主まで!
・・・とは言え、男爵家はかなり落ち目ということなのでこの際スルーです。
どうせジェフィですし。
なにかあってもこの性悪陰険腹黒女はさっさと逃げるでしょう。
さすがに今回の件の原因になるとも考えにくいですし。
「クラリスはん?なにやら今、失礼なことお考えですか?」
無視無視。
何でも顔に出てしまうらしいわたしの残念な女子力ですけど、ここは無視。
しかし・・・こうなると、これから起こるであろう「何か」がもたらす原因は、誰かが標的の人為的なモノかもしれませんし、その原因が何であれ、その影響は王国を震撼させるものになりかねないのです!
ホンの数分前まで残っていた甘い期待がすっかり失われて、わたしとデニーは喧噪の特設本部内でしばらく立ち尽くすのです。
そんな中、「拡声」係が園内にアナウンスを始めました。
「1300より、野外演習場にて、市内4校による魔術対抗戦が行われます。魔法学校の生徒たちが繰り広げる、華麗な魔術の戦いをぜひご覧になってください・・・繰り返します・・・」
これから魔術戦が始まります。
さすがにわたしたち企画運営委員も学生はいったん野外演習場に整列しなくてはなりません。
一部の運営はワグナス教官方にお願いしています。しかし教官のみなさん、本当に生徒に任せっぱなしです。
この二週間、授業もかなり準備や練習に費やして、ほぼ放置。自主性を育てるとは言っていますけど・・・。
それでも学園長にはさきほどデニーが「お忍び」の件を報告しています。
後はお任せするしかありません。
そんなことを考えながら整列をするわたしたち、エスターセル女子魔法学園のみんな。
それより早く整列を終えているパントネー魔法女子学院、まだゆっくりしているヘクストス女子魔法学校、警備の人が戻って来ない冒険者のみなさん。
ヘク女の先頭は王女殿下にエリザさん、オルガさん。
こっちを見た王女殿下はかすかに笑みを浮かべています。
わたしは思わず頭を下げます。
顔を上げると、その隣の列にこちらもあの細い目で微笑みを浮かべるジェフィ。
そっちにはそっぽを向きます。
ルーラさんは・・・まだ戻っていないようです。
冒険者さんの方々、お忙しいのでしょうか?
何かあったんでしょうか?
そんな時、突如デニーの声です。
今日は朝からずっと片手にワンドを握ったままです。
ずいぶんあわてて、以前の口調にもどってますけど。
「クラリス!学園の結界に異常よ。何者かが強力な魔術を行使していると思う・・・その数・・・6カ所!?しかも・・・そこから一体、来るわ!」
デニーのワンドは淡く輝き、術式を行使している状態・・・今日のあの子は準備万端だったわけですね。
さすがです。
その指さす方向には、濃い灰色をした、「空間の揺らぎ」・・・あれは「転移」の兆候?
学園を訪れた要人をねらった、暗殺?テロ?
ですが、こちらも学生の割りには経験豊富な身。
侵入者ならば、全員捕えてやります!
それでガクエンサイは守れる!
そして、その姿を探すわたしの目に・・・。