第11章 その23 やってきたその日の朝
その23 やってきたその日の朝
「ニセご主人様?」
メルがアントの隣にすり寄っています。
随分となついてしまいました。
まぁ、それはいいです。
よくありませんけど。
ですが、そのメルが不安げに声をかけるには理由があります。
アントが以前のようにメルにべたべた触ろうとする様子もなく、大人しいのです。
「ああ・・・メルちゃん。何でもないさ。落ち着いたら気になってね。僕はうっかり知り合いなんて言って、クラリスさんやあの子を巻き込んだんだな・・・。」
「あの子」ことシャルノが事後処理を引き受けてくれて、ヘクストス女子魔法学校に残りました。
わたしたちが去る時には、レリューシア王女は「平穏」の効果がきれても、もう落ち着いておられて、王族らしい鷹揚さを取り戻していました。
そしてわたしたちに頭を下げ、側近のエリザさんとオルガさんを慌てさせたのです。
ですから無事解決と言ってもいいのです。
ちなみにアントはシャルノの美少女然とした姿に気後れしたのか、あるいは何のトラブルもない初対面の相手に対するいつもの態度に戻ったのか・・・つまり我関せず、で名乗りもしません。
叔父様もそんな感じでした。
逆に言えば、いかに初対面の相手とのトラブルが多いかをわたしに思い出させるのですけど。
そして、わたしは東街区の異民局にアントを連れていくところです。
連れ戻されることがイヤで抵抗しないか心配していたのですが・・・。
「だって、僕のトラブルで、キミたちまで王女様ににらまれかねなかったんだ。奇跡的になぜか王女様が機嫌を直してくれたけど・・・でもそうじゃなかったら・・・ゴメンよ、クラリスさん。あの子にも謝っておいて。」
「いいえ、ニセご主人様!もとはと言えばメルが悪いのです。」
「ううん、メルちゃん。王女様の特殊な趣味を差し置いても、騒ぎを大きくして、クラリスさんを巻き込んだのは僕だ。」
随分と殊勝なアントです。
気味が悪いくらい。
「本当におかしいですよ?あなたは以前もわたしやレンを助けてくれたじゃありませんか。今度だって、ちゃんと王女殿下の悩みを取り除いて。」
そういうわたしに、アントは首を振ります。
「あれは僕じゃない。まだ自分のこともできない未熟な僕には、そんなことは出来るはずがない。」
そして、大きなため息。
「僕が、もっと大人なら、キミたちを巻き込まずに済んだし、もっとうまく解決できたかもしれない・・・それでも僕は大人なんかなりたくないけどね。」
今のアントはわたしに話してはくれません。
ですがわたしは知っています。
この子にも前世の記憶があるはずなのです。
ですから、前世での年齢を足したくらいには大人でも不思議ではないのです。
でも、アントの個性、精神の骨格とでもいうべきものはやはりこの世界で過ごした16歳の少年ですし、35歳になっているわたしの叔父様も、その年齢なりの人柄です。
まぁ、いろいろ子どもっぽいというか、ダメな部分はあり過ぎますけど、それでも今のアントには持ちえない「何か」を持っています。
考えてみればアントだって、エスターセル魔法学院の受験であんな非常識な論文を書いたはずだし、自分の腕に魔術回路を描きこむような知識も技術もあるはずです。
それでも、明らかに35歳の叔父様には及ばない。
でもそれを「当然」の一言で言えない・・・。
「アント・・・わたしはあなたが好きですよ。だからそんなこと気にしないでください。」
残ったその左手を握ります。
あの日、わたしを引っ張ってくれた、あの左手です。
アントも握り返してくれて、でも
「それはとてもうれしいよ。僕のお姫様。でも、キミの助けになれなくて、むしろ迷惑かけている自分を許せない。」
・・・こんなに真面目な人だったのかしら?
叔父様もそうですけど・・・というか同一人物ですから当り前ですが・・・ぽろっとでた本音は意外に深刻なことが多いのです。
「キミは、きっと大きなことを目指しているはずだ。そうでなきゃ、キミみたいな女の子が魔法学校に入って戦争に行こうなんて思わないだろうし、何よりキミは、遠くに大きな目標をもって頑張っている、そんなきれいな目をしてるから・・・僕にはかなえられなかった夢がキミにあるのなら、それをかなえてあげたい。それなのに、ボクはダメだな。」
そういうアントは、それでも言うことを言ってすっきりしたのか、異民局への道中、少し機嫌よさそうにゆっくり歩きます。
わたしの手を握ったまま。
「閣下!どうしました?手が止まってますよ?」
「ごめんなさい、デニー。」
学園にもどったわたしです。
わたしより先にシャルノが戻っていて、王女殿下に呼び出された一件を上手にごまかして伝えてくれていました。
「クラリス・・・今日はもうお帰りになった方がいいのではありませんか?」
そのシャルノにこうまで言わせるほど、どうも集中できていません。
ですが、みんな明日のガクエンサイの準備で大忙し。
その中で責任者のわたしが帰る訳にはいきません。
「せめて少し休めば?」
リトが「たこ焼き」の特訓しています。
それを手伝うはずのわたしが、さっきから失敗ばかりで、なのに気にかけてくれて。
「大丈夫です。」
こんなことくらいで。
16歳のアントに押し付けて、まだひきこもってる叔父様。
なぜか腹が立ちます。
あの、一見ひねくれていそうで、実は真っすぐなアント。
その子が、本来あと20年近くの歳月をかけて到達するはずの、叔父様。
二人を見て、それを比べている自分。とてもイヤな女に感じます。
「クラリス、めっちゃおかしいよ?」
「ソンナコトはありません!エミルの気のせいです。」
ポカ!
あれ?
「やったぁぁあ!悪女帝に一撃当たったよぉぉお!」
今は舞台のリハーサル中でした。
もともとわたしはやられ役です。
それが演出通り主役の攻撃を一回受けたくらいが何です?
「だって今まで一回も当てられなくて逆に瞬殺されてばかり・・・やっと演出通りに進みそう・・・って、きゃあああ!」
ドタンとか、バタンとか、ドカアアンとか、そんな音が響きます。
「そんなぁ。」
「ふん、です。わたしのお遊び攻撃で全員吹き飛ぶような、そんな気合で何がリハーサルですか!明日は本番ですよ!」
「いやいや、今のはマジやったんと違うか?」
「うるさい性悪商人!今です悪知恵参謀!」
「ほんとにいいんですかぁ、陛下・・・では、コホン。どうだぁ、くらえ、我が新兵器を!」
デニーは手に持った携帯黒板を爪でひっかいて異音を立てます。
とても不快な「っきっき~」って音がします。
みんな耳を抑えてのたうち回るのです。
ここは、普通にお芝居じゃないです。
「ええっとフェルノウル戦隊長。明日のフォーメーションだが・・・」
「・・・。」
エクスェイル教官との打ち合わせです。
今まで何回もしてきた打ち合わせはシャルノを通していましたが、直前で、しかも先日潜入した時の情報を考慮した戦術を考えるとなると、直接会わなければいけません。
ですが・・・。
「ここで指示を出すときに……」
どうして叔父様はエクスェイル教官を学園に推薦したのでしょう?
イスオルン主任教授の代わりが務まる人物がそうそういるわけでもないのはわかるのですが、それにしても・・・。
「クラリス、教官殿が聞いておられますよ?」
「すみません!そこは、実はレンネルが・・・。」
答えながら、レンを思い浮かべます。
正確には、ミレイルトロウルの変種である「ミライ」に感応しているレン。
失われた「夢見の一族」の力を取り戻したレン・・・。
レンは何回かアントを訪ねて異民局にお見舞(?)に行っていました。
ミライは早く叔父様に戻ってほしがっていますが、アントとも仲がいいレンは複雑な気持ちの様で・・・。
「失礼します!クラリス!」
「どうしましたか?ソニエラ、まだお稽古していたんですか?」
「はい、ですが急にレンが倒れて!今救護室に運んで、スフロユル教官に」
「すみません、教官殿。失礼します!」
わたしはソニエラとともに急いでレンの元へ向かうのです。
ベッドの中のレンは、シーツみたいに顔がまっ白。
普段でも日焼けしない子なのに、今は生きているか不安なくらいです。
「・・・クラリス?」
「レン?気が付きましたか?よかった。」
みんな安心する中、レンはわたしを招きます。
レン?
近寄ったわたしに、ギュウッと抱きついたレン。
わたしより一回りは小さな体が震えています。
わたしは抱き返すのです。
「レン?大丈夫です。わたしがいます。スフロユル教官もソニエラも、みんな心配してますよ。」
「・・・ありがとう。でも・・・」
レンはわたしの耳元に、その小さな唇を寄せて、微かにささやきました。
「クラリス・・・明日なの。明日。」
「レン?レン!?」
再び気を失ったレンを抱きかかえて、わたしはレンの名を繰り返します。
明日。
明日何かが起こる。
それはきっと「夢見の一族」としてのレンの言葉。
告げてはならないことを、伝えてくれたレンの精いっぱい。
それを受け取ったわたしです。
しかしわたしに何ができるでしょう?
レンには夢の内容を話せない禁忌をあります。
誰にも言えない。
何が起こるかわからない。
それに対することは、不可能です。
できるとすれば・・・それは何が起こってもみんなを守る、その覚悟を決めるだけなのです。
わたしは、その日、下校時間ぎりぎりまで学園内を見回りました。
帰りには衛兵隊に顔を出して、明日のガクエンサイの警備について、クレイドル隊長にもお願いをしてきました。
あの後、しばらくして目を覚ましたレンは、いつものレンでした。
ですが、その夜、寮のわたしたちの部屋に忍び込んできました。
わたしの同室でいつもは真面目なリトも、レンの規則違反を見逃すことにしたのでしょう。
寝たふりをしてくれます。
わたしのベッドに入ったレンは、もう一度わたしに抱きつきながら
「明日、それしか言えないの。それが運命を見る者の責任なの。」
そう言って、それでもわたしに抱きしめられてようやく眠りについたのです。
戦場実習での、あの日のように。
そして、夜が明けて・・・今日はエスターセル女子魔法学園の学園祭なのです。
あれだけみんなで頑張ったのに、その今日を無事終わらせることは難しい。
朝日を浴びながら泣きたくなります。
いつ終わるかわからない準備の不安。
いつ始まりが来るのか先の見えない苛立ち。
次から次とおきた事件。
そんな困難を乗り越えて、みんなと手を取り合って、みんなでつくりあげてきたのに。
やっと、今、その日の朝を迎えたのに。
だからわたしは朝日に向かってつぶやくのです。
この思い出に満ちた日々のためにも。
「わたしは絶対守ってみせます。わたしたちのガクエンサイを。」
その誓いだけが、今のわたしの全て。




