第11章 その22 王女殿下の秘密裁判
その22 秘密裁判
「処罰だって?キミが王女様だとしても、勝手に人を捕まえて、勝手に人を処罰する権利はあるのかい?一応この王国にも法律はあった・・・と思うけど。」
世間のことに興味がないアントは、法律のことが不安で急にしりすぼみになります。
ですが法律くらいはちゃんとあるのです。
当たり前です!
しかもちゃんと「法治主義」です。
この王国では王制法治というのです。
国王の名の下に法律がある・・・って、それでは王族は法に従わないんでしょうか?
勉強不足でした!
「だとしても?貴様、王女殿下を疑うのか?」
「口で言ってるだけだし、王家の紋章なんて、僕は知らないし。」
そこは知っておきましょうよ、それくらいはせめて。
姪として恥ずかしいのです!
もう我慢できません。
「レリューシア王女殿下、発言をお許しください」と言いかけたわたしですが、オルガさんが先に堪忍袋が切れたみたいで、中央のアントの所に向かいます。
「きさま・・・王女殿下を侮辱するのも、いい加減しろ!」
剣を抜いて迫るオルガさんです。
形相です。
でも誤解です!
アントはあれが「素」であって、特に誰かを侮辱しているわけではありません・・・だからゆるされるというものでもないのでしょうけど。
ですから
「そうまで言われては仕方がありませんね。」
温和に見える、双子のエリザさんも続いて抜剣します。
こちらは困りながらです。
ですが
「これでは私刑じゃありませんか!罪があるとしても衛兵隊に・・・」
「そうですわ!王女殿下にふさわしくありませんわよ!おやめください!」
わたしに続いてシャルノも飛び出します。
しかし間に合わない・・・?
でも当の本人はまったく動じていません。
「やれやれ、僕は非暴力主義で、用があるからって言われてついてきた善人だけど・・・」
それは、いろいろ突っ込みたいのです。
「でも、無抵抗主義じゃないからね。」
アントが残った左腕を一振りすると、その手に棒が出現するのです。
まるで魔法のようです。
魔法を使えないはずの叔父様は、なぜか時々魔術師よりも魔法使いに見えるのです。
「質量、寸法、材質・・・ち、今はこれが精いっぱい。」
つぶやくアントは、そのまま棒をオルガさんに向けます。
え?
「僕は、女の子相手は苦手なんだけど・・・」
それを無視して切りかかろうと、振りかぶるオルガさんとエリザさん。
「話を聞けって!」
と言いながら、アントはオルガさんの喉を一撃で突き倒し、返す動作でエリザさんの剣を跳ね飛ばしました・・・って!?
ええええっつ!?
これは衝撃です!
ありえないのです。
アントが・・・つまり叔父様が女の子相手に暴力をふるうなんて、絶対にあってはならないことなのです。
それはあのエスターセル湖が実は幻の湖だったというくらいありえないのです。
しかし現実にオルガさんは床に倒れ悶絶しています。
エリザさんは・・・あれ、どこも痛めていないようです。
この差はいったい、なんなんでしょう?
「僕は女の子相手は苦手だけど、男相手に容赦はしないんだよ。だから最後まで聞けって言ったのに。」
はてな、です。
わたしのとなりでシャルノも仲良く同じ動作です。
「アントとやら・・・よくも弟のことを見破りましたね。あなたが初めてです。」
ええっと・・・まだはてなのわたしです。
・・・オトウト?
「そんなの一目でわかるさ。骨格・・・それに喉から鎖骨のラインとか、あと腰の曲線とか・・・致命的なのは股関節がどうしても広くなって、スカートや歩き方でごまかそうったって わかる人にはわかるんだよ。絵やフィギュアづくりで勉強すればね。」
それはつまり・・・
「そうさ。このオルガってヤツはオトコノコだ。」
やはり伝わってきません。
でも「男の子」・・・ええっ!?
オルガさんが!
「ああ・・・「男の娘」つまり女装した男なんだ。声だけ聞いてれば去勢でもされたんじゃないかってくらいハイトーンだけど、やはりちょっと違うし。いろんなセイユウさんの声を聞き比べたボクからすれば歴然かな。だいたいここまで女の子っぽい外見の癖に、言動が乱暴すぎる。「男の娘」にしては邪道だね。どうせならエリザさんと役柄を入れ替えるとか・・・」
なんの自慢ですか!?
しかも変な説明が始まりそうです。
加えてメルが
「さすがは、ニセモノでもご主人様なのです!」
って手を叩いてますし。
イケマセン。
長くなります。
「アント!」
強引に話の腰を折ります。
「って・・・コホン・・・しかし、王女様とやら。いくら王族でもこんな無茶はいけないね。どうせ言うこと聞かない人間をこうやってこっそり脅していた特殊な趣味の持ち主なんだろうけど・・・」
「黙れ!この慮外者!わたしの魔術で大人しくなるがいい!」
そういうアントをにらみ、王女殿下は豪華なメイジスタッフを取り出して「眠りの雲」を唱え始めます。
エリザさんも後退して「蜘蛛の糸」を唱えます。
それでもなお平然とするアントです。
この子の魔法抵抗は異常です。
魔法を使えないくせに無駄に高いのです。
心配して止めようとするシャルノにそう言って安心させます。
「・・・王女レリューシアの名において命じる。「眠りの雲」!」
「・・・王女殿下の側近エリゼアノスが命じます。「蜘蛛の糸」!」
・・・ホラ。
二人の魔力はアントに届かず、無効化されています。
「ばかな・・・レベル5の、いや、すでにレベル6はあるとすら言われているわたしの術式が・・・」
そう驚く王女殿下に向かってアントが言うのです。
「ヘタクソ。」
って大暴言。
それを聞いたわたしとシャルノは、両手を頬に当てて口を縦に開き、よろめくのです・・・確か「ムンクの叫び」と言うポーズです。
王女殿下は気を失いそうです。
そんなこと言われたことがないでしょう。
顔が真っ青になっています。
「どこのドイツかオランダか・・・おっと、誰が教えたか知らないが、キミの魔術には威力がない。世の術理を発現することで終っている。何が何でも願いをかなえようとする「意志」に欠けるんだ!」
これは止めなくては・・・そう思いながらも、あまりのことに体が動きません。
誰も止めないせいでアントは調子よく続けます。
メルが楽し気に拍手しているのがうれしいのでしょうか?
王女殿下は真っ青を通り越して、もう真っ白です。
「術式そのものは多少抑揚が単調だが、整理されたいい術式だ。でもそれは教わっただけで、完全に自分のものにするほどじゃない。大方教えられた術式をホイホイこなすだけで、暗唱できる術式の数だけはご立派だからレベルだけは高いけど、実際の効力は、所詮はサルマネの・・・っておい、ちょっと、それは卑怯だよ!」
痛烈かつ饒舌なアントのセリフです。
その激しさには自身が魔術が使えないという悔しさも籠っているのでしょう。
ですが、それに耐えきれなくなった王女殿下は、ついに・・・大声で泣き出したのです。
「ええ~ん」って。
これはどうしましょう?
これも不敬罪なんでしょうか?
「やめてくれ~僕は女の子に泣かれると、こっちまで泣きたくなるんだ・・・だから苦手なんだ・・・。」
苦手って・・・そういう理由?
「助けてよぉ、クラリスさぁん。」
すがりつくようなアントの視線が向けられます。
それはハッキリ言って迷惑なのです!
「ここは・・・撤退の場面でしょうか?シャルノ?」
「気持ちはわかりますが・・・どうしたのですか、あなたらしくもない。」
いいえ、こんな混沌の中です。
王女様は小さい子どものように泣き叫んで、エリザさんは茫然として、オルガさん?はまだ悶絶して、アントは泣き顔で、メルはさっきまで拍手してた手をどう収めようか悩んでてかわいく首を傾げて・・・そんな混沌。
これはもう収拾不能でしょう。
「では転進ですか、シャルノ?」
「ですから、クラリス・・・もう、わたくしが王女殿下はお相手させていただきます。ですから、そちらはあなたの担当ですよ。」
そう言って、シャルノは王女殿下のもとに向かったのです。
前門の虎と後門の狼を分担して個別に対応しようするシャルノは、すごいのですが、これは苦労をかってもらったんでしょうか?
それとも押し付けられたんでしょうか?
普段のシャルノであれば間違いなく前者なのですが、あの緩んだ口元がアヤしいのです。
「エグ・・・ヒック・・・。」
未だ泣き止まない王女殿下ですが、ひところのお怒りは収まって、
「グスッ・・・そいつらは・・・もうよい・・・グス・・・ヒック」
一応アントとメルの秘密裁判?は中止になりました。
ホッです。
最初はシャルノが、次いで正気に返ったエリザさんが王女殿下をあやして、少しマシ・・・いえ、その・・・もとに戻りつつあるところです。
「・・・やれやれ。しかしキミたちはホントにいつもこんなふうに、気に入らない人を拉致って脅してるのかい?」
こっちは落ち着いて、椅子にデンと座ったアントです。
メルが嫌がらずにその隣にいます。
ちょっと近いです。
かばってもらったせいか、ニセモノを少し見直したのでしょう。
「いいえ。二回だけです。入学してすぐ、王女殿下に口答えした同級生を一人・・・その娘の態度の変わりようで、他の生徒たちはみんな大人しくなりましたので。後は夏休み前に、優秀さを鼻にかけていた生徒を。」
「・・・わざわざこんな部屋までつくって・・・たった二回?そりゃコスパ悪すぎ。いくら身分をかさにきた悪趣味にしたって・・・。」
「わ・・・わたしだって・・・こんなのが・・・よくないことなのは・・・でも・・・」
すっかり子どもに戻った王女殿下です。
目も鼻も真っ赤。
今エリザさんが鼻をかんであげました・・・過保護では?
「時々・・・ガマンできなくなるのです・・・自分が抑えられなくなるの・・・。」
聞けば王女殿下は、師であるゲルマイル先生の期待に応えらず、叱責されると精神が不安定になり、他人に当たることがあるそうです。
特に王女の身分に従わない者や自分より魔術が優れている者に・・・え?
「よく標的になりませんでしたね、クラリス。」
どきっ。
「な、なんのことでしょう、シャルノ?・・・わたし王女殿下に逆らったりしてませんし、別に優秀って・・・」
「逆らったじゃないの!思いっきり!しかも平民のくせに私と同じレベル5?何者よ!」
・・・両手を振り回して、食って掛かる王女殿下です。
言葉遣いまで子どもに・・・いえ、おそらくこちらが「地」なのでしょう。
「さすがに他校の生徒じゃ問題が大きすぎるからってエリザに言われたから我慢したの。それなのに、今度はこいつら!」
「こいつ一号で~す。」
「じゃあ、メルはこいつ二号なのです。」
すっかり仲良しに・・・じゃありません。
「そこ!挑発しないで!」
シャルノは頭をかかえて・・・かわいそうに、こんなのが「婚約者」候補なんです。
そこは、ふん、ですけど。
「だいたい身分なんていっても、キミがえらいわけじゃない。」
慌ててアントの口を塞ごうとするわたしとシャルノです。
あなたの主張は理解し尊敬していますが、ここでわたしたちを巻き込まないで!
「いや、この子には、ちゃんと教えてあげなくちゃいけない。」
そう言って立ち上がったアントは16歳にしては小柄で、童顔。
さっきの醜態を見なければ 14歳の王女殿下の方が大人びています。
それでも、今のアントは少し違って見えました。
なぜなんでしょう・・・?
「キミ。人に貴賤はないんだ・・・メル。」
「はい。ご主人様。」
そう愛らしく微笑むメルです。
彼女もどこからかワンドを取り出し、術式の詠唱を始めます。
これは・・・なんの術式でしょう?
首をかしげるわたしですが、王女殿下にエリザさん、オルガさんは
「なんという滑らかな古代魔法語の詠唱・・・」
「韻と律がこんなにも整えられて・・・」
「術式の動作が見事・・・これがこの子どもの?」
12歳でも半獣人でも、メルの実力は教官クラス。
すでに中級術式を唱えられるのです。
忌々しい事実ですけど。
初見の方々が驚くのは当然です。
「・・・我、人の子の一人 メルセデスが願う。「平穏!」」
メルの詠唱の直後、その大きな魔法円に再び驚く王女殿下。
その白銀の輝きがおさまると、わたしたちは、こんな時にもかかわらず、とても落ち着いた気持ちになるのです。
まるで自分のベッドの中にいるような安らかさと、でも図書室で夢中で本を読んでる集中力が同居しています。
「これは、中級の精神魔法「平穏」だ。術の効果が続く間、心が動揺しなくなり、思考は明晰さを保つ・・・すごいね、メルちゃんは。キミに魔術を教えたのはきっとすごい人だね。」
「それは、本物のご主人様なのですよ?」
これも自画自賛っていうんでしょうか?
「・・・なるほど。今なら自分がいかに未熟で愚かだったかわかります。これは平常心を高める術式なのですね・・・こんな子どもにわたしは劣っているのですね。」
まだ頬の赤みは残っています。
それでももういつもの王女殿下・・・いえ、ずっと素直そうです。
「王女殿下、お気になさらず。メルには姉弟子であるわたしもかないません。この年で我がエスターセル女子魔法学園の助手となったのは理由ないことではないのです。」
「わたくしも初めてメル助手を見た時は、怒ったものです。ですが、教官殿がわたくしたちに教えてくださったのです。人に貴賤はない、と。人が好かれ、認められ、愛され、尊敬されるのは身分ではなく自らの行いによるのですわ。」
わたしもシャルノも「平穏」の影響下にあって、そのせいか普段なら言いにくいことやとっさに話せないことが何でもないことのように言えるのです。
「随分、エライ人なんだねぇ。キミたちの先生って。」
だから自分で言いますか。
「平穏」がかかっていなければ吹き出すところです。
「だけど、この世界でそんなことを言えるのはちょっと変わりすぎだ。」
まぁ、異世界からの転生者ですし。
そのアントには「平穏」はかかっていません。
メルの術式にすら抵抗しているのです。
そして、そんなアントが、その幼い顔に似合わないはずの、優しさと落ち着きのこもった表情を王女殿下に向けるのです・・・口調は相変わらずでしたけど。
「で、結論だ。キミ・・・王女様。キミは今、自分を知った。メルを知ることで、初めて知った。偏見を持たずに人を見ること、世界を知ること。これができれば、もっとキミは成長できる。だけど、なにより、魔術師である自分と向き合いたまえ。キミは魔術を使って何をしたいんだい?ただ才能があって、師匠が偉い人で、でもそれでかなえられるものは、きっと限界がある。だって、ヒトが「願う」ことを叶える術理が魔術なんだから。だからキミはキミの願いを知って、それをかなえるために努力したまえ。そうすれば身分とかレベルとかで縛られてるのが、誰でもない自分だったってわかるし、もうあんな特殊な趣味に駆られることもないよ。」
まだ「平穏」の効果は続いていたと思います。
それでも、そのアントの言葉を聞いたレリューシア王女殿下は再び泣き出したのです。
ですが、それはさっきとは違う涙なのです。
アント・・・叔父様は、どんなに願っても自分の力で魔術を使えません。
ですが、その叔父様がときどき見せる行い・・・例えば人知れず苦しんでいた14歳の女の子を一瞬で救うような、そんな姿を見せられると、この人こそが本当の魔法使いではないか、わたしはそう思ってしまうのです。




