第11章 その21 ガクエンサイが始まらない
その21 ガクエンサイが始まらない
「いよいよエスターセル女子魔法学園のガクエーサ~が始まる。企画運営委員長でもある、かのクラリス閣下の願いによって、当日はなんと入場無料!しかし校内を彩る装飾の数々も生徒の力作、お見逃しなく。特に玄関に配置された全校生徒の集合イラストは、不肖吾輩も真っ青だ。制作責任者リル嬢に脱帽である。」
デニーがもらってきた新聞を音読するのを、みんな聞いています。
ついに明日は学園祭なのです。
「へへへ!どうだいどうだい!あたいのイラストがこんなに評価されちゃったよ!」
なぜか妙に露出度の高いイラストで自分が掲載されたリルです。
「客受け」狙い過ぎです。
誰に読ませるんですか、この記事?
「昨日、見せたばかりなのに、もうこんな記事になって・・・」
しかも早過ぎですクレオさん、ていうか、「かの」とか「閣下」とかって何ですか!もう・・・。
「次。次読んで」
「はい・・・ひとたび学園内に入るなら、大壺亭や万食屋、有名屋台が勢ぞろい。そこに負けじと参戦するは、海賊たちも逃げ出した、内海の脅威、大海獣、あのクラーケンを葬った、勇気と正義の乙女たち!売り切れゴメンののぼりを掲げ「伝説のたこ焼き」でいざ出陣!」
クラーケンを囲んで、蹴飛ばすジーナ、切りつけるリト、魔術を唱えるアルユン、なぜか決めポーズのファラファラ。
これもド派手なイラスト付きです。
なんとか、「クラーケン討伐隊」こと「たこ焼き隊」の一行も、おいしいたこ焼きを焼けるようになりました。
しかし、準備をさぼってたファラファラが一番手際よくて・・・ふとわたしの視線を感じたか、リトが目をそらして、ぼそっとつぶやきます。
「今日も特訓する!」って。
・・・そう。
リトが一番へたくそ。
どういうことでしょう?
勉強もできるし、器用だし、海産物も好きなのに。
あのジーナなよりも下手なんて、不条理です。
意外にジーナ、野外料理とか屋台は性に合うそうです。
アルユンは、生のクラーケンに触らなければ・・・つまり焼くだけなら、問題なし。
「入場料無料はともかく、屋台から出店料とらんで、ホンマにええんかい?」
お金が絡むと、変な話し方になるエミルです。
会計というか、性悪商人としては、稼げる所からは稼ぎたいのでしょう。
「ダメです。その代わり、屋台連合さんが冒険者さんを雇って園内のトラブル処理を負担してくれることになったんですから。」
なにしろ一年目のエス女魔です。
生徒は20人ですし、教官もいろいろあって定員に足りません。
人手不足です。
せっかく来てくださる方になにかあっては大変です・・・って、
「その冒険者さんの中にルーラさんたちも入ってるんですよね。」
これは先日、各校に潜入して得た情報の一つです。
「せっかく魔術対抗戦の相手としてご招待したのに。わざわざお仕事なさるなんて、大変ですわね。」
「冒険者さんはたくましいんです・・・でも休憩時間は案内してあげましょう。」
ホントです。そして
「ええっと・・・舞台の見せ場は、華やかな、生徒自作の少女歌劇。脚本演出すべてが自作、その名も「突撃!悪女帝国討伐隊!」。笑いあり涙あり感動ありの娯楽作。また宿敵の悪女帝の正体は、まさに驚愕!一同、刮目せよ!・・・ここにはイラストはありませんね。乞う当日・・・って閣下ぁ、苦しいです!私の首を絞めないで~」
「・・・クラリス、ダメ。まだ本番じゃないの。」
「レン、そこかいな!」
わたしの名前を悪の帝国に冠することだけは死守しました。
それでも明日は引きこもりたいのです。
「大丈夫。本番になれば、どうせいつも通り。」
「リト、どう意味ですか!」
「はいはい、次行こう!」
「ゴホゴホ・・・そして、ガクエーサ~の華は魔術戦!市内の魔法学校を招き、4校総当たりでその魔術と組織力を競う大勝負!乙女の意地と学校の名誉をかけて、壮絶な戦いになるのは必定だ!これを見ずして、今年は語れない!諸兄、来たれ、エス女魔のガクエーサ~へ!」
11月14日発行 ヘクストス・ガゼットより。
これは、もうクレオさん、筆禍です。
何が起こるか不安の上に、何を見られてしまうのか、怖くてたまりません。
本気でひきこもりたいのです。
異民局にでも隠れていようかな、などと考えてしまいます。
「新聞じゃないけど、いよいよ明日ね。」
エミルは感慨深げ・・・いえ、みんなそうです。
10月の最後に突然「ガクエンサイ」なんて言われて、手探りで始めた計画とその準備のつらい日々も、ようやく明日で終わりです。
いえ、準備はもう今日が最後。
「みなさん・・・明日は楽しむだけですよ。そのために、今日は、最後のギリギリまで、見落としがないように頑張ってください。」
ホームルームでワグナス教官がそうおっしゃいます。
楽しむ?
確かに学園祭の企画が始まって、最初に教官はそうおっしゃいましたが、正直とても楽しめません。
明日もそんな気になれないのです。
きっとみんなもそうなのです。
そんな複雑なわたしたちの想いは、次の瞬間、見事に撃ち砕かれます。
ドォ~ン!って、 教室の扉が乱暴に開かれたのです!
「フェルノウルはいるか!王女殿下がお呼びである!」
クラスメイトの視線が、いえ、ワグナス教官の視線もわたしに向けられます。
視線をたどってわたしを見つけた水色の制服姿はオルガさんです。隣にエリザさんもいます。
しかし、研究中心主義で、自由過ぎるヘク女と違って、うちはちゃんとした軍学校なのです。
ホームルーム中にそんなことをされては困るのです。
「王女殿下のお召しとあらばクラリスくん、すぐ行ってきなさい。」
って、ええ!?
ワグナス教官、それはないんじゃ・・・。
そんなわたしの願い虚しく、ワグナス教授は苦々しく首を振るのです。
がっくし、です。
「お待ちください。いくらレリューシア殿下のお召しであれ、用向きも聞かないまま、ましてクラリス一人で行かせるわけにはまいりません。わたくしも同道いたします。」
頼もしくもシャルノが立ち上がると
「同じく。」
「わたいも。」
リト、エミルについで、デニー、レン、リル・・・ジーナにソニエラまで!?
立ち上がらない他のクラスメイトも心配そうだったり、逆にガッツポーズだったり・・・とてもうれしく、頼もしく感じます。
そっぽむいてあくびしてるアルユンは別ですけど。
「ありがとう、みんな。ですが、この後、明日の準備で忙しくなります。わたしはともかく、みんなに抜けられては間に合いません。」
みんなが何とも言えない表情になります。
「ではわたくし一人だけでも同道させていただきます。わたくしの仕事も概ねすんでいますし、後はヒルデアとユイにお願いいたしますわ。それに、最初に言い出したのはわたくしですし、ね。」
シャルノがクラスを見回すと、みんなシブシブ着席するのです。
プラチナブロンドの髪をたなびかせニッコリ微笑むシャルノ。
とても絵になる美少女なのです。
わたしは
「シャルノ・・・お願いします。」
と頭を下げ、
「ヒルデア、リル、ジーナ、ソニエラは、それぞれの部門、お願いね。エミルとデニーは総括と各部門のサポートを・・・みんな、それぞれの仕事、しっかり頼みます。」
そして、オルガさんとエリザさんの所に向かうのです。
「フェルノウル。貴様、こやつらに心当たりはあるか?」
・・・どうしましょう?
ここはヘクストス女子魔法学校の一室です。
先日潜入した時には気がつかなかった、こんな怪しい部屋・・・。
まるで裁判でも開けそうな雰囲気の部屋です。
法廷ですか?
秘密裁判なんですか?
まさかの「スペイン宗教裁判」とか?
裁判官みたいに最上席にいらっしゃるのは水色に髪に紅い瞳の、レリューシア王女殿下その人。
そして、部屋の中央にいたのは・・・
「・・・はい。」
わたしは、ため息交じりに答えます。
もはや諦めの境地なのです。
「あれ?クラリスさん?なんで?」
「クラリス様・・・申し訳ございません。」
なんで?それはこちらのセリフなのです、まったく。
そこにいたのは、アントとメル!
アントは黒い服でまだ片腕のままで、メルはいつものメイド姿です。
二人の姿を見て、激しい頭痛を覚えるわたしです。
隣からシャルノの不思議そうな声が響きます。
「女子校になんで若い男子がいらっしゃるのですか、殿下?しかもメル助手まで・・・殿下、その娘は我がエスターセル女子魔法学園の助手でございます。」
「男はそこのフェルノウルと同じ名字で、聞いたところ知人と答えました。加えてそっちは学園関係者と主張して・・・まさかと思っていたのですが。こんな小娘、しかも半獣人が助手?本当なのですか・・・貴校は随分といい加減なのですね。」
明らかにメルをさげすむ言い様にその表情です。
まだ高貴な、でも幼さが残る美貌に似合わないその表情。
アントは、あからさまに不快な顔をします。
わたしですら、もう頭痛を忘れています。
「この者らは・・・」
わたしたちに相対する席に座っているのは、オルガさんとエリザさん。
オルガさんの説明によれば、今朝、登校中の殿下の馬車の前に二人が飛び出したとか。
どうやら異民局を抜け出したアントをメルが追いかけていた、ということの様です・・・そんなに警備緩くないのに・・・この子はよくもまぁ、抜け出せるのです。
さすが、くさっても叔父様、いえ、くさってる叔父様なのです。
「そこで、こいつは、王女殿下の道を塞いだにもかかわらず、ロクに謝りもせず・・・」
「ちゃんと謝ったろ!ゴメンって。」
「なにがちゃんと、だ!王女殿下に無礼を働いて、ゴメンで済ませる気か!」
「何が無礼だって!そっちだって、公道をあんなに走らせるなんて危ないだろう。転校初日から寝坊して食パン食いながら「遅刻遅刻」って急いでたのかい、それともスピード狂の特殊な趣味でもあるのかい?それにしたって・・・」
とても残念なことに、相手も時と場所も選ばない叔父様の非常識は、16歳当時から変わっていないようです。
ホントに進歩のない人です。
「ニセご主人様!それは言いすぎなのです。そもそもメルが不注意だったのがいけないのです。」
アントの口を押えるメルです。
どうも馬車の前に出てしまったのはメルの方で、アントはそれをかばってこうなったというか、かえって悪化させているというか、そんなところなのでしょう。
シャルノがアントを指さし、口をパクパクさせて、何か言いたそうです・・・気づいたみたいです。
あ~あ、かわいそうに・・・気づかなければよかったのに。
わたしはかわいそうな同類を見つめる生暖かい視線を彼女に向けるのです。
そしてコクコク頷いてあげると、シャルノはその場に崩れ落ちます。
悲劇のヒロインも似合いそう。
明日の演劇で披露したら、男性客にウケるかもしれません。
まぁ、こんなのが一応とは言え「婚約者」候補と知れば、当然の反応でしょう。
「そう・・・教官殿って、あれでも大人になっていたんですね・・・。」
そんなシャルノのつぶやきを聞いていると「そんなに変わりませんけど」って言いたくなります。
ですが教官としてふるまっているときは、確かに多少マシになる叔父様なのです。
もっとも、日常を知っているわたしからすれば、まさに五十歩五十一歩なのですが。
「いいえ、その一歩は姪のあなたにとっては小さな一歩かもしれませんが、わたしにとってはとても大きな一歩だったのです。」
・・・どこかでだれかが似たたようなことを言っていた気がします。
ふとメルの胸に視線がいってしまって「でじゃぶった」感覚・・・いえ、錯覚です。
わたしとシャルノが、そんな報われないやり取りをしている間に、ようやく本題が始まったようです。
「この場で、この無礼な男とそこの汚らわしい半獣人の処罰を決めたいと思います。あなたとシャルノも関係者のようですし、裁きの場に参加することを許します。」
厳かに、王女殿下がおっしゃったのです。




