第11章 その19 男爵令嬢の逆襲
その19 男爵令嬢の逆襲
「夕べは、せーだいお世話になりましたなぁ。おーきに。」
昨日と同じく、制服姿のジェフィが一人で来ています。
わたしは打ち合わせに向かう前でしたが、みんなには先に会議を始めるようデニーを伝言してもらい、一人、応接室で対面することにしました。
エミル、シャルノとの関係修復を悟らせない情報工作でもあります。
しかし、率直に言うと、ジェフィと一対一は荷が重いのです。
そんなわたしの様子を察したのか、リトが同席を申し出てくれます。
「強敵?」
と聞かれると、答えに窮しますけど。
むしろ「宿敵」とか「仇敵」とかの方が似合いそうな、運命的な相性の悪さです。
エミルやシャルノも同意しそうです。
会議室で、香麦茶を差し出しながら対面すると、意外な初手は、変わらぬ笑顔での昨夜のお礼・・・礼儀は知っているようです。
それとも、これも何かの「手」でしょうか?
「あのくらい当然です。気にしないで。それより昨日の今日で、単独行動は危険では?」
「いいえぇ。あこぎなあちらさんも、あないになっては、もう手数がのうなってる思いましてなぁ。」
なるほど、です。それでも男爵令嬢が一人で動き回ることには違和感が残りますけど。
「ところで・・・そちらのおにんぎょみたいな別嬪はん・・・昨夜の棒術使いはんに似てはりますなぁ。妹はんですか?」
第二手は初対面のリトを褒め殺し・・・いえ、確かにリトはジェフィの言葉の通りかわいいのです。
ただ、この辺りでは黒い髪に黒い瞳は余りいい印象を持たれないことが多いので、どうしても地味な子って言われたり・・・って・・・アントとリト?
なぜかギョ、です。
実は、以前から似てるとは感じていましたが、それは同色の髪と瞳のせい、と思ってもいました。
しかし改めて他人から言われると・・・似てます。
もっとも一見ゆるい表情のアントと比べれば、いつも毅然としたリトの方がよっぽど顔の造作は整って見えるのですが。
「棒術使い?だれ?」
昨夜のことなんてリトには話す余裕もなく、このリアクションは当然です。
かわりにわたしが答えるのです。
「昨夜のアレは、ただのビョーニンです。」
って。
もう、いかにもウソですけど、これは、ばれていいウソなのですし。
「そうなん?ま、ええわ。詮索せん言うたんは、うちやし。」
再びはてな、のリトです。
その自然にかわいらしい仕草を久しぶりに見ると、心が洗われます。
「でもな、あないなけったいな人と好き合うとるクラリスはんも、なかなかの物好き思いますけどな。」
「物好きじゃありません!・・・じゃなくて、好き合ってなんかいません!」
実は物好きの自覚はありですけど。
しかし、リトの仕草で洗われた心が、一瞬で大嵐です。
本当にこの女との会話は油断できません。しかも
「まさかクラリス、フェルノウル教官以外に好きな人!?」
これはいけません!
早くも内部からかく乱されています。
もう、後手後手なのです!
そんな防戦一方のやり取りが続いて・・・疲れたころです。
「そいでは、おやかまっさん。そろそろ、いぬります。」
って、何しに来たんですか!
ただの嫌がらせですか!
その別名神経戦術の効果はかなりなものでしたけど、それでも、帰ると聞いて油断した部分もあったのです。
そして、わたしのガードが下がった、まさにその瞬間です。
「そうそう、大事な用件を忘れるところでしたなぁ。」
振り向いたジェフィは、今日一番の笑顔なのです。
そして、その用件がもたらした被害で、しばらくわたしは立ち上がれず、彼女をろくに見送ることすらできなくなります。
リトが元気づけてくれなかったら、今日のわたしはここで終わっていたかもしれません・・・。
「昨日の今日で、組み合わせを変えるって言うんですか!」
ジェフィが帰った後の、第一回魔術対抗戦作戦会議に遅れて参加したわたしは、ジェフィが今日やってきた用件をみんなに告げなければならず、それはわが校の会議室に局所的な「大地震」を発生させました・・・少なくとも会議の参加者の精神には、その上級術式並みのダメージを与えたことでしょう。
「正確には・・・対戦形式そのものを変える、と言うことです。」
わたしはついさっき、ジェフィがその会心の微笑みと共に話した内容を思い出します。
正直に言えば、あのタイミングであんな笑みを浮かべられるジェフィに敗北感すら覚えていました。
「そいでなぁ、昨日レリューシア王女殿下が、うちとことルル先輩んとことの仲いいことで気ぃつこうてくだはったんやけど・・・」
そうです。
昨日、ジェフィのパントネー魔法女子学園とルル・ルーラさんの冒険者養成校が姉妹校のような間柄なので、両校の初戦での対決を避ける、という結論になりました。
それすら、わざわざジェフィがルーラさんとの仲の良さを見せつけて、王女殿下をさり気なくミスリードした行動のように、わたしには感じられていましたが。
その結果、組み合わせは、トーナメントAブロックが我がエスターセル女子魔法学園(エス女魔園)対パントネー魔法女子学園(パン魔女園)、Bブロックが冒険者養成校(冒養)対ヘクストス女子魔法学校(ヘク女魔校)と決定したのです。
ところが・・・
「なんや、なんか申し訳のうなってなぁ・・・ルル先輩と相談したんです。そいで、ほなら、いっそのこと、トーナメントやめたらええんちゃうってなって・・・」
「待ってください!もうトーナメントは決まって・・・」
「すんまへん。クラリスはん。でもなぁ、うちらみんな集まる機会なんて、なかなかありまへん。みんなの親睦を図るっちゅう目的なら、いっそのこと、みんなと対戦したらいいわぁ、そう思わへん?」
・・・一理あるのです。
しかし、その腹の内にはきっと世界の深淵よりも黒い理由があるに決まっているのです。
「で、昨日の責任とって、さっきヘク女行って来たん。うちらんとこを気ぃつこうた王女殿下には、ぎょうさんカンニンしてもろうてなぁ。」
先回りされました!
ルーラさんはまだしも、王女殿下にまで・・・既に外堀どころか内堀まで埋まっていたのです!
「こいで、あんじょうみんなと対戦して仲ようなれる言うたら、王女殿下もあたたこ賛成してくだはりまして・・・」
この後もジェフィの話は続くのですが、それはもう、ただの音波兵器なのです。
いえ、あの笑顔も光学兵器。なによりその陰険腹黒謀略好きなその性格がすでに神経汚染をもたらす凶悪な兵器なのです・・・。
「これが三校の承諾書です。四校総当たりのリーグ戦への変更と、それに伴う基本的なルールの変更案・・・そして試合運営についての本校への委任などがその内容です・・・。」
みんなは、わたしが話す内容に、まず呆気にとられ・・・次いでその衝撃に打ちのめされました。
そして、沈黙が続きます。
長い沈黙の後です。
それでもようやくぽつぽつと話し始めます。
「対抗戦を主催する本校をこうもないがしろにし、王女殿下を利用しての、この決定・・・初戦で本校と当たることが不利なので、それを回避したということでしょうか?」
まず、そう言いかけたシャルノですが
「いやいや、そいだけなら、こんだけ大掛かりなこつはなかなかできへんで?」
エミルが直観的に否定します。
実はわたしもそう思うのです。
「おそらくこれは・・・」
みんなが発言を始めたわたしに注目してくれます。
「我がエスターセル女子魔法学園の弱点を的確についた策略なのです!」
わたしがそう言い放つと、みんな、さっきまで沈黙を忘れたこのように、各自でそれぞれ話し出します。
「弱点?」
「うちらにそないなのあるんかいな?」
「ボクたちのクラスには平民が多いとか?」
「全員一年生・・・ですけど、冒険者以外は同じ一年生対決ですし・・・?」
にぎやかなりに、だんだん近づいてきたと思います。
そして
「あ!・・・戦隊長閣下、ひょっとして、それは人数ですか!?」
デニーがメガネを輝かせながら叫びます。
徹夜明けのくせに元気です。
「そう。わたしたちは一クラスの小規模校。それが弱点です。」
「待ちぃや、クラリス。戦うんはどうせ20人やろ?おんなじ条件やないか?」
エミルがそう思うのも無理はないんです。
ですが
「でも、連戦は不利!」
そうリトが言うと、みんなが
「あ!?」
と声を上げるのです。
「そうです。リーグ戦に変更になったことに伴って、試合そのものは20人チーム同士の対戦ながら、大幅な補欠枠の設定とメンバー交代のルールが導入されました。その結果、他校は魔力を消費した選手を交代しながら戦うことができますが、もともと20人の本校には無意味なルールなのです。」
休憩をはさんだ二試合で決着がつくはずだったトーナメントから、三回戦わなければならないリーグ戦では、魔力消費が段違い・・・。メンバー交代ができるかどうかは大きな差になるでしょう。
「加えて、全力でぶつかるはずの初戦で、レベル5魔術士二人を有するわたくしたちと当たる不利もちゃっかり回避・・・さすがは陰険ジェフィというところですわね。パン魔女はレベル5がいませんし。」
「おそらく、昨夜、戦隊長閣下の実力を見て、慎重になったんでしょう。」
それは・・・まぁ、予期しない遭遇戦もあり、手の内は見せてしまいましたが・・・所詮は個人戦闘です。
「いえいえ、戦隊長閣下の実戦での迫力は一味違いますから。」
迫力なんて・・・何をうれしそうに言うのやら。
このバカメガネ、閣下は禁止でしょ!
「あなただって、いろいろさらしてしまったのでは?」
「私は「検知」「探知」だけですから・・・でも、レベルを聞かれて、正直に2ですって答えたんですけど、ジェフィ様は妙なお顔をしていました。」
・・・確かに認定レベルは2のデニーですが、前期の成績から既に一か月以上たって、戦場実習での実戦経験や独自の研鑽を積んだこの一月で、最低でも実力はレベル3以上あると思います。
しかも得意な「検知」「探知」系の術式に限れば・・・充分レベル4に匹敵する力はあると思われたでしょう。
「それ。」
同じ班のリトも、同様の結論に達したようです。
「そっか。デニーもつようなっとるんやなぁ。」
「エミルはレベル一つしか変わらなかったでしょう?もう追い抜かれているかもしれませんわよ?」
「げげっ!そりゃあかん!うちも気張らんと!」
シャルノに追及されて、エミルがあわてたようにそう叫ぶと、みんな大笑いです。
おかげで落ち込みかけていた士気が回復します。
これもわたしたちの強さ。
みんな、笑いを終えると、次々と対策を考え、周りと相談をし始めます。
みんなで本気で話し合って、同じ問題を共有して、真剣に悩んで苦しんで、でも、そんな時だから、仲間と一緒にいられることが楽しくて。
だから
「戦隊長閣下、私のレベルはともかく、要するにジェフィ様率いるパン魔女が、こんな小細工をしなくてはならないほど、創立一年目の我らがエス女魔を恐れている、そういうことではありませんか!」
デニーの発言で、みんな大いにうなずくのです。
そして
「さぁ、ここからよ!わたしたちはこの逆境を巻き返して優勝するの。みんな覚悟はいいわね!」
わたしがこう言えば
「おおおおおおおっ!」
って何倍にも力強く返ってくる。
これがわたしたちエスターセル女子魔法学園なのです。




