第11章 その17 深夜の秘密会議
その17 深夜の秘密会議
「では、あれは・・・要するに叔父様の「ひきこもり」だっていうことなんですか!?」
つい大きな声を出してしまいました。
レンが肩をすくめています。
「ごめんなさい、レン。そんなつもりじゃ・・・」
「いいけど・・・ミライがひいてるよ。」
そういうレンは顔を背けて逃げごしなのです。きっと、あれを「ドンビキ」というのでしょう。
「ミライも・・・ゴメンなさい。」
「・・・いいって。気持ちはわかりますって言ってる。」
ここは学生寮のわたしの部屋です。
ルームメイトのリトは明後日帰ってくる予定で、それまではレンが臨時に同室になっています。
とても幸いです。
おかげでレンにミライとの精神接触してもらい、事情を話すこともできたのです。
なにしろ、メルの話によれば、ミレイル・トロウルの鉱物脳、しかも脳幹部で35歳の叔父様と、その16歳当時のアントが入れ替わってしまったようなのです。
その数日前に、ミライが鉱物脳の力を手にして、その力で・・・半ば偶然ですが・・・わたしとアントが出会い、別れたばかりなのです。
ならば、この現象もミライには理解できるかもしれません。
そして・・・期待通りミライは事態の推測を教えてくれたのですが・・・。
「クラリス。ミライが言ってるの。」
かつてアントは鉱物脳の中で、自分の腕に刻んだ魔術回路・・・それ、違法です・・・を使い、術式を行使したそうです。
その結果、当然の報い・・・なんてヒドイ言い方!・・・を受け、右腕が無くなった、と。
そして、南方戦線に巻き込まれてしまった叔父様は、やむを得ず、しかし最短の手段として敵の隠れた指揮官であるミレイル・トロウルを捕捉しました。
そして、その鉱物脳にメルと共に潜入し、最後の手段に使ったのが、かつての再現。
鉱物脳という特殊な環境で使われた、過去と同じ禁忌の魔術が与えた影響は、理解できなくはありません。
しかし、それにしても・・・。
「そうね・・・これは、鉱物脳の秘密をわたしに教えてくれた時に、アンティノウスが話したことです・・・。」
レンの瞳の色が、いつの間にか深い蒼になっています。
ミライの意識が強く深くなっているのです。
「世界は人の「認識」によって形作られているのではないかって。」
はてな?です・・・本当に最近、謎が多いし、わからないことを言う人がわたしのまわりに増えたのです。
これもきっと叔父様のせい?
「世界を形作るのは、本当は物質ではないのですよ。世界を観測し、認識した人の精神によって、世界は生成されるの・・・だから人の認識が大きく異なれば、その集団ごとの世界は遠ざかり、そして・・分化する。だから、同じ地球が数多く異世界として並立し存在するの。」
あ!・・・叔父様に「唯心認識論」という考えを教わったことはあります。
ええっと・・・
「色即是空、空即是色・・・でしたか?」
人の観測と認識によって世界が存在し、形作られて、変成していく・・・そんな考えだった気がします。
般若心経とか量子力学とか言うのです。
「あら、随分簡潔かつ要領よく説明できるのね?さすがアンティノウスのお弟子さんね。」
すみません。
聞きかじりです。
ちゃんと理解していませんでした。
随分極端な話なのですから、わたしは、気分がいいと空気もおいしいし、空が晴れていれば気持ちも明るくなる、そんなつもりで聞いていましたけど。
しかし、異なる世界観を持った人同士は、わかり合えないままその認識の溝が深まると、対立し戦争になりますが、もっと極端になると、世界そのものが分化する?そういうことですか?
魔法を認識しない世界、叔父様がいた世界はそうだったと聞いています。
「魔法」という現象を認識できるかできないかで、わたしたちの世界と叔父様がかつていらした世界が分かれてしまった、そういうことなのでしょうか?
「結局はアンティノウスの意識の問題なんですけどね・・・この人、いろいろ考えすぎて、そのくせ自分自身のことは妙にダメで。」
あ!大賛成です!
ですけど?
「・・・よほど戦争に関わったのが、つらかったのね。向こうの鉱物脳で、追い詰められて、自分で腕をなくす覚悟で術式を使って・・・」
レンは、いえ、ミライは自分の鉱物脳の力で、当時の状況を仮想再現しているそうです。
なにより、叔父様とも特殊なつながりのあるミライは、わたしの知らない叔父様の一面を知っているのです。
「疲弊しきった精神で行った、危険で許されない過去と同じ行為の再現。と、同時に心の奥に眠っていて、すぐに吸収されるはずだった、ありえない過去の自分の願い。重なってしまったのでしょうね、こんな形で。疲れ眠りたい現在と、よみがえりたがっていた過去。それが同様の場所で同じ行為を行うことによって、その認識が逆転して」
ええっと・・・それは・・・つまり・・・叔父様が・・・逃げたがっていた?
「では、あれは・・・・要するに叔父様の「ひきこもり」だっていうことなんですか!?」
最終的に、深く蒼い瞳をしたレン・・・半ばはミライ・・・が大きなため息をつきます。
「まぁ・・・あなたに理解しやすく言えば、そういう言い方もできます。」
もう、いい加減にして欲しいのです!
また「ひきこもり」ですか!わたしは思わず部屋から飛び出そうとして、レンに腕をつかまれます。
「ダメだよ、クラリス・・・今からアントの所に行こうとしたでしょ?」
いきなり元に戻っていますね、この子。
「だって・・・頭に来ました!わたしがどれだけ心配したか!それなのにまた、ひきこもりですって!ひっぱたいてきます!」
ところが、レンは頬を膨らませて、口をとがらせています。
「レンだってアントに会いたいの、だからレンが会ってからにして。だいたいフェルノウル教官がひきこもったのはクラリスにも責任があるんだ・・・って、あれ、言っちゃダメなの?」
はてな・・・いえ、わかりました。
おそらくミライがレンに口止めをしようとしたのです・・・あ!
「待って、レン、いえ、ミライ!」
今度はレンがわたしから逃げようとしていましたが、それは許さないのです。
「今の件について、詳しく。」
にっこり微笑んだわたしをなぜかこわごわと見つめるレンです。
心外です。
ついでにその瞳は緑色・・・ミライは逃げましたね・・・ちっ、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど。
そして、部屋の隅に追い詰められたレンが観念して小さな声でつぶやくのです。
「クラリスが、教官にコクハクしたでしょう?でも、あれ、教官にとっては・・・パニックだったみたい。それが・・・現実逃避の遠因じゃないかってミライが・・・。」
・・・それは、とっても心外なのです!
どこがどうすれば、パニックなんですか!
わたしと叔父様のあいだに、あれ以上の理想の関係があるというのでしょうか!
わたしは、再び部屋を飛び出そうとして、レンに腕をつかまれ・・・
「やっぱりひっぱたいてきます!」
「ダメだって!だいたいレンだって・・・」
なんだか、また「でじゃぶって」いるのです。あるいは「ループ」でしょうか?
少しして、デニーと、デニーのルームメイトでもあるリルがやってきました。
「戦隊長閣下、デニス・スクルディルただいま帰投いたしました!」
だんだん軍人・・・いえ、士官じみてきましたね、この子は。
もともと対等のクラスメイトだったのに、随分へりくだるようになってしまって、わたしはイヤなんですけど。
「デニー、お疲れさまでした。リルも夜遅くにありがとう。で、ジェフィは無事に?」
「はっ・・・その後は何事もなくご帰宅なさいました。なお捕虜は情報を引き出した後、現場にいた衛兵に引き渡してきました・・・あの、現場にいたワグナス衛兵治安部騎兵隊長から、閣下によろしくと言付かりました。」
・・・世間はせまいのです。
まぁ、メルが式神を飛ばす先が衛兵隊で、必要上騎馬隊が急行するというのはわかるのですが・・・夜なのによく騎馬で急行できますね。
さすがクライルド大尉殿です。
「デニー・・・疲れてない?大丈夫?」
・・・リルがデニーの様子を見て首をかしげます。
確かに。いろいろ聞く前に休ませるべきでした。
もう夜も遅いのです。
デニーを座らせ、二人に紅玉茶を渡します。
レンもちゃっかりお替りをフ~フ~冷ましながら飲んでます。
「デニー。よく門限を破って、無事に入って来られましたね。」
「そこは、ルームメイトの協力ですよ。いつものことです。」
突然リルがケラケラと笑い出します。
そんな笑いをしてもリルは下品じゃなくてかわいいのです。
なるほど、いろいろ手があるのでしょう。
わたしとリトでは、せいぜい「親戚」がどうのってごまかすくらいで、あとは考えもしないのです。
「さて、では2班の秘密会議を行います!」
今日はいろいろあり過ぎました。
今後のことを考えると、信頼できるみんなには事情を・・・さすがに全部はムリですが・・・話し、協力をお願いすることにします。
なにしろ生死を共にした仲間なのですから。そして、まず、
「今日の魔術対抗戦の打ち合わせで・・・」
と話し始めましたが
「それって、クラリスがレリューシア王女殿下とジェルリフィ・デ・デクスフォールン男爵令嬢を両方、敵にまわしたってこと?すごいすごぉい!さすがあたいらのクラリス閣下!」
・・・そのリルの理解の仕方は・・・そんなに違っているとは言い切れませんが、なんか、とても心外なのです。
しかも現場にいたデニーが
「まったくです。我らが閣下は相手がだれであろうとかまわないのです!」
それではただの狂犬です!
それは絶対ほめていないのです!
「・・・それで、問題は更にこの後なのです・・・ジェフィは、展嫁三分の計という・・・」
この件については、エミルもシャルノも味方ではない。
それを知ってもらうためにも打ち明けたのですが・・・
「すごいです!これは三角?四角?・・・ひょっとして五角関係ね!誰が勝つか、燃える展開ね、今から推理しなくては!」
素に戻って眼鏡を輝かせるデニーはやはり醜聞記者なのです。
「それにメル助手が入ると六角だよ!六角六角!・・・そんなにフェルノウル教官ってもてていいの?ヘタレでオタクでヒキコモリなのに?」
これも間違いではありません。
でも、リルが現状認識を話すたびに、なぜかわたしのこめかみがピクピクして、お腹の中が煮えくり返るのです。
「・・・レンは複雑なの。別にお嫁さんになりたいとかは思っていないけど・・・。」
ギロリ、です。
ついレンをにらみ、震えあがらせてしまいます。
いえいえ、これは嫉妬ではありません。
単にこれ以上事態を複雑にしないでっていう、懇願ですよ?
まぁ、レンは内気で人見知りな性格で、しかもまだ13歳で、クラスにも授業にもついていけなかったと時期に、叔父様の授業で支えられていたようで、教官として感謝しているだけとは思いますけど。
「とにかく、ジェフィの展嫁三分の計をまず阻止します。そのためにガクエンサイの魔術対抗戦では絶対優勝しなくてはいけません!」
シャルノとエミルとの決着はその後です。
三人相手に同時に戦うのは愚策です。
まずは各個撃破!
それが「戦略」「戦術」の基本なのです。
ですから、魔術対抗戦まではエミル、シャルノと手を結び、ジェフィを撃破します。
その後二人を話し合いまたは実力で無力化してみせるのです。
「ですが閣下、さっきの話ですと、シャルノとエミルが個人として棄権しても、伯爵家と商会が別な候補者を送り出すのでは?」
・・・さすがはデニーです。
腐っても状況認識は正確なのです。
ですが・・・
「あの二人以外であれば、わたしは遠慮なく実力で排除します!」
そう宣言し、三人の仲間から思いっきりひかれるのです。
「・・・閣下、あまり乱暴な手段は・・・何より教官殿の意志が全く反映されていませんし。」
ギクッ!
・・・思わずレンと目を見合わせます・・・そして二人でうなずくのです。
事情の一部は話すべきです。南方戦線の話は伏せるにしても・・・。
「えっと・・・教官殿が・・・16歳に・・・ははは。ひゅう~ひゅう~」
メルから口ドメされていたデニーは口笛でも吹きたそうです。
ドへたくそです。
とりあえずにらんでおきます。
「・・・リル、ついていけない。いろいろありすぎだよ!」
もっともな反応です。
いくら魔法世界であっても、いい加減にして欲しいのです。
「でも・・・見てみたいな~あたいも若い教官に会いたいよ~!」
それはダメ!
飛び上って叫ぶリルの、年齢にも身長にも不相応な・・・ム・・・が揺れています。
あの触りたがりの今のアントには、絶対会わせてはいけないのです。
これも嫉妬ではないのです、リルのためです!
「事情は・・・言えないの。でも、今はメルちゃん助手と一緒に隠れているの。」
・・・メル、ゴメンなさい。
今のアントと二人きりというのは、乙女としては危険なのですが、アントの世話を頼めるのは、あなた以上の適任者はいないのです。
適任者と書いて、「ぎせいしゃ」と読む?
・・・いえいえ、そんなつもりはありません。
だって叔父様が・・・例えニセモノであっても・・・側にいないと夜も眠れないメルなのですから。
まぁ、アントはベッドに縛り付けておきましたけど。
「それで、デニー。キッシュリア商会の件ですが・・・」
「はい、実は・・・」
ジェフィ同席の上で、デニーは「真実検知」を使いながら、捕えた男の尋問を行い・・・
「ジェフィ様もお認めになりましたが、現男爵様は、商会と手を組んでいたのです。しかし、例の一件・・・イスオルン主任との一件です・・・をきっかけに、ジェフィ様が男爵家の実権を握ったのです。」
これは家庭内下克上ですね。
末っ子の六女が、というのはすごい手練ですが。
さすがあのジェフィは陰険腹黒謀略女なのです。
その後、落ち目の商会と没落寸前の男爵家の縁を切らせて、男爵家再興のために、シャルノの叔父さんと自分の姉との縁談を成功させ・・・。
「ただし、その立て直しと嫁入りの持参金で・・・男爵家の家屋は・・・」
「どうりで貴族街を素通り?と思いました。」
ジェフィはわたしに今の屋敷(?)は見せたくないのでしょう。
わたしも人が嫌がるものを見に行くような特殊な趣味は持ち合わせておりませんし。
「それで、キッシュリア商会がわでは、男爵家の実権を再び男爵様或いはその意をくんだ後継者に戻そうとして、ジェフィ様を襲ったということです・・・おそらく今回の一件で、キッシュリア商会は一層落ち目になるでしょう。現場担当者の暴走というトカゲのしっぽ切りでは、もう通用しないでしょうし。」
それは、よかったのです。
もとはと言えば、あの商会がきっかけで、いろいろと巻き込まれたのですから・・・更にその大元が「叔父様の奇行」ということは無視します。
それで、さらなる男爵家再興の為にジェフィは「叔父様」に目をつけた・・・そういうことなのでしょう。
それでも・・・自ら進んで政略結婚ですか。
彼女の腹の座ったところは、軍人としては認めますが・・・乙女としては絶対真似したいとは思わないのです。
夜も更けました。
レンはもう眠りかかっています。
夜更かしさせてゴメンなさい・・・。
「では・・・みんな、今日最後の件です・・・みんな、今日から特訓です!」
「ひいっ?」
「ええっ?」
「うそっ?」
三人とも驚きの声を上げるのです。
しかし、それは士道不覚悟なのです。
「だって、魔術対抗戦で必ず優勝しなくてはならないのですよ。そのためには・・・魔術師レベルの低い者たちの底上げが必要不可欠なのです!」
わたしが両足を踏みしめ、拳を握って力説すると、デニーはがっくりとうなだれ、リルは口をとがらせ、レンは泣きそうな目でわたしを見るのです。
「みんなのレベルは・・・前期の最後でデニーとレンがレベル2。リルに至ってはレベル1です。ですが、おそらく今は少なくても一つ以上上がっていると感じています。」
9月の末~10月の一か月余りでレベル1の上昇。
普通なら十分以上なのです。
「実は私もフェルノウル教官殿から貸与された魔術教典で独学しています!」
「リルも!あたいもデニーも、今まで魔術書持ってなかったから大変だったけど、今は二人で教典写したり、一緒に読んだり・・・頑張ってるんだよ!」
「・・・レンだって。」
だから特訓は止めて、という心の叫びが聞こえる気がします。
ですが・・・それでも集団戦の中でレベルが低い生徒が多いのは不利なのです。
それに・・・
「聞いて!あなたたちは三人とも、普通以上に魔力が高いの!それは本来魔術師としてはとても恵まれているの。」
そう。
魔術書も持たなかったデニーやリル。まだ13歳の上に大人し過ぎるレン。
それでもその素質は決して悪くない、それどころか恵まれている言っていいのです。
そんな三人と、わたしとリトの2班は、最初は全然ダメで、なんでこんな組み合わせなのって言われたものでした。
ですが・・・
「だから、わたしが一緒に勉強します!」
秋の休暇の宿題では苦労していた三人ですが、リトとわたしがついている時は、とても熱心に勉強したものです。
おそらく基礎的な知識が足りないだけで、そのあたりを補ってあげられれば、きっと大きな伸びしろが見えてくるはずです。
ひょっとしたら、そこまで見込まれての班編成だったのかもしれない、いつしかそう思えていたのです。
「安心して!わたしも頑張るから!そして、みんなで、次の一週間でレベル1アップよ。」
おそらくは、今でもそれなりに経験値がたまっているはず。
わたしはあと一押しをするだけでいいはず・・・二押しかも?
ふっとアルユンの顔が浮かびます。
わたしをにらむ、あの暗い瞳・・・ですが、わたしはもう彼女から侮蔑されたくはありません。
叔父様の教えを受けた者として、後期は大きく飛躍してみせるのです。
それもあっての「特訓」です。
「まずは、今夜からよ。これは「魔力矢」と「防御」の解説に、叔父様から以前教わったことを少し付け加えてみたモノよ・・・術式の要点はこれで分かり易くなっているから、魔術教典の注釈書と併せて読めば、効果倍増です!」
「「「今夜から!?」」」
三人がそろって悲鳴を上げますが
「今夜から!!!」
とにらみ、黙らせます。
もう時間はないのです!
「兵は神速を貴ぶ」です!
だいたいこんな生ぬるい特訓くらいなんですか!
かつて叔父様が実行なさったと言う謎の特訓・・・片眉をそる、亀の甲羅を背負って走り回る、謎の呪文を百万回唱える、大岩を砕くなどなど・・・よりは遥かに合理的で恥ずかしくもないし、何より安全なのです!