第11章 その16 異民局の「教授」
その16 異民局の「教授」
この世界は、100年ほど前から異世界からの侵略・・・亜人や邪竜、邪巨人の・・・を受けています。
その一方で、同じころから、異世界から「転生」や「転移」したきた、という人族も出現しているのです。
そういう人たちを保護、支援、管理しているのがヘクストスにある「異民局」なのです。
確かに叔父様は「転生」者ということで異民局に登録されています。
それでも特別な能力はない上、ちゃんと両親・・・わたしには祖父母にあたるのですが・・・もいるので、その管理は緩やかなものと聞いていたのです・・・。
「あれは、南方で、ご主人様と敵のミレイル・トロウル種の洞窟に侵入した時でした。」
わたしたちは今、異民局に向かう途中です。
すっかり暗い夜空の元、細い路地を歩いています。
わたしの隣にいるメルの耳はペタンコで、尻尾も力なくダランとたれています。
よほど叔父様本人と離れ、憔悴しているのでしょう。
叔父様がいなければ夜も眠れないメルなのですから。
そればかりか、叔父様がいなければ生きていけない、と断言している子なのです。
「メルのご主人様講座」によれば
「空気がなければ何分も生きられませんが、水がなくても2,3日なら生きられます。それを考慮するならば、水<ご主人様<空気 という不等式が成立するのです。」
となるわけです。
しかも、その続編では
「空気があったって、生きていけるというだけで、ご主人様のいない世界に生きていたいとは思いません。その条件からすれば 世界の全て≦ご主人様 とすら言いきれるのです。」
となるのです。
・・・こんな講座をなんでわたしが聞かされなくてはならなかったのか、呪わしく思いますけど。
ただ、幼いころから、ひどい虐待を受け、心身に傷を負った半獣人の少女にとって、そこから救ってくれた叔父様は世界で唯一無条件に愛せる存在です。
世界の全てより大切というのはこの子にとっては普通に本心なのです。
「それなのに・・・このご主人様はニセモノなのです。あの時、洞窟の一番深い場所でご主人様が・・・禁忌の技を放って、その右腕を失い・・・そしてメルが目を覚ました時にはこんなニセモノになってしまったのです!」
叔父様がアントになったのは、ミレイル・トロウル種の鉱物脳の脳幹部のようです。
それなら・・・少しはわかる気がします。そして、今の現象を理解できるかもしれない存在にも当てが生まれます。
しかし禁忌の技、ですか?それは異民局に報告したのでしょうか?
「ご主人様は・・・魔術を使えないご自身に絶望しておられた時期がありました。その時、そんな自分自身に禁断の技術を駆使なさって、魔改造した、と聞いております。その一つが・・・両の腕に魔術回路を直接刻んだ、というものです。」
・・・洞窟の奥で、アントの右腕から感じた不自然な魔力の働き!
そして、あの左腕の火傷のような跡は・・・これなのでしょうか!?
確かに、魔術に関わるものを直接人体に呪符するのは魔術士の「禁忌」です。魔術士でないから許される、というものでもないでしょう。
そう言えば昔「人体改造はロマンだぁ」って叫んでいた叔父様を思い出します。
しかし、自分でやりますか?まったく、相変わらず非常識なのです。
いえ、人を巻き込まなかっただけ、叔父様の奇行の中ではきっとまだマシな方なのでしょう。
「メル・・・あなたは叔父様の「符術」・・・使い魔とやらは使えないのですか?もしも使えるのなら学生寮のレンに伝えて欲しいのですが・・・」
「申し訳ございません。「符術」はご主人様がおっしゃっているほど簡単な技ではありません。メルごときでは未だに一体しか扱えないのです。その一体も先ほど悪漢どもの通報のため衛兵隊に飛ばしました。」
・・・使えるんですね。
要するに叔父様から用途限定の「一体」を譲り受けただけで、原理を理解して使っているわけではない、ということなのです。
「では、それが戻ってからでいいのです。」
もっともその必要はすぐに必要なくなってしまうのです、不本意ながら。
わたしたちは、目的地である異民局・・・周囲と比べても妙に四角い、一風変わった灰色の建物に到着しました。
貴族の屋敷が多い地区から比較的近い東街区です。
目の前で見るほど奇妙な建物です。
暗い街中でもひときわ屹立する高さ・・・六階建てだそうです。
そんな大きさなのに、貴族や上級役人のお屋敷のような囲いも庭もなく、いきなり玄関です。
そしてそこに衛兵が二人・・・しかも金属ヨロイの重戦士がいるのです。
「これだから、いろいろと、まぁ・・・評判悪いわけなのです。」
メルがぼそっとつぶやきます。
王宮でもないのに、これ見よがしに重武装の衛兵を置く、というのは、何か後ろ暗いところがあるのではないか、そう言われているのです。
しかも「転移者」の中には時々この世界に適応できないのか、自分の力を持て余しているのか、よろしくない騒動を起こす者もいて、そんな不祥事の度にその管理の責務を負わされている「異民局」の評判も下がってしまうとか。
わたしは、つい叔父様のやらかした数々の騒動を思い出し、ここの評判の悪さは叔父様のせいのでは、と申し訳なく思うのです。
それでも「異民局」の存在が認められているのは、実際にこの世界に「転生」「転移」してくる者がこの100年、後を絶たないからで、「異民局」がなければ異世界人とのトラブルはもっと頻繁かつ重大なものになることが、わかっているからです。
「メル、そもそもなんであなたはここに叔父様といたのですか?」
「こんなのご主人様じゃありません!・・・ですが、ご主人様と同じ匂いですし、名前もまあ、おんなじのようですし・・・何らかのショックでこんな姿になり果てた可能性は強いのです。ですから、何とかシーサスの「転送門」を使って、学園に戻った後、学園長とワグナス教官に相談して・・・そしたら、転生者を雇用するものとして報告の義務があるからって、「異民局」に・・・」
学園長にワグナス教官!?
「もしかして、それは10月末日のことでは!?」
「はい・・・よくご存じで?」
ぬかりました!
あの月末ビュッッフェの夜!
あの時のお二人は「密会」などではなく、この一件のことで・・・わたしのバカ、です。
「お二人とも、ホントは直接研究したい事例なのにって、面白がってといいますか残念がってといいますか・・・そんなご様子で。」
まったく、大人はズルいのです!
信用できないのです!
許せないのです!
「それで、メルはこのニセご主人様と一緒にず~っつと監禁されていたのです。」
監禁、と言っても、メルの方は時々外出・・・着替えや買い物のため・・・を許可されてその時、魔法街でエミルとデニーに目撃され、とっさにクチフウジをしたとか。
あの二人も・・・道理で!様子がおかしかったわけです、まったく。
叔父様に関わることをわたしに隠すとは・・・デニーは「閣下」禁止!エミルに至っては「縁談相手」の情報を握りつぶしていたという黒い疑惑がぬぐえません。どうしてあげましょうか!
「ですが・・・メルはこのニセご主人様はもうコリゴリなのです。ニセモノには、ご主人様の奥ゆかしさも優しさも気遣いもないのです・・・。」
それは単に35歳の叔父様が人見知り気味で女嫌いのくせに女性に優しいというだけでは?
「とくに何よりガマンできないのが、イヤらしいんです!スキあらばメルに触ろうとして・・・もうダイダイダイッキライなのです!」
・・・それは、先ほどの醜態を見せられれば納得です。
よくコンナモノを探しに出たとその勇気に感心さえします。
だいたい、アントは、わたしに「僕のお姫魔」とか言いながら、何ですか、あのメルに対する異常な執着は!
何が「メルちゃん、サイコー」ですか!
あれはもう、ビョーキ以外のナニモノでもありません。
洞窟の中のアントはもっと凛々しくて、もっと真剣で、もっとストイックだったはずです・・・いえ、さすがにそれは少々贔屓の引き倒しかもしれませんけど・・・少々ですよ?
「メルなのです。これは、ニセモノですけど、メルのご主人様のアンティノウス・フェルノウル様なのです。ニセモノですけど。」
・・・「ニセもの」で、いいんですか?
衛兵相手に?
しかもそんなに「ニセモノ」連呼しますか!
「こちらはご主人様の姪御様のクラリス様です・・・はい、所詮はただの姪なのです。」
しかも、そこ強調しますか!
この子は!
・・・それで通行許可が出る方がどうかしています・・・って、されましたけど。
どうやらメルは毎回こんな感じなのだそうです。
玄関内部の受付で、係の男性が苦笑いしながらそうおっしゃました。
それでも、
「今日中に連れて来れてよかったですよ、「教授」がそろそろ決断するところだったんです・・・」
なんて言ってます。
遅くなったら、アントが逃亡したとみなして追跡隊を派遣する手はずだったとか。
ふう、です。
「・・・「教授」って?」
「ああっと・・・局長っていった方がわかりますよね。でも局内ではみんな「教授」って呼ぶので、つい。」
なんとなく面倒くさそうな気がします。
まぁ、関わらない方ですし、スルーです。
「それで、フェルノウルさん本人は四階から二階に移ってください・・・うん、少し落ち着いた環境の方がいいでしょう。そちらにお連れしますね。」
メルが同行する形で、係の方二人がまだ意識のないアントを抱えていきます。
まだ意識不明・・・「衝撃」って、かなりダメージが大きいようです。
メルが「治療」はしたのですが、「麻痺」状態の解除をしなかったせいでしょう。
ま、あれではしかたないです。
当然わたしも同行するつもりだったのですが・・・
「ええっと、肉親の方?フェルノウルさんの今回のケースはかなり特殊な事例でして・・・肉親の方が来ていると聞いた「教授」が、きちんとお話したいっておっしゃっています。」
ええ?
ちょっと避けたいんですけど・・・ですが、叔父様・・・っていうか、アント?・・・のことです。
心配ですし「転生」者を管理する責任者が気になっているというのも理解できます。
さらには、わざわざ説明してくださるというのは、良心的に思えます。
わたしとしては、了解せざるをえないのです。
そして・・・
「教授」のお部屋・・・実際は「局長室」・・・は最上階の六階と聞いて、すぐに後悔します。
普通に暮していて、そんな高いところに、しかも階段を使うと思うと、憂鬱なのです。
しかも各階層ごとに係の方がいて、確認をとられます。
わたしは受付の方が同行してくださったので、簡単だそうですけど。
しかし、階が上になるにしたがって、不愛想というか、殺風景というか、装飾性とか居住性とか、そんな暖かいものが削ぎ落されていくようです。
そのせいか、実際に寒気が増していきます。
なるほど、二階と四階でも心の体感温度(?)で5度くらい違う気がします。
六階にいると一階から10度くらい低いような気がします。
真夏ならまだしも、もう秋も深まる11月。寒いです!
そして、階段を上り終えたわたしの前にいる、係の方・・・一応一般人のなりですが・・・その眼光に身ごなしは、ただモノではありません!
っていう人が六人もいます。一人で十分です・・・何から何を守ってるんでしょうか?
職業クラスが異なるので比較は難しいんですが、個人的に知っている中では最強クラスの上級魔術士、イスオルン主任教授以上では、とすら感じます。
その人たちの眼光にさらされて、鳥肌を立てながら、間を通り抜けます。
そして、その階の・・・つい階層って言いたくなりますけど・・・一番奥の「局長室」に通されました。
わたしは受付の方と、六階からはもう一人の女性に付き添われましたが・・・「局長室」に到着するまでの間、この階では誰一人言葉を発しないどころか、物音一つ立てなかったことにとても違和感を感じたのでした。
「局長です。」
肩書だけ言って名乗りもしないその人は、限りなく味もそっけもない灰色の部屋で、静かに椅子から立ち上がってわたしを迎えます。
白髪交じりで瘦せぎすな長身。
白い肌と、分厚くて丸い眼鏡の奥の青い目。
全体に線の細さを感じさせる壮年の方です。
白い背広と白銀色のネクタイ、その上にまとった白衣という平凡な身なり。
そして浮かべている表情は穏やかと言っていいのです。
しかし・・・なんでこんなに寒いんでしょう?
真冬のエスターセル湖に降り立つという噂の氷雪の精霊が、この方とは思えませんが、そんな感じを抱かせます。
そして、その寒さとはけっして温度計では測れない類のモノという気がします。
「くしゅん!」
「ひょっとして、寒いのですか?」
局長、いえ「教授」の表情は変わらないのに、わたしには、その瞳が面白いものを見つけて喜ぶ子どものよう・・・あの人にちょっと似た・・・そんな輝きを浮かべたように感じられます。
しかし、寒いか、ですか?
逆に「教授」は、いえ、ここにいる人たちは寒くないのでしょうか?
答えることにためらい、しかし、わたしには無用なウソをつく必要も習性もないのです。
くしゃみまでして今さら隠すのも不自然ですし。
「はい。とても寒く感じます。」
素直に答えたわたしを、目を細め、そして
「それはそれは・・・ソーリーね。ですが、この寒さは主観的なものでして・・・暖房器具は無効なのです。ソー、お互いなるべくスムーズにいきましょう。」
笑みを浮かべた「教授」は、それでもわたしの為に「ココア」という温かい飲み物を用意してくれました。
ご自身はアイスドブラックティーをお飲みになっています・・・って見るだけで震えます。
なるべく目の前の湯気を上げるカップに集中します。
そして人心地ついたころ、「教授」がゆっくりと話しだします。
「ミス・フェルノウル・・・ユーは「転生」または「転移」した記憶はありますか?」
はぁ?なのです。
アントといい、今夜は妙な問いかけをされる日のようです。
それでも奇矯な声は上げずにすみ、なんとか乙女の面目を保ちます。
「いいえ。わたしはこの世界で生を受けた者です。わたしの父は叔父様の兄ですし、生まれる以前の記憶はありません。」
怪訝な表情は隠せなかったとは思いますけど。
「・・・叔父には様づけで父はそのまま・・・ユーのような礼儀にも教養にも不足がなさそうなレディにしては、ありえないことですね。」
「すみません・・・赤子の頃から叔父様・・・叔父に強く躾られてしまいまして・・・。」
あれを躾と言うには強い抵抗を感じてしまいますけど。
赤子のわたしの耳元で延々と「おじさまおじさま・・・」と繰り替えしていた叔父様の映像が脳裏をよぎり、わたしは束の間怒りで寒さを忘れるのです。
「なるほど。どうやらユーには、いろんな意味でアンティと因縁・・・運命的なリレーションがある、ということですね。」
それは大げさなのです・・・って、アンティ?
「OH、ミーはアンティ、ユーの叔父の数少ないフレンドといっていいでしょう。」
「叔父様のお友達ですか!何て希少な生き物!」
実在するUMA、ここにあり、なのです。
あのコミュ障で気難しい人にお友達がいたなんて!
ただ・・少々お年が離れている気がしますけど・・・って、わたしが言いますか、それ。
「HAHAHAHAHA、ひどいレディです!確かにアンティのフレンドは、ネッシーやイエティ並みにレアですけど。ミーの知る限り、ミー一人だ・・・ミーとアンティの出身世界は比較的近いのです・・・それで、つい話が弾んでしまうんです。A.D.でまる一世紀は離れていますが、互いに友邦国ですし。途中で一戦交えたそうでけど、わたしたちはいい感じに、その当事者ではありませんでした。アンティはジャップにしては、知性も教養もあるし、会話のウィットに富んでいます。」
・・・ウソ。
会話するのすら面倒くさがる人なのに。初対面相手となると、ろくに声も出ないのに・・・。
でも・・ジャップって、なんかいやな響きです。
「そのせいでもないが、ヒーがやらかすトラブルは、随分面倒見たものです。」
それはそれは・・・ではヘクストスに来てからの騒動がさほど大事になっていないのは、「教授」のおかげなのでしょうか?
ひょっとしたら、大元の「異民局」の評判が悪すぎるおかげで、叔父様の騒動が目立たないだけかもしれませんけど。
「・・・それでも、ユーの話は、アンティからはほとんど聞いていません。アンティがユーに抱いているのは、人に話せるような、そんなありふれた想いではないんでしょうね。」
それは・・・禁断の、ですか!?
いえ、トレデリューナ臨時法の施行によってもしも叔父様がわたしを愛してくださっても、それは何の問題もないことなのです。
年の差?
教官と学生?
関係ありません!
「ミス・フェノウル?どうかしましたか?」
わたしが拳を握り締め腕を振り回しているのを見て、「教授」が不思議そうです。
わたしはあわてて、何でもないように取り繕い、「教授」はそれ以上は追及しないでくれます。
こんな建物のこんな部屋にいる方なのに、声の調子も表情も、意外に紳士的です。
「ああ・・・ミーの国、ステーツは女性に優しい文化が発達していたせいでしょう。もっともミーの時代は、大きな戦争が終わったばかりで、そのせいか、女性の社会進出が盛んになっていましたが・・・ちょうど、この国の現状に似ていますね・・・それでも、ここよりは随分スムーズでしたけど。」
・・・
「くしゅん!」
「OH、ソーリーね。スムーズにって言いながら、つい長話をしてしまいました・・・ここから先は、事務的にいかせてもらいますよ。」
「わかりました。」
確かに、この後の「教授」は事務的というよりは機械的冷静さでわたしに接してきました。
おかげで確かに「スムーズ」ではありましたが、わたしにとってはいささか苦痛でもありました。
なにしろ、いきなり「制約」をさせられるのです。
儀式の後、「虚言なく答えよ」と強制され、これに「はい」と答えなくてはならず、以後虚言を言うと大きな苦痛に襲われるのです・・・それが重なると、次は苦痛以上の「呪詛」が発動し、ある者は小動物になり、ある者は死ぬ、と言われています。
ただし
「ミーは、ユーから聞いた話を誰にも漏らしません。ソー、ミーも「制約」を受けます。だから、ミス・フェルノウル。ユーは安心して知っていることを全て話してください。」
と「教授」自らも宣誓したのです。
それに加え、さっきまでの会話のおかげで・・・なにしろ叔父様の友人です・・・初対面とは思えないほど信頼していました。
さすがに不安はまったくないとは言えませんが、それが最も合理的で、叔父様がアントに戻ってしまった原因を探るために最善という判断なのでしょう。
そう思えたのです。
互いに「誓紙」に宣誓し、聖別したナイフで指を刺し、その血を「誓紙」たらします。
そうすると、うっすらとした銀色に輝き、「誓約」によって「制約」が発動します。
「教授」も誓ってくれたおかげで、わたしは自分の知っていることをほぼためらいなく話すことができました。
話さざるを得なくなった、とも言えますが。
ミレイル・トロウル種の秘密、鉱物脳。
ミレイル種の変種でかつて叔父様に助けられたミライの存在。
「夢見の一族の末裔」レンとミライとの交感。
そして、そのミライが支配する鉱物脳の中で、わたしが会ったアントという少年。
さらに叔父様が自分で開発したゴラオンを駆り、南方戦線の勝敗を左右したこと。
その時、おそらく禁忌の技を使ったことと、その後、アントに入れ替わってしまったこと。
ところどころわたしはためらいました。
ミライのこと、鉱物脳のこと、レンのこと、叔父様が侵した禁忌のこと、ゴラオンのこと・・・特にミライのことを話すことには強くためらい、「制約」による苦痛が襲います。
その時
「大丈夫です。ユーの秘密は必ず守りますよ。ミーも「制約」の「宣誓」をしたのですから、信じてください。何よりマイフレンド、アンティのためです。」
叔父様のため。そう説得され、話すことにしたのです・・・。
全てを話し終えました。
わたしの体は冷え切っていましたが、耐えきりました。それでも
「くしゅん!くしゅん!」
やはり寒いものは寒いのです。
「OH!ミス・フェルノウル・・・大丈夫ですか?風邪でもひかれたら、せっかくアンティが戻っても、ミーは喜ぶ前にヒーに殴られるね。」
「教授」も、先ほどの穏やかさをとり戻します。
少し安心です。
「さすがにそれは・・・叔父様は非暴力主義ですので、殴ったりはしないと思います。」
「ああ・・・そうでしたね。それでもいろいろ言われそうです。この辺りでトゥナイトは終わりにします。」
わたしは後日再び訪問する約束をして、「局長室」を去りました。
一歩一歩、そこから離れるごとに、寒さが遠のいていったように感じられます。
「はああ~・・・」
つい長いため息がもれました。
まるで30年くらい年を取った気分です。
あんなに紳士的な「教授」と話していただけなのに、なんででしょう?
わたしのため息を聞いて、わたしを待っていてくれた受付の方があわてて「局長室」の方を見ます。
何をそんなにおびえているのでしょう?
「やめてくださぁい!ニセご主人様ぁ!」
・・・2階のアントがいる部屋のドアの前です!
思わず乱暴にドアを開けます!
「あ、クラリス様!お助けください!」
「やぁ、クラリスさん。」
室内では、明らかに逃げているメルと追いかけるアントの姿があるのです。
「何が「やぁ」ですか!」
わたしにしがみつくメルを背中に隠し、アントの前に立ちふさがります。
「え?じゃあ・・・こんばんは?それとも・・・久しぶり?」
「そこじゃないでしょう!この変質者!」
思わず「衝撃」を放つ姿勢に入ります。
その気になれば、通常詠唱で威力や射程を拡大できます・・・もっともこの術式最大のウリ、魔力消費の少なさが無駄になってしまいますけど。
殺気を感じたアントが、さすがに動きを止めました。そして
「変質者はひどいよ、クラリスさん。だって、メルちゃんの耳と尻尾って、本物なんだよ!すごくふわふわしてかわいくて、しかもそのメイド服が殺人的に似合ってて、もうマジ天使なんだよ。」
天使ですか?
この「神も仏もいない」と叔父様が言う世界に、神の使いというべき連絡員にして戦闘員がいるわけはないのですが?
「ホントにこの人、叔父様のニセモノかもしれませんね。」
「ゼッタイそうです!ニセモノなのです!ご主人様の優しさも品の良さも慎み深さも、まったくこのニセモノにはありません!」
叔父様が慎み深いのは単に女性嫌いでヘタレなだけ、という気もしますけど、この欲望全開のアントもアンマリなのです。
「アント・・・あなた、かなりおかしいですよ?・・・ひょっとして、わたしと別れてから、何かありましたか?」
アントは怪訝な顔をします。
「え?・・・そう言えば・・・僕は・・・トロウルの洞窟の中で・・・一人で・・・」
アント?
次第に表情を失っていくアントです。
おかしいです。
「ゴメン。何年もあそこにいた気がするし、そうじゃない気もする・・・。」
「あなたは、少し病んでいます。」
かなり、というのを飲み込んで、そう言いますが
「限りなく病んでいるのです、このニセモノは!」
まぁ、メルの立場からすればそれは正論なのです。




