第11章 その15 「衝撃」の再会!
その15 「衝撃」の再会!
その小柄な影は、わたしたちを警戒しながらも、ゆっくり近づいてきます。
「ねえ、キミたち。僕は別に戦うのが好きっていう特殊な趣味はないんだ。だから倒れている人たちを素直に解放したらそれで終わりにしたいんだけど。」
ジェフィは詠唱中。
なるほど、うっかり彼女が答えたら術式が中断するわけです・・・が、無駄ですね。
彼女は見かけ通り賢くて、見かけによらず豪胆で果断です。
最初は、品のいい微笑みに騙されたわたしですが、今日一日で散々やりあったわたしたちです。
意外なほどわかり合えた気もします・・・まぁあの底意地の悪さでは、友達になりたいとは夢にも思いませんが。
「わたしたちは、か弱い乙女なのです。ですが、そんな乙女を待ち伏せして大勢で襲い掛かるような卑劣な相手は、その黒幕を追及して二度と手出しできないようにしてあげないといけません。そのために、この人たちにはきちんと答えてもらわないといけないのです。」
・・・か弱い、そう聞いて影が失笑したようです。
肩が震えています・・・かちん、です。
「やれやれ、五人を瞬時に戦闘不能にしてか弱い?まるで僕のお姫様みたいな・・・アレ?」
首をかしげながら近づくその影は・・・?
「あなた・・・右腕がないのですか?」
「ああ・・・まぁ、腕なんて飾りみたいなもんです。偉い人にはそれがわからんのです。」
それは、どこかで聞いたような、まるで誰かさんが言いそうな話し方なのです。
しかし自分の右腕でこういう悪ふざけを言いますか?
わたしの中では、こういう奇矯な人は二人・・・実は同一人物ですけど・・・しかいないのです。
「・・・・・・我、人の子、ジェルリフィ・デ・デクスフォールンが命じます。「眠りの雲!」」
わたしが会話で時間を稼いでいるうちに、ジェフィの略式詠唱が終わります。
それは素早く、そして充分な正確さを備えたものでした。
ワンドの一振りとともに行使された彼女の術式はわたしからみても威力が充分だと感じます。
「おっと、僕はこう見えて魔法抵抗には自信があってね。」
しかしその影は頭を一振りしただけで、少しの遅延もなく歩き続けます。
「ウソや・・・うちの会心の出来でしたんに・・・」
徐々に、しかし確実に近づいてくる影・・・なのですが、どうも不思議な感覚からわたしは逃れられないのです・・・この人・・・?
「しかし・・・女の子が制服着て魔法唱えてるし・・・女子魔法学校なんて非常識なものが本当にあったんだな・・・全く、世も末だよ。世の中ドンドン趣味が悪くなる・・・。」
はぁ・・・もう間違いなさそうです。
しかし、こんなこと、あるんでしょうか?
「悪かったですね。ですが、わたしはウソなんか言っていなかったでしょ?やっとわかってくれましたか・・・アント。」
びくっ、と大きく人影が震えました。
そして、微かな星明りでお互いの顔をじっくりと確認し合います。
「クラリスさん・・・?」
「ホントにアント・・・あの洞窟から、どうやって・・・それにその右腕・・・」
あの、わたしより小柄で細い体は、その肘から下の右腕を失っていましたが、まちがいなくアント・・・実は16歳のころの叔父様・・・なのです。
ですが、わたしと彼がめぐり合ったのは、ミレイル・トロウルが支配する鉱物脳の中の過去の再現、いわば夢の中の世界のはず。
なんでヘクストスに、実体化したアントがいるのか・・・考えればわからないことばかりなのです。
そして、ここにアントがいるということは、わたしの叔父様は今どうなっているのでしょう?
そんなわたしの混乱に気づかず、アントはその童顔に喜色を浮かべ、わたしに抱きついてくるのです。
「僕のお姫様!こんなところで会えるなんて!」
わたしも出会えてうれしくないわけではないのですが・・・一度は自分から探しに行こうとした相手です・・・しかし、こちらの事情も気にせず一方的に抱きつかれては・・・こんなところは35歳の叔父様よりもずっと未熟なアントなのです。
「・・・クラリスはん・・・あんた、さっきおじさん一筋みたいなこと言わはりましたけんど・・・見かけによらずやり手ですなぁ。」
例の微笑みは人を小バカにしている様なのです。
「ち、違います!これは違うのです!・・・もうアント、落ち着いてください。」
それでも、さすがに邪険に扱う気にもなれず、その性急な抱擁に身を任せながら、声をかけます。
叔父様よりもずっと強引で。
叔父様ならもっと優しく包み込むようなのに。
「だって、クラリスさんに会えない人生なんて、もうどうでもいいやって思ってたから。」
「もう・・・アントったら。」
こういう素直に何でも言うところはかわいくすらあります。
まるでわたしに甘えているような姿も。
年上のくせに。ですが相手の気持ちや事情を気にしないコミュ障は迷惑でもあります。
正直・・・16歳のアントに対する気持ちと、35歳の叔父様に対する気持ちは、重なっている部分が多いのですが、そうでないところもあって、わたしは今自分でどうしたいのかもわからないままなのです。
「そいでなぁ、クラリスはん。お楽しみのところおやかまっさんなんやけど・・・」
「た、楽しんでません!困っています!どうすればいいんでしょう?」
「そうですやろか?なんかええ人とばったり会うて、それはもう・・・」
「やめてください!」
「そうなん・・・まぁ・・・そいでな、気ぃつきまへん?」
・・・・・・油断しました!
というか油断もなにもアントに抱きつかれてわたしも平静でなかったのですが
「こっちだ!」
「ちぃ・・・さっきは女二人だから自分たちで十分だなんて言っておいて、手付だけで帰そうとしたくせに。」
「ああ、いい気なもんだ。ボーナス弾んでもらうぜ。」
再び大勢が押し寄せてきました。
もう・・・しかも今度は武装した冒険者のようです。
「アント!離れてください!わたしたちは敵に襲われているんです!」
力を込めてアントを振りほどきます。
もともとわたしの方が力も強い上に片腕のアントです。
本気になれば一瞬です。
「ほらなぁ、すぐに振り払えたんに、よう楽しみなさって・・・」
「違います!困ってただけです!」
「・・・ゴメン。僕も油断してた。っていうか、さっきからキミたちの邪魔してたんだね・・・ホントにゴメン。」
アントは頭を下げた後、棒を構えます。
しかし・・・この子の利き腕は右では?
「ああ・・・僕はこう見えて両利きだ。左腕でも棒くらいならオッケーさ。」
そんなムダに器用なところはやはり叔父様なのです。
そして10人ほどの一団が姿を見せます。
奥に魔術師らしいのが二人。
その隣に紺色の服の男。
前衛に戦士でしょう。
革ヨロイの軽装なのが救いですが、その分身軽なので走って逃げても追いつかれそうなのです。
「男爵家のお嬢さん・・・とりあえず一緒に来てくれませんか?そこのお強い娘さんと片腕のガキはどうでもいい。」
「あら、えろう紳士的な申し出ですなぁ。」
一歩前に出て、そのまま行こうとするジェフィです。
ですが、
「だめよ、ジェフィ!」
まったく、今さらです。
あのキッシュリア商会とその手の者・・・わたしにも因縁がありますし。
わたしはジェフィの前に出るのです。
「ああ。女の子を一人で危険に向かわせるなんて、男の恥だ。」
アントはこんな人です。
叔父様は非暴力主義なんですけど、アントは徴兵されているせいか若いせいか少し好戦的です。
いろいろ困った人ですが、それでも彼の兵士の覚悟も男の子としてのプライドも本物なのです。
でも叔父様と違ってスクロールの準備はなさそう。
しかも非力で運動神経もいいわけではないし・・・一対一なら彼の技はとてつもないのですが・・・今は大勢が相手です。
それで、わたしが敵の注意を引き付けます。
その間、ジェフィが詠唱するのです。
さっきもですけど、お互い意外にいい連携ができている気がします。
「えいっ!」
さっきの「回避」はまだ有効です。
なので、敵の攻撃を見切り、かく乱したり、カウンター気味に小剣をふるっていきます。
まったく、いつの間にかわたしも人族相手でもためらいがなくなりました・・・これは乙女のありようとして真剣で重大な危機では?
なんて考えていて、つい油断しました!
横合いから、長剣が繰り出されます。
わたしはダメージを覚悟して腕を構え・・・
「ぐわっ」
チャリーン・・・。
え?
横にいた男が顔を覆ってうずくまっています。
その足もとには・・・一枚の銅貨がきらめいています。
「危ないよ、クラリスさん。まぁ、ぼくがキミの側にいて、キミにケガなんてさせないけどね。」
そう自慢げにつぶやくアントなのです。
「アント・・・この技は・・・「警部さん」のご先祖様が得意にしてた「投げ銭」では!?」
「・・・意外に渋いこと知ってるね、クラリスさんは。」
その「渋い」ことを教えた張本人に呆れたように言われると、とてもカチン、です。
そもそもこんなことなんて、気づきたくないんです。
気づいてしまう自分が残念なんです!
「でも、これはちょっと違うんだ。これは拳法の技で「指弾」っていう・・・指でこう弾くんだ。」
そう言って、彼のスキを狙っていた別な男も手首を抑えます。
チャリーンって、また・・・。
「ま。ヨロイなんかを貫通できるほどうまくないんだけどね。牽制程度なら。」
何を自慢げに・・・まったく。
この人もやはり、おバカですか!
「そんなにお金をポイポイ弾かないでください!お金で遊んじゃいけませんって教わりませんでしたか!」
穀つぶしのくせに。
銅貨一枚は250エンくらいって叔父様なら言いますけど。
もっと実家の生計を考えてください!
大人になったら、高価な紙を「符術」ってばらまいて、今はお金そのものをばらまいて・・・ええ、ええ、どうせわたしはリトに「意外にケチ」って言われてますよ!
でもエミルは「いや、ケチは金持ちの基本や!がめつうならんと。」ってほめてくれましたよ。
シャルノは我関せずでしたけど。
「そんとおりですえ、お金はもっと大事にせんとあきまへん!・・・もっとしぶうこぶうせんとしんしょ、なくしますえ・・・もうこの人、わやや。」
その時、意外なところから援護が・・・って、そこですか?
「ジェフィ?術式の詠唱中断してまで何やってるんですか!」
「そやかてな、うちが姉さんの持参金用意すんのにどんだけ苦労したと思てます?」
「だからってお金拾うのやめて!」
男爵令嬢が戦闘中に銅貨拾うのってなんかとっても情けないんです!
陰険で腹黒いあなたのイメージも台無しですよ!
「そないなこと、言うたかてなぁ・・・」
「いいから詠唱して!」
わたしに強くにらまれたジェフィは、しぶしぶ詠唱を再開します。
気のせいかさっきより声に張りがありませんけど。
このパーティー、最初は息が合いそうだったのに、根本的にダメかもしれません。
問題多すぎ・・・いわゆる「ポンコツ」パーティーなのでしょうか?
思わず額を抑えたくなりました。
いえいえ、こんなことではいけないのです。
気をとりなおします。
そして、再びわたしが敵を引き付け、
「・・・そこ!」
スキのできた敵は、アントが無防備な喉元を正確に棒で突き倒します。
一撃で昏倒させるのは相変わらず見事な技です。
「眠りの雲!」
更に、その間にジェフィが術式を唱える・・・そんな動きが決まります。
それで敵戦士の二人が更に倒れました。
こんなふうに、うまくいくと、まあまあいい連携になるんでけど。
しかし眠ったのは二人?
意外に手ごわい・・・。
「指弾」をくらった敵はもう復活してますし、数的にはまだまだ不利。
奥にいる魔術士の術式がそろそろ完成しそうなのです。
抵抗をしないといけません。
そしてわたしたちがにらみ合っている時です。
「こっちです、メル助手!「探知」に反応がありました・・・なにやら大勢いますけど?」
「いました!確かに、ニセご主人様なのです!・・・ええ?クラリス様!?よりにもよって、なんで・・・。」
向こうの路地から、二人が飛び出してきました。
「デニーにメル・・だいたいの事情は・・・まったく分かりませんが、とりあえず・・・」
まだわたしが言いかけているうちに、メルは術式の行使をするのです。
「はい!「麻痺の雲」!なのです。」
って。
この子は、欠片も容赦がありません。
この躊躇の無さは叔父様の危機を感じたせいでしょうけど・・・「ニセご主人様」とは言い得て妙なのです。
「待っとくれやす・・・「麻痺の雲」言うたら中級術式でも難易度が高い・・・って、誰も聞ぃとくれんですか?」
見た目通りわたしたちより年下のメル・・・しかも半獣人・・・が、中級術式をとなえる非常識さに驚いたジェフィですが、彼女が言い終える前に、敵の一団は全員意識を失い崩れ落ちていくのです。
イスオルン主任が得意としていたという「麻痺の雲」です。
しかも
「メル・・・中級術式を簡易詠唱で・・・まったく相変わらず面倒な妹弟子ですこと。」
わたしが少し上達したと思っても、この子はまた先に行っています。
とんでもないのです。
「ひゃん!?」
そんなメルが奇妙な声を発します。
そんな声、珍しいのですけど?
「やめてください!ニセご主人様!メルの耳も尻尾も・・・いえ、身も心も本当のご主人様のものなのです!」
逃げ回るメルの尻尾を、追いかけているアントが見えます・・・え?
「よくわからないけど・・・これ、本物なんだろ?すごいかわいい!つやつやした毛並みにぴくぴくと動くケモノ耳、ふさふさのケモノ尻尾!メルちゃんは、サイコーだ。しかもそのメイド服・・・なんて似合ってるんだ。これぞ文化の極みだよ!それ作ったヤツ、もう、いい趣味してるなぁ!何回見ても萌えるよ!」
・・・・・・これはかなり病んでいるのです。
重症なのです。
おそらく不治の病です。
それにしても叔父様はもう少し、こう・・・自制心があったような気がします。
いえ、洞窟の中のアントだって、まだ「コレ」よりはずっとマシだったと思うのです。
「女嫌い」とか、「りあるな」女性に興味がないとかって「設定」、どこかに行ってしまったんでしょうか?
しかも・・・「萌え」ですか?
植物の発芽現象に興奮するとは、なんて特殊な趣味なんでしょう!?
「この服は本物のご主人様がおつくりになったものなので、メルに似合うのは当然なんですけど・・・ダメです!触らないでくださぁい!イケマセン、ニセご主人様!・・・助けてぇご主人様ぁ!」
もう頭痛が痛くて、面倒くさいのです。
わたしはアントの手がメルの少し危険な位置に触れようとする前に、その腕をつかみます。
そして
「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃!」
もう魔力がカラになるまで撃ち続けます。
以前と違って叔父様からか魔力のこもった呪符物をお貸しいただいているわけではありませんので、限界はあるのです。
しかし、さすがに魔力抵抗を自慢したアントも「ほぇぇぇっ・・・」って情けない声を上げながら、ようやく崩れ落ちるのです。
「まったく・・・この人、若返った方が症状が進んでいる気がするのです。」
「ええん・・・クラリス様ぁ、ありがとうございますぅ。」
メルが抱きついてきます。
これほど真剣にメルからお礼を言われるとは・・・本当に困っていたようです。
彼女はこれが叔父様であることは理解しているようですが、受け入れてはいないようです。
しかし、仮にも叔父様から逃げ回ってわたしに抱きつくメル?
ありえないのです。
それはあの夏のエスターセル湖に浮かぶという蜃気楼のように、目には見えても存在しない幻のようなものなのです。
端的に言えば目の錯覚、気のせいなのです。
「クラリスはん・・・この子、ぎょうさんやくたいなことしはるなぁ・・・どんなお知り合いなん?」
ジェフィは、わたしと気絶したアントを交互に、呆れはてたというか、かわいそうな生き物を見る目と言うべきでしょうか、そんな目で見ます。
なにやら情けなくなるのです。
しかし、内心では「これがあなたが結婚しようとしている人なんです!」と言えたらどんなにすっきりするでしょうって思います。
「ええっと、とりあえず委員長閣下、進言します!」
かろうじて冷静さを保っているデニーが、混沌の中で建設的な意見を述べます。
「わたしがジェフィ様をお送りいたします。あそこのしきっていた男一人は引きずっていきます。それで閣下とメル助手は・・・そこの少年を確保したまま急いでお戻りください。」
確かに、さすがにもう疲れ果てました。
ここは分担した方が早く済みそうです。
ですが、ジェフィを家まで送る責任が・・・
「それでええですよ。いろいろ互いにありましょうけど、うちももう今夜はコリゴリです。今日んとこは詮索しまへん。手分けしましょ。メガネの方、よろしゅうお願いします。」
笑みを絶やさないジェフィですが、これは本音に思えます。
そう言いながら、さっき拾い損ねていた銅貨をちゃっかり「GET」のジェフィですけど。
それで、わたしたちはここで別れることにしました。
「そいでは、うちはいぬります。今宵はおおきに。あいさお会いに行きますえ、クラリスはん。」
「はい。では近いうちに。」
ホントは会いたくないですけど。
うえ、って感じです。
「デニー、ジェフィをお願いします。」
「はい、委員長閣下!あとで合流します。」
デニーは「検知」「探知」系の術式を得意としています。
それでアントを探していたのでしょうし、この後わたしたちが行く場所に追いつくつもりなのでしょう。
表向き魔術士レベル2のはずですが、最近上達してきたと思います。
でも閣下はヤメテ。
「それで・・・メル。事情は落ち着いてから聞くとして、どこに向かえばいいのですか?」
わたしは意識を失ったアントを背負います。
プライドが高い彼はきっと後で嫌がるでしょうが、自業自得なのです。
「・・・はい。今までわたしとニセご主人様は、異民局におりました。この後も急いで戻らないと厳重に処罰されてしまうのです。」
異民局ですか!
これは予想外・・・いえ、予想していなければならなかったかもしれませんけど。




