第11章 その14 ヘクストスの不期遭遇戦
その14 ヘクストスの不期遭遇戦
「・・・それで・・・ゼエゼエ・・・あきらめますか・・・ゼエゼエ・・・ジェフィ・・・」
「あほなこと・・・言わはらんといて・・・クラリスはん。」
秋も深いのです。
ジェフィも表向きは変化ありませんが、明らかに会話が単調になっています。
あれから互いに譲らず、もう辺りは真っ暗です。
「二人とも・・もうええ加減にしいや!」
「今日の所は、この辺りで、やめましょう?」
エミルとシャルノの二人がなんか言っていますが、この件に関しては二人も完全な味方とは言い切れないのです。
最初からず~っと上品に微笑み続けていたジェフィですが、一旦笑みが崩れると、その後はもう素でわたしと言い争っています。
余裕がなくなっているのが、わたしにだけはわかるのです。
表向きは、互角と思えた戦いでしたが・・・互いに引かないだけですが・・・このような勝負はジェフィの「流儀」とやらではなかったのでしょう。
「もうええですわ。ですがクラリスはん、所詮はあんたもただん姪御はんで、フェルノウルはんはあんたにまだ何も言うてへんのですやな。ほなら、直にお会いしてうちのモンにしてみせます。そん時はじゃませんとくれやす。」
少しずつ譲歩するような姿勢を見せ始めます。
しかし、
「いやです!邪魔します!絶対、断固阻止です!」
何が「所詮は姪御」ですか!
わたしと叔父様の間にある輝かしい思い出を知りもせず・・・まあ半分くらいはただの「黒歴史」だとは思いますけど。
顔をジェフィの目の前につき出して「イ~」です。
もう乙女としては大問題なのですが、この際気にしてられません!
「そやから、本人同士の気持ちやさかい、それはええやないですか・・・もう。わかりました。ほなら、今度の対抗戦でうちらが優勝したら、無条件で旦那はんに会うことを認めてもらいます!」
そう来ましたか!
ですが
「だれがだれの「旦那はん」ですか!だれが!」
そう詰め寄るわたしです。
それなのに
「それでええわ!公平に勝負で決めんとな、な。」
「そうしましょう、ええ。それで決めますよ。」
二人とも、さすがに顔が怖いのです。
もういい加減にして、と全身で表現するエミルとシャルノのタッグ攻撃には、さすがに押し切られてしまいました。
結局わたしはまるで闘牛のように二人になだめすかされ、ジェフィから引き剥がされました。
ふん。
ですが、ジェフィは二人の慌てる様子を見て、早くも余裕を取り戻したようです。
ホントにどんな神経しているのでしょう。
魔力伝導に秀でたというヒヒロイカネ製なのでしょうか?
「いややわあ、もう・・・ほんにえずくろしい人やなぁ。」
立ち直ったその笑顔は、「ムカツク」のです。
しかも、だれがしつこいんですか!
そんなのんびりした口調でも根性の悪さはもう隠せませんよ!
「あなたこそ!そのいやらしい言いかたヤメテ!」
「どうどうどう・・・落ち着つかんかい、クラリス。」
「まったく、あなたがここまで興奮するのも珍しいですわ。」
二人とも、自分のことを棚にあげて!
あんなにジェフィを嫌がってたくせに・・・わたしもその理由がわかりましたけど。
「ほなら、おやかまっさん。」
疲れ果てたエミルとシャルノが崩れ落ちたのを、わざわざ見届けたジェフィがふたたびいつもの微笑み浮かべ、立ち去ろうとします。
「あ、待って、一人では危ないです。わたしが送ります。」
ジェフィは、そのつぶらな目を初めて大きく開くのです。
あ、きれいな深緑色の瞳、意外です。
「なんであんた、そないに元気なん?」
もう言葉も出ず、口から蒸気を噴出しているようなエミルとシャルノに比べれば、わたしはなぜか気力が残っています。
王女殿下にジェフィ相手の二連戦ですが、おそらく叔父様と一緒にいるよりは疲れないのです・・・我ながらなんでそんな人がいいのか不思議なんですけど。
「安心してください。しっかり疲れていますから、帰り道ではケンカはなしです。ジェフィ。」
「・・・えろうけったいなお人や。あんたの叔父さんもそんなんです?」
「・・・変わった人だってことだけは、保証します。」
後は、わたしなんかとは比べてはいけないし、比べられたくもないのです。
応接室の外で、わたしを心配したデニーが同行を申し出ます。
この子はこういうところが気が利いて、助かるのです。
わたしたち三人で夜の・・・と言っても夏ならまだ夕方程度の時間でしょうけど・・・ヘクストスを歩きます。
「お星さん、きれいやなぁ。」
不本意ですが、今は不思議と無邪気に見えてしまうジェフィです。
星空のせいでしょうか?
「あれは・・・「銀の弓兵」座の主星、シルボウクですね。」
伝説の、巨大翼竜ゲルドリクを退治した無名の弓兵。
その構えた矢の先端がシルボウクなのだそうです。
メガネのクセに、星にも詳しいようです。
これも意外です。
意外なことが続いています。
ちょっと新鮮な気持ちになって、改めて星空を見直すことにします。
もうちらほらと星が出始めて、すっかり暗くなり始める時間です。
なので、できるだけ明るい道を通ります。
それでも人通りはまだまだあって、怖くはありません。
ここ、北の学府街の一画、魔法街はその南東で貴族や上級役人が暮す高級住宅街に隣接しています。
お隣と言っていいのです。
だからシャルノやエミルが毎朝ゆったりと登校していられるのですし、その辺りの事情はジェフィも同じなのでしょう。
そう思ったんですが・・・。
「えんばんと、うちの家はずっと下がらへんと・・・なんしろ、しょもない家です。」
ジェフィの声は、今までと変わらなかったと思うのです。
ですが、なぜかその時のわたしは、ほんのわずかな違和感を感じてしまいした。
そのせいで、わたしは目をあらぬ方向に向けてしまい・・・
「・・・メル!?」
いろいろな意味でここに居てはいけない人影・・・今更半獣人影とは言いませんが・・・を見つけてしまうのです。
その見間違いようのない、犬耳に尻尾をつけた、愛らしいメイド服姿を。
「クラリス様!なんでこのような場所に!?」
どう考えてもそれはわたしのセリフなのです。
こんな場所・・・ヘクストスの、しかも高級住宅街に近いこの辺りでも、この子にとっては鬼門とすら言える場所のはずなのです。
いえ、何より叔父様と共に行方不明のメルがここにいる!
それは・・・。
メルは、叔父様と共にヘクストスで暮らすようになりましたが、3年以上も暮していたエクサスとは随分かってが違っていたようなのです。
メルは、エスターセル女子魔法学園の中でこそわたしたちに受け入れられています。
しかし街の人々にとっては、やはりよく言って半獣人、多くの人族にとっては、敵の獣人の眷属に過ぎないのです。
実は、叔父様がうっかりメルに買い物を頼んで、その後メルがお気に入りのあのメイド服を鋭い刃物で切られた姿で帰ってきたことがあったのです。
自身にはケガ一つなく、本人が強く願ったがために叔父様がものすごくあちこちに八つ当たりしてようやく感情を抑えたことを覚えています。
あの八つ当たりで空き家が何棟か全壊したのですが、これはわたしたち三人だけの秘密なのです。
その時のわたしは、未だメルに対して差別的な思いを引きずっていましたが・・・正直今でもそれを完全に棄てられたかは自信がありませんが・・・それでもすごく怒って、情けなくて、悔しくて。
そんな想いが沸き上がってきたのです
メルがこのヘクストスで暮らすようになってようやく二か月程度。
まだ住民の方がわかってくれないのは、理屈では納得しています。
わたし自身が最近、しかも叔父様という尊敬すべき方のお方のおかげでたどり着いた境地を、ただの人族にわかってほしいと思うのはムリなことなのです。
それでもやはり同じ人族の愚行は怒りますし許せません!
ですが、今は・・・
「・・・メル・・・あなたがここにいるということは・・・。」
隣にジェフィがいるこの時、うかつな質問は失態につながります。
「メルのいるところに叔父様あり」です。
どう考えても「もろバレ」必定のシチュエーションなのです。
なのですが・・・
「デニー様まで!これは天の恵みなのです。クラリス様、今は何にも聞かずにデニー様をわたしとともに・・・その・・・」
事情はわからないままです。
ここは高級住宅街とそうでない場所の緩衝地帯で、通りも急に細く暗くなった場所なのです。
それでもデニーを見ると事情を理解して、行く気満々です。
やれやれ、なのです。
わたしは、この場でメルの首根っこを押さえてグラグラ揺さぶってでも、叔父様の居場所を聞きたいというのに。
とても残念なことに隣にジェフィがいてはこらえるしかないというのに。
「デニー・・・メルと共に行きなさい・・・ただし、あとで必ず事情を教えてください!」
付け加えてしまうのは、わたしが未熟だからです。
そのせいでジェフィが何事かきっと考えるでしょう。
それでもこの時は必死なメルを捨て置けませんでしたし、デニーも積極的にメルを助けたがっていたのです。
「二人とも、気を付けて・・・」
「ありがとうございます、クラリス様。」
「了解です。委員長閣下!」
メルとデニーは、左手の暗い路地に入っていきます。
いいけど閣下はヤメテ。
「クラリスはん・・・さっきの獣人はお知り合い?・・・ええん?」
ジェフィは明らかにメルを卑しみ怪しんでいますが、騒ぎ立てたりわたしを問い詰めたりしないだけ好意的、そう思うことにします。
「はい。あの娘は狼獣人の血をひいてはいますけど、人族の意識を強くもつ存在です。わたしの・・・」
わたしの・・・?
叔父様の侍女・・・公的には奴隷なのですが・・・で、叔父様の姪のわたしの言うことも聞いてくれて、一緒に叔父様に学んで、わたしよりも出来が良くて・・・時々わたしに妙に絡んできて、それでももう、今は憎めないのです。
だから、きっと
「・・・・・・妹のような子なのです!」
恋敵、とは言いませんけど。
「そないな・・・もう、えろうけったいな・・・そんなんありえまへんえ。」
それは正論ですなのです。
しかし、わたしにとっての真実でもないのです・・・多分。
しばらくわたしたちは二人で進みます。
右の奥の方には、ヘクストスの中央、内城ともいえる、王宮があるのです。
おそらくレリューシア王女殿下はもう雲上殿にお着きになって、夕食も終えているのでしょう。
まっすぐ進むと、貴族の方々の大きなお屋敷が立ち並ぶ地域です。
わたしはジェフィの案内に従って、そのまま貴族街を抜けていきますが、確かにいくつかのお屋敷を通り過ぎるばかりで、なかなか目的地には着かないのです。
そしていつしか大きなお屋敷は全て通り過ぎて、おそらく役人街との境目に入ったのです。
ジェフィのお屋敷はもう少し先とか・・・?
「・・・クラリスはん、かんにんな。せっかく送ってくだはったんに・・・」
「気にしないで、ジェフィ。むしろ送ってきた甲斐がありました。」
「どうやら意趣返しやな・・・うちが見切りをつけて、手ぇ切る言うたんが気に入らなんだようです。」
はてな、です。
ですが、ジェフィに襲われる心当たりがあって、まわりの気配は彼女を待ち伏せしている者たち、ということなのでしょう。
ジェフィが、その長いスカートの下から長めの魔法杖を取り出します。
わたしも腰の小剣とベルトの学生杖を構えます。
「その小剣・・・本モンなん?随分物騒やね、あんた。」
「わたしはこう見えても誘拐歴三回誘拐未遂一回の身の上なのです。用心は怠りません。」
長いスカートの下にワンドを隠す用意周到なジェフィには負けますけど。
「それ言うんは・・・ひょっとしてあんたのおかげでうちが騒動に巻き込まれたんと違います?」
「それは濡れ衣です!・・・「回避!」「回避!」」
わたしは最近ようやく身につけた簡易詠唱で「回避」を二度唱えます。
通常詠唱と違って範囲や威力を拡大できないので二人分唱えましたが、それでも術式名だけであれば早いのです。
「あんた・・・もう簡易詠唱できるん!?腐ってもレベル5やね。」
「腐ってなんかいません!」
なんでも女子が「腐る」と特別な意味ができるらしいのですが、叔父様はイヤな顔をして教えてくださいませんでした。
それでも、それはそれは、なにかとてつもなく恐ろしい現象らしいことは感じたのです。
「そうなん?・・・まぁ、うちはそろーと唱えんとな。」
ジェフィはワンドを構え、充分に魔力を込めます・・・え?
その様子を見て、わたしたちを隠れて取り囲んでいた男たちが慌てて飛び出してきます。
ざっと8人。
「術を使わせるな!」
「詠唱中に捕まえろ!」
その紺色の服には見覚えがあるのです・・・キッシュリア商会の手の者!?
わたしに接近した3人は、小剣を警戒して遠巻きにしていますが、詠唱中に見えたジェフィには大慌てで接近します。
甘いのです。
「ほい!」
ジェフィの詠唱はフリです。
そしてわざと敵を引き付けたのでしょう。
ですが、ワンドをそう使いますか!
捕まえようと伸ばした腕をワンドで払い、そのままワンドを腕に絡ませて関節を極め、ボキッっておりました。
ひいっ、です。
ジェフィの微笑んだままの顔に、遠慮もためらいもないのです。
確か「杖術」という技でしょう。
なるほど、ワンドを主武器とする魔法兵としては、ワンドをあのように使う術も有効なのですね。
打撃ではなく、関節技や投げ技の支点として使うのであれば、大切なワンドにダメージを与えることなく、護身術具としていかせるのです。
別な男も杖で腕をひねられて、その後は投げ飛ばされます。
わたしの前にいた男たちが悲鳴を上げる仲間に目を向けたので、わたしも小剣で彼らの武器・・・棍棒・・・を跳ね飛ばします。
そして肘撃ちをわき腹加えて、地面に沈ませます!
一人、二人。そして三人目がわたしに棍棒を振りかざした瞬間、わたしは小剣を捨て、その腕をつかみます。
左手のワンドに力を込め、そして唱えるのです。
「衝撃!」と。
そうです。
以前叔父様から貸していただいた指輪に呪符されていた下級攻撃術式「衝撃」。
まだ試作品で調整中の指輪こそお返ししましたが、わたしは行方不明の叔父様の教官室に入り、その術式を見つけ、一人で学習したのです。
しかもこの術式の特徴を考えれば簡易詠唱が望ましい・・・ですから以前叔父様の「術式の書方」の授業の中で培った、魔法文字の読解で十分に術のイメージをつかみ何度も筆写しました。
そして通常詠唱を、次いで特に重要な個所を絞って略式詠唱を習得。
最後にイメージを強く維持したまま、簡易詠唱。ガクエンサイの準備期間ではありましたが、授業の量が減った分、学習時間のほとんどをこの習得に費やしました。
わたしは今できる限りのことをする、し続ける、そんな当たり前の姿勢を忘れていたのです。
そしてそれを取り戻すべく、再び努力を始めた、それだけなのです。
「衝撃」は、叔父様が、風系列の精霊魔法「雷撃」という中級術式を編集しておつくりになった下級術式です。
叔父様に言わせれば
「この術式にはヨロイは無効。しかも一度術式を発揮したら、付帯効果で麻痺も発生する。相手が魔法抵抗に成功してもそれなりのダメージと一瞬の麻痺は必ず発生する。しかも下級呪文で接触系。なにがいいって、魔力消費は最低レベル・・・つまり一度でも接触したら・・・・・・」
「衝撃」
「衝撃」
「衝撃!」
レベルを問わず、その相手が倒れるまで連発できる使い勝手のいい術式です。
わたしに腕をつかまれた男は、3発の「衝撃」で沈黙しました。
まぁ、魔法兵でも高位冒険者でもない輩であれば呪文抵抗すらろくにできないのでしょう。
わたしは崩れ落ちた男の腕をポイ、っと放し、残った者たちを見回します。
明らかに腰が引けています。
「クラリスはん。なんなん、その術式?」
「ふふ、秘密です。」
そう言いながら、わたしたちは残った男たちへの圧力を強めていくのです。
これでも年の割には「経験豊富」・・・もっぱら乙女らしくない経験ばかりなのが残念なのですけど。
「キミたち・・・弱い者いじめは止めるんだ!」
突然、そんなふざけた声が路地から聞こえてきました。
はあ?なのです。
乙女のわたしたちに何を言ってるのでしょう?
場違いにもほどがあるのです・・・「一昨日おいで」って気分です。
「見たところ、明らかにキミたちの方が強いじゃないか。それなのにわざわざ弱い者を・・・しかも年上の男をなぶるなんて、なんて特殊な趣味をしてるんだい?」
ムカッです。
その声は少し甲高くて、少年か少女かわかりにくいのですが、左手に細長い棒を持った小柄な影が暗い路地から現れ、わたしとジェフィを牽制するのです。
「新手・・・という訳やないん思いますけど・・・ま、面倒やし。」
見かけによらず思い切りのいいジェフィが「眠りの雲」の略式詠唱を始めます。
わたしは小剣を拾って、その前に入り援護の姿勢です。
他の・・・キッシュリア商会の手の者で元気な人たちはこれ幸いと逃げていきますが・・・倒れた仲間を置いていくとは情けないのです。
しかし・・・まったく。
平和なヘクストスで予期しない相手と、また戦闘ですか。
こんなのばかりなのです。
ますます乙女のあるべき姿から遠ざかっていきます。
叔父様のセリフではありませんけど、もっと素敵な出会いとか、ないものでしょうか・・・いえいえ、言ってみただけです。
わたしには叔父様とめぐり合えた幸せがありますから、別にもういらないのです。
・・・なんて、つい現実逃避をしてしまうくらい、こんな出会いは心外なのです。