第11章 その13 展嫁三分の計
その13 クラリス 対 展嫁三分の計
「あらまぁ、あんたがエミルはん?お会いしたかったんです。」
「・・・オレは自分なんかに会いとうなかったんやけど。」
エミルの言葉が、また例の言い方になっています。
あの上品な顔立ちには似合わないのに、しかもいつもより怖いのです。
一方ジェフィ様は、いつでもだれにでも穏やかな、やんわりとした話し方を崩しません。
お顔も品よく微笑まれています。
相変わらず瞳の色がわからないほど目を細めていらっしゃいますけど・・・もともと細目なのでしょう。
「歓迎せぇへん客やから、茶もださん。」
「そない、いけずしなはる?まぁ、ええです。うちもオブはいりまへん。ブブヅケだされてもイヤやし。」
わたしと王女殿下も相性がよくなかったとは思いますが、いつも明るいエミルがここまでイヤそうに話す人がいるなんて想像もしていませんでした。
それにまったく動じないジェフィ様も、見かけによらず豪胆な方なのでしょうけど。
「で、みなさん、フェルノウルはんの所在は知らん言います?」
わたしたちは答えられません。
事実知りませんし。
それを信じるかどうかはジェフィ様の問題なのです。
ですが・・・
「ジェフィ様・・・なぜそれほど叔父様をお探しなのですか?そもそも叔父様にどんな・・・」
そう言いかけた途中で、わたしはシャルノとエミルの苦々しい表情と、一層分かり易く微笑みを浮かべるジェフィ様に気がつきます。
どうも聞いてはいけなかったようです。
こういう駆け引きある会話はわたしには難し過ぎます。
「姪のクラリスはんが知らないん?シャルノはんもエミルはんも・・・意外にへんねしとうさんや。」
「・・・別にやきもち焼いたんちゃうで。」
「クラリスの気持ちを思えば、つい言いそびれて・・・それにご本人すらご存じありませんし。」
空気がとても重苦しいのです。
どうやらこの場では、わたしだけが知らない秘密について討論されるようなのです。
そしてエミルもシャルノもずっとわたしに内緒で・・・気まずそうにわたしの視線から眼をそらすシャルノ、うつむくエミル。
ふう、です。
一息ついて、わたしは覚悟を決めるのです。
「お話しください。ジェフィ様。」
「あら、ほんまにええん?」
ジェフィはいつも微笑んでいらっしゃいます。
しかし、その微笑みの裏には、いろいろな感情が隠されているような気がします。
今は・・・おそらく面白がっている、そう感じます。
無言でわたしがうなずいたのを見届け、今度はエミルとシャルノがため息をつきます。
「わかりました・・・クラリス。落ち着いて聞いてください。」
そう話し出した、シャルノの言葉は・・・。
「実は、わたしとエミルには、縁談が持ち上がっています。そのお相手は、フェルノウル教官殿なのです・・・〇×▽◇△□・・・?」
シャルノの声が遠くで聞こえます・・・・・・・・・わたしには、なにか別の世界の不思議な物語を聞いているように響きます。
なぜか目の前の景色が傾いていきます。
そして、ぱたん、です。
「クラリス!」
どこか遠くで、わたしの名前が呼ばれています。
「クラリス、しっかりしてください。」
「こらあかん、スフロユル教官にでもおいでいただかんと!あ、まだたこ焼き遠征か?」
「あらあら、随分なお驚きようですなぁ。」
今、何があったんでしょうか?
目覚めたわたしは床の上です。
どうやら椅子ごと倒れたようです。
応接室のフカフカ絨毯のおかげでケガはありません。
わたしの両脇にはシャルノとエミルがいて、心配そうにわたしを見下ろしています。
そんな二人を安心させようと、わたしは姿勢を直し、起き上がるのです。
「みなさん、大丈夫です。」
すこしめまいが残っていますが、平気なのです。
「さいですか、ほなら、もう一度初めからお話ししましょ。」
あからさまにシャルノが嫌な顔をし、エミルが「自分、どんだけ底意地悪いねん」とつぶやきます。
はてな、です。
「クラリス・・・さっきわたしが言いかけたこと、憶えていますよね?」
再びはてな、です。
「シャルノ?なんでしたっけ?」
するとシャルノは、奥歯を強くかみしめて悲壮な決意を浮かべ、再び話し出すのです。
まるで、一人でトロウルの群れに飛び込むような感じです。
「いいですか、気を強く持って聞いてくださいね!実は、わたしとエミルには、テラシルシーフェレッソ伯爵家とアドテクノ商会、そしてフェルノウル教官殿との結びつきを強めるために・・・結婚のお話が」
「わあ~、わああ~!」
何かとても聞きたくない気がします。
思わず耳を塞ぎます。
「落ち着いてえな、クラリス。しっかりせんと!」
後ろからエミルがわたしの両腕を耳から離すのです。
「ですから、結婚する話が持ち上がっているんです!」
「誰が?」
「わたしとエミルが!」
「エミルとシャルノが結婚するのですか?女同士で!?」
シャルノもエミルも転倒します。
ジェフィ様がそれは面白そうに笑っておられます。
ですが再び立ち上がったシャルノが続けるのです。
なぜか聞きたくない~。ジタバタします。
「わたしとエミルが、同じ男性とです!」
「誰と?」
「フェルノウル教官殿と!」
「あんたのおじさんとや!」
頭の中で何かがグルグルと回っています。
「・・・わけわかんないです!」
何が起こっているんでしょう?
なんで叔父様と・・・しかもシャルノとエミル!?
「・・・ほんまのこつ、ぎょうさん心当たりあるんちゃいますか?クラリスはん。」
ジェフィ様のお声がきっかけで、いろいろなことが思い浮かびます。
エミルとシャルノがしばらく前から叔父様のことを不自然に気にしていて、それをわたしにも叔父様にもあまり知られたくなさそうにしていたこと。
そして何よりゴラオン。
あの発明がどれだけ大きな力になるかを考えれば、叔父様と結びつきを強めたいと思う者は多く出るでしょう。
それ以外にも、叔父様が作り出す新しい術式やスクロールの量産化・・・イスオルン主任ではありませんが、あの人の影響力は実は計り知れないのです。
「おおよその事情はわかりました。」
かなり時間がたってしまいましたが、なんとか落ち着いたわたしです。
「・・・かんにんな。ほんまのこと言うたら、クラリスこうなるんわかってたさかい。」
「ええ。とても言い出せずに、今日まで来てしまいました。すみません。」
ふたりはわたしに頭を下げています。
ですがわたしは心配になって、勇気を出して肝心なことを聞くのです。
「・・・それで、シャルノ。エミル。二人とも・・・その・・・叔父様と・・・?」
そして、わたしは、おずおずと二人を見つめます。
「まさかですわ!」
「それはないと思うわ。」
しかし、二人とも否定してくれました。
ほッ、です。
シャルノは強く、エミルは・・・ちょっと微妙ですけど。
「別にフェルノウル教官殿がどう、ということではありません。わたくしはまだ学生の身ですし、さすがに年の差もあります。何より教官としては尊敬できる方ですが、一個の男子としては、わたくしの趣味ではありません!引きこもりも甲斐性なしも論外です!」
・・・そこまで言われると、「当然」と頭ではわかっていても複雑なのです。
「うちは・・・知らん人でもないし、まぁええお人や思うんやけど・・・さすがにクラリスに「おばはん」呼ばれるこつ考えると、ためらうねん。」
エミルが、わたしの「叔母様」ですか!
それは衝撃なのです。
いや、そうならないという話なのですけど。
しかし、エミルはまんざらでもないようなのです・・・・危険ですね。
けっこう惚れっぽいという前科があります。
「とにかく、これはわたしたちの父親同士で勝手に盛り上がってるだけで、当のわたくしたちたち娘が承諾していません上に、ご本人の教官殿にも打診していないレベルの・・・まぁそんな段階なのです。ですから、わざわざあなたの耳に入れて、不快な思いにさせたくなかったのです。」
「そうなんや。互いに気まずうなりとうなかったし。」
二人は交互にわたしを安心させようと、いろいろ話してくれます。
おかげで、少しずつわたしも動揺が収まってきたのです・・・が
「あら、そうなん。でも、うちは本気です。フェルノウルはんと夫婦なろう思うてます。」
思わぬ爆弾発言がもう一つ!
完全に無防備だった心が直撃を受けました!
「ジ・・・ジ・・・」
ジェフィ様と呼びかけたいのですが、ダメージで口が動きません。
「うちがここに来たんは、先日テラシルシーフェレッソ伯爵家とアドテクノ商会に申し入れた件の確認です。ご両家に加えて、デクスフォールン男爵家もフェルノウルはんとの縁組を希望しております。そして、その相手はうちに決まったいうことや。したら、ご両家とも、娘同士で一度話しせい言いますやろ。そやからわざわざエミルはんにも会いに来たんです。あと、かわいい姪御はんもいらはるいうし、会うてみよ思いましてな。」
ジェフィ様の声が遠くで聞こえます・・・これはさっきもあったような・・・なんか「でじゃぶって」ます。
ぱたん、です。
「クラリス!」
大丈夫です。
わたしは落ちついています。
平静で冷静で、平常心なのです。
少し頭が頭痛ですけど、耐えられるのです。
「なんか、もう、やめにしとかんか?ジェフィ。」
「そやけど、本題がまだですしなぁ・・・」
「それでは、もう本題に入ってください。このままではクラリスが持ちません。早く終わらせましょう。」
「・・・なんでこの子、こないにやにこいん?おじさんの話やろ?」
「クラリスは強いのです・・・ただ「叔父様」のことになると繊細過ぎるのです。」
「別に自分に教えたることないねん。」
「・・・そうですか。ほな本題です。あんたらがフェルノウルはんと一緒になるんなら、うちと一緒です。三人で仲ようせんとあきまへん。でも、うちは18になると家を継ぐことになりましてなぁ。そしたら、格から言えばうちが正妻であんたらは内妻ですけど、うまく旦那さんとのことを分担して、よろしゅういうことで、どうです?それで夫一人に妻三人の同時挙式、展嫁三分の計言います。」
叔父様が三人と同時挙式!?しかも三人「いい感じで」妻の仕事を横並びで分担するから展嫁三分の計というそうです。それで提案しているジェフィ様が正妻を主張している・・・ということなのです。
もう、わたしの額のどっかがピキピキいってます!
「展嫁三分の計・・・叔父様の不在にかこつけて、なんて恐ろしい!」
多産を奨励するトレデリューナ臨時法の施行によってこれは合法です。
しかし、当の叔父様が知らない間にこんなものを認められるわけがありません!
「男爵家を末娘のあなたが継ぐというのですか!?継いだら伯爵の娘より格上だと!」
シャルノも反対してますが、突っ込むのはそこですか。
まあ、立ち場の違いでしょうけど。
「何言うてんねん。だれが正妻で内妻や!てんごうもいい加減にせい!」
エミルも、そこなんですか?
まさか正妻になりたいのですか・・・「叔母様」って呼んであげます!
いえ、それも断固阻止するのです。
「そんで、あんたらがフェルノウルはんの妻にならんなら、どうせ伯爵様も会長さんも別な子を嫁がせるやろうけんど、その場合はうちらが先ん式あげさせてもらいます。」
わたしたちがそれぞれの立場で猛反対していますが、ジェフィ様は相変わらずマイペースで進めます。
笑顔にも全く変化なし。
「式!ですからそんなことは許しません!」
もう、叔父様がいないのに!
いても絶対許しませんけど!
「優先権は男爵家にうつる、と言いたいのですか!?あとから話に入ってそんなことは都合がよすぎます!」
相変わらずシャルノは、伯爵家の立場での反論です。
なんだか納得がいかないのです。
「せやから、てんごう言うな!このあほたれ!」
エミルも、ジェフィ様の言ってることには反論していますが、自身が結婚する件についてはあいまいなのです。
釈然としません。
わたしたちはしばらくジェフィ様と話し合い・・・というより言い合い・・・を続けますが、互いに歩み寄りがないのです。
というか、反対しているわたしたち三人の間にも主張にスキがあって、三本の矢が一本ずつ放たれても相手はたいして痛くないようなのです。
「・・・ところでジェフィ様。肝心なことを聞いていませんでした。どうして叔父様と結婚しようなどとお考えになったのですか?やはり政略結婚なのですか?それとも、まさかどこかで叔父様と知り合っていらしたとか?」
わたしにしては大切なことを聞いたつもりですが、ジェフィ様にとっては子どもじみた質問に聞こえたのでしょうか?
あの微笑みがとっても、不自然なくらいに優しくなって、わたしはまるで10歳の頃にもどったような気分にさせられたのです。
「あら、クラリスはん。おかわいいことをお聞きなはるなぁ。うちは、フェルノウルはんに会うたことはありまへんが、きっとええ妻になります。あんたにとっては同い年のおばはんになりますやろか?まぁ仲ようしとくれやす。」
・・・なんか、とってもムカムカ、です。
しかも肝心なことに答えていません。
おそらく答えるまでもない、そういうことなのでしょう。
「とんでもありません。あなたをおばさんって呼ぶ気はありませんし、その必要を認めません。叔父様はあなたなんかとは絶対に結婚しません。わたしがさせません!」
男爵令嬢だか次期女男爵か知りませんが、もういいです。
この件については、エミルにもシャルノにも・・・誰にも遠慮はしないのです。
「ジェフィ、こう呼ばせてもらいます!ジェフィが何を考えているかは、お子様なわたしにはわかりませんが、叔父様が不幸になることは、このわたしが断固阻止します!」
ジェフィが初めて目をぱちぱちさせ、あの微笑みが途切れます。
「なんなん?ようよう様を外してくれたん、今度はうちと結婚したらフェルノウルはんが不幸になるん言うて?てんごう言わはりますなぁ。」
「てんごうも「飯盒」もありません!叔父様を幸せにできるのは、二つの世界でわたしだけです。わたし以外の誰にも絶対譲りません!」
「あんた・・・自分のおじさん好きなん?やくたいな趣味ですなぁ。」
少し険のこもったものいいです。
ですが、ふん、なのです!
わたしは胸を張り、仁王立ちで宣言します!
「そうです。わたしは、ひきこもりでコミュ障で、女嫌いでオタク気質の、あのどうしようもない人が好きな特殊な趣味の持ち主なんです!ですからそんなあの人を、恋人や夫として他の人には薦めないのです!」
ジェフィが絶句します。
ざまあみろ、です。
初めて叔父様への気持ちを公言したわたしに、エミルもシャルノもなんか複雑すぎる表情をしていますが、無視です。
「クラリス・・・それは、その、伯爵家がフェルノウル教官と縁談を進めようとした場合・・・」
「敵認定です!」
「うちもか。」
「当然!」
「なんや、この子、王女殿下よりややこしいわぁ。」
それはきっと褒められているのです。
「そやけどなぁクラリスはん、うちは別にあんたがフェルノウルはんと結ばれても気にしまへん。フェルノウルはんがうちと結婚してくださればいいんです。ムリにうちを愛してくれんでもええし、うちも愛せんでもええんです。」
「ですから、好きでもない女性の側にいられるほど、叔父様は懐が深くないし、そんなに女性が好きでもないんです。」
「あらまぁ・・・それは衆道趣味なん?うちは別にええよ。見逃します。」
「違い過ぎます!だから、そう言う意味でも懐が深くないんです。」
要するに、ジェフィが叔父様に求めているのは、利権を生み出すこと。
そのためには彼女は自分自身を叔父様に捧げられるし、或いは互いに趣味でなければ平気で浮気公認の夫婦になる、ということなのです。
同い年のジェフィが、どうしてそんな割り切った結婚観を持っているのか、わたしにはわかりません。
しかし、そんな器用なことがあの叔父様にできるわけがない、ということが逆にジェフィには理解不能なようです。
このあたりは、エミルやシャルノにもどれだけわかっているのか自信がありません。
二人とも「家」とのしがらみが強くて、叔父様の「個人主義」とでも言うべき考えは理解しにくいと思います。
そもそもなんであの人が未だに独身なのか、わかっていない。
ただの変人ではないのです。
変わった変人なのです。
あの人の、そんな繊細な部分は或いはメルですら気づいていないのかもしれません。
生まれてから15年一緒にいたわたしですら、未だその全てがわかったとも言えません。
ですが、最近になってようやく、あの人の、そんな繊細過ぎる、弱弱しい所も含めて許せる、そんな気持ちになったわたしです。
ですから、わたし以外のだれにもあの人を預けるつもりはありません。
これはもう決めたことのです。
あの、ミライの洞窟で。16歳のアントと別れ、35歳の叔父様・・・わたしのアンティノウスに再会したあの時に。
だからこんな「展嫁三分の計」なんて、とんでもないのです。
そんなことになったら、あの人は再起不能になりかねません。
一生ひきこもりで、しかも女性不信一直線です。
断固阻止!
これしかないのです。
これはただの嫉妬ではないのです・・・嫉妬でない、と言い切るつもりもありませんけど。