第11章 その12 ジェルリフィ・デ・デクスフォールン男爵令嬢
その12 ジェルリフィ・デ・デクスフォールン男爵令嬢
長い時間にらみ合うわたしと王女殿下です。
王女殿下も退いてはくれません。
わたしからすれば、事情も知らずに叔父様の名誉を傷つけた非は殿下にあります。
素直に謝罪してくださればいいのに、と思います。
しかし、それが身分の高さゆえの問題なのでしょう。
己に過ちがあっても認められないのでしょうか?
または身分の高さゆえに低い者には謝ってはならないのでしょうか?
軍の上官と部下みたいに。
少し前の、イスオルン教官とわたしたちのように。
そして、そんな緊迫するわたしたち二人の間に、突然、場違いな、ゆったりとした声が流れるのです。
「そろそろ、うちらも自己紹介したいんけど、よろしゅおすか?うちはジェルリフィ・デ・デクスフォールン言います。男爵家の出とは言え、六女ともなれば、別に身分を振りかざす気も余裕もありまへん。」
ジェルリフィ様は、旧知の王女殿下と同様にわたしに向かっても微笑みかけてくれます。
濃い緑色の髪の後ろは腰まで伸びていますが、前は額を見せています。
そして瞳の色がわからないくらい細い目です。
制服は薄い緑に黄色のリボンで、スカートは随分長いのです。
「クラリスはん、ジェフィと呼んどくれやす。」
なんか、ホッ、です。
ところが
「ジェフィ・・・どういうつもり?」
殿下が怖い顔のまま、ジェフィ様もにらむのです。
「別にぃ・・・王女殿下にはごめんやっしゃ。ですけど、うちらも時間が惜しゅうございます。いつまでも意地の張り合いで待たされては話が進みまへん。」
殿下の険しいお顔と怖い声をニコニコと微笑み受け流すジェフィ様・・・ただ者ではありません。
わたしはその様子を見て、ジェフィ様に向かって頭を下げ、席に着きます。
王女殿下には目もくれません。
ふん、です。
それを見た殿下も無言で席に戻ります。
とても不平そうですけど。
シャルノとヒルデアがあからさまにため息をつきます。
まるでその口から何か魂的なものが抜け出しそうなのです。
そしてデニーは机に突っ伏します。
もう生けるしかばねですね、これは。
と、一息ついた絶妙のタイミングで、ジェフィ様の穏やかな声がわたしに向けられました。
「ところでクラリスはん、ひょっとしてあんたのおじさんとは・・・ウワサの新任の教官さん?就任早々お空を飛びなさった?」
びくっ、です。
こちらの油断を見計らっての質問はまるで「刑事コロンボ」なのです。
コロンボさんがどんな方かは知りませんけど、わたしは思わず後ろに飛びさがるところでした。
いえ、これでも乙女の身で、しかも王女殿下や男爵家令嬢の前でそんな失礼はしませんでしたが・・・それでも思わず目をそらすことはとめられません。
しかもわたしだけではなく、シャルノもヒルデアもデニーも一斉に、まるで相談していたかのように同じ反応をしてしまって、お互い気まずそうに眼を合わせます。
それを見て。
「お~ほほほっ。そうなん?そらまあ・・・おもろいご仁がお師さんですこと。後でお話し聞かせとくれやす。」
上品で控えめな笑い声が座に広がります。
完全にこの場はジェフィ様がおさめられてしまいました。
「なんです?その空を飛んだというのは?」
王女殿下まで不機嫌を忘れ、興味を持ったようです。
「あら、ご存じない?さすが雲の上におわす方は下々のことにうとうございますなぁ。」
雲の上とは、ヘクストスの王城の塔が雲上殿と呼ばれることから、王族の方をさす意味で使うのです。
「ジェフィ・・・。」
王女殿下が再びジェフィ様をにらみます。これはいけません。
「あの、それはわたしがならず者たちに誘拐されたことがあって」
しかしわたしが言い始めると王女殿下はわたしを不愉快そうに見つめるのです。
あ!身分の高い方同士の会話に入るのも失礼なのですね・・・ヤレヤレなのです。
そこにシャルノがうまく入ってくれました。
「はい、その折にフェルノウル教官殿が単身その巣窟に乗り込み、30人以上の未登録冒険者を倒し、そしてこのクラリスを連れて悠々と空を飛び去ったのです。」
・・・そんな風にシャルノが話すことを聞くと、なんだかとっても格好良く聞こえるから不思議なものです。
どこかの別な誰かのお話みたいなのです。
「今のお話を聞くと、少なくとも上級魔術士に相当しそうなのですけど・・・さきほどこの者は魔術は使えないと言いました。」
「ええ・・・うちもそう聞いとります。なんやけったいなお方で、魔術も使えんのに、学園をせんぐり爆破したとか」
グサ!わたしたちエス女魔園の生徒たちの脳裏には、あの時の轟音と爆炎の景色が浮かび、ジタバタと逃げ回りたくなります。
「ただのスクロールん「光」の術式が妙に明るうて一晩中魔法街がにぎわいなさったとか」
グサグサ!講義室の天井に出現したあの巨大な光源が、わたしたちの目と皮膚をひりひりさせた記憶がよみがえり、目を覆ってきゃあって悲鳴を上げたくなります。
「はたまた・・・」
いちいち反応するわたしやシャルノの様子が面白いのか、ジェフィ様は楽し気に続けていくのです。
これはもう限界です!
「やめてください!」
叔父様が以前、わたしが話す一言一言に擬音をつけて、のたうつように落ち込む気持ちがよ~っくわかりました。
「ほほほほほ。」
しかし、ジェフィ様は一度間をとって、小さく低く声をもらします。
「・・・極めつけは・・・南方戦線でもご活躍とか。」
それは、下世話な言い方では「どす」の利いた声、というのです。
ギクッ!わたしたち一同が再び一斉に反応します。
うつむいた顔を上げて、ジェフィ様のお顔を見つめてしまうのです・・・この方は「シーザスの戦い」の真相まで知っていらっしゃる?
「ジェフィ、あなた、どこまで・・・いえ、何を知っていらっしゃるの!?」
驚きのあまり動きを止めていたわたしたちの中で、唯一シャルノが反応し、ジェフィ様を強い視線で見つめて詰問しました。
「シャルノはん・・・ですから、後でゆるりとお話しましょ・・・それより、此度の縁談まとまってお互いよろしゅうございましたなぁ。」
縁談?
シャルノがまさか?
「ち、違います!わたしの叔父が・・・そうですか。決まったのですね。」
「シャルノ・・・ひょっとして前に話してた?」
「ええ。わたしとの件が流れて・・・それでデクスフォールン男爵家にと聞いていました。」
「うちの姉さんと、あんたの叔父さん。まあ、ええ歳やし、家格もまあまあ。これであんじょう親戚や。」
いつの間にか、シャルノとジェフィ様の会話が座の中心になって、「南方戦線」の件はうやむやになってくれました。
「テラシルシーフェレッソ伯爵家とデクスフォールン男爵家の縁談?これはめでたいですね。エリザ、父上に忘れず話しておいて。」
「殿下、ご自分でお話しください。責任をわたしに押し付けないでくださいませ。」
王女殿下と近侍のエリザさんのやりとりを聞きながら、これもわたしにはジェフィ様の意図した流れのように思われたのです。
その後、冒険者養成校魔術科のルル・ルーラさんが自己紹介をした後です。
「ルル先輩、お久しゅう。」
ジェフィ様が上品に一礼します。
「ジェフィ様、ちょっと、先輩はおやめくださいといつも言ってるのに。」
ルーさんは二十歳前後の、茶髪で随分とお痩せになっている方なのですが、少し困惑はしても全然迷惑がってはいない様子で、随分と親しげなのです。
怪訝に思うわたしたちに、ジェフィ様は例の如く穏やかな微笑みで返されます。
「ああ、ルル先輩を始め、今年の冒険者養成校にはパントネーの卒業生がえろぅお世話になってましてなぁ。」
パン魔女園は、軍に一部しか採用されず、冒険者に進む卒業生が多いとは聞いていましたが・・・なるほど、です。
しかし、それはつまりレベル的には魔法学校卒業生以上ということなのでしょうか?
対戦相手としては、随分手ごわいのです。
今頃気づくわたしたちもニブイとは思いますが。
「そうですか、お二人は先輩後輩。パントネーと冒険者養成校は姉妹校のようなものですか・・・では両校が初戦で当たることはないほうがいいですね。シャルノ、いかが?」
王女殿下が当然のようにそう判断します。
ジェフィ様は「そない気ぃ使わんと」と仰っていますけれど、わたしにはその笑みはさっきとは少し違うもののように感じられました。
しかし王女殿下に話を向けられたシャルノは、ここでも平然と言うのです。
「殿下、本校の戦隊長はクラリス・フェルノウルです。また対抗戦の運営責任者はヒルデアルドなのです。わたしにお問いになってもお答えできません。」
明らかに殿下はまた機嫌を損ねて、オルガという近侍がシャルノに何かを言いかけるのです。
わたしはその前に立ち上がります。
「わたしどもに異論はありません。」
そして一同を見回します。
うなずくエス女魔法園の仲間・・・特に笑いかけてくれるシャルノ・・・と、三人とも眉を顰める王女殿下と近侍のヘク女魔校、変わらず微笑を返すパン魔女園のジェフィ様、ヒヤヒヤしている様子の冒険者のルーラさん。
みんなと目を合わせ、そして、できる限り力強く宣言するのです。
「では、組み合わせを始めます!ヒルデア、後はお願いします。」
組み合わせと試合会場の下見を終え、王女殿下率いるヘク女魔校とルーラさんは帰られました。
ルーラさんはともかく、王女殿下と近侍がお帰りになって、正直ほっとしたいのですが・・・
「まあまあ、さっきも言わはりましたけんど、そーろとしましょ。」
ここは試合会場予定の野外演習場です。
ジェフィ様が残られています。
そもそも男爵令嬢がお一人で来てお一人で残られるというのも対応に悩むところです。
「ジェフィ・・・あなた、どういうおつもりですか?」
「なんや、お怒りになって?シャルノはん、どうしなはったん?」
二人の会話がかみ合いません。
いえ。シャルノの言いたいことをジェフィ様がわざとお惚けになっているのでは?
「あのぅ・・・ジェフィ様?」
「いややわぁ、クラリスはん。なんでシャルノはんは呼び捨てで、うちに様付けするん?向こうは伯爵令嬢やけんど、うちは男爵家、しかも六女やし・・・様なんてとっとくれやす。」
・・・どうしましょう?
確かにシャルノはお友達で、呼び捨てにしていますが、その流れで知り合って間もない男爵令嬢を呼び捨てですか?
かなりわたしには「ハードルが高い」のです・・・ハードルが何かは知りませんけど。
「ですが・・・ジェフィ様がわたしに「はん」をつけていますのに、さすがに呼び捨ては失礼かと。なにより知り合って、すぐには・・・。」
「それもそやなぁ・・・ほな、仲ようなってからでええかな。クラリスはんも。」
「はい。」
ジェフィ様は相変わらずの微笑みですが、きっとわたしの顔は強張っていたと思います。
頬がどうも筋肉痛気味なのです。
こんな感じで、ジェフィ様との会話はなかなか本筋に向かわず、わたしたちは少々困惑します。
シャルノはこんな展開を予測していたのか、平然としていますけど・・・よく見るとつま先が静かに地面を叩き続けています。
それに気づいたのか、ヒルデアが立ち上がり、固い口調で告げるのですが
「ジェルリフィ様、そろそろ暗くなりますし、お帰りなさってはいかがでしょうか?よろしければわたしどもがお送りいたしますが。」
「ヒルデアはん。あんたもそんな固い言い方しなすって・・・いつもみたいにボク言うたらええんです。他人行儀やなぁ。あんまりお堅いのもなんやもっさいわぁ。」
相変わらず笑顔で流されました。
「もっさい」と言われてヒルデアは、よろめくように座りこみします。
見かねたシャルノが、ついに諦めたようです。
ため息交じりの声で言うのです。
「聞きたいのは、フェルノウル教官のことでいいのですね。」
「あら、シャルノはん、ようやっと話してくださるん?」
「こんなに長居するお客の方が「野暮」でしょうに・・・BBDKでも出しましょうか?」
・・・どうやらできれば話したくないシャルノと、こちらから話させようとしているジェフィ様の間で見えない、しかし熾烈な戦いがあったようです・・・奥が深いのです、上流階級の会話は。
さっきの王女殿下とのやりとりが何だかとても子どもっぽく感じるわたしです。
ちなみにBBDKとは何かの食べモノらしいのですが、シャルノは教えてくれませんでした。
結局わたしたちは、叔父様のことをある程度話すしかありませんでした。
と言っても、ほとんどはジェフィ様が知っていましたし、それを認めただけなのですが・・・
「お待ちや、クラリスはん・・・あんたの叔父さん、どうやってお空を飛びなさったん?「飛行」術式はスクロール化できへんし・・・上級術式のアイテムもおつくりなさるん?」
ぎく、なのです。
叔父様の「飛行」術式は、実は中級術式の「浮揚」を編集しただけのもので、加えて叔父様は中級術式のスクロール化を安価に量産できる、とお話してよいものかどうか・・・。
詳しい事情は実はわたししか知りませんし。
「・・・すみません、ジェフィ様。わたしの一存でお話することはできません!」
ウソも隠し事も苦手なわたしが、この方相手にごまかせる気が全くしないのです。
「あらあら、えろう正直なお方や。王女殿下とほたえるだけはありますなぁ。」
ぐさっ、です。いえ、別にじゃれ合ったわけではありませんが。
ですが、仕方ないのです。
自分の生き方は変えられません。
例え不器用であっても「野暮」であっても。
「なら、クラリスはんの流儀に合わせて、お聞きします・・・あんたの叔父さん・・・今、どこにおるん?お会いして直にお話しさしてほしいんや・・・ああ、だれか知っとるお人を紹介してくださるんでもええよ?」
幸いと言っていいのか、どちらにも心当たりはありません。
誰よりも知りたいわたしですけれど、できるのは無言で首を振るだけなのです。
「そうですか・・・では、おわかりになったらでええです。」
意外なほど、ジェフィ様はひきさがってくれました。
お顔も笑顔のまま。ですが、それで終わりではありませんでした。
「では・・・シャルノはん・・・もう一件の方だけでもよろしゅうお頼みします。それがすんだらいぬります。」
「・・・わかりました。どうせわたしもすぐに話がありましたし・・・一緒にいらしてください。」
はてな、です。
ですがシャルノはジェフィ様をお連れして学園内に向かいます。
「待ってえな。シャルノはん。クラリスはんにも来てほしいんやけど。ヒルデアはんとそこのメガネの方には遠慮してもらうんけんど。」
シャリスの顔がはっきりと強張ります。
それでも固い口調で
「そうですね。クラリスにもそろそろ隠せませんし。」
そのシャルノの言い方は、わたしにはとても不吉な物言いに思えたのです。
ヒルデアとデニーがこの場に残り、わたしたちは再び学園内の応接室に入ります。
そこにはエミルが・・・これまた渋い顔をして待っていました。




