第11章 その11 緊迫の会合
その11 緊迫の会合
そして翌日の放課後です。
「初見である。エスターセル女子魔法学園のみな。それにパントネー魔法女学園と冒険者養成校の者どもも。」
「王女殿下のお越しである。頭が高い!」
いきなりで驚きです。
確かに身分やら礼儀やらの壁は覚悟していましたが、30分も遅れて来て、学園の応接室に入るやお顔すら見せる暇もなく。
この先が心配になりました。
別に無礼を働くつもりはありませんが、同じ学生として試合のために話し合うのにこれでは・・・。
シャルノもヒルデアも憮然としてます。
上流階級の彼女たちですら、違和感があるのでしょう。
もっともパン魔女園のジェルリフィ男爵令嬢は普通に頭を下げています。
冒険者の代表のルル・ルーラさんは平伏・・・土下座に近いのです。
ですが・・・近侍の方を王女殿下がたしなめてくださいます。
「オルガ。それでは協議になりませぬ。しばし黙っておれ。」
「し、しかし!」
「しかしもかかしもないのじゃ。だまりおろう。」
「はは~」
・・・それは、まるでお芝居を見ているようなやり取りなのです。
「では、お言葉に甘えまして・・・」
近侍の方が王女の目を盗んでシャルノをにらみますが、さすがにシャルノは平然としています。
すごいのです。
シャルノに合わせて、わたしたちはようやく顔を上げて・・・一瞬止まります。
水色の髪をした女の子が3人。
服装は制服なのでしょう。
白のブラウスに水色を基調とした上衣、胸のリボン、スカート。
まるでこの3人のためにデザインされた服のように見えます・・・実際にその通りとは後で聞きましたが。
しかし、3人ともよく似ています。
瓜二つとまでは言いませんが・・・。
声の方角からして、中央に王女殿下。その左に先ほどからお話になっている近侍の方がいて、右の方はお声をまだ発していない・・・無口な方なのでしょうか?
「皆様、この度、わが校の学園祭当日に開催されるヘクストス市内の女子魔法学校魔術対抗戦にご参加いただき、ありがとうございます。わたくしは同対抗戦を主催・運営するエスターセル女子魔法学園のシャゼリエルノス・テラシルシーフェレッソと申します。」
普段は省略させてもらっていますが、フルネームで聞くと改めて伯爵令嬢なんだなって感じます。
「ボ・・・っと、ワタクシハ・・・」
なれない言葉遣いのヒルデアは大変です。
普段は見た目も言葉遣いもボーイッシュな子なのに、今日は違和感ありまくりです。
「対抗戦運営委員長のヒルデアルド・デルミーヒッシュと申します。」
そんな本名でしたか、ヒルデアもさすがは上級騎士の出なのです。
「シャルノにヒルデア。お互い旧知である。楽にしてたも。みなもな。」
そんな言葉づかいをされても、全っつ然、楽になれそうにありません。
「それで、対抗戦の代表・・・戦隊長であったかの?おぬしらのいずれじゃ?」
ドキドキ、です。
ですが、ここで怖気づいては試合どころではないのです。
「本校の戦隊長、クラリス・フェルノウルです。王女殿下に近侍の方々、またジェルリフィ様にルル・ルーラさん、よろしくお願いいたします。」
わたしは立ち上がりみなさんにご挨拶をしたのですが・・・
「お前は・・・どこの家の者であるか?」
けげんな顔をして近侍の方が問いただしてきました。
何やら怖いのです。
「名のある家の出ではございません・・・わたしはエクサスの市民の娘です。」
一瞬、空気が凍った、と感じたのはわたしだけでしょうか?
ですが、この場の沈黙が冷たくて痛くて重いのです。
「・・・そうか。貴校では平民が代表になっておるということか。」
「無礼であろう!王女殿下が出場なさる試合の代表が平民!在り得ぬ!」
また左の近侍の方が大きな声を出します。
王女殿下も微妙なお顔です。
ですが・・・?
右の近侍の方はうつむいて、何やらお笑いになっているのでは?
その時、わたしの隣にいてそれまで空気になっていたデニーがなにやら自分の目を指さしています・・・?
あ!?
なるほど、さすがは腐っても探偵気どりなのです!
三人の方はよく似ていますが、ただ瞳の色が一人だけ違っています。
では・・・お二人は双子で、残った方こそが?さすがに王女殿下が二人いらっしゃるとは聞いておりませんし。
「そう言えば・・・確かに自己紹介はまだされていませんでしたものね。」
たまたま話し出したのが真ん中の、赤い瞳のやや優し気な顔立ちをした女の子というだけです。
だれも名乗ってもいない。
そして左のオルガと呼ばれた近侍の方も赤い瞳ですが、少し厳しい表情をされています。
では・・・さっきから一声も発していない、輝くように紅い瞳をかくすようにうつむいてる方が・・・。
ふっ。シャルノが微かに笑った声が聞こえます。
なるほど。正解なんですか。
そこでわたしは、こう言うのです。
少しあの人の影響を受けた、くだけた口調でのあいさつがわりです。
「王女殿下は、正体を隠して人をおからかいになる、特殊な趣味がおありなのですね。」
わたしが右の女の子にそう語り掛けると、左の女の子は目を吊り上げ、中央の子すら眉を顰めます。
しかし当のご本人は、うつむいたまま肩を震わせて・・・
「はは・・・はははは・・・はぁはっはっはっ!」
声を上げて豪快にお笑いになりました。
それを聞いて大慌てでシャルノとヒルデアがわたしに言い聞かせるのです。
「クラリス、王女殿下は、身の安全を常にお考えにならねばならないのです。」
「だから、近侍の双子が影武者として、初対面の相手には正体をお隠しになってるんだよ。」
・・・ええっと、それはそれは。
さすがは王族の方々は大変でいらっしゃいます・・・ですが、それでは・・・そのぅ・・・わたしは上目遣いで、そっと様子をうかがいます。
「ははははは!それを特殊な趣味とは・・・いい度胸ですね、あなた!」
楽しげにお笑いになる王女殿下を見て、わたしはおもいっきり頭を下げます。
「知らぬこととは言え、失礼なことを申し上げました!申し訳ありませんでした!」
近侍のお二人は・・・エリザ様オルガ様という二卵性の双子です・・・怒っていましたが、当の王女殿下が寛大にも「別に気にせずとも。こちらも名乗らなかったのですし。」とお許しになってくださったので、不問になりました。
でもシャルノには「王女殿下に向かって特殊な趣味とは・・・クラリス、あなた命知らずにもほどがありすぎます!」って思いっきり叱られましたけど。
「王女殿下、あらためてご紹介いたします。」
まだ先ほどの余韻が残っていて、近侍の方や他校の方が動揺しておられます。
いえ、動揺ならわたしこそ一番かもしれません。
そこでシャルノが場を取り持つようにわたしの紹介をします。
その方がわたしも安心なのです。
「我がエスターセル女子魔法学園の戦隊長、クラリス・フェルノウルです。彼女は確かに貴族や士分ではありませんが、1年前期で魔術士レベル5に到達した優秀な生徒です。」
少し場がザワつきます。
ですが、優秀などと言われると、耳が赤くなるのです。
「ほぅ・・・市民の出でレベル5ですか。市内の魔法学校初年生で前期は・・・。」
「はい。今年は確か5名と聞いています。」
さっきは中央に座っていらした近侍の方、エリザ様は今は王女殿下と場を入れ替えました。
ですが中央に陣取った王女殿下はそれを聞いて、眉をしかめます。
さっきまでの上機嫌がどこかに去ったみたいです。
どうなさったのでしょうか?
わたしの勘違いは笑ってくださったのに、わたしがレベル5と聞くと、お顔をこわばらせたのです。
「レベル5も価値が下がりました。この場に3人もいるとは・・・今期はわたしとシャルノの二人と思っていたのに。」
王女殿下もレベル5。
当然と言えば当然でしょう。
ちなみにあとのお二人はエスターセル魔法学院の男子生徒2名だそうです。
つまり今年の初年度生前期のレベル5は女子生徒の方が多いということで、後でいろいろな問題になるのですが・・・。
しかし今はこの場の方が大問題。
「フェルノウル。市民の出でありながらレベル5とは大したものです。」
そういう王女殿下の目が怖いのです。
まったく笑っていません。
「では、あなたはどなたに師事をしたのですか。さすがに入学以前から学んだ師がいるのでしょう?さぞかし名のある者・・・ドリフェスタ師か、ブリセロウシェ師か・・・。」
どちらもゲルマイル師に次ぐ高名な賢者の方々です。
そんな方と比べるのも申し訳がないのです。
しかし、それでもわたしは胸を張るのです。
「わたしの師は、わが叔父、アンティノウス・フェルノウルです。9月からは学園の教官もなさっています。」
どんな高名な賢者の方々よりも、わたしにとっては尊敬できる・・・その何倍も心配させられますが・・・わたしの叔父様。
また真名を呼ばれて、草葉の陰で嫌がっているのでしょう・・・生きてるはずですけど。
それでもその名を声に出せることはわたしの誇りであり、喜びでもあるのです。
しかし
「フェルノウル・・・聞かない名です。そんな人。ですが一市民のあなたをレベル5にまで育てあげた人。さぞかし有能な魔術師なんでしょうね?」
叔父様のことを知らない方々は、お互いに首をかしげます。
近侍の方も他校の方も。
知らなくて当然。
むしろあの奇行のおかげで有名なっていた方が恐ろしいのです。
「いえ。叔父様は魔術師ではありません。生まれながら魔術回路を生成する素質をお持ちにならないお方です。」
しかし、そうわたしが告げると王女殿下も近侍の方も、パン魔女園のジェルリフィ男爵令嬢も、冒険者の代表のルル・ルーラさんもしばしの間に続いて、一斉に笑い出しました。
「ははは、そんなバカな。魔術師でないハズレものが魔術を教えられるわけがないでしょう。」
「そんなことを言って、誰も師事できる師がいない自分の境遇を憐れんでほしいのか?」
「いえいえ、ロクな師がいなくてもレベル5になった自分の優秀さを宣伝したいのしょう。これですから下賤な者は・・・。」
かちん、です。
シャルノがわたしを止めに入ろうとしましたが、もう遅いのです。
わたしは両の拳を握りしめ、頭を上げてこの場にいるすべての人に昂然と告げるのです。
「身分の高貴な方々は、生まれつきの素養でしか物事を見られない、特殊な病気になられるのですね。お気の毒です。」
そして、わたしの目は、最後まで王女殿下を見据えたままなのです。
思いっきり場が凍り付いたとは思いますが、今のわたしの前では、真夏のエスターセル湖に浮かぶ一個の氷のようなものです。
「あなた方は生まれ持った身分や素質で満足なさってばかりです。それでは、その後の努力を見落としてしまいます。」
シャルノとヒルデア、さっきから空気になっていたデニーが同じタイミングで顔を覆います。
まるで練習していたみたいです。
「わたしの叔父様、アンティノウス・フェルノウルは誰よりも魔術師にあこがれながら、その素質がないために、魔術師になれませんでした。ですが、それでも一人で研究を続け、魔術の術式や詠唱、呪符の知識や技術は誰にも引けは取りません。何より人として大切なことをこの身に刻み込んでくださいました。そんな、だれよりも尊敬する方です。その方への非礼は、たとえ王女殿下でも看過できないのです!」
レリューシア王女殿下が、冷然とわたしを見つめます。
唇は一文字です。
その両脇の近侍のエリザ、オルガのお二人は抜刀する勢い。
しかしわたしは一歩も退く気がありません。
いえ、退いてはならないのです。
どうせ学園祭で一戦交える身であれば、無用の遠慮は互いのためにならないのです。
まして大切な叔父様の名誉を傷つけられたとあっては。
「フェルノウル。あなたに謝罪の機会を与えます。」
王女殿下は近侍の二人を手で下がらせ、そのままわたしの前にやってきます。
一歩一歩の歩みの遅さが、殿下が抑えておられる怒りの大きさを感じさせます。
わたしは少し見上げて、その視線を受け止めるのです。
「お判りでしょう、殿下。わたしにそんなものが不要であることを。」
水色の髪の涼しさとは裏腹に、紅い瞳が強く熱く輝いています。
その瞳を負けじと見返します。
王女殿下相手であっても「ガンつけ」の作法は変わらないのです。
それに、たかが身分だけで押し切られては、クラスのみんなを代表してこの場にいる資格がなくなります。
わたし同様、平民であっても頑張って勉強しているアルユン。
彼女こそ師も魔術書もないのにレベル3にまで。
それに、せっかくのお給料も家族に送ってるリル。
でもいつもみんなを元気にしてくれます。
デニーは魔術の勉強こそは今一つですが、その理解力と思考力でみんなの役に立っています。
さらに、そんなみんなを仲間と言って、そんなクラスの代表としてわたしを選んでくれた
シャルノやヒルデア。この信頼と期待にも応えたいのです。
そんなエスターセル女子魔法学園一同の代表として、わたしは目の前の王女殿下の「身分差」という圧力程度に屈するわけにはいきません。




