第11章 その10 戦隊長は誰だ!?
その10 戦隊長は誰だ!?
「本当にあなたは融通が利きませんわね。」
「ま、それがクラリスの取柄だから。」
「そんな取柄がありますか、エミル。」
わたしもシャルノも一歩も引かないので、間に入ったエミルやデニーが苦労しています。
彼女らには申し訳ないとは思いますが、だからといって妥協できる問題でもないのです。
そんな時、ヒルデアが困り切った顔でシャルノに何事かささやきます。
ですがシャルノが首を振るので、ヒルデアが肩をすくめています。
そして、シャルノが意を決したかのようにまなじりを釣りあげます。
その様子から、大事な話をみんなの前でする、そんな決意が感じられました。
いったいこの対抗戦に何があるんでしょう?
「これから大切なことをお話いたします。」
思わずみんな姿勢を正すのです。
普段は気さくなシャルノがこれだけかしこまるのは珍しいのです。
あちこちで何事かとヒソヒソ声がして、シャルノに見つめられて鎮まります。
「実は、今回招待するヘクストス女子魔法学校の代表は・・・レリューシア王女殿下なのです。」
ひいって、クラス中から悲鳴が上がります。
「うひゃああ!」
「ムリムリ。」
「お姫様となんて試合できないって!」
「あたったら失礼のないように上手に負けないと・・・。」
「一目見られるだけで、故郷の誉れです!」
わたしだって、まともに戦う気持ちが吹き飛びました。
だって、ありえないのです。
一国の王女様と試合とは言え勝敗を競うことになろうとは・・。
それは冬のエスターセル湖の氷上でダンスをするくらいありえないのです。
一歩間違ったら死んでしまいます。
「ですが、シャルノだって伯爵令嬢ですし、ヒルデアも上級騎士の娘のはず。二人なら私たちよりも・・・」
「とんでもございません!なまじご尊顔を存じ上げているからこそ、立ち向かうなど考えられません。」
いつも気さくながら自信を失わないシャルノにボーイッシュできびきびしたヒルデア。
しかし二人とも大いに顔を雲らせています。ありていに言えば情けないお顔なのです。
「レリューシア王女殿下は14歳でヘク女魔校に入学した才女でね。」
「剣術も細剣の使い手で護衛より強いといいます。加えて一般教養は、かのゲルマイル師に師事を許されておりますし・・・おまけにとても美しいと評判な方なのです。」
・・・不公平などと言いたくもありませんが、どれだけ「過剰装備」なのでしょう?
「あんたが言うな!」
え?
なんでですかエミル?
「クラリスも文武両道、眉目秀麗、加えてあのフェルノウル教官に師事なさっているではありませんか?」
それはなんの冗談かと真剣に悩みました。
しかも、それこそ才色兼備で伯爵令嬢のシャルノに言われたのですから、皮肉にすら聴こえたのです。
そもそもわたしの剣術など、学園に入って実技の一つとして学んだだけのものですし、自分では気に入っている外見ですが、周りにシャルノやエミル、リト・・・こんな人たちに囲まれては人に誇れるほどとも思えず、しかも師事してくださるのが大陸一の賢者とも言われるゲルマイル師と比べては、いかな叔父様でも・・・。
「・・・あのね。クラリスは自分のことがわかっていないの。だからみんな時々イラっとするの。」
はてな、です。
ですが、レンがつぶやくと、なぜかみんなが一斉にうなづいて、わたしは少しの間、一人疎外感を味わうことになるのです。
「それでもう一校の、パントネー魔法女学園だけど、こちらはボクたちの前身ともいえる半官半民・・・いや、ほとんど民間だけど多少軍の支援が入ってて・・・。」
「代表はジェルリフィ・デクスフォールン・・・男爵家の六女です。」
どこもかしこもお姫様とお嬢様なのです。
まあ、うちの学校にもいますけど、それでも他の学校よりは平民が多いのです。
わたしもですが。
「彼女は15歳の同い年です。」
「シャルノのお知り合い?」
「・・・まあ、狭い世界ですから・・・昔は仲が良かったんです。」
・・・あまり聞いてはいけない気がします。
わたしは話題を戻すことにしました。
「結局両校とも、王族、貴族、騎士階級にお金持ちが生徒の中心なのですね。」
魔術を学ぶのはお金がかかるし、上達するには基礎的な教育も必要なのです。
当然身分の高い方が多くなります。ですから
「ええ。うちとは違います。」
かく、です。
そのシャルノの答えは予想外なのです。「斜め上」などではなく、そう、「明後日の方向」?
うちだって、身分が高い方々が少なくありませんし、クラス委員のヒルデアやシャルノを始め、貴族や騎士、お金持ちが中心です。
そう思って、
「うちだって、そうは変わらないでしょうに。」
つい子どもみたいに、口をとがらせてしまうわたしです。
しかしシャルノははっきり否定します。
強い口調で、なるでにらむような視線でわたしに訴えるのです。
「そんなことはありません。もちろんそういう人たちもいますけど、そうでないみんなもいてこそのエスターセル女子魔法学園・・・わたしはそう思っています。違いますか、クラリス。」
シャルノの視線。
こんなに意識して彼女と目を合わせたことは初めてだと思います。
わたしは一介の平民です。
ただの市民の娘。
貴族の方々と見つめ合うなんて、本来はとんでもないのです。
ですが互いに目をそらすこともなく、シャルノはそのまま続けるのです。
「だって・・・あなたは「人に貴賤はない」。そう言った方の教えを受けていらっしゃるのでしょう?ですから、伯爵家のわたしや騎士の家のヒルデアとも対等以上に言い合えるのです。」
ズキ。胸が痛いのです。
それは叔父様がかつて話した言葉です。
半獣人のメルがみんなの前で助手として参加することを非難したシャルノは、ついに叔父様に説得されました。
もちろんそれにはメル自身の実力もあってのことですが・・・あの人は、どれだけ多くの影響をわたしたちに残したんでしょうか?
今はいない叔父様の、ご自身にとってはただの常識が、わたしたちにとっては大きな飛躍なのです。
ですが、その飛躍について行こうとしたからこそ、わたしは伯爵令嬢のシャルノと友達になれたし、半獣人のメルだって今では対等の存在として認めています。
多かれ少なかれ、身分を気にしては遠慮が先だってしまっては、議論も討論もできない、本気の実習も演習もできない学校生活です。
それではきっと成長がないのです。
そして、伯爵令嬢のシャルノが言ってくれたのです。
一般身分のわたしたちがいてこそだって。
いろんな身分がいてこそのわたしたちだって。
「わたくしはフェルノウル教官から、あなたから、そしてみんなから、そう教わったと思っていますよ・・・違いますか?」
プラチナブロンドがきれいなシャルノ。
でもそんなシャルノは、わたしのお友達で、こんなに美人で、生まれもよくて、なのに・・・わたしと同じ目線で。
そんな風に見られたら、そんなことを言われたら、もう応えるしかありません。
「ありがとう。シャルノ・・・違わないわ。きっと違わない。わたしたちみんながいてこそのエスターセル女子魔法学園よ・・・わたしは信じます。わたしたちの、身分を乗り越えた結束や友情がとても強いって。そして、誓います。それを対抗戦で証明してみせるって。」
わたしは前に出て両手でシャルノの右手を握ります。
そしてシャルノも左手を添え、両手で強く握り返してくれます。
そんなことが、わたしたちが普段、互いの身分を意識しないでいられたことが、きっとこのクラスの宝物になっているはずで・・・それが叔父様がもたらしたものの一つで。
だったら。
「・・・わかっていますか、シャルノ!それにヒルデア!」
「ええっと?」
「何をですか?」
二人は不意を突かれ、目を大きくしています。
やれやれ、です。
これでは「士道不覚悟」なのです。
「わたしに戦隊長になれということは、レリューシア王女殿下と戦って勝て、ということですよ!勝つ覚悟はできていますか!?」
「やってくれるんですね?」
「ええ。王女殿下であっても、堂々と戦って勝って差し上げることが大切だと思うから。それがきっと叔父様の・・・フェルノウル教官が教えてくださったことだから。そして、何よりも、みんなが、そう思ってくれるなら・・・みんなが力を貸してくれるなら。」
「クラリス閣下っ!」
「委員長閣下ぁ!」
閣下はヤメテ!性悪商人に悪知恵参謀。でも
「考えてみれば、伯爵令嬢とだってケンカできるわたしたちです。王女殿下との試合の一つくらいで怖気づいては、エスターセル女子魔法学園の名折れでしょう、違いますか、みんな!」
しばらくの間、クラスは静まり返り・・・そして
「リルはオッケーだよ!」
リルが勢いよく立ち上がります。
例によって身長と年齢に不似合いなモノが揺れます。
「・・・レンもやるの!」
内気で大人しいレンが、勇気を振りしぼって声を上げます。
けなげで抱きしめたいのです。
「クラス委員は当然そのつもり。クラリスが戦隊長なら戦えるって!」
ヒルデアはみんなに訴えます。
もう、調子のいい子です。
「たこ焼き隊はいませんけど、きっと大賛成間違いないですわ。」
シャルノが付け足します。
リトは絶対わたしの味方。
戦闘大好きのジーナは問題ないでしょう。
アルユンはどうでしょう・・・叔父様を尊敬する彼女なら理解してくれそうです。
ファラファラは・・・何をどう考えているのか理解しがたい存在ですけど面白がって賛成しそうです。
そんな中、クラスのみんなも顔を見合わせて、徐々に声を上げていきます。
そしてヒルデアが教卓の前に立ち、みんなに向かって右手を突き出し叫びました。
「では、エスターセル女子魔法学園の魔術対抗戦の戦隊長はクラリスだ。ボクたちは彼女を支え、共に戦う。覚悟はいいね、みんな!!」
すぅ~っと、一瞬、みんなが息を大きく吸う音がはっきり聞こえて、そして、
「おおおおおおぅっ!」
って、そろった声が力強く響きます。
きっと校舎のどこにいても聞こえる、そんな大きな声です。
「よっしゃ、腕が鳴るで~」
エミルがまたあの奇怪ななまりを全開で拳を突きあげます。
ホントに似合わないのに。
「戦隊長閣下に!」
もう閣下は何があってもやめてくれないデニーです。
でも敬礼が下手すぎです。
「リルは頑張るぞぉ!」
さっきは真っ先に立ち上がってくれました。
いつも前向きで、ぶれないリルです。
「レンも!」
内気なレンが、今日はこんなに力強くて・・・ついお姉さん目線になってしまいます。
「ボクはみんなを信じてるよ!」
ちゃっかりみんなに乗っかったヒルデア。
みんなをまとめるためにわたしを利用した事は許します。ですが、憶えてなさい、きっとそのうち「ギャフン」ってさせてあげますから。
あら、エクスェイル教官、なにを困ったお顔をしていらっしゃるのやら。
安心してください。あなたとの打ち合わせはシャルノに任せますから。
こうしてわたしはまた大任を引き受けることになり、副隊長としてヒルデアとシャルノ、参謀としてエミルとデニー、事務局としてユイの6人態勢が発足したのです。