第11章 その7 「たこ焼き」遠征隊始末記
その7 「たこ焼き」遠征隊始末記
模擬戦から2日後の11月5日早朝。
「無事を祈ります。ジーナ、リト、アルユン、ファラファラ!」
わたしは「たこ焼き」隊一人一人の手を握り、その搭乗を見送ります。
「ああ、ま、任せてくれ。クラリス。」
ジーナの大きくて分厚い手が、力強く握り返してきます。
声も自信ありげです。
先日の戦いのことはけろっと忘れたみたいです。
それにしても、たかがガクエンサイ模擬店の責任者にはありえない風格が漂います・・・どこか間違ってませんかってまだ思います。
一国の命運を担うような雰囲気で、模擬店の具材を仕入れに行くなんて。
「うん。大丈夫。」
リト。
一番のなかよしでルームメイト。
今日からしばらく寮の部屋はわたし一人です。
つい長く握りあってしまいます。
昨夜もあんなにお話したのに。
「・・・。」
アルユン・・・細長い、ちょっと叔父様みたいな器用そうな手。
そう言えば彼女はアイテム製作の才能も高かったはず。
一瞬だけ握った手は、すぐに振り払われます。
互いに目もそらし、それでも意識してしまいます。
「やっほ~クラリス。すぐ帰るから心配しないでね~♡」
きれいな白い指です。
ファラファラはなぜか一人だけ夏の制服姿で、寒そうです。
相変わらずこの子の行動は論理的ではありません。
かわいく見えるのは認めますけど。
「模擬店一行の無事生還を祈って・・・敬礼!」
残ったわたしたち16名は一斉に敬礼をします。
そして、彼女らが乗りこんだ最新型快速艇エスターセル号は発進するのです・・・いいですけど真っ赤っかな船って初めて見ました。
魔物に狙われませんか、これ。
・・・え?魔除け?・・・なんか怪しいのです。
「エミル、あれはどういうことですか!」
あの模擬戦の後、わたしはエミルを問い詰めます。
「あれ・・・ああ・・・あれね・・・その通り。ゴメン隠してて。」
模擬店一行がクラーケン退治に出かける裏には、いくつかの事情があったのですが、その一つはエミルの生家アドテクノ商会の後押しがあったのです。
「ドル箱の砂糖航路が途絶えては、アドテクノ商会も困るのです・・・そう言うことですね、エミル。」
さすがデニーなのです。
まあ、単に詮索好きという気もしますが、人の裏を探るのが大好きという病んだ人柄も時には役に立つのです。
「・・・委員長閣下!あんまりです。閣下のためと思って私は・・・。」
「はいはい。」
いちいち反応してあげないのです。
「閣下」なんて言ってるうちは。何より今はエミルが先です。
「で、エミル。そもそも商会が貸与する快速艇って魔力供給型の最新式動力を積んでるそうですけど・・・。」
「・・・そのとおり。あれはゴラオンの技術を応用した、フェルノウル教官殿の原案よ。だから魔力供給のために魔術兵が乗り込む必要があるの。」
やはり叔父様の。
「南方戦線で教官殿から渡された書類には、いろいろなのがあってね。その一つなの。」
エミルとしても実家の秘密を託された身なので、勘単に事情を話せなかったのはわかります。
それでもエミルは謝りながら、一通りのことを打ち明けてくれました。
それによると、実は叔父様とアドテクノ商会のつながりは10年以上前から続いていたとか。
そこからですか?意外過ぎです。
「昔、徴兵された店員が、退役した後、ある薬を持ってきてね・・・。」
20年前に徴兵された叔父様が、既に調合していた傷薬や胃腸薬は、とても評判がよく、しかも南方に豊富にある植物が原料なので安価に作れました。
叔父様は「アドテクノ商会の店員」にその調合方法を教え、南方に配属された兵士の官給品にして利益を得るように勧めたそうです。
その提案を受けた商会の長・・・エミルのお父さん・・・は、感心して、提案通り軍に提供し莫大な利益を得たとか。
一方叔父様は商会からの謝礼を断り、その利益の一部を傷痍兵の救済に当ててもらったそうです・・・叔父様らしいのです。
あ!それでペリオたちが使っていた傷薬がアントのものと同じだったわけですね。
この件がきっかけで、商会は叔父様には興味を持っていて、時々起こす不始末、騒動、事件の際には陰ながらいろいろと助けてくださったそうです。
それはそれは・・・あの人が多大なご苦労をおかけしました。
「いや、わたいも全然知らなかったんだよ。わたいがそんな子どもの頃から父ちゃんと教官殿が知り合いだなんて。」
それが、わたしの入学がきっかけで叔父様も教官として赴任して・・・
「で、あのテリウスがキッシュリア商会にいろいろ流したのは、うちの商会での情報も入ってたみたいで、それであんな大騒ぎになって。もう父ちゃん大慌てで教官殿に謝ったみたい。」
「天下のアドテクノ商会の会長が、ですか!?」
一介の学園講師のひきこもり相手に?
それはそれは大変なことです。
「で、ゴラオンの開発に協力するわけ。うちの父ちゃんからシャルノのお父さんに話が通って・・・ここも元からの知り合い・・・一気に進んだの。」
その開発記録と、そこから派生する新技術を商会が利用した、と。
「あ、でもゴラオンとか兵器への転用は基本アウトだって。その辺は教官殿は異常に厳しくて、父ちゃんも感心してるくらい。でも、例えば船の改良とか、そんなのはオッケーなのよ。」
それで最新式の快速艇・・・。
「裏事情はだいたいわかりましたけど、それでも学生4人にクラーケンを退治させようっていうのはおかしいです。しかも教官側からも反対が出ないなんて!」
「・・・あのね。クラリス。ここだけの話、4人だけなんて言ってないよ?」
「はい?」
「だからクラーケン退治はうちの商会の一大事だから、それなりの戦力は集めてるの。でも魔術士が全然足りないの。」
「・・・あ!?」
本来この件を依頼したい冒険者たちは、南方には軍がいるおかげで仕事が少なく、北方に偏在しているのです。
「もちろん海上戦闘または海中戦闘になることを考えれば魔術士は必須なの。でも間に合いそうなのは、快速艇を使ってやって来れる、うちの模擬店一行なの!」
「・・・つまり護衛は充分にいる、と。」
魔術士以外の弓兵に弩兵、できれば水兵さんもいて欲しいのです。
「まあね。しかも、今回出現しているクラーケンは、そんな大きくないの。」
「・・・だったら、もっと早く教えてよ!エミル!」
まったく。本当に心配だったんです。
リトも教えてくれなかったし。
「だって、その辺まで垂れ流しちゃうと、盛り上がらないじゃん。」
「盛り上がるって?」
「それは・・・」
「あ!エミル。それはクレオさんに書いてもらう記事ですね!」
「さすがデニー・・・当たりだよ。」
・・・それでは記事内容に相当の事実誤認ができるのでは?
「ウソじゃなきゃいいじゃん。ちょっとモルくらい。」
これって、「ちょっと」なんでしょうか?
しかも裏事情あり過ぎです。
そして、後日。
高速艇はわずか二日半で砂糖航路に入りました。
わたしたちが戦場実習で南下した時は河口までで5日でした。
それを考えると驚異的な速度です。
おそらくざっと3倍。異常に目だつ赤い船体の色はこのためだったのは?
高速艇には「シルフィセイル(風の精霊の祝福を受けた帆)」がはられたおかげで常時順風が吹き、かつ「ウンディーネハル(水の精霊の祝福を受けた船体)」により水は常に進行方向に流れるという呪符がなされています。
そのための魔力供給なのです。
4人は交代で魔力を供与し、予定より大幅に早くクラーケンと遭遇したそうです。
「エスターセル女子魔法学園のガクエ~サーのため、四人の乙女が旅立った。最新式の快速艇は波を切ってセメス川を下り、その速き事、空を行く雁より速く、その優雅なること白鳥にも勝る。わずか二日でケール湾を過ぎ、クラーケンに相まみえるは空前の勢い。その怒涛の勢いのままに、船長ジーナは勇ましく舵をとり、魔法騎士リトは剣をとって切りかかる。賢きアルユン魔術士の輝く「雷撃」が空中をはしれば、可憐な魔術士ファラファラが「魔力槍」を投げうつ。さすれば、さしものクラーケンもついには力尽き・・・。」
以上はヘクストス・ガゼットの「エス女魔園ガクエ~サー始末記」より抜粋です。
絶対盛り過ぎですよ、クレオさん。
いくらあの子たちでも中級術式はムリです!
「さて、乙女たちの奮闘により倒れたクラーケンは、なんと同学園のガクエ~サーで供されることとなった。かの大海獣の身はいかなる美味か、ぜひその舌で味わうべし!来たれ、ガクエ~サー!」
しかも・・・かなりあくどい宣伝、という気がします。
そもそも本当にクラーケンって食べられるんですか?
いえ、それ以前に「たこ焼き」の具材なんですか?
ってか、「たこ」なんですか?
それに「たこ焼き」ってなんですか?
だれか教えてください・・・。
11月10日。
予定を一日早く、模擬店一行が帰ってきました。
「クラリス!フェルノウル教官の蔵書を借して!」
再会の喜びが一段落してから、リトが言い出します。
「ああ~・・・そう来ましたか。」
確かに教官室にあった蔵書だけでも、図書室の重要保管文書を上回ると思います。
パッと脳裏に浮かんだのは・・・「マコローポの世界の根源」「ミナクマ博士の博物記」「海の幻獣・怪獣」「諸国の奇想天外生物伝」「ザ食と人」・・・どれに正解があるのでしょう?
意外に最後のかも。
わたしは肉親ということで特別に学園長から許可をいただき、教官室のカギを受け取りました。
そしてリトと二人で調査です。
何冊目かの本を調べているときに、リトが言い出します。
「クラーケンと戦う時、あの模擬戦、思いだした。」
「それはそれは・・・あまり役に立たなくてごめんなさい。」
人間相手の駆け引きや動きをしました。
クラーケン退治の模擬戦を兼ねていることを考えれば、もっと動き方も魔術の使い方も工夫してあげればよかった・・・自分の主張を通すことだけで夢中でした・・・未熟です。
三本勝負が正解だったのでしょうか?
「違う。とても役に立った。」
ええ?本当ですか?
「うかつに斬り込んだら動き封じられて、溺れるところだった。」
ああ・・・まぁ、わたしたちはリトとジーナの斬り込みを象の鼻と網で封じましたが、おかげでクラーケンが何本もある足で封じてくることを予想できたそうです。しかも
「うまく飛びついても、ちょっとバランスが崩れれば海に落とされるし」
それはファラファラに「フォース」で落とされたわたしたちのことなのです。
「魔術も充分に防御系や支援系を行使しておけば・・・特に読唱でも「水中呼吸」。」
などなど、航海中にいろいろ反省が出たのだそうです。
同行したミラス教官とスフロユル教官も観戦した感想を基にアドバイスしてくださったとか。
ですが、これではわたしたちの模擬戦は、要するに「反面教師」というモノではないでしょうか?
複雑です。役にたったのは、いいとしても恥もさらしてしまったような。
「ジーナとファラファラはあまり気にしてなかったけど、アルユンはちゃんと考えて、二人で作戦練った。」
リトとアルユン。
わたしにとっては親友と・・・ライバル?
でも、二人とも教官としての叔父様を尊敬していますし、意外に息があったようです・・・ホント、意外です。
その後もリトと互いの留守中の話をしながら、調査を続けました。
そして「ミナクマ博士の博物記」のある記述にたどり着きました。
この本は80年前にミナクマ氏(自称博士)が大陸周辺をめぐり、40年かかってまとめたとされる一大博物辞典です。
この第8章にメダユ島近海に出現したクラーケンの記述がありました。
ちなみに北方海にはもっと大型のクラーケンがいるそうです。
そして、これによれば未知の海洋動物クラーケンを頭足類の一種としているようです。
・・・頭足類、つまりタコやイカの仲間、ということでしょう。
では・・・たこ焼きになる!
「やった!じゃ、明日からはたこ焼きの研究だ。」
「・・・は?」
「たこ焼きってどんな食べモノ?何を調べればいい?」
「今更、そこからって・・・さんざん騒がせて・・・もお~・・・リ~トォ~」
・・・自分の者とは思えないほどの低い声が自然に出ます。だって
「あなたたち、クラーケンもたこ焼きも調べないで、何しにメダユ島まで行ったのですか!」
順番が違い過ぎです!
結局、リトは脳筋族だったのですね。
道理で同類のジーナたちについて行ったわけです。
いえ、これはわたしたち企画運営委員会のチェックが甘かったのでしょう・・・無論教官方も・・・あるいはアドテクノ商会に一言言うべきでしょうか。
いずれにしても、この子たちの考えが甘すぎるのです。
ギロッ!です。
「・・・クラリス、意外に怖い。」
「うるさいです、リト!」
わたしがリトを相手に大きな声を出したのは初めででしょう。だって!
「心配したんですよ!リト!」
思いっきりその体を抱き締めます。
こんなに小さいのに、魔術だけで飽きたらず、スキを突いてホントにクラーケンに切りかかったとか・・・同行したスフロユル教官が呆れてました。
「あ・・・ゴメン。ホントにゴメン。」
もう、そんな謝られると、許すしかできないのですけど。
けど・・・しばらくしてリトはこう言うのです。
「クラリス・・・さっきクラーケンより怖かった。」
って、それは親友に対してあんまりです!
断固、撤回を要求します。
タコ焼きについての記述は「ザ食と人」にありました。
小麦粉を水で溶いて・・・以下略ですけど・・・要はクレープ同様「コナモン」に分類されるそうです。
で、型をとった専用の鉄板で焼く、と。
他の具材に道具一式その他は、アドテクノ商会の協力で手配終了です。
では、コホン。
「・・・いいですか!ジーナ、リト、アルユン、ファラファラ。後は学園祭まで派手なことは一切なし!ひたすらおいしい「たこ焼き」をつくる練習しなさい!・・・その目は禁止!すべては「たこ焼き」のために、です!」
もう文句は言わせませんからね!
しかしボウルに小麦粉を入れ、水で溶くだけで、ボウルが割れたり、中身が飛び散ったり悪戦苦闘。
無駄に勢いよくボウルに放り込もうとして飛び散った小麦粉が宙を舞います。
ゴホンゴホン、です。
それなのに、誰ですか、木炭に着火しようとしたのは!?
ほら、どっかあああんって爆発が・・・。
小規模とは言え、その被害は粉じん爆発によるものなのです。
衛兵さんたちが押しかけ、ちょっとした騒動なのです。
叔父様が不在と知って明らかに安心したクライドル隊長さんにアレイシル副隊長さんでしたが「あの教官殿がいないのにこんな騒動を起こすとは・・・やはりキミも・・・」って。
待って!待って!
そんなかわいそうな生き物を見る目で見ないでください!
こんな事件を引き起こしたのはわたしでは・・・と、言いかけて飲み込みます。
あの4人に責任を押しつける気はありません。
責任者とは責任と取るモノです。グッスン、です。
それで、やっとそっちの一件が終わったら、今度はクラーケンのお肉が包丁で切れないって・・・そもそもどうやって、退治したクラーケンを解体してエスターセル号に積み込んだんですか!?
その時はこんなに苦労しなかった?
では腐敗しないように冷凍呪文をかけてもらったのが原因では!?
では解凍呪文か、解呪呪文で・・・。
こんな感じで、ガクエンサイ当日まで悪戦苦闘が続くのです。
「ちっ、こんなに面倒くさいなら、「たこ焼き」なんかやめようせ。」
ブチブチ、です!
ジーナ、おバカですか!
今さらそれは許しません!
「クラリス、手伝って。」
後で余った人手を回します。
確かに装飾担当とかは当日もお暇でしょうし。
「・・・。」
アルユン、わたしをにらんでも、苦手なたこはつかめませんよ!
そんなに怖がって。全く。
「きゃあ~♡」
何があったやら、かわいく悲鳴を上げながら、その場から逃げ出そうとするファラファラです。
ガッシ、と襟首をつかみます・・・逃がしません、この、さぼりの常習犯。
この調子で学園祭まで、持つのでしょうか?
一方こんな調子で学園祭まで準備が終わるんでしょうか?
これは・・・倒れるのが先か、ガクエンサイが先か!?
そんな戦いなのです。
でも、企画運営委員より当事者にこそ当事者意識を持ってほしいのです・・・。




