第11章 その2 ナゾまたナゾの学園祭
その2 ナゾまたナゾの学園祭
「質問があります、ワグナス教官殿!」
何事にも積極的なシャルノが挙手します。
まだ角度の浅い朝の日差しを浴びたプラチナブロンドがきれいに輝いています。
さすが、クラス一、二を争う美人なのです。
伯爵家の令嬢で、成績優秀・・・なんでもできて、何でも持っていて、誰にでも優しくて、友誼に厚く・・・本当にご立派な方です。
「ガクエンサイとはなんでしょうか?またなぜ今頃になって新しい学園行事が行われることになったのでしょうか?」
今日は10月最後の日です。
その朝のホームルームで担当教官のワグナス教授が
「臨時の職員会議の結果、11月にエスターセル女子魔法学園の学園祭を決行することになりました!」
なんて言い出したから、クラスのみんなの頭上に大きな「はてな」が空想視できそうです。
見てはいけないものや見えないものを見るのは魔術士の中でも特殊な資質のはずなのですが・・・確か幻術士とか?
・・・なぜか今日に限ってわたしにもそんなものが見えるような気がします。
「・・・ちょっとクラリス、これってフェルノウル教官の臭いがめっちゃするんだけど?プンプンと。」
金髪のエミルは、その青い目を好奇心で輝かせています。
あなたのお嬢様顔にその好奇心丸出しの表情は似合いませんよ?
ですが、彼女の直観は優れています。
この指摘もおそらく正しいでしょう。
その直接的過ぎる表現には多少の異論がありますが。
「同意。教官は?」
黒い髪に黒い瞳で、小柄なリトです。
細い首をかしげる風情は、本当に可憐でお人形さんのようです。
中身はクラスで最も白兵戦に優れた武闘派ですけど。
本当に来年から魔法騎士に転科するのかしら?
同室で仲良しのわたしとしては、気になるところです。
ですが、エミルとリトの問いに、わたしの胸は微かにチクリと痛みを感じるのです。
そして、無言で首をふるのです。
その間にもワグナス教官はシャルノの質問に答えようと苦戦中です・・・え?
質問に答えられない?
・・・そういう訳でもないようですが
「ガクエンサイとは・・・我がエスターセル女子魔法学園の・・・一年間の学業を始めとする・・・様々な成果を発表する場・・・なのです。」
とてもトギレトギレの説明です。
まるで45回転のレコードの表面についたホコリで一回一回音が途切れるような・・・って、すみません。
叔父様の言うようなわかりにくい例えを使ってしまいました。
メルに聞かれたらまた「中二病的な物言い」がどうとか言われるのでしょう・・・それはとにかく、博識で弁舌滑らかなワグナス教授のこんな姿は初めてかもしれません。
「学業・・・では魔法の実演をするということなのでしょうか?」
「・・・そうですね・・・魔法学園なのですから魔法を披露する場は・・・必要でしょう。」
「教官殿!ヒルデアです。披露とは、ボクたちが教官の皆さんの前で魔術の行使を行う試験なのでしょうか?つまりガクエンサイとは抜き打ちの集中試験なのでしょうか?」
クラス委員長のヒルデアが慌てて質問です。
青い髪を短くした、ボーイッシュな子です。
融通が利かなそうですが意外に胆力はある彼女なのです。
普段はシャルノに任せて質問はタイミングを見ているようですが、今回は我慢できないようです。
ですが、その質問の中で・・・集中試験という言葉が出てきた途端
「えええええっ~!?」
とクラス中から悲鳴が上がります。
「いや・・・どうだろ・・・いや、みなさん、落ち着いて!・・・いやいや、試験ではありません。成果を披露しますが、それが直接成績に影響することはない・・・そうです。」
・・・そうです?
「そもそも披露する相手は、わたしたち教官というよりは・・・皆さんのご家族や地域の・・・この学園周辺の学府街、魔法街の人たちなんです。」
再びみんなの頭上に大きな「はてな」です。
「まさか、親父に見せて、あたいが魔法へたくそだから大恥をかかせて、学園ヤメロなんて言わせて、あたいのような劣等生を退学に追い込もうとするの!?」
リル、それは考えすぎでは?
首をふるふると振る度に身長に不相応な胸が揺れます。
あれは、もう、なんといいますか・・・対男性用の一種の凶器では?
「・・・人前で、魔術なんて、できないよ・・・明日からレンはひきこもるから。」
少し緑がかった金髪も憂鬱そうです。
内気で大人しいレンですから、人前が苦手なのはわかりますが、その発言は叔父様の悪い影響です!
平たく言えばただのワガママです!近頃、甘やかし過ぎましたか・・・。
「ふふふ・・・これは謎ですね?教官がここまで応答に苦戦するとは口にできない事情があるに決まってます!その謎を解き明かすのは、わたしだ!ははははっ!」
デニーは絶好調です。メガネが久しぶりに輝いています。
確かに疑問に対してここまで妄想を膨らませられるのはあなただけです。
普通に面倒くさいという気もしますが。
その他のみんなも、口々にガクエンサイなるものへの不安と想像・・・一部は妄想・・・を話しています。
「ええと・・・皆さん、落ち着いてください!」
何度目かの教官の注意です。
これだけクラスが騒ぐのは珍しいのです。
イスオルン教官がいれば懲罰必至です。
「みんな、静かにしたまえ。」
突如、教室の戸が開き、長身で、金髪に緑がかった瞳の、少年教官が叫びます。
「エクスェイル教官!」
多くの生徒は彼のさわやかな姿に目を奪われ、シャルノは慌てて髪を整え、エミルは机に突っ伏していた姿勢を正し・・・やれやれ、です。
「まったく、戦場実習も終わって、もうすぐ11月だというのに、みんな、たるんでるぞ!」
「すみません!教官殿!」
シャルノとヒルデアが代表する形で、まだ18歳のエクスェイル教官に頭を下げています・・・謝罪はワグナス教官にするべきでしょうに。
ですが人のいいワグナス教授は「エクスェイル教官、ありがとう」ってお礼までおっしゃっています。
エクスェイル教官はワグナス教官に届け物があったらしく、書類を手渡し、そしてわたしたちにも一枚ずつ書面を配るのです。
「・・・なんですか?これは?」
シャルノはきれいな顔をしかめ、エミルはお姫様顔に不似合いなニヤニヤした表情になり、リトは相変わらず・・・いえ、ちょっと口がへの字です。
一方わたしは、めまいに耐えきれず、机に頭をぶつけました。いたた、です。
だって、その書面に描かれていたのは
「生徒による独自企画の一例」というタイトルと、その下に列記された意味不明の怪文の数々・・・。
「少女歌劇・・・撃!ヘクストス華撃団!」とか「屋台・・・究極のB級グルメさすらいのたこやき篇」とか「メイド喫茶・・・ビクトリア王朝風」とか「リアルお化け屋敷・・・北方の森林地域から本物お取り寄せ」とか・・・なんですか、この驚くべき妄想に裏付けられたアヤシスギル事例の数々は?
この書面を見ることによって、ガクエンサイというものの全容がいっそう混迷の渦に突き落とされたようです。
さすがのデニーも絶句しています・・・。
そしてそれらの例とやらを記しているのは、とても流麗な現代文字の筆記体です。
そうです。これは叔父様の文字なのです。
行方不明になる前にわざわざこんなものまで用意して・・・。
つまらないことには手間暇惜しまないというのは叔父様が抱える病の一つです。
あの人は、行方不明の癖に、わたしたちを何に巻き込もうとするのでしょう。
どこまで人騒がせというか、はた迷惑と言うか・・・相変わらずなのです。
「あのう・・・ワグナス教官殿?」
心からイヤイヤですが、シャルノ、エミル、リトがわたしを期待の視線で見るのです。
ふう、です。
わたしは行方不明、消息不明の叔父様を案じていたいだけなのですが、当の本人が何を考えているやら、謎過ぎるのです。
「この企画は・・・やはりあの人の?」
わたしが「あの人」と言うと、デニーのメガネが密かに光ります。
きっと「新婚」とか「幼な妻」とかモウソウしているのでしょう。
まあ、平和な時のデニーはほとんどただの醜聞記者ですし。
他の生徒もヒソヒソ話してますが、もう覚悟の上です。
しかし教官相手に聞かなくてもわかっていることを聞くのは、意外につらいものです。
ですが、わたし以外の生徒は未だ一縷の望みを抱いているのでしょう。
「はい。フェルノウル教官のものです。」
はあっ。
いっせいにクラス中からため息がもれます。
「あの人」の考えを想像することはクラスのみんなにとって難し過ぎるのです。
しかも今、本人いませんし。
ですから、これ以上この一件に質問しても、詳しいことはわからないのです。
わかりたくもない、という本音もありますが。
「ワグナス教官殿・・・企画者がいらっしゃらないのに、これ以上ガクエンサイなるものを進めるのはいかがなものでしょうか?」
ワグナス教授を困らせるつもりはないのですが、つい聞いてしまいました。
みんなも聞きたそうですし。教官も苦笑いです。
ですが同室の別な教官はそうではないようです。
「フェルノウルくん!生徒の立場で学園行事について異論は許されない!われわれの会議で決定したことに従いたまえ!」
・・・わたしはつくづくエクスェイル教官と相性が悪いようです。
そう言えばイスオルン教官も都合が悪い時はこの論法で叱責してました。もっとも
「はい。僭越でした。申し訳ありません。」
謝る程度の常識はわたしにもあります。ですが
「エクスェイル教官!クラリスはクラスの意見を代表して言ってくれてるの!それを頭ごなしはひどい!」
「リト!?」
わたしは慌ててリトを座らせます。
「リト、いいのです。・・・でも、ありがとう。」
「だって、ワグナス教官殿もわかってて、笑っていたのに・・・」
エミルもまだ怒っているリトの側に来て
「それくらいでやめよ、ね?」
ってなだめています。
少し離れた場所のシャルノは複雑な表情です。
仲の良いリトと憧れているエクスェイル教官の板挟み、というところでしょう。
エクスェイル教官は、なにか言いたげですが、わたしたちがリトをなだめる様子を見てやめたようです。
ちなみに2班のメンバーは全員エクスェイル教官を敵認定したようです。
せっかくデニーに例の件を口止めしていたのに。
リルもレンもすごい目でエクスェイル教官をにらんでいます・・・あれ?
でもわたしが叱責されてもみんな平気だったのはなぜでしょう?
意外にわたしって嫌われていたのでしょうか?
「クラリス?なんか勘違いしてるでしょ?」
なんですかエミル?
確かに最近わたしは秘密がダダ洩れらしい残念な自分に危機感を抱いていますけど。
これは乙女として問題かもしれないのです。
「ウソも隠し事も下手なのはフェルノウル教官と一緒よ。」
ぐさっ、です。
ですが、そう言われると誇らしさと恥ずかしさと残念さが入り乱れます。
乙女としてはダメっぽいのですが、ヒトとしては悪くないかもって。
「クラリスは、エクスェイル教官なんか歯牙にもかけていないから、怒られてもみんな今さら心配しない。それだけ。なにしろ閣下だから。」
って、リト、それはさすがにあんまりではありませんか?
一応教官に叱責されてるんですけどね。
まあ、でも今日はいつも単語で会話するリトが長文で話しているのですから、それでいいことにしましょう。ですが
「でしたらリトも、さっきみたいなこと、言わなければよかったのに。」
リトがあんなに人に強く訴えるのは初めて見ます。
「さっき言った通り。クラリスはクラスの気持ちを言ってくれた。今誰かが言わなきゃ、みんな疑問や不満を抱えたままガクエンサイに向かうことになったかもしれない。言いにくいけど、言わなきゃいけなかったことを言ってくれた。ワグナス教官もわかってたはず。」
聞こえていたのか、いないのか、ワグナス教授は笑っておられます。
一方エクスェイル助手は押し黙っています。
わたしたちが静まり、クラスのみんなが落ち着いたのを見計らってワグナス教官が再開します。
「さて、もう質問はいいかね?答えられないことは確かにあるけど。」
「すみません、このキャンプファイアーってなんですか?みんなで火を崇めるというのは原始宗教の儀式でしょうか?」
火の回りで踊るわたしたちのイメージが浮かびます。とっても怪しいのです。
「フォークダンスって書いているところに二重線が引かれているのは?男子生徒不在のため?学園の伝説がつくれない?」
男子生徒?つまりフォークダンスとは男女が行う・・・一種のいかがわしい踊りなのでしょうか!却下です!
しかも伝説?将来にわたって物笑いになるということではありませんか!絶対やりません!
「かくし芸大会って何やるんですか?隠してする芸?「透明化」「迷彩」の魔術披露でしょうか?」
「迷彩」は下級術式ですが「透明化」は中級です。とても身につけられません。
しかも「魔術検知」や「魔眼」があればすぐばれますし。
どちらも魔術士相手には不利な魔術・・・。そんなものを競ってどうしようと?
どうも、企画書を見れば見るほど謎が深まるのです。
なかなか質問は止みません。
結局ほとんどわからないまま、ホームルームは終わり、
「質問は、持ち帰って、答えられるものは今度答えますよ。」
ワグナス教官はそう言って、チャイムと共に去っていきました。
エクスェイル教官を連れて行きましたが・・・何かあるのでしょうか?
そう言えば聞きそびれてしまいました。
そもそもガクエンサイって、なんのために、誰のためにやるのでしょう?
企画の中身は見れば見るほどわかりませんし、なんで父さん母さんや、地域の方に見せなければならないのでしょう?
一番符大切なことが謎のままだった気がします。
もっともわたしが今一番知りたいのは叔父様の消息なのですけど。
「そう言えばエミル、髪を切ってくれてありがとう。気持ちも軽くなりました。」
「それはよかったけど、切る前も、かなりかわいくて似合ってたから。」
お世辞でもうれしいのですけど、自分の周りにエミルやシャルノ、リトと言った目立つ人たちがいれば、わたしなんて目立たないのです。
髪はもう肩につくらいの長さになっていました。
毛先が少しカールしてるわたしなので、あれくらいですんでいましたけど。
今は首が見えるくらい短くしました。
「エミルは切るの上手。今のクラリスもかわいい。」
それはどうも。
リトは以前エミルに髪を切ってもらって以来、今のベリーショートがすっかりお気に入りです。
わたしはさすがにあんなに短くする自信はありません。
「ま、このエミル・アドテクノの七つある特技の一つだし、二人とも次も任せて!」
そう言えば、エミルの特技は他に人の顔を忘れないってありましたね。
「他の五つの特技は何なのですか?」
「・・・クラリス。それは簡単に言えないのよ。そういうものだから!」
「意外に秘密主義。」
「お約束と言ってよ。」
エミル、それは、まるであの人が言いそうなことなのです。




