第11章 学園祭ってなんですか? その1 アンティノウス、帰還せず
第11章 学園祭ってなんですか?
その1 アンティノウス、帰還せず
叔父様・・・わたしのアンティノウス・・・は、まだ帰ってきません。
あの日から、もう3週間ほどはたったでしょうか。
あの日、ミライの洞窟から戻った叔父様は、まずメルに抱きつかれました。
「ご主人様!メルは寂しかったです・・・クンクン?・・・それで、クラリスさま・・・このマーキングの件について詳しく!?」
なんて失礼な言い草でしょう!
人を犬猫みたいに・・・少々わたしのにおいが叔父様につくのが仕方のないようなことはしましたが、犬耳犬尻尾の犬娘メイドに言われるようなやましいことはしていません!
だいたい叔父様にとっては、わたしに「アンティノウス」と真名を呼ばれることがもう信じられないことで、未だに納得いっていないというか、茫然自失というか、そんな感じのままです。
わたしたちは結局そのままゴラオンに乗り込み、学園一行と合流して・・・。
学園の護衛をして下さる中隊長さんは、叔父様を見るととても渋いお顔になりました。
「あれ、少尉ですか・・・まだ軍隊にいたんだ?しかもその歳で大尉!?やっぱりあの一件でしくじったからでしょ。だから言ったのに・・・。」
叔父様がしゃあしゃあと言うと、中隊長さんは腰の長剣を抜刀しそうになり、みんなでそれをお停めするはめになりましたが・・・もう、「口は災いの元」とは叔父様のためにあるような警句なのです。
ですが、その後お二人だけで話した後は、叔父様の方が不機嫌になっていました。
「エミルくん、キミにはこれを渡さなければならない。」
エミルは少し赤くなり、封筒を受け取りました。
いいんですけど、エミル・・・気が多くないですか!もっとも
「シャルノくんにも。これをお願いする。」
って。エミルは膨れて、シャルノは笑っていましたが。
「暗証という術式を使っている。勝手に封を開けると爆発する・・・」
爆発、と聞いてエミルもシャルノも慌てて封筒を放り出しそうになりました。
それで、叔父様も急いで言い直します。
「ゴメン、ウソだ。中の文字は全て真っ白になっちゃうから、直接お父上に手渡ししてくれ。」
「暗証」?情報系の術式は、学園ではあまりなじみがありません。
初めて聞きます。
おかげで最初は本当に爆発するかと思ってしまったのです。
わたしだって頭を引っ込めそうになったくらいです。
「お約束」に従った言い回しをするこの特殊な趣味も、いい加減にしてほしいのです。
全く、35にもなって。
「本来キミたちの手を介すべきものではないのだが、仕方ない。事情は伝えてある。」
「聞いていいですか、フェルノウル教官殿?・・・これはなんですか?」
「鈍いですね。エミル。わたしたちに手渡しということは、『あれ』関係に決まっているでしょうに。
「あ!なるほど」
アドテクノ商会長とテラシルシーフェレッソ伯爵に叔父様が届けるもの・・・おそらくゴラオン・・・戦闘用有人式ゴーレムに関することでしょう。
叔父様は自分ですぐに届けることができなくなったのです。
「アンティパパ!」
クレオさんが叔父様を見つけ、飛びつきます。正直、ムカッです。
「クレオ!・・・お前もいい年頃なんだからそんなはしたない・・・」
なぜかわたしの方を見ながら話す叔父様ですが知らんぷりです。
だいたい「も」ってなんですか。わたしの気も知らないで。
「だって・・・パパ、どうしてここに?あたしが心配で?」
クレオさん、「あたし」ですか?乙女です!
普段は「俺」とか言って、服も地味な茶色のスーツにベレー帽なのに・・・目がもう乙女・・・見ているわたしの胸がチクッとします。
「セインは?」
「くそ兄貴なんかどうでもいいじゃん・・・あんなヤツ。クラリスの嬢ちゃんにも煙たがられて、いいとこなしだって。」
「クレオさん!エクスェイル教官は素敵な方ですわ!いくら妹君でもお言葉が過ぎます。ねえ、クラリス!」
「シャルノのお嬢さん・・・あんた意外に男を見る目がねえな、なあ、クラリスの嬢ちゃん?」
困っちゃいます。
わたしはどちらに味方すればいいのでしょう?
心情的にはシャルノですが、理性的にはクレオさんに賛同したい気がします。
エクスェイル教官は、外見はとても素敵で物腰も優しそうなのですが、生徒を理解しないままの軽はずみな言動が見られます。いちいち細かいですし・・・。
「ああ・・・これ、修羅場ってヤツか?本人がいないからちょっと違うか?」
全然違うと思います、叔父様・・・他人事だと思って。
「クレオ、セインによろしく言っておいてくれ。」
ですが、叔父様はそう言って、あわただしくその場を去ってしましました。
その後はセレーシェル学園長と二人きりでお話・・・ムカッ、です。
ですが学園長はこの後シーサズ軍港から「転送」で一足早く・・・十日以上ですが・・・ヘクストスに戻ります。
我がエスターセル女子魔法学園初の「戦場実習」の顛末を保護者はじめ関係各位に報告する義務があるからです。なにしろ、急な戦場離脱に加え、まさかの大規模戦闘参加・・・と言っても撤退支援ですが・・・いろいろ説明やら謝罪やら大変でしょう、お気の毒に。
「事態を複雑にしたあなたも連れていきたいくらいだわ。」
こほん、こほん・・・それはご容赦を。
ええと、そのために叔父様がお話しなければならないのは理解できるのです。
ですが学園長に手渡しになった、あの厚い書類ななんなのでしょうか?
「・・・祭」しか見えませんでしたが。
そして、叔父様はいなくなりました。
ゴラオンごと。メルも一緒に。
わたしにも何も言わずに・・・。
先に帰ったわけではないのはなんとなくわかりました。
「転送門」で帰るのならいろんな人に託したりしないでしょう・・・。
中隊長さんに聞いても答えてもらえず、学園長はわたしの目を避けるように早々にお帰りになり・・・。
「班長閣下・・・おそらく教官殿は・・・この戦線に残られるのでは?」
わたしの顔を見ないまま、デニーは言います。
メガネが曇ったままで話すデニーの推測は、わたしにとっての最悪の想像です。ですが、
「ありうる。教官・・・意外にお人よし。」
リトもまた、同様のことを考えていたのでしょう。
その艶やかな黒い髪と黒曜石を思わせるような瞳は叔父様を・・・特に16歳当時の叔父様を思い出させます。
「ええ~?でも、あんなに戦うのイヤそうだったよ?」
リルは不服そうです。
ちょっと勢いよく跳ね上がるように顔を上げます。
たったそれだけで、身長に不相応な・・・ム・・・が揺れます。
「・・・・・・。」
レン?そう、あなたはわかっていたのですね。
ミライに同調してから「夢見の一族」の力が強くなってしまったようです。
「・・・ゴメンさない。クラリス。」
わたしの視線に気づいたレンがうつむいています。きっとこれも話してはいけなかったのでしょう。
「・・・あなたのせいではありません。レン。」
わたしは南西の空を見ます。
おそらくは向こうに飛び立った、その姿を無意識に探してしまうのです。
「ペリオ!サムド!ヘライフ!・・・それにみんな!さようなら!元気でね!」
シーサス軍港で、アウレイア号を見送るみんなに向かって、わたしは大きく手を振ります。
彼らに手をふったのは、これで二度目。前は見送る立場で今は見送られる立場ですけど。
思えばあの時はこんなことになるなんて考えもしなかったのです。
ともに本当の戦場から待避する、そんなことになるなんて。
そして、彼らは戦場に戻るのです・・・無事でいてください!
あのアントと同じ境遇の少年兵たち。
「あれ、何?」
見ないでください、エミル!
「あれがうわさのクラリス親衛隊ですか!」
シャルノ、その言い方ヤメテ!
「意外に少ない。」
多すぎです!だって、リト、10人以上いますよ!
「でも、中隊の大人の方も交じり始めましたよ?」
いくらデニーの歪んだ観察眼でも、まさか・・・!?
本当のようです!小隊長さんに伍長さんまで!ああ、指導小隊のみなさん・・・。
「いえ~い!中隊のアイドル、クラリス班長閣下バンザ~イ!」
ヤメテ、リル!本気でヤメテ!見てるこっちの耳が熱いのです。
「・・・クラリス、ミライもさよなら、またねって。」
レンとミライの思念波による会話も、そろそろ一段落。
もっとも魔力を多量に使えば遠距離でも届くかも。今度試してみるそうです。
「さあ、きみたち。そろそろ船室に入り給え。もう荷物を整理する時間だよ。」
「・・・はい。エクスェイル教官ドノ。申し訳ありません!みんな!船室に入るわよ。」
わたしは表情を隠して、みんなに呼びかけます。
「こら、バカ兄貴!いい場面じゃないか、人が記事にしてるんだから邪魔すんな!」
「お前こそ、取材のために生徒の行動を遅らせるな!」
まったくこの兄妹はケンカばかりです。関わり合いはゴメンです。
その後、船内では、体験内容のレポートや実際に見聞した戦闘の分析、戦術や魔術の講義・・・退屈する暇もなくスケジュールに追われました。
そして8日後。ケール湾を北上し、セメス川を上り、わたしたちは懐かしいヘクストスに帰りました。
かあさんととうさんも港に迎えに来てくれました。
わたしの家だけでなく、やはり戦争に巻き込まれて多くの家族が心配したのでしょう。
ほとんどの生徒に迎えが来ました。そして・・・5日間の特別休暇。
わたしもエクサスの実家で過ごし、母さんのグチや父さんの質問の相手をし・・・。
主のいない「開かずの間」は、どういう術式を使っているのやら、わたしの「解錠」では開きません。
もう10月も後半になり・・・学園の授業が再開されます。
わたしはヘクストスに戻り、リトとまた同じ部屋で暮らす寮生活です。
まだ、叔父様は・・・わたしのアンティノウスは・・・帰ってきません。
わたしに無断でいなくなって、わたしに連絡もよこさないで・・・無事かどうかも教えないまま・・・。
ただ、一つだけ。
南方戦線で、大きな戦局の変化があった、そうレンを通してミライが教えてくれました。
ルグナス山岳の防衛線は回復できないまま、ミルウォル城外で人族と亜人連合軍の主力軍が激突したそうです。
敵の隠れた首魁たるミレイル・トロウルの支配力は強力で、対象外のミライ・・・おそらくはその姉妹・・・にも感じ取れるのは無論として、各亜人の将軍級ばかりか隊長級まで操り、その一糸乱れぬ動きで人族は翻弄されました。
しかし、決戦の中盤、突如、その支配する思念波が途切れ、途端に亜人同志の同士討ちが始まり、形勢が逆転したとか。
「・・・多分、フェルノウル教官が、直接女王種を倒したのよ。ミライもそう思っているって。」
レンはそう締めくくり、わたしを見ると、話しを止めます。
わたしは、こらえきれずに、教室を飛び出しました。
休み時間ですが、みんな何が起こったのかとわたしの方を振り向きます。
わたしはみんなの視線を振り切って、そのまま、屋上へ向かいました。
休み時間は普通こんなところまでは来ないのですが、今だけはここに来たかったのです。
南の空をにらみます。もうすぐ11月です。屋上の空気はとても澄んでいました。
空がとても青くて、とても高くて・・・。
その空に、わたしは帰ってこない機影を探します。
もちろん、何も見えません。見えるのは雲だけ。
叔父様のバカ!戦いが嫌いなくせに!トロウルだって殺したくないくせに!なんで・・・。
きっとみんなが困るから?
それとも、わたしたちが暮らす平穏な暮らしを守りたいから?
本当は戦うよりも、戦いの原因を突きとめて、戦いそのものをなくしたいくせに・・・。
別れて以来、一度も流していなかった涙が浮かびます。
それで、ようやく、心から言いたいことを言うことにしました。
「・・・早く帰ってきて!わたしを一人にしないで!わたしのアンティノウス!」
会いたい。それだけなのです。
風は冷たくて、秋ももう終わりです。
その日、わたしは入学以来初めて授業に遅れて叱責されることになるのです。
ですが、たいして気にもならず、リトやエミルやシャルノ・・・ただ、みんながわたしを見る目から顔をそむけました。
次の日も、その次の日も、叔父様は帰ってきません。
わたしは、少し長くなった髪をエミルに切ってもらうことにしました。
そして、10月最後の日。担当教官のワグナス教授がホームルームでわたしたちに告げるのです。
「臨時の職員会議の結果、11月にエスターセル女子魔法学園の学園祭を決行することになりました!」
・・・みんな、はてな、です。学園祭って何ですか?




