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第10章 その4 左手

その4 左手


 わたしたちは、さっきのところ・・・つまり最初にアントと会った部屋というか、そういう一画に向かいました。しかし・・・


「あれ?僕の感覚がずれちゃったかな・・・トロウルの活動時間になっちゃったか・・・。」


 レンが下を向きます。なんなんでしょう?


 遠くにはトロウルの一団がいて、光るコケの淡い光にその赤黒い巨体を照らされています。


「穴掘りだと兵士種だな。あいつらは、本物のアリとは違って働きっぱなしってことはないから、できるだけ活動時間をずらして、僕は捜索してたんだけど・・・ま。仕方ない。どっかでやり過ごすさ。」


 トロウルなどの亜人には、人間でいうところの職業クラスに近いものがあるのは有名です。


 もっともその違いは生まれつきで変更はほぼ不可能とか。


 トロウルだと、一番多いのは兵士種、他は戦士種、術士種、そして将軍種に女王種。


 ただ、わたしたちが兵士種と呼んでいるトロウルは


「正確には一般種とか、労働種っていうべきだろうね。戦闘以外でも、穴掘りとか食料確保とかで大忙しだよ。」


 だそうです。


「ちなみに戦士種は角つき、術士種は三つ目、将軍種は頭でっかち・・・さすがに女王種は見たことないけど。」


 こんなにトロウルについて詳しい話は初めてです。


「そりゃ、ね・・・だれもろくに調べないんだから。本来、世界のあらゆる謎に挑みその深淵を覗くはずの魔術師ですら、今は戦争のための術式研究一直線。どうすれば短い時間で詠唱できるか、とか、どの術式が部隊運用上一番能率がいいか、とか、そんなのばっかり。」


 魔術士でもないのに、随分魔術師について言いたいことがありそうです。


「・・・おかげさまで、僕は自分の知ってる限りじゃ一番のトロウル研究家さ。別に特殊な趣味があるわけじゃないけど、必要に迫られてね・・・で、その立場から言わせてもらえば・・・」


 アントはゴクリ、と唾をのんで


「こりゃ、マズイ。あれは穴掘りの一般種じゃない。三つ目の術士種と角つきの戦士種だ。」


「どうするのですか?アント。」


「定番の三十七計目だ。」


 ・・・なんですか、それ?こんな時にまで意味不明のことを言わないでほしいのです。


「アント、急いで・・・気持ち悪い・・・三つ目に見られてる。」


「レンさん?・・・ええっ?クラリスさん?」


 わたしは無言でバッグをアントに押し付け、レンを背負います。


 きっとこの方が早いのです。


 アントは、女の子を女の子に背負わせるなんて!とでも言いたげですが、決断力や判断力のある彼です。


 プライドはこの際飲み込んでもらいます。


「はいはい・・・兵は神速を貴ぶってね。」


 アントは右手に槍を持ったままです。


 なので、左手でわたしの右手をとり、一緒に走りだします。


「ちなみにふたりとも魔法学生らしいけど、魔法は使えないの?ワンドとか見えないし?」


 頭上に大きな石筍があります。かがみます。


「だめなの・・・今はレンもクラリスも魔法は使っちゃいけないの。自分の意志を空間に刻んじゃダメなの。」


 足元に凸凹が広がってます。手をつないだままピョ~ンって跳びこします。


「そうなのか?チェッ。残念無念、また明日ぁ!」


 アントが左に大きく曲がります。


 タイミングをあわせてわたしも曲がります。


 内側のわたしが、外回りのアントの手をひいて、歩調を合わせます。


「だから意味不明の言葉はヤメテ!」


 しばらく直線、二人でダッシュです。


「根掘り葉掘り事情を聞くよりいいだろ?これでも気持ちを切り替えてるんだよ。」


 今度は右の横道へ。さっきと逆にアントがわたしの手をひきます。


「なんだか不謹慎なんです!」


 下り坂に入ります。減速しないまま突っ切ります。


「キミは堅苦しいなぁ・・・融通が利かないとか真面目過ぎるとか言われてない?」


「余計なお世話です!」


 ホントは、グサッ、です。


 でもトロウルに追われながら、こんなことを言い合う余裕はないのです。


 アントが急に減速し、わたしも合わせます・・・あ、勢いがついて止まれない?


 するとアントは手を引きながらわたしの前に出て、行き止まりとわたしたちの間に入りクッションになりました。


「きゃん!」

 

 体が正面から密着・・・あ?ちょっと・・・そこは・・・思わず赤面します。


 それに顔がとても近いですのです。


 彼の左手はわたしの右手をつかんだままだけど・・・。


 ですが、アントは気にせず、再びわたしの手を取って走りだします。


 ちょっと、ムカッです。気にしてほしい気もするし、でも平然とされて助かった気もします。


 複雑なのです。


「ケガはない?クラリスさん、レンさん?」


「先にレンに聞いてよ・・・平気。気持ちもさっきよりよくなった。クラリスありがとう。」


「どういたしまして。わたしも平気です。」


「そう・・・じゃ、苦しいのは僕だけか・・・しばらく不摂生してたからなぁ・・・やはり早寝早起きに限るよ。」


「こんな洞窟の中で、何が早起きですか!?」


「・・・なんとなくだよ。でも人族の時間感覚は鍛えればまあまあ正確なんだよ。自律神経なんて訓練と気力で何とかなる!ひきこもってる時は気づかなかったけどね。」


 またよくわからないことを言い出します。


 でも、この子もひきこもりだったんですか?


 世の中の男って、ひきこもってばかりなんでしょうか?


 ですが、アントは本格的に息が切れ始めたようです。


 トロウルが追ってくる様子もありませんし・・・


「少し休みましょう。」


 と提案します。


「そうしてくれれば・・・助かる・・・クラリスさん・・・たくまし過ぎ。」


 これもグサッ、なのです。


 乙女に言ってはならないことです!


「それは、あなたがひ弱なんです!」


 ついガマンしていた本音を言ってしまいました。


 ところがアントときたら!


「やれやれ・・・まさか理想の女の子が現れたと思ったら、自分より強くてたくましいなんて・・・僕の人生、最後まで残念だよ。」


 ななななな、なんてことを!


 それはウワサのコクハクですか!?


 しかも、この場面で、まさかの!


 心臓の歯車が・・・ぎぎぎぎぎって、きしんで、本当に苦しくなります。


 頭がガンガンとします。それなのに


「まあ、僕の理想は「銀の指輪のお姫様」だからね。気丈なところがあっても可憐な風情は本質的には守ってあげたいんだけど・・・キミを守るのは意外に難しそうだ。」


 それは・・・告白をしておいて、やっぱり違うっていう・・・持ち上げておいて、すぐに落とすって最低です!


 最悪です!ひっぱたきたくなります。


 ですが・・・わたしの右手はアントの左手に握られたままなのです・・・わたしはしばらくどうしようか、困って立ち尽くすのです。


 すると


 「あ・・・ゴメン。こんな手でつかまれちゃ、イヤだよね。」


 アントは自分の左手の火傷の跡を思い出したのか、急にわたしの手を離します。


 違うのに。火傷なんて気にしていないのに。


 でも・・・。


 そのスキにレンがわたしの背中から降りました。


「もう・・・レンのことを忘れて、すぐ二人で仲良くして・・・」


 これが仲よくしているように見えますか!?


 ですが、レンを相手にそう叫ぶわけにはいきません。


 わたしはしばらく絶句して、そしてその場に勢いよく座り込むのです。


 アントも、崩れるようにその場に座り込みます。


 そして、レンも一緒に、アントの右側にチョコンと座るのです。


 どうしたらこんなにかわいく座れるのでしょう?


 省みるに、最近の自分の女子力の低下ぶりに少々忸怩たる思いがします。

 

 その間、アントは自分の息を整えているようです・・・自分の発言の影響を全然気にしていない・・・ホントに頭にきます。


 わたしは、告白じみた彼の発言と、その後にひっこめた彼の左手の動きを交互に思いだして、頭が一杯なのに、当の本人ときたら、!


 これも一種のコミュ障とやらでしょう。


「・・・そういや・・・キミたち・・・急ぐんだっけ?」


「急いでるけど・・・でも・・・。」


「トロウルが活動しているのですから、状況が変わったのです。」


「やれやれ。こんな中、そんなにいそいでどこに行くやら・・・ま、言いたくないことを無理に女の子から聞き出すほど僕は悪趣味じゃないさ。ただ・・・どれくらい急ぐの?それによって移動ルートやら、速度やらが変わるんだけど?」


「・・・レン?」


「・・・ホントはとっても急ぐの。」


 アントが鉱道の図面を広げ、顎に手を当てて考え込みます。


 そして顔を上げて


「んじゃ、行きますか。」


 なんて軽く言うのです。そんなに簡単なんでしょうか?


「だって、とりあえず最善のルートは見つけたから、後は実行するだけだよ。」


 ・・・そのとおりですけどね。もう少し悩むとか真剣にとか・・・


「僕は最短の時間で十分に悩んだよ。それを見せびらかすほど悪趣味じゃないだけさ。あとはキミが、キミたちが僕を信じてくれるかだけ・・・どう?」


 そう言ってアントはわたしに向けて、おずおずと左手を差し出します。


 彼の右手は槍を持っています。


 わたしに差し伸べる手は、この左手しかないのです。自分の負い目ともいえるこの手しか。


 そしてわたしを、レンを見るのです。


 これって、わたしに、わたしたちに決断は預けられているんですか?

 

 この人は・・・なんだか、口が悪くて、女の子の相手が苦手そうで、そのくせ時々誤解されることばっかり言う、乙女の敵のような人ですけど・・・。


 わたしは、アントの左手をつかむのです。彼が誤解しようもないほど、しっかりと。


「行きます。」


「うん。信じてる。」


 わたしたちの答えだって最初から決まっていたのです。


 アントは破顔します。


「女の子が信じてくれたら、大概のことはできるさ。なんだってできる、って言えるほど、経験値が足りてないけどね。」


 子どもっぽい笑顔で、まるで叔父様が言いそうなことを言うのです。


 この子も後20年くらいしたら、あんな困った人になるんでしょうか?


 ・・・もう充分、って気もしますけど。




「あ、右側にいるよ!」


 わたしに背負われたレンが指さします。


「んじゃ、迂回ルートその3だ!」


 間髪入れずにアントがわたしの手をひきます。


「はい!」


 わたしは遅れずついて行きます。


 こんな感じで、既に何回かトロウル・・・ほとんどは一般種・・・をレンが先に見つけ、アントが瞬時に迂回ルートを考える。


 そしてわたしがレンを背負ったまま走るっていう・・・


「なんだか乙女のあり方をわたしは疑問に感じてしまいます。」


 どう考えたって、背負われて敵を見つけるレンのほうが、そういう役回りです。


「僕は頭脳労働、キミは肉体労働・・・確かにこれじゃヒロインの座は危ういね。」


「あなたが言いますか!どうせならトロウル相手に大立ち回りでもしてほしいくらいです。」


 それでしたら「ヒーローの座」とやらを認めて差し上げます。


「そんなムリ言わないでくれ。僕だってできるもんならそうしたいけど、僕じゃ一対一がやっとだよ。」


 それは充分すごいことなんです。


 トロウル相手に一対一で、ほぼ無傷で勝てる、というのは・・・言いませんけど。


「二人ともホントに仲いいね・・・あ、今度は左!」


 よくない!と叫ぶのをこらえて走り出します。


 ちゃんとアントが右手をひいてくれます。


 彼の左手が引く方、そっちに走ればきっと大丈夫なのです。




「すごい・・・思ったよりずっと余裕で着いたよ。」


「・・・そりゃどうも・・・だったら・・・もう少し・・・早く言ってくれ・・・こんなに・・・ムリしなくて・・・よかったって・・・ことかい?」


 アントはさすがに崩れ落ちそうです。


 レンを降ろしてわたしも一緒に歩くことにします。


 もうあの一画の入り口です。


「もう安心ですね。」


 わたしはそう言います。すると


「それ・・・フラグ!?」


「は?」


 ズボッ。


「ええっ!?」


 いきなり足元が陥没します。そして落下!


「ほら、クラリスさんがあんなこと言うから!」


「わたしのせいなんですか!?」


「きゃあ。」


 体勢が崩れて、レンと離れそうです。

 

わたしはレンを抱きかかえます。


 ところがレンをはさんでアントがわたしを抱きかかえるのです。


「意外に深い。そのままだ。」


「くっ。」


 何か言い返そうとしましたが、二人に挟まれたレンにとって一番安全な体勢でしょう・・・でもアントは?


 アントも無策ではないようで、毛布などが入ったままのバッグを背中から頭の位置にずらしています。


 そう思ったのを最後に強い衝撃が来ます。


 そして、わたしは一瞬意識を失いました。


「きゃあああ、いやああ!クラリス!アント!」


 レンの悲鳴で目が覚めます。


 気を失ってからさほど時間はたっていないでしょう。


 しかし状況は一変しています。


 わたしたちはトロウルに取り囲まれているのです。


「レン!大丈夫ですか!?」


 レンはトロウルに捕まっていました。


 そしてそのままトロウルたちは暗闇の中に去っていきます。


「いま行きます!」


 しかし、わたしはいきなり抱き止められ、左手で口を塞がれます。アント?どうして!?


「静かに・・・今追うのは自殺行為だ・・・キミの特殊な趣味に僕を巻き込まないでくれ。」


 何ですって!レンを見捨てるのですか?


 見損ないました・・・信じて・・・信じていたのに!!


 わたしは全力で暴れます。


 しかしアントはびくともしないのです。


 あんなに非力だったくせに・・・。


 そして、トロウルの気配がなくなり、しばらくして、ようやく彼はわたしを離しました。


 わたしはグ~で殴ります。


 アントが無抵抗で吹き飛んで壁に叩きつけられました。


「この卑怯者!レンを見捨てて自分だけ助かろうなんて・・・恥を知りなさい・・・・あなたを信じていたのに・・・」


 どれだけコミュ障で、女嫌いで、ひ弱でも、信じていたのに!


 わたしの視界が急速に滲みます・・・悔しいのです。


 でも、こんな場合じゃありません。わたしはレンが連れていかれた方向に向かいます。が、


「待った!レンさんの連れていかれる場所がわかるよ!先回りしよう。案内する!」


 え?わたしが振り向くと、倒れたままのアントが頭と口元から血を流したまま、こちらを見上げています。


 ぼんやりした青い光に照らされた彼の目は、まっすぐわたしを見ているのです。


「トロウルのくせに、僕たちまで無傷。おかしいだろ?普通ならここぞとばかりに食べられてる。最大限ラッキーでも殺される。なのに僕たちに見向きもしなかった。トロウルの生態上ありえないんだ。」


「それがなんですか!」


「だから・・・さっきのトロウルたちは完全に何者かに操られていて、目標を無傷で連れてくるしか命令されていなんだ。それで抵抗しない僕たちの存在は無視された。そして、レンさんはその目標の所まではきっと無事だ。」


 ・・・理屈!また理屈!!


 ムッとします・・・でも理には適っている気がします。


 不本意ながら。


 それでは、わたしはどうすればいいんでしょう?


 わたしは・・・この人を信じられるのでしょうか?


 信じていいんでしょうか?


 大きく深呼吸してアントをにらむわたしです。


「ちなみに、キミが僕を信じてくれなくても、僕は勝手にレンさんを助けに行く・・・でもキミが一緒に来てくれた方が、可能性が高い・・・女の子を連れて行くのは心外だけど。」


 そして、アントは立ち上がり、再びわたしに左手を伸ばします。


 まだ頭からの、口から血は止まっていません。


 よく見ればあちこち擦り傷だらけ。


「どうする?僕と一緒に来てくれないか?・・・もう一度、僕を信じてくれないか?」


 その左手は、ズタズタの手袋に包まれた手です。


 今日何度もわたしの右手をつかんでいた手なのです。


 そしてわたしは、微笑みながら再び彼の手を握ったのです。


 思いっきり。それはもう、彼の悲鳴が聞こえるほどに。



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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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