第10章 その3 謎多き少年
その3 謎多き少年
休憩した後、アントは再び洞窟の捜索に出かけると言います。
わたしたちがついて行くのは正直迷惑そうでしたが
「レンは、一緒に行きたいの。お願い。」
と言われ、あきらめたようです・・・「女の子のお願い」に弱いようです。
女の子自体は苦手そうなくせに。
「・・・んじゃ、念のため、これ、持ってて。」
アントは、短剣と荷物を渡そうとしますが
「わたしは、こっちの方がいいのです。」
彼が置いて行こうとした小剣をわたしは装備します。
「けっこう重いよ。ホントは僕たちの・・・槍兵の副武装なんだけど僕でも装備したら動きにくくて・・・まぁ、キミが刃物が大好きで、そのためには重くなっても平気っていう特殊な趣味でもしてなきゃ勧めないんだけど・・・」
それはあなたが小柄でひ弱だからです、とは言えず、わたしは黙って小剣を構え一通り使ってみせます。
それでアントは黙りました。
「勝った」と思ったのは内緒です。
短剣はレンに渡し、荷物・・・水・食料に毛布など一式・・・はわたしが担ぎます。
このあたりで、アントがわたしを見る目が少々変わったような気がします。
どうも自分の方が力がないということに気づき、傷ついた様子です。
まったく、小さいプライドですこと。
松明は、レンが持ちますが、洞窟の主であるトロウルに見つけられやすくなる、という理由で普段は火はつけません。
「んじゃ、出発するよ。」
「は~い。」
レンは自由な右手でアントの左手をつかもうとします。
意外に大胆・・・ですが、ビクッとした仕草でアントは手を引っ込めたのです。
「あ・・・ゴメン。」
レンがションボリしてます。
「・・・いや・・・こっちこそ。」
マッタク。
いくら女の子が苦手で、手をつかまれそうになって過剰に反応するにしてももう少し・・・と言いかけて、淡い光に照らされたアントの手袋がズタズタなことに気付きます。
すると、胸がチクッとします。
「あなた・・・最初にわたしを助けようとして、ケガをしたままなんじゃ・・・」
そう言えば、わたし自身の两掌だってギザギザの岩の壁のせいで傷を負ったままです。
まして二人分の体重を支えた彼はもっと傷が重いはずなのです。
それを全然感じさせずにふるまっていた・・・強がりもここまでくれば迷惑なのです。
「動かないで!」
わたしは有無を言わせず、彼の左手をとり、その黒い手袋を脱がせます。
彼は抵抗しましたが、やはりわたしの方がかなり力が強いようです。
これでも魔法騎士適性を認められて、白兵戦だってリトの次くらいには強いのです。
それで、あっさりと腕を固定して手袋を脱がせましたが・・・
「ひっ。」
思わず悲鳴を上げてしまいました。
「えっ・・・ひどい・・・火傷の跡?痛くないの?」
レンも驚きます。
左腕はまるで皮膚がむき出しになっているかのように赤く、血管すら透けて見えるようです。
それに比べれば掌の擦り傷なんて、ないにも等しいほどなのです。
「やれやれ・・・こんなもの、女の子に見せるほど僕は悪趣味じゃないのに。」
アントは平然とつぶやき、驚いたわたしから左腕の自由を取り戻します。
「一応言っておくけど、別にさっきのケガなんかじゃないから、安心して・・・隊のみんなも気味悪がってね・・・だからずっとこれで隠してたんだ。」
そう話しながら、ポケットから貝殻を出します。
「ほら、僕は平気だから。でも、クラリスさんこそ手を怪我したはずだ。気がつかなくてゴメン。これ使ってよ。切り傷や擦り傷によく効くんだ。」
それは先日ペリオからもらった傷薬と同じモノに見えます。軍の支給品なんでしょうか?
「・・・あなたが先に使ってください。わたしは次にお借りしますから。」
アントはわたしを説得しようとして諦めます。
「んじゃ、お先に。」
そう言って右の手袋も脱いで・・・こちらは擦り傷だけでしたが・・・慣れたしぐさで両手に傷薬を塗っていきます。
ですが、傷のないはずの右腕が、薄明りの中、時々不自然に鈍い銀色の光を発するように見えます。
ふとレンと目が合い・・・二人でうなずきあいます。
あれは微かですが魔力の輝きなのです。
「・・・あなたは右腕に何か刻んでいるのですか?」
わたしが指さすと、アントは口を尖らせたようです。
子どもっぽい顔がさらに幼くなります。
年上のくせに。
わたしは、からかいたくなるのをガマンするのです。
「・・・ああ。キミたちは魔法学校の生徒って言ってたね・・・本当みたいだね。」
意外に素直です。
もともとウソが苦手なのでしょう。ですが
「でも、聞かないで。それがお互いのためだから。」
アントはそう言って、後はしばらく無言のままです。
そして手早く治療を終え、ズタズタの手袋を苦労してつけます。
「はい、じゃ、キミの番。」
いろいろ聞きたいし、言いたいのです。
でもきっと彼は答えてくれません。
わたしは無言で受け取り、掌に薬を塗るのです。
薬はやはり先日ペリオからもらったものと同じです。
確かにあの薬はよく効いて、足の傷はすぐに治ったのです。
「この薬・・・軍の支給品ですか?」
「いや、僕が調合したヤツだけど。」
思わずアントを見つめ返してしまいます。
薬の調合なんてできるんですか?
それに・・・じゃ、ペリオの薬はだれがつくったものなんでしょう。
「ひょっとして、ペリオっていう子と知り合いですか?」
それならわかります。
でも、それだとアントの全滅した原隊が、周辺の駐留軍・・・ナブロかケブロ、ひょっとしたら、ミルウォルの部隊ということなのでしょうか?
最近大きな被害を受けたのは、ルグナス山岳の防衛線にいた部隊のはずですが・・・。
「ペリオ?知らないけど?」
ウソをついている様子でもないし、わからないことが増えただけかもしれません。
少し確認した方がいいのでしょうか?
「もういいの?クラリス、アント。」
「待たせてゴメンね、レンさん。」
アントは、今度は自分からレンの手を取るのです。
意外です。
「えへ。」
レンがうれしそうに笑います・・・やはり「女ったらし」さんなのでしょうか?
なんとなく面白くありません。
歩きながら、それでも多少は事情を聞くことができました。
もともとなぜ彼がこんなところにいるかと言うと、伍長と上等兵が洞窟に駆けこんで、その二人を追いかけて洞窟の奥まで入ってしまって、それで3人とも出口がわからなくなったそうです。
アントたちは、それからもう三日もここにいて、しかも彼はその間、水も食料もあまりとらずに一人で捜索を続けたとか・・・。
「ここは・・・この洞窟を図にするとこんな感じになる。」
それでもアントは捜索しながら3日間、しっかりと図面を描いていました。
根気強い上に、ずいぶん器用です。
しかしこの形は?
「まあ・・・普通の人はわからないかぁ・・・縦横に走る鉱道がつくった形が、まるで脳にそっくりなんだ。昔読んだSF・・・水、陸、空の3タイプの巨人が出てくる話なんだけど・・・にあった鉱物脳っていうヤツを思い出したんだ・・・時々青いコケらしいのが強く光って、それが神経パルスの強い瞬間で・・・それで青くない光ゴケが・・・」
その後、脳幹とか、大脳皮質とか神経シナプスとか言われても、なんですか、それ?なのです。
口数が少ないと思えば、急に、訳の分からないことを怒涛の勢いで話すところとか、巨人がどうこうとかいうところは、まるで誰かさんです。
わたしとレンの顔にようやく気付き、やや分かり易い言い方に直してくれましたが・・・。
「だから、このトロウルの巣は、一見アリの巣みたいだって思ってたけど、実は人の脳を模しているんだ。ではなんでそんなものをトロウルがつくるか、と言うことなんだけど・・・外付けハードディスク、違うな。拡張?ブースト機能?う~ん・・・つまり、トロウルの大将・・・蟻塚の一種なら女王様か?そいつの脳の力・・・思念波とか、思考力とか、そういう力を何十、いや、何百倍にも増やしているんじゃないかな?その力で下っ端のトロウルを完全に操ったりもできる。で、そうだとすれば、この中枢は、脳幹にあたる、奥深い場所にある、と予想される。」
わたしは途中の理解を全部諦めて、そこだけに食いつきます。
「では、そこにトロウルの女王種がいる、そう考えているのね。アントは。」
アント。そう呼んでしまって、はっ、と口を押えます。
アント・・・あいつらはこの子を「アリンコ」ってバカにする意味でそう呼んでいたのでした。
ですが
「ん?・・・ああ、気にしないで。僕だって、そう呼んでくれて言ったし。そもそもほとんど、そのまんまだし。」
平然と言います。
同じ発音でも悪意がなければ気にしないって言ってくれます。
「でも・・・アント。今そこに行っちゃダメ。」
レンが・・・また少し雰囲気が変わりました。
「・・・今は・・・そこに行っちゃだめよ。あなたがそこに行っていいのは・・・4年後よ。今じゃないの。」
レンがいっそう青みがかった目で見ると、アントは目をパチパチさせてしばらく黙りこくります。
「ふう・・・思ったより近づいていたのね・・・この人は。それとも・・・やはりあなたのせいかしら、クラリス。」
レン?いつものレンとはやはり少し違う気がします。
「わたしのせい?」
「・・・そろそろあなたの叔父様が目を覚ますわ。元の場所に戻りましょう。」
「叔父様?では叔父様とミライのお話はもう終わったのですね。」
ですが、それでは目を覚ます、その意味が分からなくなります。
お話し中に居眠りでもしていたのでしょうか・・・残念ながらありえます。
なにしろ困った人ですから。
少し、しかってあげた方がいいかもしれません。
あの人はわたしがいないと本当にダメなんです。
あ、でもアントがぼ~っとしたままで、何か変です?
「アント、もういいよ。」
「え・・・あれ?僕は・・・今、何の話をしてたっけ?」
「アント・・・レン、お腹へったの。」
・・・レンもアントも、なんか、おかしいですよね?
実は、正直、時間の感覚もよくわからなくなります。
さっき食べたばかりの気もしますし、それからかなりたった気もします。
ですが3人いる中で、わたし一人が首をちょっとかしげている状態で、あとの二人は何事もなかったかのようにふるまっています。
オイテケボリ感がすごいです。
二人が仲良く食事を始めると、ちょっとイラっとします。
「クラリスさんも、どうぞ。」
でも、そう言ってもらえると、すぐにうれしくなるのです。
「アント、ありがとう。」
アントからパンを受け取り、隣に座ります。
アントを挟んで、左にレン。右にわたし。
「これは、とっておきの葡萄酒だな・・・こんなの隠してやがったのか。」
バッグの中から革袋を見つけ、アントがわたしにわたしてくれます。
水の入った革袋は、確かに革の臭いが沁みて、あまりおいしくないのです。
ですからお酒を入れることはよくあります。普通は水に混ぜるくらいですけど。
「いただくわ。」
一口飲むと、ほっとします。
寝かせたワインより軽い飲み口です。
そしてアントに返すと
「レンさんは・・・葡萄酒は飲める?」
アントがレンに聞きますが、レンは
「なんで、最初にレンに聞いてくれなかったの?」
少しすねています。
あら、レン・・・お年頃かしら。
「だって、飲めない子に先に勧めて、飲めないくせに吐き出したりされたらもったいないだろ?僕が飲む前に勧めたことで、いいじゃないか。それで、飲めるの?」
合理的ではありそうですが・・・人の気も知らないで、と言われそうな返答でもあります。
「・・・いらない。」
案の定、レンは少しむくれてしまいました。
もっともその原因をつくった本人は気づきもしませんが。
ところが、アントが革袋に口をつけた途端に、レンが叫んだのです。
「あ!それ間接キッス!」
アントが盛大に葡萄酒を噴き出しました。
わたしの心臓は、ぎっちょん、です。
顔が熱くなります。
うつむきます。
恥ずかしくて、となりを見ることもできません。
そんなつもりは・・・今まで考えもしませんでした。
こういう経験は初めてで・・・どうすればいいんでしょう!?
ですが、当の本人は、これまたその後平然として・・・おかげでわたしも落ち着きましたけど・・・それはそれで、少しムスッ、なのです。
「・・・レンさん。どこの中学生だよ・・・中学生はチュウーがクセ~、とはよく言ったもんだ。」
なんだか、シャルノに言わせれば、オジサン臭のする言い草、なのです
「あ~あ・・・もったいないオバケが出そうだよ、やれやれ。」
「だって・・・」
レンはまだむくれています。
傍から見ると、その様子も愛らしいのです。
アントも年齢より年下に見えるので、結構お似合いに見えなくもありません。
「すんだことは仕方ありません。さ、行きましょう。レン、アント。」
わたしは、二人から眼をそらしてそう言うのです。
なぜか二人を急がせたくなったからです・・・。