第9章 その7 再び洞窟へ
その7 再び洞窟へ
わたしたちはクレーターの中心で、しばらくゴラオンを囲み、話していました。
なにしろあわや人族の軍が大敗し、わたしたちの帰路もとざされる、そう思っていた矢先の逆転劇です。
それが自分たちの教官と見慣れぬ新兵器・・・そうでない、と叔父様は主張しますが・・・によってなされたのですから、興奮冷めやらぬ、いえ、まさに夢中になって叔父様の話を聞きたいのです。
しかし・・・
「教官殿、クラリス、味方の守備隊からだれか近づいて来る。」
リトの指す方を見ると、確かに一個小隊くらいでしょうか?
軍使の旗を掲げて近づいてきます。
「叔父様、あの軍にゴラオンのことをお話になっていないんですか?」
「一緒にいらっしゃったんですよね?」
叔父様は、わたしとシャルノから気まずそうに眼をそらします。
「まさか?」
そう問い詰めるわたしからさらに離れて、話し辛そうです。
「だって・・・あいつら、僕の話を聞こうともしないんだ。だから勝手に追跡して、勝手に手伝った・・・いいじゃないか、助けたんだから。」
「クラリス様。ご主人様のお話は本当です・・・ただ、ご主人様が少々奇矯な言動をされて、軍が信用してくれなかった、ということもありますけど。」
「こら、メル・・・仕方ないだろう。あいつら、頭が固くて、いきなりこいつを徴発しようとするんだ。無茶苦茶だ。それであわてて、もう一回「転送門」で、あの恥ずかしい盾とマントを取りに行く羽目になったんじゃないか。」
昨夜の学園長の「遠話」による知らせを聞き、いち早く「転送門」を借りてやって来た叔父様です。
その後、どうやら叔父様はゴラオンでシーサズ軍港駐留部隊に協力を申し出たものも、ただの民間のゴーレムと思われて、軍の兵器として取り上げられそうになったとか。
そこで、それまで外していたテラシルシーフェレッソ伯爵家の紋章を刻んだ盾にアドテクノ商会の旗印を描いたマントをつけて、正式に所有許可を証明した、という訳です。
その際の言葉遣いもよろしくなかったようです。メルから見ても。
「「恥ずかしい、ですか・・・。」」
シャルノとエミルは不満げです。
でも・・・正直に言えば叔父様の気持ちがわかります。
全身が黒く武骨な印象なのに、その二カ所だけ派手過ぎて、悪目立ちする感じなのです。
ただ、きちんと伯爵家ゆかりのゴーレムと示すことで、ようやく徴発を免れたとか。
「まったく、軍隊ってヤツは、戦争がからむと何をやってもいいって思っているからね。」
そういう目的の組織ですし、民間から物資を強引に借り上げる・・・実質的に奪う・・・権限もあります。
確かにこの紋章と旗印がないと徴発されたでしょう。
「どうする?」
「そうですわね、リト・・・。テラシルシーフェレッソ伯爵家に敬意を表して、きちんと軍使を派遣されるのは評価してもよろしいのですが・・・教官殿はどうなさりたいのですか?」
「すまないが、シャルノくんにエミルくん。こいつの所有権は僕にある。それは契約上問題ない。ただそれをあいつらに説明するのは、もうイヤだ。きみたちに押し付けて、僕は逃げさせてもらう!」
「ええっ!?生徒に面倒を押し付けて教官が逃げるんですか!」
思わず叫んでしまいましたが
「それが正解よ、クラリス。あんなの見たら、今度はゴラオンどころかフェルノウル教官殿まで徴発されて、南方戦線に縛り付けられちゃうよ。後はこっちで何とかするって。」
「そうですわね・・・以前のわたくしであれば単純に人族の勝利で安堵したと思いますが、一個人の力で戦局が逆転・・・今後、教官殿のお立場が難しくなります。いったんはお逃げください・・・父もきっとそう思うでしょう。」
そうでした、エミルやシャルノの言う通りです。ここはまだ戦地なのです。
そして、あれほどの力を見てしまえば・・・。
「んじゃ、ひとッ飛びして、僕らはシーサズ軍港に逃げ込むよ。」
そこからゴラオンを分解して数回「転送」をしてヘクストスに戻るそうです・・・ですが!
「叔父様、しばらくお待ちください・・・叔父様に会いたいという方が、会わせて差し上げたい方がいるのです!」
「レンネルくん・・・どうしても来るのかい?」
ゴラオンが飛び立つ直前、レンが叔父様に同行を懇願します。
「・・・うん。ぜったい行きたいの。行かなきゃいけないの。・・・お願い、教官。」
どこに行くのか、みんなにも告げられません。
しかし、なぜかレンは何が何でも一緒に行くと言い張ったのです。
みんなも、説得したのですが、あの内気で大人しいレンがこの時ばかりはまったく聞きつけません。
そして叔父様を泣きそうな目で見ています。
それをはねつけられるほど叔父様は意志が強くないのでしょう・・・単に女の子のお願いに弱い、という可能性も捨てきれませんが。
なにしろ「女性は苦手」と言うくせに、女性を大切になさる方です。
メルの言う「饅頭こわい」説も捨てきれませんし。
しかし・・・
「・・・狭いのです!」
メルが不満を言います。こらえ性のない子です。
わたしだって狭いけど我慢しているのに。
「・・・ゴメンなさい。メルちゃん助手。」
レンが謝っています。仕方ないのです。
魔力供給者のいる隙間はわたしでは入れないんです。
ですから、メルとレンが一緒にいます。
わたしは叔父様と一緒に操縦席。
わたしは大人ですから、叔父様に少し密着するくらい、まぁ、平気です。
「だからって・・・クラリス様とレン様までゴラオンに乗り込む必要があったのですか?」
「メル。だからお前はみんなのところで待っててもいいって言ったじゃないか。」
叔父様はそうメルに言います。その通りです。
メルの代わりの魔力の供給なら教わればわたしでもできそうです。
「イヤなのです!ご主人様から離れるなんて・・・しかもクラリス様と一緒にさせるなんて、どんなアヤマチが起きるか・・・ご主人様のいろいろなモノが危ういのです!」
ななななな、なにを言うの、この子は!
アヤマチ!?
久しぶりに心臓がぎっちょん、と異音を立ててます。
「・・・ねぇ、アヤマチって、なぁに?」
レンが聞いていますが、なんて答えればいいんでしょう?
「レンネル様。レンネル様には少々お早い話題なんです。」
「・・・そう?レンはメルちゃん助手より年上だと思うけど?」
それは正しいのです。
いえ、そもそも問題はそこではないのです。
「バカだな。まぁ、そろそろ叔父離れをして欲しいとは思うけど。僕とクラリスの間でそんなことが起きるわけがない。」
それもそうなんですが、そうまで断言されると、なぜか釈然としない気もします。
だいたいこんなせまい場所で、こんなに男女がくっついているのは、普通なら立派なアヤマチなのではないのでしょうか?
あ、今の加速で、かなり「当たって」しまいました。
やはり恥ずかしいです。叔父様は・・・平気なのでしょうか?
「しかし、キミは同世代の男の子との出会いが少なすぎる。」
・・・一応ペリオにサムド、ヘライフ・・・最近知り合いが増えたんですけど。
「強烈な出会いをして、胸躍らせる体験をして欲しいね。」
ひょっとして叔父様の恋愛観ってとても偏っているんじゃあ?
空から素敵な異性が落ちてくるとでも思っていらっしゃるんでしょうか?
だいたい、なんで恋愛を同世代に限定するんでしょうか?
まったく、人の気持ちも知らないで・・・わたしは、せまい操縦席で叔父様にくっついたまま、なんだかモヤモヤするのです。
わたしたち4人は、あのクレーターを飛び出し、今空を飛んでいます。
目的地は、わたしが案内する方向です。
人に見つかると面倒なので、「浮揚」に加えて「偽装迷彩」まで使っています。
当然、全て叔父様のスクロールですから、製作費がどれだけかかっているやら。
そもそもさっき使った「雷撃」「火球」だって、中級術式です。攻撃魔術の中級術式のスクロール・・・普通にお店で買い求めればいくらになるのでしょう?
製作費は大銀貨1枚程度でしょうか?でも市場ではその数倍になるのでしょう。
製作費の大銀貨1枚としても・・・移動用の「転送門」使用料も含めると全部でもう金貨10枚くらいの費用が掛かっていそうです・・・。
「僕の飛行術式が重力魔法でよかったよ。精霊系の飛行じゃ、こんな重いものは飛べなかっただろう。」
それは問題発言です。
そんなことを言うから女性と話が続かないのです。
「メルは重くありません!毎晩一緒に過ごしているご主人様が一番お分かりのはずです!」
これも問題発言です。
事情は理解していますが、ムカッ、です。
「・・・レンも重くないよ。」
・・・では誰が重いというのでしょうね?
単にわたしが二人より大人と言うだけなのですが、なんですか、この敗北感・・・。
「認めたくないものですね、自分自身の年齢ゆえの体重というものを。」
「クラリスも大きくなったね。僕はうれしいよ。」
・・・素直に喜びたいところですが、これだけ密着している中、そう言われると、叔父様以外の男性からであれば「セクハラ」と言いたいところなのです。
まぁ、所詮は叔父様の発言ですから素直に聞きますけど。
「その中二病じみたおっしゃりよう。やはりクラリス様はご主人様の薫陶をよくお受けなのですね。」
「すごいね、クラリス。メルも褒めてるよ。」
褒められた気がしません!
全くうれしくもありません!
「ですがクラリス様は、身長こそわずかに成長なさっていますが、肝心の女らしさについてはわたしと50歩100歩の成長ぶり・・・いいえ、年齢差を考えれば50歩51歩でしょうか?」
ぐっさぁ、です。
以前もエミルに「お子様体形」と言われたことが脳裏に浮かびます・・・しかし、あのスタイルいいエミルにならともかく、メルには言われたくないのです!
「あ、あなたは何を根拠にそんなことを!・・・いえ、たとえ50歩51歩でも、その1歩の違いは確かにあるのです。この1歩はわたしにとっては小さな1歩ですが、人族にとっては大きな1歩なのです!」
思わず腕を振り回しかけて、叔父様にいっそう「おしつける」形になってしまいました。
いろいろとはしたない自覚があります。顔が赤くなるのです。
「頼むから僕の前でそんな話題は止めてくれ!僕だって一応は男なんだから。」
ここで、わたしとメルの仲裁に入れるのは、コミュ障で女性が苦手な叔父様にしては、がんばっていると思うのです。
それこそ、叔父様がわたしたちと同世代であれば到底無理でしょう。
「・・・クラリス、ひょっとして、あのあたりなの?」
あ、森の中にある小さな山が見えます。
「そうです・・・レン、なんでわかったの?」
「レンも呼ばれているの。だから。」
・・・「夢見の一族の末裔」。彼女はこの子をそう呼んでいました。
ですからレンの存在に気づき、自分の所に招いているのでしょうか?・・・でも、何のために?
叔父様を招くことについては、わかったつもりのわたしですが、レンが招かれたことには未だ納得がいかないのです。
もっとも本人の強い意志でここまで来てしまえば、「今さら」なのですが。
もうすぐ日が暮れる、そんな時間になりした。
ゴラオンはゆっくりと地上に着陸しました。
わたしはようやく背中の搭乗口から外に出て、新鮮な空気を吸います。
周りは森林。人の手が入らない「蒼の森」ですから、周りには誰も・・・いえ、一体の青トロウルが待っていました。
「あなた・・・さっきの子ですね?」
青灰色の目は静かに応じている気がします。そして・・・
「ほう・・・青いトロウルか。お出迎え、ありがとうさん。」
叔父様は平然としています。意外・・・でもないかもしれません。
「レンです。初めまして。」
叔父様に抱えられてゴラオンから降りたレンです。
叔父様の首に両腕を回し、少し甘えているようにも見えますが・・・幼いレンですから、いいことにします。
レンも怖がることなく、普通にあいさつしています。
考えようによっては、亜人という人族の敵、異世界からの侵略者を相手にこうも落ち着いて対応できる人族がここに集まっている、ということは異常かもしれません。
「ご主人様!トロウルなのです!?危ないのです!?」
メルだけは不安がっています。
敵である亜人の一族、狼獣人の血をひくメルが、一番怖がる、というのも奇妙な気もしますが、人族の中で暮らしてきたメルにとっては、人族以上に恐ろしいのかもしれません。
「メルはここで待機してくれ。大丈夫だよ、心配しないで。」
こういう時の叔父様の声はとてもやさしいのです。
メルも落ちついたみたいです。
「メルちゃん助手・・・行ってくるね。」
レンはメルに対して隔意を持たないようです。
他のクラスメイトと比べてもメルに親し気です。
「では・・・ご主人様、クラリス様、レンネル様。お気をつけて。」
わたしたちは青トロウルの案内に従い、洞窟に入っていきます。
わたしは今日2回目です。
まさかこんなに早くここに戻ってくるとは思ってもみませんでしたが。
そして、さっきの薄暗く、微弱な青い光の照らす、あの部屋に入ります。
(アンティノウス!再びあなたに会えるなんて・・・ああ・・・。)
姿を見せませんが、ミライの思念は、わたしと会った時とは違い、かなり高ぶっています。
(あ?ごめんなさい。クラリスに夢見の一族の娘。ですが、今少しだけ、アンティノウスと二人だけでお話したいのです。そのまま待っていていただけますか?)
わたしとレンはうなずき・・・そして叔父様は無言のまま一人奥に進みます。
そして、その影が見えなくなりました。
わたしは微かな不安と、しかしそれを上回る信頼を抱いたまま、待つしかありませんでした。
それでも、やはりここ数日のことで疲れていたのでしょう。
微かな青い光の中、いつしか二人とも眠ってしまいました。