第2章 その3 メル
その3 メル
今から4年ほど前。
祖父母にわたしの両親までが、急に叔父様のお側にお世話をする女性が必要だ、と言い出しました。
叔父様は当時31歳だったしょうか。
周りは、もうまともな結婚は諦めていましたし、本人はそんなもの歯牙にもかけないようでした。
ちなみに叔父様は「りあるな」女性には興味がない、生涯DT聖人と言っていますが、わたしも周りのだれもが意味不明なのです。
おそらく、それで・・・大人の叔父様に釣り合う、若い女性を側に置こうと考えたのでしょう。
要は・・・その・・・つまり・・・女の人の・・・奴隷です。
実はわたしが生まれる前には、お手伝いさんがいたそうですが、叔父様の奇行についていけず、やめていった、とのことでした。
むしろ、わたしが生まれ、そして叔父様と一緒にいる時間が長くなったせいか、叔父様の奇行は質量ともに大きく減少した・・・あれでですか!?・・・と聞いています。
推測に推測を重ねると、おそらくかあさんが、いつまでもわたしが叔父様と一緒にいることで、悪影響を受けないか心配になって、叔父様とわたしを離したかったのでしょう。
この時期から、わたしに対しての、かあさんの告げ口攻撃・・・叔父様への誹謗中傷、けっこう事実も・・・が激しくなっていたのですから。
その時、わたしは11歳・・・。
「教育上悪いから、キミはダメだ。僕一人で行けるから。それに女の子をそんなところに連れていくほど僕は悪趣味じゃない。」
「ダメです。叔父様が、一人でお外に出て、無事に帰ってきた試しはありません。先月にお出かけした時は、バイアールさんのお店が全壊したじゃありませんか。」
両親にも内緒で、叔父様本人の拒否すら無視して、叔父様に同行することにしました。
もちろんわたしが主張したことは事実です。
ひきこもりの叔父様ですが、時々、外出することはあります。
しかし、わたしが知る限りでは、帰ってくるたびに、よくて疲労困憊、数日寝こんだりケガしてたり、お財布をなくしたりするのも当たり前、ひどい時はお店一軒を全壊させたこともあります・・・でも、そのお店の方はなぜか平謝りで、謎です・・・。
「だから、女の子が来るとこじゃない!」
「わたしは、もう子どもじゃありません!」
嘘です。ですが、つい言い張ってしまいました。
「ええっ!?いつの間に・・・僕のクラリスがもう、そんなことに・・・。」
叔父様が、わたしの年を間違えることはありません。
ですから、わたしの強がりを別な意味で勘違いしたようです。
当時のわたしは、そこまでは気づきませんでしたが、ただ叔父様が意気消沈したのをいいことに、そのまま連れまわすことにしました。
ええ、その後は、わたしが叔父様を連れまわしたのです。
わたしの行きたいところに。
だから、叔父様がようやく目的を思い出した時には、すっかり疲れ切っていました。
「もう脱水症状だよ・・・足が痛いし、お金も随分使っちゃった。」
クレープやケーキの食べ歩きに、わたしの服まで買わせたのですから、当然です。
「それでは、もう奴隷は買えませんね。帰りましょう、叔父様。」
わたしは叔父様の腕をとって、帰宅を促しました。計画通りです。ですが
「いや、大丈夫。使ったのは僕のお金だから。」
おじいちゃんから預かったお金には手をつけていない・・・ひきこもりのくせに、なんでこんなにお金を持っているのでしょう?
しかたなくわたしは「教育上よくない」と叔父様が言いはる場所に行くことにしました。
実を言えば、わたしも不安であったのですが、わたしたちが向かったのは、エクサスの奴隷市場でも合法的で安全な場所、だそうです。
なのですが・・・
「叔父様・・・。」
周りの様子がおかしいので、つい叔父様に身を寄せてしまいます。
かあさんには年頃だからそんなことしてはいけない、と口酸っぱく言われているのですが。
「うん。迷ったかなぁ?どうしよう、クラリス~?」
薄汚い路地。ゴミが多く落ちた道端。
行き交う人たちも、衣服がみすぼらしく、表情もどこか荒んでいるようです。
そんな周囲からわたしを守るかのように、叔父様の腕がわたしを包みます。不思議な安心感とともに。
少し考えれば、叔父様は魔法が使えないどころか、運動神経も乏しく、まして体力すらないひきこもりです。
さらに言えば、非暴力主義で「生まれ変わる前からケンカなんてしたことない」と自慢する人です。
ですが、叔父様は、いつだって、あの邪赤竜襲撃の時だって、わたしを守り抜いたのです。
だから、わたしが感じるのは絶対の安心。だからこそ、叔父様を叱咤します。
「迷った・・・もう仕方ありませんね。叔父様は。」
ちょっと強くしがみついて、そして、微笑んだのです。
「とりあえず、もと来た道を戻りましょう。」
ですが、ふと、叔父様の表情が変わります。
わたしですら、めったに見ない、険しい表情。
叔父様の視線を負うと、その先には・・・。
大きな男二人が、引きずるように運ぶのは動かない、わたしよりうんと小柄な、ボロボロの布切れをまとった少女・・・ただ、その頭とお尻には。
「あの犬耳と尻尾・・・半獣人だね・・・狼獣人の。」
獣人!それは100年ほど前から、この世界を侵略するためにやってきた、異世界の亜人の一種!
彼らは人族の女性を襲って・・・子どもを作らせます。
同じ亜人でもオーク族やゴブリン族では生まれる子はみんな同種・・・つまり亜人になるのですが、獣人族の場合は、ハーフ種・・・人族と獣人族の混血・・・が生まれます。
わたしたち人族の女性は、12歳になると「もしも」の場合に、汚らわしい亜人の子など産まないよう、自決するよう教えられ、懐剣を持たされます。
ですから、あのような半獣人が生まれることはないと、その時のわたしは思っていました。
「・・・あれ、奴隷ですか?」
「半獣人の子どもは珍しいから、人族では奴隷として売買されることもある。」
「そんな。母親は・・・産む前に自害しなかったのですね。」
嫌悪のあまり、そう呟いたわたしに、叔父様はこう言ったのです。
「クラリス。よく聞いて・・・母親にも、生まれる命にも罪はない。オークやゴブリンならまだしも、あの子は人の仲間だ。人の世でも生きていけた・・・オークやゴブリンだってあの醜い外見と、何より人と敵対する本能がなければ・・・。」
「叔父様!そんな、汚らわしいこと!」
わたしは、叔父様の腕を振り払って叫びました。
この時のわたしは、叔父様の妄言を許せなかったのです。
叔父様の言うことは、時々、わたしたちの常識からかけ離れています。
中には叔父様の言うことが正しい、と思えることもあるのですが、これは許せませんでした。
人の尊厳を侵していると思いました。人族の誇り、女の矜持、犠牲者への鎮魂、侵略者への憎しみ・・・それらを侮辱していると感じたのです。
そのわたしの声を聞いたのか、それまでまったく動かず、ただの荷物のように運ばれていた少女が顔を上げました。
そして、ほんの一瞬、わたしと、そして叔父様を見つめて、すぐに力を失い、うなだれました。
「ほ~、まだ生きていたか。」
「どうせ、もう処分されるだけだ。死んでた方が楽なのにな。」
そして、運んでいた男たちが、わたしたちの前を通り過ぎようとする時
「きみたち・・・それは処分する奴隷なのかい・・・よかったら、僕が買うよ。」
叔父様はそう、言ったのです。
その後、叔父様はわたしの言うことに耳を全く傾けませんでした。
初めてのことです。男たちは、わたしとその半獣人を見比べてイヤな笑いをしています。
「いやいや、僕にはそんな特殊な趣味はないんだけど・・・ちぇ、聞いちゃいない。」
そう言いながらも叔父様は、そんな男たちと交渉して、その奴隷の半獣人の少女を買いました。
奴隷を買うお金は、叔父様自身のお金で足りたので、預かっていたお金はおじいちゃんにきちんと返したそうですが。
結局、家族の好意?も、叔父様の奇行のために破綻しました。
散々家の者に言われて、いやいや奴隷市場に行った叔父様が連れ帰ったのは、瀕死の少女。
しかも、異世界からの侵略者の一族である獣人族が、人族に産ませた半獣人・・・。
その後、聞いた話によれば、その少女は魔力奴隷として、ある魔術師のもとにいました。
魔力奴隷とは、毎日その魔力を提供しなければならない奴隷です。
マジックアイテム・・・呪符物やスクロールなど・・・作成のために、毎日限界ギリギリまで魔力を奪われます。
魔力が不足すると、人は頭痛に見舞われ、魔力欠乏症となり、意識を失い、それでも減少すると最後には死にます。
その魔術師は、毎日生存するかどうかのギリギリまで魔力を奪いつづけました。
ついにはその奴隷は慢性的な魔力欠乏症になり・・・休んでも魔力が回復しない状態・・・意識不明になり、処分されることになりました。
だれがどう見ても死ぬであろう、しかも忌み嫌われる半獣人の子ども。
それを買いとった叔父様は、みずから奴隷の世話を始めました。
叔父様が、実は身の回りのことをやろうとすればできる人、しかも料理すらできる人、というのをわたしはこの時初めて知りました。
腹の立つことに、奴隷のために叔父様がつくった麦粥は、かあさんがつくるものより美味でした。
そして、奇跡的に回復し、見違えるように元気になった少女は、叔父様によって「メルセデス」と名づけられ、メルを呼ばれました。
当時はまだ、8歳でした。
「メルの感謝も忠誠も、身も心も魂も、全てご主人様のものです。」
メルはそう誓い、叔父様に仕える奴隷となりました。もっとも叔父様は
「奴隷なんて、僕はそんな悪趣味じゃない!それに人に貴賤はない!・・・だけどメイドさんになってくれたら、また僕の夢が一つかなうから、うれしいよ。」
という、これまた意味不明なことを口走る人なので、奴隷と言うよりは侍女、という扱いです。
メルは、わたしから見ても愛らしく育ち、今では、もう12歳になります。
メルが献身的に働くので、叔父様は身の周りのことを何もしないひきこもりに戻りました。
また、メルは叔父様に言いつけられて、祖父母や父母にも礼儀正しく接し、最初は半獣人を気味悪がっていたわたしの家族たちも、1年もしないうちにすっかりほだされました。
メルの読み書きや立ち居振る舞いは、全て叔父様が教育なさいました。
どうして自分ができていない礼儀などを奴隷に教えて、実践させるのかは相変わらず意味不明です。
メルに家事を教えたのはおばあちゃんです。
最近では孫娘が一人増えたみたいとうれしそうです。でも、これも叔父様の策略です。
自分ができない親孝行まで奴隷にさせるという、姑息な策略。
しかし、何よりメルは、叔父様にとって不可欠な存在なのです。
自ら魔法を使えない叔父様は、もともと魔力奴隷だったメルの高い魔力を見込んで、一から魔法を教えたのです。
「メル・・・僕と契約して、魔法少女になってよ!」
はてな、です。今さらメルと契約?
必要も意味もないし、メルが叔父様のいいつけに逆らうはずはありません。
ですが、なにかそういう「お約束」なのだそうです。
「はい。ご主人様。メルは魔法少女になるのです!ご主人様のためならなんだってできるのです。メルの身も心も全てはご主人様のモノなのですから。」
そんな頭の痛いやり取りで始まったメルの修行でしたが、彼女は並大抵でない努力で魔法を身につけたのです。
ですから叔父様の魔法研究には、もはやメルの魔法による実践が欠かせないのです。




