第9章 その5 シーサスの戦い
その5 シーサスの戦い
「クラリス~!」
まるで妹のようにレンが抱きついてきます。
さっき帰還した時はわたしが急いでいて、すぐに離れたせいか、寂しかったようです。
最近ではすっかり甘えたがりで・・・叔父様にひっつくメルを連想するくらいです。
いえ、メルなんかと違ってレンは人見知りですが裏表はないのです。
「レン・・・本当にもう大丈夫なんですか?」
「・・・うん、スフロユル教官も、もういいよって。」
今朝までとは見違えるように顔色もいいのです。
「リトも!足はちゃんと治療してもらったのですか?」
リトは気まずそうです。さっき足のケガがばれてわたしを一人で先行させたのが、失態だと自分を責めているのです。
それで、わたしがしばらく行方不明だったことを自分のせいのように思って。
それでも顔を上げてしっかりと答えました。
「うん。平気。もうクラリス一人にさせないから!」
元気なリトが一緒だとわたしも心強いのです。
「では、デニー、リル。準備はいいですか!」
「はい、班長閣下!」
そこのメガネのせいで、その変な呼称が広まって・・・ムカッ、です。なので、
「そこ、閣下は禁止!」
そう言ったのですが
「は~い、クラリス班長閣下!」
「ですから、禁止です!」
リルまで・・・本当にやめて!
「とにかく、久しぶりに2班全員での偵察任務です。重要な仕事ですから油断しないでね。」
「了解!」
わたしたちは中隊長さんとセレーシェル学園長から許可をいただき、随行小隊とともにシーサズ軍港へと急行することになりました。
小隊長さんも魔法分隊の伍長さんも驚いていましたが、大人です。
不平を言わずに了解してくださいました。軍と言うものが、そういうもの・・・と言われればそれまでですが、女子生徒がどうのこうのという声が少なからず聞こえる中、あっさりと受け入れられたのはやはりうれしいのです。
「いろいろあるが、うちの中隊がまだほとんど被害がないのは、幸運だ。」
「そう小隊長は言いますが、露骨に言えば、閣下のおかげです。うちの親衛隊長もそう言っていますし。」
・・・親衛隊っていつから公認されたんですか!
っていうか本当にあったんですか!
ちなみに隊長はヘライフだそうです・・・悪夢です。なにより閣下はヤメテ!
「・・・それで、二人ともどういうつもりですか!」
「どういうって友達じゃない!」
「そうです。ここまで来たら、一蓮托生ですわ!」
・・・頭が痛いです。エミルとシャルノまで2班に同行を願い出、許可されたのです。
いえ、厳密に言えば、わたしが望めば見逃す、ということです。
いいのでしょうか、そこまでしていただいて。
二人が来てくれることはうれしいし心強いのです。ですが、軍組織の建前上・・・。
「逆だよ、お嬢さん。本来ならキミの班 の方が力不足で、生徒を出すなら優秀な生徒を選抜した方がいい。その場合、その二人は間違いなく該当する。学園長はそうおっしゃっている。」
2班は力不足・・・確かに個々の実力では魔術士としての評価が低い子もいますし、行軍では足手まといでした。
それでもわたしはこの班の力は捨てたものではない、と自負しています。
何より、あのイスオルン主任の実習で最高の評価すら受けたことがあるのですから。
それにエミルとシャルノが加われば、まさに最高の7人だと思うのです。
「了解いたしました。では、2班はエミル、シャルノの2名をくわえ、以後、特別編成班として行動します!」
こうして、わたしたち特別編成班は特務小隊の随行を得て、シーサズ軍港近郊へ偵察任務に赴いたのです。
とは言え、本隊の特務中隊と学園一行も近くの「蒼の森」に潜伏することになっていますが。
「班長閣下、救援と言う情報だが・・・」
「閣下は止めてください!小隊長殿!」
もう・・・いい加減にしてください!真っ赤になって怒ってしまいました。
考えようによってはこれも随分失礼なんでしょうけど。
「ああ、すまない。フェルノウル班長。」
今度は小隊長に謝罪させてしまいました・・・もうどうすればいいですか?
泣きそうなわたしを見かねて、伍長さんが
「小隊長、あまりからからかわんでください。この子、泣きそうですよ?」
「・・・もともと『閣下』よばわりはお前が先だろうに・・・。ああ。班長、泣かないでくれ、頼むから。」
頼まれてしまいました・・・わたしはなんとか気持ちを落ち着けます。
「こちらこそ申し訳ありません。小隊長殿。戦場で感情的になって・・・本当にすみません!」
「いやいや、こっちもかわいい女の子の相手が楽しくてついからかってしまった。しかし『閣下』は意外に評判いいんだよ。」
いいんですか!?いえ、そう言う問題ではないのです。
「救援はすでにいる?それはどういうことなのでしょうか?小隊長殿?」
「考えようなんだがね。本来は、シーサズにはせいぜい一個中隊しか常駐していない。ナブロだって一個連隊・・・二個大隊編成だが・・・しかいないはずだった。」
「そうなんです。例年なら、ね。」
例年・・・今年は例年ではない?
「そうさ。お嬢ちゃんたちのおかげさ。」
「あ?それは今年本校の実習が新たに始まったから・・・」
「そうなんです。例年ならエスターセル魔法学院の実習が終わって、この辺りはガラガラになっていたはずなんです。ですが今年は女子魔法学園の実習があったため配備期間が延長されました。」
「結果としてナブロには我々が所属する特務大隊がいたままだったし、シーサスには一個大隊がまだ配備されたまま。足せばざっと2000以上だ。」
お二人のおっしゃりたいことがわかりました。
「今年、例年よりも長くこの地域に実習のための部隊が居続けている。それは敵からすれば予想外の『敵』がいることなんですね。」
「そうなんです。それは敵にすれば救援が来ている、というようにもとれます。」
敵が例年通りの部隊配置を予想して、本来手薄なこの時期のこの地域に軍を派遣したのなら、実に幸運な偶然だった、ということになります。
「だから、あんたの予言かなんかかは知らないが、それは既に実現している、とも言える。」
「では・・・これ以上の救援は来ない、と?」
「それはお嬢ちゃんの情報がどういう種類なのかによって分かれるところだ。」
わたしの情報ですか。あれは予言なのでしょうか?
ですが、今の小隊長さんと伍長さんのお話で、もう救援が来ている、と言われればそういう気もします・・・レンにちゃんと聞いてみましょう。
いずれにしても、軍港が守られれば、問題ないわけですし、そうすればわたしたちも中隊のみなさんも助かります。
いえ、軍港が無事なら、どんどんと援軍も救援物資も入ってくるので、南方戦線の今の苦境も改善されると思われます。
そうなってほしいのです。そして、それを見届けるための偵察なのです。
道中、何度か危険な動物や魔獣にも遭遇しましたが、リトやデニーがいち早く発見しました。
本来ならば敵対せず迂回したいのですが、急ぐ身としては、後続の本隊のことも考え、追い散らすことになります。
ですがわたしたち特別編成小隊7人は慌てず、的確に対処出来ました。
シャルノやエミルの攻撃呪文はとても役立ちました。
随行小隊の援護を受けるまでもなく、全員ケガひとつせず、進みます。
わたしたちはギリギリまで「蒼の森」の中を行軍し、ついに森から離れます。
敵から発見されやすくなるわけですが、「遠視」という視力増強の下級術式を使う者を中心にして進みます。
幸い、一般的にも日中の視力は人族の方が優れていますし、この混成部隊には二名も「遠視」を使える魔術士がいます・・・。
「ねえねえ、デニー?そのメガネ・・・意味あるの?」
「何をいうんです、リル。このメガネがあってこその「遠視」なんです!」
・・・視力が弱いからメガネをしていると思っていましたが、そのデニーが「遠視」?
意味があるような、ないような・・・リルならずとも疑問に思うところです。
「んじゃ、『魔力供与』ね。」
秋休暇中に、リルは「魔力」を他人に供給する術式を暗唱できるようになっていました。
暗記が苦手の彼女は、自身で身につけた術式の数は多くはありませんが、魔力が高く、その魔力を仲間に供与するというのはとても助かります。
「普通は自分の力になる術式を身につける者ばかりなのに・・・リルはみんなのためになることを考えたんですね。えらいわ!」
「そんなことないよ。あたいは、自分じゃ何やればいいかわかんないんだから、代わりにみんながあたいの魔力を使ってくれればって、そんだけだよ。」
思わずリルの頭をナデナデします。
叔父様がメルの髪を撫でるのはこんな気持ちなのでしょうか?・・・失敗です、なにかイヤな気持ちになってしまいました。
「班長閣下!」
「・・・閣下ぁ~?それ、誰のことですか?デニー、いい加減それやめないと・・・。」
思いっきりにらんであげます。
「すみません・・・クラリス班長。ええと・・・敵を見つけました。こちらは気づかれていません。」
小隊も同じように敵を見つけたようです。小隊長さんの指示でわたしたちは伏せます。
そしてもう少し向こうの草むらまで匍匐前進です。
「小隊長殿。わたしには『偽装迷彩』『俊足』が呪符されたアイテムがあります。単独でも安全に接近できるのですが。」
「却下だ。偵察はここで十分だ。無用に危険を冒す必要はない。」
「・・・了解しました。」
仕方ありません。もっともなご意見ですし。
そこに伍長さんがやってきます。
「小隊長!味方の隊が野外に展開しています・・・これは野戦です!」
ええっ?
それは味方が少数なので不利なのでは!?
シーサズ軍港は先ほどのお話のように、平時では一個中隊程度の治安維持を任務にした部隊しか駐屯していません。
現在、幸運にも一個大隊が赴任していたのですが、ではその一個大隊を収容する防御設備があるか、というとないということです。
加えて軍港のすぐ近くで戦闘になった場合、軍港の設備・・・港湾や倉庫・・・に被害がでる可能性が高く
「おそらくあの部隊は、その被害を嫌って討って出た・・・防衛戦ではなく迎撃戦を選択したのだと思われます。」
デニーがそうわたしに話した声は意外に大きく、小隊長さんや伍長さんにまで聞こえてしまいます。
わたしは学生がもっともらしく戦況分析をしていることで、お二人のご機嫌を損ねていないか、少し不安になりましたが
「・・・いい分析だな。ありそうだ。」
「遺憾ながら否定できませんな。」
意外にも賛同されました。ホッ、です。
「しかしクラリス・・・不利な戦いに変わりはないのですよ。御覧なさい。」
シャルノが指さすのは、敵の陣営です。
「前衛・・・主力はオークの歩兵・・・約2000体。」
おそらく以前わたしたちが遭遇した部隊でしょう。槍と盾を構えた歩兵が主力。味方大隊の約2倍ですが、これだけなら訓練された人族歩兵ならなんとかなったでしょう。
「ですが、問題は他種族の複合兵団、と言うことなのです。」
シャルノも気づいています。
「はい、後方からトロウル投擲兵の巨石が投じられ、左翼に布陣したゴブリンライダーが迂回攻撃をする・・・。」
「15年前の・・・」
「ミレイル・トロウル戦役で当時の人族が一蹴された・・・あの再現です。」
小隊長さんと伍長さんが怪訝なお顔をします。
一方、リトやデニーはその戦役の話を知っているので
「危険。」
「フェルノウル教官殿がお話してくださった・・・アレですか!」
と声を上げ、エミルはそこでようやく思いだして
「それって、めっちゃやばくない?」
という反応です。
「キミたち・・・何か知っているのかな?まあ、味方が不利なことは兵力差でわかるが、友軍も充分に訓練している。あの程度の騎兵や投擲兵の支援なンぞ、恐れるにたらんよ。」
小隊長さんは、そう笑って私たちを安心させようとします。しかし
「少尉殿、小官は以前、中隊長殿の部下だった時期がありまして・・・あれは厄介な敵のようです。」
伍長さんは、そう青い顔でつぶやきます。
ゴブリンライダーはおそらく300騎程度、トロウル投擲兵にいたっては100体程度。
しかし、現実には、その100体のトロウルが放つ巨石が頭上から降ってくる時、味方の大楯も役に立たず、さらには中にはわざと砕けやすい岩が混じっていて、それが飛び散った時脆弱な味方の弓兵は無力化されます。
その中でゴブリンライダーが、味方の無防備な側背を蹂躙するのです。
その攻撃は、平地で組んだ味方の横陣では対処できないでしょう。
これが他種族による複合兵団戦術です。叔父様が資料を通してご教示くださったものです。
しかし・・今、それを知ったところで何ができるでしょうか?
危険だから、負けるから逃げろ、とあの部隊に知らせればいいのですしょうか?
・・・もう一度、あの術式を使って敵を混乱させ、そのスキに撤退してもらって・・・。
「おっと、そこの生徒たち。班長さんを拘束しろ!」
「了解!」
「ええ!?」
「わかりました!」
リト、エミル、シャルノが、わたしが動けないように肩や腕をつかみます。
少し遅れてデニーまで?
「いけません!班長閣下!また一人で飛び出そうとしましたね!ですが今度は危険すぎます!お止めします!」
・・・わたしを何だと思っているんでしょう。
ですが・・・確かにそう考えていたことは事実です。
「小隊長殿!このままでは味方は大敗します・・・大勢死ぬんです。今なら間に合うかもしれないんです!」
そう叫びましたが
「クラリス班長・・・声大きいよ?危ないよ?」
リルまで。わたしの前に出て、心配そうにそう言うのです。
「班長。あの部隊は俺達と違う。キミのことは知らないし、敵の危険性もわからない。そんな中、見も知らない女の子がやってきて、このままじゃ負けるから逃げろ・・・そう言われてもな。」
「そうなんです。かえって混乱するだけです。それにもう開戦します。・・・間に合うもんですか。」
お二人の話すことは道理です。
みんながわたしを止めるのもうれしいのです。
ですが、このままでは・・・。
「クラリス・・・大丈夫。助けが来るから。」
そんな中、レンが、そうつぶやいたのです。
レンの緑があった金髪は、今日の光を映してか、本当の黄金に輝いているように見えました。
そして、その瞳は蒼い輝きを発しているような・・・。
わたしは、いえ、その場にいた全員が、いつもと違うレンの姿に・・・神秘的な存在となったレンの存在感に目を奪われたのです。
向かい合った二つの軍勢。ともに布陣は終わり、戦いが始まるのを待っています。
残念ながら今さら、味方の救援が来るようには見えません。
そして、始まりました。
トロウルたちがスリングで巨石を投じ始めたのです。
味方の弓兵は長弓です。
装甲をまとった敵に対しての充分な有効射程は50m程度とされていますが、革ヨロイが中心のオーク兵であれば、100m、いえ、200m程度でも有効な攻撃になるかもしれません。
しかし・・・その射程距離の外から、しかも頭上から大きな岩が降り注ぎます。
その一部は大楯に命中しこれを粉砕します。
また一部は人族の兵に当たります。
幸いなことに、この距離からは詳細な様子は見えません。
しかし「遠視」で見ていたデニーが胃の中身を吐き出します。
「デニー・・・しばらく見るのは止めなさい!」
プン、と周囲に胃酸の臭いが漂います。
それでも兵隊さんは平気ですし、わたしたちも顔色は悪いながらも耐えました。
彼女は仲間が死に、傷つくところを直視しているのです。
「いいえ・・見届けます。戦況をちゃんと見ないと・・・真実を見極めないと『戦場の名探偵』なんて名乗れません!」
白い顔のままですが、デニーはリルの「魔力供与」を受けながら偵察と報告を続けました。
多くの味方が頭上からの岩と、それが飛び散らせる破片によって傷ついていきます。
今の距離では一方的にたたかれるだけ。
しかし隊列を動かして接近しようとすれば、それに乗じてゴブリンライダーが襲い掛かるのでしょう。
いえ、これ以上味方が乱れれば、すぐにでも。
しかし、味方は動きません。
「岩を討ち尽くすまで耐える・・・そういうことだな。」
「・・・持ちこたえられれば、打つ手がある、ということでしょうか。」
小隊長さんと伍長さんも険しい顔です。
「敵、前衛、動きました!」
小隊の偵察兵の「遠視」は魔力が尽きたのか、デニーだけが報告を続けます。
デニーに遅れてわたしたちもオーク兵の前進に気づきます。
「味方は槍兵が戦線を修復しています。」
岩の投擲で損害を受けた者を下がらせ、軽傷以下の元気な兵で守りを固めた、と言うことです。
それに続いて、大楯も乱れた陣を立て直そうとしているのでしょう。大きく動きます。
その様子はここからでもはっきりと見えした。そこに・・・デニーの声です。
「ですが、味方が立て直す前に・・・敵左翼のゴブリンライダーが味方右翼に向かいます!味方弓兵は・・・散発的な射撃しかできません!」
これは、完全に敵の狙い通りなのでしょう・・・。
味方の犠牲者の数を想像してわたしは暗澹としてしまいます。
拳を握り、そして左手の指輪を見ます。
「クラリス・・・。」
うつむいたわたしにリトが声をかけてくれます。
ですが、わたしは唇をかむしかできないのです。
「大丈夫、クラリス。来たよ。」




