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第9章 その4 ミライ

その4 ミライ


 わたしの感覚は、リトには及ばないものの充分鋭敏です。


 魔術の勉強は怠っていませんがデニーのようなメガネに頼ることもありませんし、耳も鼻も偵察任務に充分なくらい優れていると思っていました。

 

 しかし、そのわたしがまったく気配を感じず、気が付くと4つの大きな影に囲まれていました。


 4つの影は、トロウルを連想させました。


 ただ、赤黒いトロウルと異なり、薄い青です。先ほど見た・・・見たくもありませんでしたが・・・トロウルの一団と比べると、やや小柄でほっそりしています。


 しかし全体の印象はやはりトロウルなのです・・・。


 わたしを取り囲んだ青い亜人たちは、穏やかにわたしの反応を見守っているように感じます。


「人族に敵対する亜人は、赤で塗りつぶされたような目をしている。」


 イスオルン主任や叔父様が体験の中で話しておられました。


 先ほどのゴブリンライダーもオーク族もトロウルも、確かに赤い目をしていました。


 では、この4体の目は・・・わたしは恐る恐る正面からわたしを見下ろしている1体の目を見上げるのです。


 その瞳は、体の表面の色によく似た、青灰色・・・。


 では、この4体は、わたしの敵ではないのでしょうか?前の一体と視線が合います。


 その亜人は静かな表情のままに思えたのです。


 どうせ囲まれ逃げられそうにない私です。


 ローブの下に隠したワンドとショートソードをしまいます。


 一度だけ、左手を顔の前にあげて、中指につけた指輪を見ます。


 指輪の台座に取り付けられた碧玉には、不安そうな私自身の顔が映っています。


 こんなことではいけません。


 指輪をくださった叔父様のことを、再び思い浮かべ、碧玉に口づけします。


 ごめんなさい、叔父様。でも、かならず戻ります。


 ごめんなさい、みんな。少し遅れるけど、心配しないで。


 そして、わたしは意を決して、彼らが進む方向に、一緒に進むことにしたのです。




 ここは「蒼の森」の一角。


 学園のみんなや護衛中隊のみなさんと別行動していたわたしは、敵を混乱させた後、指輪に呪符された「偽造迷彩」の術式を頼りに単身迂回ルートで「蒼の森」にたどり着きました。


 そして、仲間たちとの合流地点を目指そうとしたところで、謎の青く大きな亜人に囲まれ、どうやら拉致されたらしいのです。


 ただ、「誘拐」や「拉致」というには、無理強いはされていますが、無理やりではないというか、暴力的なことはされていないのです・・・今のところは。




 亜熱帯の森林は、豊かな自然そのものです。


 食べられそうな果実をつけた木も見かけます。


 もし自由になれたら、さっそく食べてみたいのです。


 そろそろ空腹を感じているわたしですから。


 果実を見かけ、通り過ぎる度にうらめしい視線で見送ってしまう、そんなことが何度も何度も繰り返され、いい加減、亜人に声をかけて許可をいただこうかな、と考え始めていました。


 それくらい、4体の青い亜人は敵意を感じさせず、穏やかに歩き続けていたのです。


 彼らの間ですら言葉を交わすことはなく、ひたすら無言。


 巨体が時々踏む、小枝の折れる音が響くだけです。


 そんな静けさの中、どれだけ歩いたでしょうか。森の奥に岩山が見えます。


 そして、その麓に着くと、そこには洞穴があり、亜人たちはわたしを伴って、その中に入っていくのです。



 暗い洞窟の中、わたしはどうしても不安になりますし、そもそも前が見えません。


 この亜人たちは平気の様ですが。「光」の術式でも唱えたいのです。我慢しますけど。


 そんなわたしを見かねたのか、正面のトロウルがわたしの前にひざまづきわたしの様子を伺います。


 薄暗い中ですけど、その目は何かを伝えたいように思えます。


「・・・あなたはわたしを手助けしたい・・・そうおもっているのでしょう?」


 伝わったかどうか、それでも青い亜人がうなずいた、そう見えました。


 わたしもうなずき返します。するとその亜人は大きな左手をわたしの前に差し出すのです。


「お願いします。」


 わたしは後ろを向き、その左掌にお尻を乗せ座ることにします。


 亜人は左手を持ち上げ、わたしを乗せたまま、前に進み始めました。


 進むにつれて、だんだん暗くなっていきます。


 掌は一歩進むごとに上下に揺れますが、前が見えないせいか、ちょっとだけ怖い気もします。


 それでも、わたしを手に乗せたままなのに、亜人は歩みを遅らせることもなく、平然と進み、そして、わたしはある場所で静かに降ろされました。


「・・・ありがとう。」


 拉致されてお礼を言うのも変な気もしますが、拉致・誘拐歴3回目のわたしにすればそれほど無礼なことをされていないので、そんな余裕があったのでしょう。


 降ろされた場所は、洞窟の壁からうっすらと青い光に照らされています。


 おそらく光るコケのようなものが発生しているのでしょう。人為的なのでしょうか?

 

 わたしを連れて来た4体の亜人は、いつの間にか音もなくこの場を去っていました。


 気づいたわたしは、あらためてこの場を見回します。


 そしてようやく気が付きます。


「奥にいる方・・・わたしに何のご用なのですか?」




 奥まった洞窟の一角。そこにはかすかな青い光に照らされた、何者かがいました。


 そこに意識を向けたわたしですが、薄暗い中に大きな影がうずくまっている、としか分かりません。


(できれば・・・こちらを見ないでください。私の姿は人の子には醜く見えるのです。)


「どなたですか!?」


 今、声が・・・いえ、わたしの頭の中に思念が響きました。


 魔術によるものと比べると、もっと直接的な感じです。


(かつて私を救ってくださった方がいました。今、会いたいと思う方。そのお方は、あなたがさっき救いを求めた方と同じ人族です。)


「え・・・と・・・ええ?」


 すみません。話がよく分かりません。


(今朝、あの方の夢を見ました。おそらくあなたの夢に同調してしまったのでしょう・・・あなたの近くに夢見の一族の末裔がいたことも影響したのかと思われますけど。)


 レン?レンがそういう一族、ということは教えてもらっていました。


 ですが・・・今朝、わたしが見た夢?そして、救いを求めた方・・・それは叔父様です。


 あんな恥ずかしい夢を見られた!そういう結論に達するといきなり恥ずかしくなります。


(すみません。あまり強烈な感情をぶつけないでください・・・私はそういうのには慣れていなくて・・・ずっと子どもたち以外の方とはお話ししていなかったので・・・)


 苦しそうな思念が伝わり、わたしはあわてて心を落ち着かそうとします。


 しばらくすると、わたしも、相手の思念も落ち着いてきました。


「あの・・・わたしを連れて来てくれたのは、あなたの子どもなのですか?」


(ええ。私のかわいい子どもたちです。私は子どもを産み育てることしかできませんが、子どもたちは私の願うことを全て行ってくれる・・・とてもいい子たちです・・・もっとも私の願いは、今はまだささやかなものですけど。)


「願い・・・願いとは何なのですか?」


 聞きたいことはたくさんあります。ですが、この方との会話は思念を通すもの。


 そのせいなのか、流れに沿って聞かないと答えにくいようです。ですから、今の流れで、そう聞きます。


(15年前、私の命を救った人族の男。今にも自ら死んでしまいそうだったあの人が、今、元気で生きている・・・会いたいのです。お礼を言いたいのです。)


「それは・・・わたしの叔父様なのですね!」


(あなたの・・・おじ?血縁者?それに・・・あなたの思念には複雑な感情がねじれていて、正確には伝わってきませんが・・・アンティノウス・フェルノウルという人族です。)


 叔父様です!15年前の叔父様が、この方を・・・救った?


 ですが・・・ですが、わたしと話しているこの方は・・・


(そうです。わたしはミレイル・・・女王種のトロウル。あの方に「ミライ」と名付けていただいた存在です。)


 トロウル。人族の敵!おぞましい侵略者!多くの人を襲い、食い殺した赤い巨体・・・。


(・・・あなたがトロウルを、亜人を憎むのはわかります・・・でも、お願いです。心を鎮めてください・・・強い憎しみを向けられると・・・私も・・・憎しみに染まってしまう・・・苦しい・・・)

 

 ミレイル・・・女王種のトロウルは、子どもを産み支配する存在。


 強力なミレイル種の出現は人族にとって死活問題なのです。


 15年前のミレイル・トロウル戦役は多くの被害をもたらし、叔父様の人生を左右しました。


 しかも、今もまた、あの時同様にトロウル、オーク、ゴブリンが連合して人族に戦いを挑んでいます。


 おそらくミレイル種が出現した、とは思っていたのです。では!


「あなたが、今、亜人を率いてわたしたちと戦っているのですか!?」


(・・・違います・・・私にはそんな力はありません・・・私は15年前に同族に淘汰されるべきだった、か弱い存在・・・)


 ミライ、と名乗った者は苦しそうにわたしの問いに答えます。


 わたしの感情が強すぎて、彼女には苦痛に感じるようです。


(・・・当時のトロウルの巣で、アンティノウスが、私を見逃してくれました。あのままならば、同族に淘汰されたか或いは人族に殺されたか・・・ですがアンティノウスは私の青い目がとてもキレイだ、と。だから人族の敵にならずに、仲間とも離れて静かに暮してほしい、と・・・)


 かちん、です。あの人はトロウルにまで、そんなことを言うのですか!


 しかも「青い目がキレイ」なんて・・・わたしだって言われたことがありません!


 わたしの目だって青いのに!


 ですが、ミライがあまりに苦しそうので、わたしはまた自分の感情を鎮めることにしました・・・もう!です。


 いえ、静かにします。


(・・・ありがとう。鎮まってくれて・・・アンティノウスの・・・?)


「姪です。ただの血縁者です!・・・わたしはクラリス・フェルノウルと言います。」


 なんだか、今、ミライから笑われた気がしました。


 でも、不愉快な笑いではありません。


(クラリス・・・すてきな・・・響きですね。)


「ありがとう。叔父様が名付けてくださいました。」


(では、私たちはともにアンティノウスから名をいただいたのですね。)


 そういうことになるのでしょう。不思議な因縁です。


 一瞬メルの顔が浮かびましたが、さっさと打ち消しました。




 わたしと「ミライ」が出会い、話したことは、ただの偶然かもしれません。


 ですが、それでもこの出会いが大きな意味をもたらしてほしい、わたしたちはそう願って、たくさんお話しました。


(なぜわたしたちはこの世界に呼ばれたのでしょうか?・・・この世界には、なぜアンティノウスのように転生したり転移したりする人族がいるのでしょうか?・・・わたしたち亜人と、転移した人族、何が違い、なぜ戦うのでしょうか?・・・15年前、アンティノウスが抱いた疑問を、今、ようやくわたしも抱くようになりました・・・今ならアンティノウスの苦悩が、疑問がわずかなりともわかる気がするのです。)


 わたしには何一つ答えられない、いえ、抱こうとすらしていなかった疑問。


 ミライは叔父様と語りたい、そう言うのです。

 

 わたしは、叔父様にミライの願いと伝える、そう約束しました。 


 そしてわたしたちは別れました。再会を誓って。



 

 ミライの子どもたち・・・青トロウルと呼ぶことにします。


 先ほどわたしを運んでくれた一体が、再びわたしを連れて、森に戻ってくれます。


 わたしはそのまま青トロウルの案内に従って歩いていくのです。


 そして、一時間もせず、遭遇しました。茂みの向こうに仲間!ところが


「・・・クラリス!?今助けるから!!」


 切迫した声です。あ、いけません!


「エミル・・・あ、違うの。この子は敵じゃないの!」


「何を言っているのです!青いけれど、トロウルなのでしょう!?」


 細剣レイピアを抜くシャルノ。果敢に飛び出そうとしています。


「敵じゃないの、シャルノ・・・武器をしまって・・・キミ、ここまででいいから。」


 わたしを探していた友達・・・エミルにシャルノ、リル・・・3人が敵意を向けたままです。


 仕方ありません。まだ一人、いえ、二人の人族と、ほんの一部のトロウル族がお互いを知っているだけ。


 それ以外の者にとっては、未だ亜人の全ては人族の敵なのです。


「ここまでありがとう・・・お母さんによろしくね!」


 青トロウルは、あの穏やかな青灰色の目でわたしを見下ろし、そして、急いでその場から離れます。


 エミル?


「やめて!」


 おそらく「魔力矢」の簡易詠唱をしようとスタッフを振り上げたエミルです。


 わたしはその前に手を広げて立ちふさがります。


「どうしたの、クラリス!」


「話しても・・・信じてもらえない。でも、あの子は敵じゃないの。敵じゃないトロウルもいるの!」

 

 必死に叫ぶわたしです。


 エミルはスタッフを振り上げたままで固まって、シャルノは口をパクパクさせ・・・でも声は出ません。


「ねえ、クラリス班長がそう言うんだから、それでいいじゃん!班長お帰り~!」


 そんな中、リルはそういってわたしに抱きついてきました。動じない子です。


「ええ。ありがとう、リル・・・ただいま、です。」


 なんだか、複雑な形になりましたが、わたしは無事仲間と合流できたのです。


 ただ、エミル、シャルノ、リルには、今の一件はまだみんなには黙っていて欲しいとお願いしました。

 

 エミルもですが、特にシャルノはなかなか納得してくれませんでした。


 それでも道中わたしが話したことは理解してくれて「とりあえず黙っています」と約束してくれます。


 リルは最初から「いいよ」ですみました。


 とても素直ないい子ですが、素直過ぎて悪い大人に騙されないか心配です。


 本来ならば、みんなにも「ミライ」のことを伝えて、わかってもらいたい。そう思います。


 ですが、今、ミレイル種の出現が疑われる状況で・・・疑っているのはわたしとシャルノだけ、という気もしますが・・・別のミレイル種の存在を公にすることが、プラスになるとは思えなかったのです。


 それはただ「ミライ」とその子どもたちが人族に殺されて終わりになる、そんな可能性が捨てきれません。


 それでは叔父様が「ミライ」に託した願いをムダにしてしまう、そんな気がしたのです。




「シーサズ軍港に向かえ、と?」


 中隊長さんが怖い顔でわたしを見るのは当然です。


 同席したセレーシェル学園長も、怖い顔、という面では同様です。


 副官さんに至っては、今すぐわたしをどうにかしたいという目で見ています。


 ですが、ここで引くわけにはいかないのです。


「はい。軍港に救援が来ている、という情報を入手しました・・・入手先はお話できないのですけれど。そして敵も今は私たちではなく軍港の攻撃に全力を傾けています。」

 

 しかも「救援」です。かなり信じてもらいにくい・・・なにしろ、敵軍のロブナル山岳の防衛線への襲来を知らせる「遠話」が発信されたのが昨夜のこと。


 それから半日ほどで、防衛線から100km以上離れたこの地で既に二度の交戦です。


 敵の侵攻はあり得ないほど速く、味方に情報が届いて援軍が来るのはまだ何日も先のことのはずです。


 敵の進行速度の速さ・・・実際にはロブナル山岳を抜け出したのが何日も前だったのですが、それはわたしたちにはわかりません・・・の異常な速さに、軍人さんたちの警戒心が強まっています。


「そんな情報など誰が信用するか!貴様の話など、まったくもってお話にならない!」


 若い中尉の副官さんは憎らし気にわたしにそう言います。それ自体は覚悟の上です。


 ですがわたしが訴えているのは中隊長さんであり学園長なのです。


「すべてを信じてほしいとは言いません。ですが、わたしを偵察として先行する許可をください。もちろん学園および中隊の一部を同行した上で。そして、救援によって軍港の安全が確保されたならば、直ちに学園一行はシーサズ軍港に急行し、船の手配が付きしだい帰投するべきです。」




 それはミライが示してくれた事実。そして、レンが教えてくれた未来。


「クラリス・・・これは夢じゃないの。もう、すぐなの。」


 先ほど帰還した時にレンが話してくれた話は、ミライから聞いたものと全く同じでした。


 ですからもうわたしに迷う余地はないのです。




 わたしたちの話し合いは紛糾し、わたしは何度も詰問されました。当たり前です。


 わたしは一生徒に過ぎず、しかも一度消息を絶って合流したばかりなのです。


 それが学園一行とその護衛中隊の行動に強く意見を言っているのです。


 普通ならとっくにこの本陣のテントから追い出され、秩序を乱したとして処罰を受けていてもおかしくありません。


 現に、先ほどの遭遇戦での撤退の折のわたしの言動に対して、副官さんやエクスェイル教官などからはそういう声が聞こえているそうです。


「いずれにしてもわたしたちの選択肢は、あまり多くはありません。そして、この提案はもっともリスクが低いものです。」


 このまま北上して中隊と学園一行200名以上が安全圏に逃げるか、来た道をもどり敵が包囲していないことに期待をしてナブロに向かうか、前進を再開し敵軍が攻撃しているシーサズ軍港にたどり着くか、このままここで静観するか・・・。


 今、シーサス攻略の敵軍の動向を見定めることは決して無駄ではなく、はっきり言って遠くで見るだけなら安全なのです。


 その上で、もしも・・・わたしとレンにとってはもしもではないのですが・・・味方の救援が来て敵軍を打ち破ってくれれば、わたしたちにとって最も望ましいはずなのです。


「だから、そんな重要なことを根拠も明かせない一生徒の妄言で決められるものか!」


 正論なのです。しかしわたしだって引き下がれないのです。


「わかりました。では「真実検知」の術式を行使なさった上でわたしに問いただしてください。ただし・・・その場合は、わたしの発言は全て真実に基づいたものであり、これを軍の正規の情報として手続きをとって保管する、と確約してください!」


 そこまでの決意です。


 そうでもしなければ、ミライの存在は危ぶまれ、その扱いに困惑した味方が彼女たちを処理することで終ってしまうかもしれません。


 そうしないためには、できるだけ話を大掛かりに、かつ正式な手続きをとって正しい情報と認識されるようにしなくてはならないのです。


 もちろん、それは一介の特務中隊には手にあまることのはずです。


「つけあがるのもいい加減にしろ!小娘!」


 わたしは両の足を開き、大地を踏みしめます。殴られるのは覚悟の上。


 ただし、殴られても一歩も引かない、そのためには殴られても倒れるものですか!


 そう思って副官さんを正面から見つめ続けます。


「おやめください!無抵抗の女子生徒に手を上げるのが軍人の秩序ですか!」


 学園長が立ち上がり、副官さんを止めようとします。


「あんたら教官が甘やかすから・・・いいや、女なんてのがいい気になって戦場に来るのが間違っているんだよ!殴られて戦場の怖さを、男の強さを思い知ればいい!」


 ガキッ!左の頬をグーで殴られました。


 一瞬ふらついたわたしですが、なんとか倒れずに持ちこたえます。口の中を切ったようです。それでも


「殴れば、間違いが正しくなるのですか!話す者の立場の上下で真実が変わるのですか!それが軍の・・・あなた方大人の、男の、やりようなのですか!」


 そう言い返したのです。もちろん二発目は覚悟の上。


 副官さんはもう一度振りかぶって・・・中隊長さんに殴り飛ばされました・・・すごい、テントの幕を突き破っていきます・・・あんな勢いで殴られたら、さすがにわたしもダメだったでしょう・・・。


 中隊長さんは立った今人を一人殴り飛ばしたとも思えないほど、平然としています。


 それでも、少し肩の力が抜けたような・・・?


「・・・まったく。この名字のヤツは変な時に正論を吐きやがる・・・。お嬢ちゃん。いや、班長閣下、かわいい顔してとんでもない玉だよ、あんた。」


 その敬礼は止めてください!ハズカシヌのです!


 今日はそんなことばかりです。


「学園長さん・・・いい生徒だ。ちゃんと育てて、立派に卒業させてくれ。・・・小官は昔、立場をわきまえないという理由で、部下の進言を聞かずに、結果として何人もの部下を失ってしまった。そんなのは二度とご免だ。」





「まったく。あなたは叔父さんにそっくりね。立場の上下も場の空気も関係ないんでしょう!もう・・・しかも大切な顔に傷までこさえて、それでも相手をにらんで・・・」


 本陣テントを出た後、セレーシェル学園長は、傷ついたわたしの左頬をハンカチで押さえてくださいます。


「大丈夫です、学園長。叔父様はわたしの顔に傷があったって、わたしを嫌いになんてなりません。」


 あまり一生懸命なので、申し訳なくて、ついそんな軽口を言ってしまいます。


「・・・そうでしょうよ。その代わり傷をつくった場にいた人たちがどんな目にあうか、想像してちょうだい。」


 それは、とても怖いことが起こりそうです。


 いえ、叔父様は非暴力主義者で、しかも女性は大切にしてくれる方なのですけれど、その分どういう方向に向かうかは・・・未知数です。


「・・・それはご愁傷さまです。叔父様には内密にしておきます。」


「はいはい。だから、偵察に行く前にちゃんとスフロから「治癒」をかけてもらいなさい・・・大げさ!?何言ってるのよ。これは学園と特務中隊の安全のためよ!」



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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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