第9章 その3 軍道上の遭遇戦2
その3 軍道上の遭遇戦2
随行していただいた小隊を見つけ、ホッ、です。
わたしは指輪に込められた「偽装迷彩」を解除し、姿を現しました。
「エスターセル女子魔法学園、実習生クラリス・フェルノウルです!中隊長殿に学園長の親書をお持ちいたしました。緊急事態ですので、戦闘直前の伝令になりましたのはご容赦を!」
大柄で青みがかった髪のヘライフがわたしを見つけてくれました。
「クラリスさん!なんでこんなところにいるっすか!?」
「ごめんなさい。急いでいるの。ヘライフ、中隊長さんに大急ぎで会いたいの!」
「ヘライフ!持ち場をはなれるな!お嬢ちゃん!戦闘前なんだ!さっさと下がってくれ!」
小隊長さんです。隣にはわたしたちを指導してくださった伍長さんもいました。
二人とも怖い顔をしていますが、ここで引き下がるわけにはいかないのです。
「緊急の伝令です。学園長の親書をお持ちしました。中隊長のところまで、ご案内お願いします!」
わたしはそう繰り返し、学園長の親書・・・表面に軍用便せんの印と学園章の印が並んでいます・・・をお二人にかざすのです。
小隊長さんと伍長さんはしばらくお互い顔を見合わせました。
セレーシェル学園長をなんとか説得したわたしは、遅れて来たシャルノに後のことをお願いして、中隊長さんの所に向かいます。
シャルノと一緒に来たリトに「ついてきて」とお願いし、リトも快諾してくれましたが・・・
「リト、大丈夫ですか!?」
いつも身軽でつばめのようなリトの動きではありません。よく見ると顔に脂汗が。
「まさか・・・・ずっと無理をしていたのですね!」
リトは気まずそうにうつむきます。おそらく足を痛めていて、でも隊の現状を考えて言い出せなかったのでしょう・・・。
「・・・ゴメン。でも大丈夫。ついて行く!」
そう言ってはくれましたが、ダメです。
「シャルノ、リトは置いていきます。スフロユル教官のところにお願いします。」
「クラリス!一人じゃだめ!」
「大丈夫です。わたしには叔父様が下さった指輪があります。心配しないで!」
そう言って、わたしは敢えて見せびらかすように、手袋の上から指輪をはめます。
左手の中指・・・微妙な位置です。
そして、その大きな碧玉に口づけしてみせるのです。
「ひどい。自慢?見せつけ?」
「クラリス・・・それが「おのろけ」なら指輪の位置が違いますわよ。」
・・・さすがに、その勇気はまだないのです。
要はこの指輪のおかげで、わたし一人でも大丈夫、と思ってくれればいい、そのための行為なのですから。
わたしは、指輪に呪符された術式、「偽装迷彩」と「俊足」を唱え、単身中隊に向かったのです。
おかげで、戦闘前でありながら敵はおろか味方にも見つからず、知り合いの所にたどり着き、中隊長さんまでの案内と仲介をお願いできたのです。
「クラリスさん、無茶苦茶だよ!」
小柄で赤い髪のペリオが大きな声でわたしを非難します。
「ペリオ、声が大きい。無駄に騒ぐとこっちが懲罰されます。」
それを逆にたしなめる細いサムドです。
「だってよ、サムドだってそう思うだろ?」
「うるせえっす、ペリオ。クラリスさんの頼みっす。聞かなきゃ男じゃないっす!」
ヘライフがわたしをかばってくれます。
小隊の少年兵3人が小隊長さんに許可をいただいてわたしを案内してくれているのです。
「なにしろうちの小隊の少年兵はもちろん、中隊には十何人もあんたのファンがいるからな・・・このままじゃ士気にかかわる。まったく面倒なお嬢さんだ。」
こう言って半ば苦々しく、ですが口元が緩んだお顔で小隊長さんが許可してくれました。
伍長さんは「班長閣下、お気をつけて」なんて敬礼してくださって、わたしはもう恥ずかしくてこのままどっかに駆け去りたくなったものでした。
それを我慢しておそらく顔が赤いまま、ペリオ、サムド、ヘライフの先導で、中隊長さんのところまでたどり着きます。
「キミが噂の「班長閣下」か。」
どこまで広まっているのですか、その呼称は!
もう恥ずかしくて、本当に死にそうです。ハズカシヌです。
ですが中隊長さんにきちんとお話しなければなりません。
「では親書を見せていただこう。」
「はい!」
わたしは学園長から預かった親書をお渡しします・・・白紙の。
中を見て、お気づきになった中隊長さんが、一段と厳しい顔になります。
そして白い文面をヒラヒラとさせて、わたしを目で問い詰めるのです。
「中隊長殿。学園長はとても急がれていました。ですから、書面にする時間を惜しんで、その内容をわたしに一字一句たがえず暗唱させ、中隊長殿に直接口頭でお伝えするように、と指示なさいました。」
「・・・なるほど。急ぐというのは理解できるが、そこまで緊急なのかね・・・よし。実習生フェルノウルくん、この場で伝言とやらをしたまえ。」
伝言とやら・・・おそらく中隊長は見抜いていらしゃいます。
これからお話する内容が学園長からの伝言ではなく、わたしの意見具申だと言うことを。
もちろん、一学生が学園長の許可をとったとはいえ、こんなこと、許されるはずがありません。
わたしもすっかり非常識になってしましました・・・これでは叔父様のことを怒れないのです。
「はっ。セレーシェル学園長からの伝言です。まず我々エスターセル女子魔法学園一行は、これ以上戦闘に関わることを避けるため、これより「蒼の森」に避難、潜伏します。」
「ほおっ・・・悪くない。」
先ほどよりは遠くなりましたが、それでも軍道から数百mも走れば森に到達できるのです。
そうすればシーサズ軍港を目標にしている敵兵は、追撃をためらうでしょう・・・。
中隊長さんは学園の勝手な行動を非難せず、むしろ承認してくださいました。さらに
「それでは、我が中隊は学園の避難を支援しよう。」
と少し優しくなったお顔でわたしにそう言うのです。ですが
「いいえ!それではいけません。中隊の皆さんはわたしたちの護衛が任務のはず。ですからわたしたちと一緒に「蒼の森」に同行していただきたいのです!」
わたしは中隊長さんに向かってそう言って詰め寄るのです。
「いい加減にしろ!女子どものたわごとにつきあってられるか!」
そう大きな声でわたしを遮ったのは、さっきからイライラした様子でわたしをみていた中隊長補佐・・・副官さんです。
中隊長さんが40代なのに対し、副官さんはまだ20代に見えます。
式典の時からわたしたちに関わろうとしていなかったのが印象です。
ですが、今は副官さんの気持ちには構っていられないのです。
わたしはひたすら中隊長さんを見つめ続けます。
「中尉・・・この子はわしらに犬死するな、そう言ってくれてるんだよ。」
中隊長さんは、大きく息を一つ吐き、副官さんにそう言うのです。
「そうだね、お嬢さん。」
ついで、わたしを見つめます。
その視線には、叔父様がわたしを見る時の、優しく穏やかな・・・すこし誇らしいような?そんな暖かさを感じます。
「・・・・・はい。僭越ながら、申し上げます。みなさんが10倍以上の優勢な敵と積極的に戦う理由は、わたしたちの護衛が任務だからです。ですが、わたしたちが「蒼の森」に避難すれば、中隊の皆さんもその護衛と言う形で、敵前逃亡ではなく、合理的に撤退できる・・・いえ、そうするべきだと愚考いたします。」
「バカな!今さら撤退などすれば、それこそ敵の追撃をくらって全滅しかねない。」
そう言う副官さんです。
「そこで、提案です!」
わたしの提案を聞いた中隊長さんは「まったく、この名字の人間にはロクな奴がいない」ってこぼしていました・・・あれ?
「中隊長殿・・・まさかとは思いますが、15年前のミレイル・トロウル戦役に従軍していらっしゃった・・・なんてことはありませんよね?」
その時の中隊長さんのお顔・・・苦々しさと忌々しさ、懐かしさ、それに微笑ましさ。
そんなものが入り混じったお顔でした。
中隊は大急ぎで、しかし整然と後退を始めます。学園のみんなはとっくに「蒼の森」に向かって走り出しています。
「クラリスさん、今度こそ本当の本当に無茶苦茶だよ!」
ペリオの苦情は一段高くなったようです。
わたしも自覚はしているのです。それでもこれが一番能率的で被害が少ないのです。
「それは聞きましたけど・・・それでも一人で残るなんて、危険すぎます!」
「でも、わたし一人が一番安全なんです。説明したでしょ?サムド。」
この、叔父様の指輪に呪符された「偽装迷彩」で、敵からはまず発見されません。
さらに「俊足」や「回避」・・・そのまま逃走できれば、まず捕まらないのです。
「とにかく、俺はクラリスさんを信じるだけっす。ですが、もしもの時は引き返してみんなで助けにくるっす。クラシス親衛隊の結束は固いっす!」
なんですか、ヘライフ?その、「親衛隊」って・・・。
「閣下」だけでも充分大恥をかいたつもりだったのですが、まだその下があったのですか・・・わたしは暗澹としてきました。
早く一人にしてください、もう。
わたしは護衛をしてくれていた三人と別れて、一人草むらに潜みます。
そして「偽装迷彩」と唱えました。
後ろを向くと、中隊の皆さんが順調に後退し、その向こうに学園のみんなが待機しているのが見えます。
あと少しで森に駆け込めたみんな。
でも中隊の兵隊さんのために、怖いのを我慢して待ってくれています。
ありがとう・・・。きっとみんな大丈夫だから。もちろんわたしも。
「クラリス、無茶はやめてくれ。」
あの魔法装置での実習の後、叔父様がわたしに言った一言。でもそれは違います。
わたしは無茶なんてしていません。ペリオもサムドも間違っています。これが一番みんなのためなんです。
ヘライフの言う「親衛隊」の救援なんてまっぴらです!
わたしが潜んだ草むらの近くを、ゴブリンライダーが駆け抜けます。
ジャイアントウルフの嗅覚に引っかかることが不安でしたが、この辺りにはさっきまで付近していた味方の臭いが残っていました。
そのおかげで見つかりませんでした。
続いてオーク軍・・・ほとんどがオークウォリアーという一般兵ですが、中には戦闘種のオークソルジャーや、指揮官のオークチーフがいます・・・ゴブリンもですが、オークも人の女性を襲い、子を産ませます。
生まれた子どもは母親の・・・人族の名残は欠片もない、ゴブリンやオークの子どもになります。
ですから、人族の女は12歳になると母親から懐剣を渡され「もしもの時は、敵に辱められる前に自害しなさい」と言われるのです。
今、そのオークが大勢わたしの側を通っていきます。「もしもの時は・・・」わたしは思わずいつも胸にしまっている小さな懐剣を握りしめます。
息をひそめ、体を小さくかがめて、ひたすらやり過ごし・・・おそらく長い時間ではなかったはずですが、わたしにとっては恐ろしく長い、そんな時間が過ぎます。
その間、なんどかあさんの、そしてとうさんのことを思い浮かべたでしょうか。
そして一番だれよりも、あの人を。
ここは、叔父様の言うところによれば「神も仏もいない世界」だそうです。
絶対の力を持つ超自然的な存在、そんなものはこの世界には居ません。
ですから願うのはひたすら幸運。
祈るのは、「もう一度会いたい」。それだけです。
そして今、オークの軍勢が通り過ぎました。
思わず息を吐き出します。
ですが、すぐに赤黒い巨体が続くのです。
トロウル!敵である亜人の中でも個体としては一番の強敵・・・。その大きさは、わたしの2倍以上。
大きいものでは3倍はあります。
まるで生きたゴーレムのような・・・。
「ゴーレムの研究、ですか?」
セーメル港で会った時に、メルとかわした会話がよみがえりました。
「はい。イスオルン元主任はクラリス様を通してご主人様にご自分の研究内容の一部を託されました。それはご主人様が未だ許可されなかった「ゴーレム生成」の術式や知識だったのです。」
確かに、主任は「ゴーレム」の術式についてほのめかしたことがおありでした。
「ですが、ヘクストスの守護鋼人ともなれば・・・」
「はい。ヘクストスの守護鋼人は、アダマンタイトゴーレムではないか、と言われております。・・・しかもあの大きさです。イスオルン元主任の上級術式「アイアンゴーレム生成」ですらはるかに及ばない、おそらくは「超級」・・・いえ、「秘級術式」です。わたしごとき、中級魔術士の手に及ぶものではありません。」
メルは難しそうな顔をします。
12歳で中級魔術士というアリエナイ実力者のメルですら弱音を言うのです。
「もっともご主人様はいろいろお試しなのですが・・・あの方の不退転ぶりとアイデアの豊富さは、この世の者とは思われません・・・ふふふ。」
叔父様のことを思い出して、頬を赤らめているメルです。
わたしの知らない、どんな名場面なのか・・・悔しくもありますが、意外に残念な思い出の可能性もあります。
この子は叔父様を美化しすぎているので、わたしなら辟易していることでも絶賛していることが多いのです。
それで、聞いてみると、案の定・・・。
「わたしでも行使できる中級の「ゴーレム生成」があるのです。ご主人様は、もしもクラリス様が違うルートに入ったら必須になるだろうっておっしゃいました。」
なんでもわたしが今以上に危険に突き進んで「風使いのお姫様」みたいになった場合、「生体ゴーレム生成」という術式を改良するのだとか。
生体ゴーレムと言うのは、文字通り生物の一部を集めて生成するゴーレムです。
フレッシュゴーレムという言い方の方が一般的だと思います。
なんだか、死霊術式の臭いがしますがそうではないのです。
叔父様が考えている生体ゴーレムは、口から「魔光砲」という強力な攻撃術式を放つのだそうです。
ただ耐久力が弱く、魔力を使いすぎると腐って崩れていくのだとか・・・悪臭とともに。
何かがこみ上げそうになって、思わず口元を抑えます。
どうしてそういう設定になるのか、そもそもなんでわたしが「風使いのお姫様」ルートとやらに進むことになるのか、もうわからないのです。
そんなゴーレムなんて、欲しくありません。
いえ、そもそもわたしが「ゴーレムがほしい」などと言ったことは一度たりともないのですが。
目の前のトロウルは、まさにゴーレムを思わせるような、巨体と剛腕です。
人族からすれば、身長もさることながら、横幅の広さがよほど驚異です。
身長が成人男性の2倍だとして、横幅は4倍はありそうです。
それだけ力がみなぎっている印象を受けます。
しかもここにいるのは、ただのトロウルの兵士種にすぎないのです。
戦士種、精霊術士種など手ごわい戦闘種もどこかにいるのでしょう・・・おそらくはミレイル・・・女王種の復活によって。
そして、そんなトロウル種の中に、今わたしはいます。あとは待つだけです。
敵の先陣を切るゴブリンライダーが、かなり中隊に接近しています。
まだでしょうか?・・・その時です。
遠くにいる学園の列から、「チカッ」と光が見えます。リトの「閃光」です。あれが合図!
わたしは取り出したスクロールを読み上げます。
声に出さなければならず、わたしの声を聞き咎めたトロウルが周りを見回します。
ですが、ここで止めるわけにはいかないのです。
あと少し。でも、トロウルの一体が声のもとに気づき近寄ってきます。ダメ。
あと少しだけ!・・・・・・終わった!
わたしを中心にした数百mに、大きな轟音と爆煙が広がります。
そうです。
叔父様の、あの落第した答案に書かれた「幻影と幻聴の魔法を同時に展開するための基本術式」。
その影響は敵軍を大いに動揺させます。
煙が晴れても、トロウルたちも、構え始めていたスリングを落としたり、立ち尽くしています。
今のうちです。
中隊は足を速め、森に向かっていきます。
それでも、正気を保ったゴブリンライダーの一部がわずかに追撃していきました。
しかし、それにも手を打っています。
待機していた学園のみんなが、射程を拡大して「眠りの雲」を唱えます。
「雲」は広がりゴブリンと、それを乗せたジャイアントウルフの片方、またはその両方を眠らせました。
ライダー種は、乗り手と乗騎のどちらかが眠ればそれで充分無力化できます。
援護は充分効果的で、敵の追撃はとまりました。
見届けたわたしはその場をはなれ、迂回するコースを取って、一人、「蒼の森」に向かいました。
そして、わたしは誘拐されたのです。
いえ、この場合は拉致でしょうか?
どちらにしても、慰めにはなりません。
もう何度目でしょう・・・いい加減凹みます。




