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第9章 その2 軍道上の遭遇戦

その2 軍道上の遭遇戦


 わたしたちを護衛していた特務中隊は、偵察のために先行していた小隊を収容します。


そして、残った5小隊で横一列の陣形を形成しました。


さすがに無駄な動きが全くないのです。


敵のゴブリンライダーが急接近しますが、接敵する前には陣形が出来上がります。

 

各小隊が、前列から槍兵隊、盾兵隊、弓兵隊、魔法兵隊の順に並び、それがそのまま中隊の横陣となります。


「中隊の陣形は確か、基本は攻防一体の横陣、地形によっては小隊ごとの散兵、行軍時は縦陣・・・。」


「この軍道沿いの平地では、基本の横陣、ということですね。」


「左手に「蒼の森」がありますけど、そこまで移動すれば危険、という判断でしょう。」


 個人的には一目散に森に逃げ込みたい、そんな恐怖があります。


ですが護衛中隊はあくまで迎撃の態勢をとるのです。


それが個人でない、軍組織としての役割なのでしょう。

 

わたしとシャルノは、つい初めての本格的な戦闘に見入ってしまいます。


戦う、という行為そのものは決して好きではないのですが、誰かを守るために戦うことを選んだ以上は、戦場から眼をそむけるわけにはいかないのです。


それに、あの中には、わたしたちと同じくらいの年恰好の少年兵だっているのです。


さっきまで随行してくださった魔法兵分隊のみなさんも・・・。


「前進して、術式の射程を拡大して攻撃することも不可能ではありませんわ。」


 わたしが戦況を心配そうに見ているので、シャルノが参戦を呼びかけます。


ですが、それをたしなめる声がして、わたしたちは振り向きます。


「やめなさい。軍人は命令系統の違う友軍の手出しすら嫌がるものです。まして僕達がうかつに支援なんかしたら、後で何を言われるかわからないです。」


「エクスェイル教官殿!」


 シャルノは反射的に敬礼しています。わたしは別段そんな気になれませんけど。


ですが、彼が話すことはおそらく真実だとは感じます。


「キミたちは判断が早くて行動もためらわない・・・その分、ワグナス教授たちが心配していますよ。ここぞとばかりに参戦しないかって。」


 ハンサムな教官にたしなめられて、赤くなって困っているシャルノですが、わたしは


「ご安心ください。軍人さんの許可なく戦闘に参加することは、わたしたち生徒に禁じられています。それは理解しています。」


それでも、万が一後方から敵が来た場合は「正当防衛と緊急避難を振りかざす」覚悟ですけど・・・叔父様の悪影響でしょうか?


「それよりも、エクスェイル教官殿。この機会です。実地に戦況を解説していただけませんか。」


 エクスェイル教官は、イスオルン主任にかわって任官した「戦略」「戦術」の指導教官です。実習は中止になりましたが、実戦を見ながら解説を聞けるんであればこの上ない経験でしょう。しかし


「そういうところが不安なんです。クラリスさん。今、僕たちを守ってあの人たちが戦っています。きっと何人もお亡くなりになるでしょう。そんな中で「戦術」の授業なんて、不謹慎です。」


 シャルノも解説を聞きたがっていたのでしょうけれど、あこがれの教官にそう言われてうつむいてしまいました。


ですが、わたしにすれば、わたしの知っている人が、さっきまで話をした人たちがあそこで戦っているのです。


それを他人事のように観戦する方がつらく思えるのです。


わたしたちは何も知らず、ただ応援すればいい、無事を祈っていればいい、そんな立場なのでしょうか?


それに、あの軍人さんたちは、数年後のわたしたちなのです。


さらに生徒の向学心を不謹慎の一言で封じる・・・どうもこの方とわたしは相性が悪いようです。


叔父様ならきっと違うことをおっしゃったと思います。


あのイスオルン主任ですら、おそらくは・・・。

 

わたしは「配慮が足りませんでした」と頭を下げますが、そのままこの場を立ち去って、最後列で警戒をしている2班のところに向かいました。


シャルノには軽く手を振っておきます。それにしてもシャルノ・・・本当にエクスェイル教官には頭が上がらないのですね。


初対面の頃のわたしもそうでしたけど。

 

ちなみに生徒の間ではジャーネルン助手とエクスェイル助手が二大イケメンとやらで人気を競っているとのこと・・・どちらもわたしとは相性最悪です。


さらに言えば、三番手は一部に熱狂的なファンがいるフェルノウル講師です。


リトやレンが、それはもう・・・熱狂的に。


わたしもあの二人の助手よりは、「押し」ですけど、それが一般的ではない自覚はあります。


 リトやレンはどういう趣味なのか、審美眼が危ぶまれます・・・エミルも時々怪しいですけれど。




「班長閣下!現在検知の範囲に敵影はありません。」


「閣下はヤメテ。班長班長って言われるのも他人行儀なのに。」


 まったく。ただ、そうは言ったものの、わたしは内心舌を巻いていました。


 検知の術式の範囲拡大は魔力の消耗が激しいのです。


 それをいつの間にか平然と行うデニーです。魔術士として力をつけたと思います。


「でも、実戦もありうる。けじめは大切。」


 リトまで班長ですか。もう。


「実習中の「班長」は仕方ないけど・・・「閣下」は禁止!」


「クラリス班長~・・・閣下も似合うよ。」


 リル。似合うって・・・班長に「閣下」をつけるのが、もうおかしいでしょうに。


「あ、班長~、あれ、なになに?」

 

 あ、ついに開戦したようです。


 灰色のジャイアントウルフにまたがったゴブリンライダーの群れが槍を投擲しようと近づきます。速いです。


 それに対し、中隊の一列目、槍兵と盾兵が入れ替わります。


 わずか数秒です。そして接近しようとした敵に狙いすましたように弓兵が矢を放つのです。


 更にそこに魔法兵の「火撃」「魔力矢」と言った攻撃術式が行使されます。

 

 ゴブリンを乗せたジャイアントウルフが次々と倒れ、運よく無事なゴブリンが槍を投げたとしても、それは味方の大楯に防がれます。

 

 さらに、盾の間から一斉に槍兵が飛び出します。


 勢いをそがれた敵は槍によって討ち取られていきます。


 その合間にも魔法の攻撃や支援は続くのです。


「わざと敵を引き付けて、ギリギリの射程で一斉攻撃・・・。」


 投槍のゴブリンと、弓矢・魔法の人族なら後者の方が長射程です。


 ですから通常は敵が近づく前に戦力を削るために仕掛けるべきなのですが、今回は一気にケリをつける作戦なのでしょう。


「だから先制の弓矢を控え、最前列も槍兵をならべてスキをつくって・・・」


「そこに敵が近づいたところで隊列を入れ替えて。」


「これが実際の戦術なんですね!すばらしいです!圧勝です!」


「圧勝なの?すごいの?」


 ですが、ややリスクを冒した戦術、という気もします。


 おそらくはわたしたち学園の生徒を無事に護衛するために、戦いを急いだのでしょう。


 敵が回り込んだりしないように敢えてスキを見せて正面から攻めさせた、そう見えました。

 

 本当なら、そういうことを教官にお聞きしたかったのですが・・・あのご様子ではむりでしょう。

 



 わたしは戦闘が終わったのを見計らって、さっきまで一緒にいてくださった伍長さんや少年兵たちを探しにその所属小隊に向かいました。


 しかし、戦闘後もその事後処理が終わらず、生徒が近づくことは禁止されていると言われました。


 それでも彼らが所属している小隊に大きな被害はない、聞き、一安心して引き下がることにしました。

 

 その後はついてきたリトと、エミルたちのところに押しかけたのです。




「そう?そこまで考えてたの?あの中隊長さん?」


 そう言えばエミルは初日、中隊長さんに花束を渡したんでしたね。


「・・・言われてみれば、確かに。前もって指示していなければ、あの一瞬で隊列の入れ替えなんてできないでしょう・・・なるほど、ですわ。」


「うん。作戦勝ち。」


 戦闘は味方の勝利で、ゴブリンライダーは大きく数を減じて敗走していきます。


 幸いにも味方全体でも被害はほとんどなかったとか。ほっ、です。


 2班も警戒を解き、他の班に合流しました。


 そして、ついつい仲間と先ほどの戦闘について所見を言いあっています。


「そっかぁ・・・あんなおっちゃんでも、実はめっちゃ考えていたんだ。」


 仮にも戦場実習の指導中隊ともなれば、それなり以上の指揮官が配属されるのでしょう。


 それを「あんなおっちゃん」よばわり・・・。エミル、大胆過ぎです。


「では、もうすぐ行軍再開でしょうね。」


 シャルノが言う通りでしょう。ですが・・・。


 いえ、これは言っても仕方がありません。


「そう言えば、随行してくださった魔法兵の方にお聞きしたんですけれど・・・」


 そう話題を変えます。これは最初の小休止で伍長さんから聞いた話です。


「軍の魔法兵には制式術式というのがあって、基本的に共通の術式を使用するのですね。」


「それは実習の前に調べていましたわ。ちゃんとね。」


 さすがシャルノです。


 要するに、冒険者などと異なり、分隊ごとに使用する術式がバラバラでは戦闘に支障をきたす、と言うことなのです。


 ですから、魔法の規格化、が必要なのだとか。


「ですから、下級の魔法兵に必須な術式はライト、眠りのスリーブクラウド、そして攻撃術式として魔力矢マジックアロー火撃ファイアボルト、防御術式として防御プロテクション回避ミラージュ、最低この4つの術式を暗唱できればいいんです。」

 

 ちなみに中級魔術士の場合は治癒ヒーリング火球ファイアボールなどが増えるとか。




「こんな時にもお勉強かい、お嬢ちゃんたち。」


 クレオさんが話しかけてきました。


 実習が中止になったと聞いてしばらくは大人しかったのですが、戦闘を目の当たりにして新聞記者の虫が騒いだようです。いきいきと戦場の取材をしています。


「わたしたちは、学ぶためにここに来たのです。」


 そう答えたわたしですが、この答えはクレオさんの期待には応えられなかったようです。


「クラリスのお嬢ちゃんは、ホント優等生だね。アンティパパの姪とは思えないよ。」


 それは褒められていない気がします。


 しかしあの人の姪にふさわしい言動をする、というのは難しいのです。


 それにはどれほど奇矯な言動が必要な行為なのでしょうか?


「そう?かなり似てる。」


 ええっ?リト、それは何の冗談ですか!


「そうね。大人しそうで、キレると何するとわからないところとか、そっくりだよ。」


 ウソです!エミル、それは暴言です、妄言です!


「人に対して誠実なところは、フェルノウル教官殿の影響かもしれません。」


 それは・・・叔父様にもわたしにも、高評価過ぎます、シャルノ。


「へぇ、お友達からは意外な感想だね。」


 そんなことを言いながら、みんなにも取材しています。時々イラストも描いているんですが・・・


「これ、誰?」


「もちろん、あなた。リトちゃん。」


 リトはつぶらな瞳をパチパチです。


「こんなにかわいくない」って言いますが、そっくり。


 リトのお人形さんみたいな可憐さがイラストからも伝わってきます。


 もっとも見た目と違って、本人の中身はかなり武闘派なんですけど。


 その他のイラストも見せていただきましたが、エミルが一番難しいらしく


「この子・・・普通にしていると高貴な美人さんなんだけど・・・」


「あ、それ、わかります。すぐに表情が崩れて。」


「そうなんだよな。でも客寄せだから美人さんの絵でいいか。」


 そうですか?わたしにはこの笑顔でくちゃくちゃなエミルの方が、本人らしいのですが。


「で、シャルノさんは、もうこれで決まり!」


 シャルノの絵は気品あるお嬢様になっています。


 まあ伯爵令嬢ですから。それでも本当はもっと親し気な感じなんです。


 どうも、記事のためのイラストなので「客受け」という視点が必要なんだとか。


 デニーなら真実がどうこう言いそうですけどね。

 

 で、わたしのイラストは・・・


「どっか変?」


「めっちゃ怖すぎじゃない?」


「あまりにも極端ではありませんか?」


 ・・・生真面目というか、お堅いというか・・・わたしはそんな女なんでしょうか?


「う~ん・・・可憐なリトちゃん、美人でスタイルよしのエミルちゃん、で、高貴なシャルノお嬢様・・・立ち位置としてクラリスのお嬢ちゃんは、軍人さん。こんな役回りなんだ。なにしろ班長閣下だからね。」


 ここまで「閣下」って・・・デニーのせいです。覚えていなさい。




「クレオ!取材許可は出していないぞ!」


「ちっ、くそ兄貴が!またな。お嬢ちゃんたち。」


 クレオさんは片手でベレー帽を抑え、走っていきます。


「きみたち、新聞記者なんかにうかつなことは言ってはいけません。」


 別にうかつなことを言った覚えはありません。イラストの感想とか・・・叔父様とわたしが似てるとか似てないとか。


 どうも、実習が中止になり、待避になってからは軍の行動に関わる情報が制限される、という通達があったとか。


 ですけど、実習の取材はよくて、待避の取材は制限されるというのは、単に軍の都合と言うか面子と言うか・・・いけません。


 こんなことを考えるのは、きっと叔父様の悪い影響です。


「ところで教官殿、質問があります。」


 わたしはエクスェイル教官の前に出ます。すると教官は微かに後ずさりします。


 すっかりわたしが苦手になったようです。叔父様からなんて言われてきたんでしょうね?


「わたしたちはこれから・・・やはりシーサス軍港に向かうのでしょうか?」


「それはそうです。幸い敵は少数でしたし、中隊に被害はありません。もうそろそろ行軍を再開するはずです。」


 ・・・・・・言ってもムダなのです。彼の責任でもありませんし。


「了解いたしました。」


 そう言って教官から離れます。入れ違うようにシャルノとエミルが教官に近づきます。


 まぁ、二人ともエクスェイル派ですし。


「クラリス?」


 リトは逆にわたしに近づきます。


 小柄なリトがやや下からわたしを見上げて不思議そうな顔です。


 確かに質問としては当たり前すぎることをわざわざ聞いておいて、すぐに引き下がる・・・不自然だったかもしれません。


「・・・後で、ね。」




「敵が浸透している?」


 行軍しながら、わたしとリト、デニーはやや周りから離れ、小声で話します。


 リルは、レンの馬車に同乗させてもらいました。


「さっきの敵が最後の敵とは限りません。この後、第2、第3の敵集団と接触する可能性を捨てきれません。」


「班長閣下!その根拠はなんでしょうか?」


「閣下はやめなさい・・・では逆に聞きます。あの集団が単独で今地域にいる可能性は?その目的は?」


 リトは考え込みます。


 かわりにデニーが答えます。


「少数の軍が防衛線を潜り抜けただけでは?その場合、特に目的もなく・・・」


 それは一番望ましい状況です。


 ですがそれだけ。


「それは、あなたの期待ですか?それとも客観的な予測ですか?」


 デニーは急に顔を上げ、姿勢を正します。


「すみません、班長閣下。確かにわたしは軍に依存して自分の思考を放棄していました!」


 声が大きいです!


 それに閣下はヤメテ。


 リトが慌てて口を塞ぎ、少し周りから奇異の視線を浴びます。


 しばらくわたしたちは無言で歩きます。


 デニーは歩きながら、ここ数日で自作したらしい手書きの地図を広げます。


 しばらくそれを眺めて、ようやくデニーが口を開きます。


「最悪の予想は・・・敵が統一した軍としての行動を行うことです。」


「ここにいたのは偶然じゃない?」


 そうです。わたしはイスオルン主任から学んだ「戦略論」のノートを開きます。


 まず自分たちとって都合いいだけの考えを捨てます。


 今までは、敵は亜人の種族ごと、部族ごとに戦っていました。


 ですから大きな意味での戦いは、人族の描く「各個撃破」という形でした。


 つまり防戦の形でありながら「主導権」は人族にあったのです。


 そうです。戦いは「まず主導権を握れ」です。

 

 では、万が一、敵にこの「主導権」が移るとしたら・・・。


「そう。まず、敵が意思統一し、協力して人族に反抗すると仮定します。」


「それはフェルノウル教官殿の?」


「はい。」


 15年前の、あの叔父様が体験した「ミレイル・トロウル戦役」の時のような。


「その場合、ここ南方戦線における敵軍の勝利条件は・・・」


 戦略論によれば、一般的に戦略的に勝利する条件はだいたい以下の通りです。


 一、敵主力軍の撃滅または無力化


 二、補給物資の破壊またはルートの遮断


 三、策源地の破壊または機能消失


 四、出血の強要による戦意の放棄


 そして本戦線では、一と三と四は重なっています。


 人族の主力は「南の大三角」という、3つの主要な軍事拠点に拠っています。


 ロブナル山岳の防衛線が突破されてもこの「大三角」は健在で、充分に反攻可能なのです。


 もしも、ここすら攻略されれば南方戦線は崩壊します・・・しかしそれはまず不可能に近いのです。


 頑強な城郭都市は、まさに人族の総力を挙げた要塞であり、さらに三つの拠点をつなぐ軍道は石塁や数々の小砦によって守られています。


 相互の連携が可能で、その内部にある程度の生産能力すら確保しているこの地は、まさに鉄壁といえるでしょう。


 とすれば残る選択は一つです。


「補給物資?」


 リトがつぶやくと、デニーがすかさず反応しました。


「それです!今、我々が最も恐れるべきは・・・・シーサス軍港への攻撃です!」


 ようやくメガネの調子が戻ってきたようです。


 シーサス軍港から南西に向かう軍道は、「大三角」の一角で、ロブナル山岳の防衛線の第2線にあたるミルウォルにつながります。


 その間にはケブロ、ナブロという半恒久的な駐屯地があるのですが、ここを経由しつつ、多くの補給物資が輸送されているのです。


 「大三角」の内部だけでは100%の補給まではできません。


 大陸中からヘクストスに集められた物資は、セメス川の水運によりセーメル港へ、さらにケール湾を通ってシーサズ軍港に陸揚げされます。


 もしも、このシーサズ軍港が占領されたら、いえ、占領までいかないにしても、その港湾機能や貯蓄物資に被害があったら・・・長期にわたって人族の南方戦線は停滞、縮小するに違いありません。


 もちろん最悪なのは戦線の崩壊です。


「でも、どうやってここまで侵入して来たんでしょう?」


「ロブナル山岳の防衛線に敵が来たのが昨日?」


「いくら敵が強力でも、わずか一日で防衛線を突破して、しかもこんなところにまで進軍するのは不可能でしょう。おそらくもう何日も前から、人族が気づかないうちに防衛線を密かに抜けて来た・・・そうとしか考えられません。」




 この時のわたしたちにはわかりませんでした。


 しかし、確かにもう何日も前から夜間に少数の部隊が山岳の防衛線の抜け道を越えていたのです。


 毎晩のように。そして、その一部が発見され、ロブナル山岳で衝突が始まったのが昨日。


 各軍事拠点に「遠話」での急報が飛んだのはこの内容でした。

 

 更に、防衛線はわずか一日で敵軍によって占領されました。


 そのため、大軍が軍道をめざし、北上していたのです。

 

 その軍道に向かった軍は、オーク族、ゴブリン族、トロウル族の連合軍でした。


 この軍はミルウォルには向かわず、そのまま北東へ進みます。


 ケブロ、ナブロを包囲し、さらにシーサス軍港へ向かっていくのです。

 

わたしたちが先ほど遭遇したのは、その先遣隊のほんの一部だったのでした。




「では、班長閣下はまだこの先にも敵軍がいる、と予想しているのですか?」


「もうシーサスに?」


「・・・考えたくはないのです。そうでなければいい、とは思います。」


 しかし、叔父様が伝えてくれた経験が、イスオルン主任が教えてくれた戦理が、わたしの危機意識を刺激するのです。


 先ほどの少数の軍ですら、無傷であれば味方の輸送の脅威になるでしょう。


 ましてやシーサズの攻撃まで考えている軍がいたとしたら・・・。


「クラリス。もしもの時は?」


「もしもの時ですか。そんな時が来たら、左に見える・・・『蒼の森』に避難するしかないでしょう。」




 「蒼の森」。南方最大の森林です。


 先の「ギュキルゲスフェの戦い」で失われた大陸最南端にある「アルデウス大森林」をのぞけばですけれど。

 

 亜熱帯の気候なので、「蒼の森」は自生する果実も豊富なはずです。


 またこの森を抜け海岸沿いに進めばセーメル港にたどり着くはず・・・何百kmも歩けば、ですけど。


 それでもシーサズ軍港が敵の攻撃を受けていた場合、このまま軍道上にいるわけにもいきませんし、ナブロに戻るのはもっと危険でしょう。

 

 わたしはデニーの地図を見ながら、


「デニー・・・現在地から一番近い、安全圏はどこですか?」

 

 と聞きます。ですがデニーの地図はお手製のもの。


 軍で使うものでも、学園長が保管している正規のものでもないのです。


「すみません。班長閣下。こんなことなら、もっと地理や地政学を学んでおけばよかったです。」


「いいえ。こんなことを前提に学んでこなかったわたしも同じです。手製でも地図を作ったあなたはえらいわ。」


 そもそもシーサズ軍港が危険なら、ここからの安全圏は、北しかありません。


 それは結局「蒼の森」を走破することなのです。


 水は下級術式「水生成」の術式が教典に載っていたはずですし何とかなるでしょう。


 食料は・・・果実・・・で足りなければ、猟ですか?


 どうもわたしも含めて苦手そうです。なにより、みんな、そんな生活に耐えられるでしょうか?

 



 ふう。どうも考えすぎ、という気もします。


 それでも最悪の事態を考えての結論は出たので、リトとデニーには「もしも」に備えての用意を分担してもらいました。


 リルには後で話しましょう。彼女にはレンの保護を頼まなければなりません。




「なにを企んでるんだい、クラリスのお嬢ちゃん?」


 クレオさん、目が輝いています。


 そんなにわたしたちの取材は楽しいのでしょうか?


「企むなんて・・・ただ、せっかくの実習が中止になったんで、すこしでも役に立てようと、さっきの戦闘のこととか感想を言ったりしていたんです。」


「ふうん?」


 あからさまに信じられていません。


 わたしもウソは苦手なのでしょうか?けっこうバレてる気がします。


「それよりクレオさん、わたしたちなんかの取材じゃ、新聞売れませんよ?」


 デニーが間に入ってくれました。この子はクレオさんとも仲がいいのです。


「それは大丈夫さ。なにしろ記事の目玉はクラリス班長閣下の従軍日記だからね。いろいろ聞いたよ、武勇伝。少年兵との交流なんかも。」


「ええっ?わたしですか?日記なんか書いてませんし・・・そもそも閣下は止めてください!」


 とんでもありません!


 心臓が口から飛び出します。


 顔から火が出ます。


「それは完売必至です。さすがクレオさん!」


 デニー、この裏切者!


 こんな時は、たしか「ブルータス!お前もか?」でしたか?


 もとはと言えばあなたが「閣下」なんて言うからです!


「読みたい。買う。」


 リト?そんなあなたまで!


「だろう?何よりくそ兄貴が苦手にしてるのが面白い!こんな顔してて、腹ん中じゃ何を考えてるやら・・・物騒だしね。」


 それはあまりな言われようです。


 エクスェイル教官殿がわたしを苦手にしているのは、当人の勝手です。




「クラリス!」


 リト?この子は目がいいんです。わたしたちの中ではたいていのことに真っ先に気づきます。


 ですが、今、その顔から血の気が引いています。


 わたしは急いでその視線を追います。


 そして、おそらくわたしの血の気もひいたでしょう。


「・・・デニー・・・最悪の想定を覚悟しなさい。見える?前方に敵の軍旗よ。」


 あの旗は・・・いえ、そもそも亜人の軍勢で軍旗まで掲げるような統制のとれた軍はオーク族だけです。


 イノシシ頭の、小柄な亜人。あれは連隊旗ですからざっと2000体はいるのでしょう。


「あっちも。」


 リトの指さす方を見ると、先ほど見た灰色の騎影・・・ゴブリンライダーです。


 さっきの敗残兵ならいいのですが、足の遅いオーク族がいるのにゴブリンライダーがさっきの100騎程度、と言うことはないでしょう。


 数百か・・・千はいないと思いたいところです。


「そっちにも・・・大きなのが・・・まさかトロウル・・・ですか?」


 赤黒い巨体。


 おそらく3m以上はあるのでしょう。


 大きいものは4mくらいありそうです。


 岩の入った籠を背負い、手にスリング・・・投擲兵です。


 これは100体はいないと思いますが、トロウルの投擲兵は、下手な攻城兵器よりも強力でかつ速射性命中性に優れた、まさに最悪の敵です。

 

 わたしは、いえ、おそらくリトやデニーも、あの、叔父様が行った地獄のような「戦術」の実習のことを思い出したでしょう。


 救いは今、まだ日中であること。


 敵はシーサズ軍港に意識を向けていて、こちらには主力を派遣しないかもしれない、と言うこと・・・。


 クレオさんが慌てて走りだしましたが、さすがにそれを気にする余裕はわたしたちにもありません。


「みんな・・・わたしは学園長の説得に向かいます。」


 勝てない敵ならば、軍の方々も一緒に「蒼の森」に避難するべきです。


 それにはまず教官を味方につけなくてはいけません。


 いえ、おそらくは・・・しかし。


「シャルノも?」


「リト、お願い。説明と説得。」


 リトにはシャルノに私たちが考えた状況の説明と、森への避難を学園長に話す際の協力を説得してもらいます。


「わたしはリルとレンのもとに向かいます。」


「デニー。お願いします。」


 二人に説明して安心させるのはデニーに任せます。


 そして、わたしは敵の存在に気がつきだした学園の仲間たちをかき分け、学園長のいる場所へ駆けるのです。


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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