第8章 その7 軍港にて
その7 軍港にて
「俺、ペリオだ。」
「サムドです。」
「ヘライフっす。」
式典の後、わたしは少年兵のみなさんに囲まれてしまいました。
驚きましたが、みなさん無邪気な顔なので怖くはなかったです。
でも・・・恥ずかしくはあります。今日何度目かの恥ずかしさでしょうか?
「とりあえず、あの輸送船のメンバーで、この中隊にいるのは10人くらいだけど。でもみんなあの日キミに手を振ってもらって、それで勇気もらって・・・えっと」
ペリオさんと言う少年は16歳の赤茶色の髪をした小柄な少年です。
元気いっぱい、といいますか、わたしより幼い感じすらします。
ですが、わたしの指導小隊で盾兵分隊だそうです。
これからお世話になりそうです。ちなみに魔法兵は一人もいません。
みなさんは徴兵されたということなのです。
「そうです。僕らは徴兵だから、正直死ぬ覚悟もないし、訓練前だったから右も左もわからなくて、本当に不安だったんです。」
サムドさんと言う少年は明るい茶色の髪をした少年です。
背は普通なんですけど、ほっそりした体形で・・・それでも入隊して栄養状態が良くなったせいか多少肉付きは良くなったとか。
彼も盾兵・・・あの体形で大盾なんか持ち歩けるのでしょうか?
「そうッス。そんな俺たちの隊が、一か月の厳しい訓練を脱落もしないでやり遂げられたのは、あの時クラリスさんに笑顔で手を振ってもらったからッス。あれで俺は、イヤ、みんなは絶対なにがあっても生き抜いてやるって思えたッス!」
そう拳を振り上げて力説する、青みがかった髪の体格のいい少年がヘライフさん。
同じ指導小隊の槍兵だそうです。そのほかの方々もかわるがわるわたしにあいさつに来てくださいました。
かえって申し訳ないほどですが、あの日会ったみなさんがみんなまだご無事であるということを知ってとてもうれしいのです。
明日からの実習でまたお会いする約束をします。みなさんはこれからまだ任務と言うことです。
いけません。わたしも学園のみんなを待たせています。
慌てて合流するために走ります。
「さすがです、クラリス。あなたはちゃんと戦地に向かう少年たちに癒しを与えるという崇高な義務を果たしたのですね。」
まあ、以前シャルノから聞いた通りにしたつもりですけど、そこまで絶賛されるとなんといますか・・・今日はもう「ハズカシヌ」・・・違う使い方でしょうか?
ですが・・・
「急いでください。クラリスさん。もう次の行事が控えているんですから!」
・・・2班の引率教官はお急ぎのようです。仕方ありませんけど。
「はい。お時間を取らせ申し訳ありません。エクスェイル教官殿。」
「何言ってるんだい、バカ兄貴なんかほっときゃいいのに。まったく、わざとらしくお嬢ちゃんの視界の隅をウロウロして、急がせて・・・せっかくいい記事のネタなんだから邪魔しないでくれよな。」
この兄妹は難しいです。どちらもご自分の守備範囲があるのはわかりますが、相手の立場を気にしないところは同じです。もっとも
「デニー、準備いい。」
「は!では、指導中隊のアイドル、班長閣下に敬礼!」
「すごいね~アイドル班長!」
「・・・クラリス班長、格好いい!」
2班のみんながマイペースで安心です。
ああ、でも下手するとこれも記事にされますし、遅れるとまた注意されます。急ぎましょう。
全ての着任儀式を終え、午後はようやく自由時間です。
ここシーサスは軍港なのですが、南西に南方戦線へつながる糧道があります。
ですから補給基地、という位置づけです。明日からはこの道を歩いて、ナブロの駐屯地へ向かいます。
「30km行軍ですよ!?わかってはいましたが、いざとなると不安ですよ・・・。」
デニーのメガネに輝きがありません。いえ、他のみんな・・・。
2班は体格的に小柄な生徒ばかりで、持久力は不安です。
演習と違い、実戦では体力で負けるでしょう。
そのせいか、デニー以外も元気がありません。レンなんかもう泣きそうです。
普通そうなのはリルくらいでしょうか?
「班長班長!あれ見て!」
リルは本当に元気です。
みんなが元気のない、こういう時は助かりますけど。ですが・・・あれ?
「メル助手にエクスェイル教官殿・・・これは、意外な組み合わせです!」
・・・デニーはもう立ち直りました。
もう少し大人しくしてほしいのですが、この醜聞記者には。
さりげなく周り見回したリトは
「クレオさんはいない。二人きり。」
まったくリトまで・・・。
ついメルを見てしまいます。
しかし、いつになく着ぶくれていると言いますか、頭巾が不自然と言いますか・・・あれでも変装なのでしょうか?
かえって目立つと思われます。
そしてメルはいつもの愛らしい表情ですが、わたしにはわかります。あれは作った笑顔です。
一方エクスェイル教官殿は・・・無表情です。お二人が仲良しには見えません。
メルが先に歩いて、教官がついて行く、そんな感じです・・・しかし・・・あ!?
「なるほど・・・デニー。そう言うことでしたか。」
「あ・・・はあ。そうだと思います。」
エクスェイル兄妹はメルと知り合い。もっと言えば叔父様の息がかかった人たち。
特に教官殿は叔父様の推薦なのでしょう・・・イスオルン主任教授の一件の後にそんな話を叔父様がしていました。
クレオさんの参加は叔父様の想定外のようですが、新聞記者を同行させたのは叔父様。
まったく、あの人は。わたしの知らないところでいろいろ動き過ぎです。
過保護と言いたいくらいです・・・不愉快とは言いませんけど。
「メル。少しいいですか?」
「あら?クラリス様。」
「クラリスくん?」
二人の進路をふさぎ、わたしから話しかけます。
メルはわたしに気づいていましたが教官殿は驚いています。いろいろスキのある人です。
「教官殿は、よろしければ2班の引率をお願いいたします。みんな明日からの行軍に不安を持っていますので、何かご助言をお願いします。」
そう言うと、わたしはすぐそこにある軽食のお店に入ります。
後ろを確認しなくてもメルは来るでしょうし、教官殿はオロオロしているでしょうし、デニーは質問攻めにするでしょう。
お店でもメルのようなお客は珍しいのでしょう。
接客に困っていましたが、わたしが平然としているせいか、すぐにウェイターさんがやってきてくれました。
お茶のセットを二人分頼み、しばらくメルの様子を伺います。
叔父様以外の人と同席するのは彼女も落ち着かない様子です。
不自然に膨らんだスカートが揺れるているのは、隠れた尻尾が所在なさげにフラフラ動いているせいでしょう。
「クラリス様。お久しぶりなのです。」
「あなたも。叔父様はいかがお過ごしですか?」
「はい。以前にも増してメルにお優しくしてくださるのです。これもクラリス様のおかげなのです。」
なるほど。これはわたしが叔父様にそう諫言したことになっているのでしょう・・・敵に岩塩でもぶつけたい気分で言っただけですが。
「それで、ここにはどうして?どうして、というのは、目的と手段の両方を聞いているのです。」
「はい。手段は、もちろん転送門を使わせていただきました。学園の。」
往復金貨一枚。わざわざそんな大金をかけてまで。
「そして、目的ですが・・・お察しの通りです。」
叔父様がわたし、いえ、わたしたちの様子を気にかけていらっしゃる、と。
「ならば、最初から同行してくださればいいのに。」
ついこぼしてしまいます。わたしもしばらくぶりにメルと話して油断したようです。
それを聞いてメルは作り笑いを止めます。
「クラリス様。ご主人様はああいうお方ですので、お話していないと思いますが」
ええ、そういうお人ですけど。
「・・・自由に行動できるわけではありません。異民局に行動を制限されているのです。」
「え?でも、叔父様は特別なお力もない転生者。さほど管理は必要でないと・・・」
「はい。以前であれば。ですがここ数年は随分煩雑になりまして。ですから、エスターセル女子魔法学園にお勤めになった理由の一つには、この世界に馴染めない転生者がひきこもった挙句これ以上問題を起こすなっていう・・・そんな圧力があったとか。」
・・・わたしの護衛だけではなかったのですか、そうですか・・・ふん、ですけど。
「ですから、今回戦場実習に同行できないのも、そういうご事情があったことをお察しください。ご主人様が単に研究が大切だからという理由だけで、配慮もなしにクラリス様やそのご学友を戦地に送り出すなどということはあり得ないのです。」
それは夏のエスターセル湖の湖面に氷夜の女王が降り立つほどありえない・・・それなのにわたしは今までそれを忘れていました。
自分が情けなく、テーブルの角に頭を叩きつけたくもなります。
「・・・!?メル。あなた、そのことをわたしに伝えたくて、わざわざ目立つ場所でエクスェイル教官殿と・・・」
「なんのことでしょう?あのセインは、わたしの弟子ですから。」
きれいな作り笑いですこと・・・って、あれ?
「あの、セインって・・・」
「3年前のことになります。わたしはご主人様に連れられて、エクスェイル家に同行したのです。」
当時エクスェイル教官殿・・・セインと仰るそうです・・・はエスターセル魔法学院に入学したばかりで、一方メルも叔父様に「魔法少女になってよ!」とスカウトされ間もないころ。つまり二人が魔術士としての修行を始めたのは同時期とか。
「しかしセインはわたしを一方的に敵視して・・・ご主人様の見えないところでコソコソと・・・そこである日、わたしが彼に勝負を持ちかけたのです。」
魔術士として勝負して、メルが勝ったら弟子になる、メルが負けたら言うこと何でも聞く、そんな条件で対決して、叔父様立会いの下の勝負でメルが勝ったということです。
「セインはまさか負けるとは思っていなかったそうで、その後も往生際悪く何度も挑んできましたが、差は開くばかり。今では瞬殺です。」
・・・エスターセル魔法学院の次席を瞬殺、ですか。
この子は本当にとんでもない実力です。しかしエクスェイル教官殿・・・少々見た目と行動が・・・。
「ええ・・・ご主人様は人を見る目がありませんので、あんな男を教官に推薦してしまいましたけれど、ですが、使い捨ての護衛役としては丁度よろしいと思います。」
・・・叔父様の人を見る目については、基本コミュ障なので仕方がないのでしょう。
周りの者がしっかりしないといけません。
「そもそも軍の学校を次席卒業しながら、軍に志願もしないで、次期ハズレの臨時採用。これだけでもセインの残念ぶりがうかがえます。・・・今回もご主人様からあることを託されたはずですが、どこまで果たせるやら。」
教官殿、随分低評価です。ですが・・・確かに当たらずとも遠からずという気もします。
何よりメルにとっては叔父様以外の存在の評価が辛いのは当然です。
ちなみにクレオさんは、表裏なくメルを嫌っているのでメルはできるだけ避けているそうです。
「わたしを勝手に敵認定・・・5歳も年少のわたしを相手に大人げないお方です。迷惑なのです。まさかこの実習に同行なさるとは。」
ふう、とため息をつくメルは珍しいのです。よほど苦手なのでしょう・・・分かる気がしますけど。
でも、まだなにか隠しています。残念ながらこの子のことはかなりわかってしまうのです。
無言で見つめるわたしにメルは、あきらめたようにしかたなくつぶやくのです。
「メルは・・・あの兄妹に憎まれているのです。」
エクスェイル兄妹のお父上は、15年前に戦死した、それは先日お聞きしましたが、そのせいで、兄妹は戦争の相手、つまり亜人に強い敵愾心を持つようになりました。
この亜人には、オーク族やゴブリン族は当然、更には獣人族も含まれますし、その獣人族と人族のハーフであるメルも敵として憎まれているというのです。
「ですが・・・最初は卑しんでいたシャルノやクラスのみんなも、今では随分あなたを認めているようですけれど?」
そう言うわたしを、メルは困ったように見つめます。
「直接戦争で肉親を亡くした方々は、そう簡単には憎しみを捨てられないのです。」
「あなたが殺したわけではないでしょうに。」
「ありがとうございます、クラリス様。ですが、人族は寛容な種族ではありません。御主人様や、その薫陶をお受けになったクラリス様のような方々は少数なのです。」
・・・この場合、薫陶を受けたということは誇るべきことなんでしょうか?
いつもは一考にも値しないんですけどね。ですが・・・
「エクスェイル兄妹は違うのですか?叔父様にいろいろ学んでいらしたとお聞きしましたが?」
この問いにメルは答えませんでした。ただ、寂しそうに小さく首を一度振っただけ。
「ところでクラリス様。あの指輪、なぜ身につけてらっしゃらないのですか?」
それは、叔父様が、あの一件の折に下さった、銀の指輪。
まだ試作品ということで、青い台座にはまだ何も刻まれていない、未完成の品。
「・・・・・・この指輪の力は強力すぎます。イスオルン教授ですら自制しろ、と。」
「自衛のためには許可されたと聞き及んでおります。それに所詮は下級魔術の呪符物です。ご主人様がこれからおつくりになるものと比べれば・・・」
そう言いかけて慌てて口を紡ぐメルです。聞き逃すにははっきり聞こえ過ぎましたけど。
「メル・・・そのお話・・詳しく」




