第2章 その2 ある異世界転生者の顛末
その2 ある異世界転生者の顛末
叔父様は、別の世界にいた記憶を持って生まれ変わった、そう話します。
おそらく事実なのでしょう。
この世界には、異なる世界の侵略を受け、滅亡した人たちが転移してくることがあります。
前者が転生者で、後者が転移者。
首都にある「異民局」では、こういう人たちを管理、支援しています。
叔父様も、ここに登録はされています。
ただ、転生者は、この世界に肉親がいるため、変わった能力を持つ、などの事情がなければ、自由に近いのです。
叔父様の場合は、変わった能力以前に人並の能力すらないので、異民局も放置しています。
わたしとしては、その性格と言うか厄介事を引き起こす特性というか、そういうものがひどいので、ぜひ叔父様を管理してほしいとは思うのです。
いえ、実際、かあさんは嘆願書を出したそうです。
却下されて、ガッカリしてましたけど。
その日の我が家の食卓の上が妙に寂しかったことを覚えています。
叔父様は、もといた世界でもひきこもりでした。その時の記憶は思い出したくないようです。
ただ、魔法のない世界でありながら、げえむとかあにめとかで、なぜか魔法を使うきゃらが好きだそうです。
「ストーリーも仲間もほっといていつまでも魔法のレベルを上げるとか、各魔法の威力や範囲を一通り試して自分なりに表を作らないと気が済まないとか、魔法使いだけでパーティー組むとか・・・まあ当たり前だったな。」
だから魔法のあるこの世界に転生したと知った時は狂喜したそうです。
そして、物心がつくとすぐに魔法使いになるために勉強を始めました。ですが
「キミも知っている通り、どうやっても僕には魔法が使えない。どんな修行をしても、何をやってもダメだった。・・・断食しても、滝に打たれても、虚空蔵求聞持法を百万回唱えても、片眉を剃ってみても、亀の甲羅をしょって野山を駆け巡っても、坂から転がり落ちる大岩を砕こうとしても・・・。」
「叔父様・・・それはただの奇行です。勉強や修行ですらありません。それ、本当におやりになったのですか?」
やる前から無意味だとわかりそうなものです。
「いやあ、人間死ぬ気になればなんとかなるかなって。」
「やったんですね・・・。」
驚きです。呆れます。その光景を想像したわたしは強い頭痛を覚え額を抑えるのです。
「うん。それでも、ダメだった。努力は裏切らないって、積み重ねた時間はうそをつかないって、初めて本気で挑んで・・・でも、ダメだった。僕には魔法は使えない。」
寂しそうに笑う叔父様。それでも、叔父様は魔法に関わって生きることを選んだのです。
「だから、魔法術式研究者になろうって。」
幸いかどうか、わたしの祖父母、つまり父と叔父様の両親は、製紙・製本業を営んでいます。
だから、魔術書の写本や製本の仕事があれば、叔父様は積極的に参加して、魔術書を読解し、より高度な魔法知識・・・術式や詠唱・動作、触媒の生成、スクロールなどの呪符物作成などなど・・・を身につけたとのことです。
昔は図書館通いも頻繁だったとか。でも、
「まあ、先生はいなかったな。才能ないのに勉強するバカに教えてくれる奇特な人はいない。それはしかたない。」
だから、叔父様の魔術理論や知識は独学。
そして魔法の術式をより効率よいものに見直したり、新しい術式を作ったり、そんな仕事を目指していた叔父様。
「それでも、知識や理論だけなら、既存の術式を越えたと思うこともけっこう出て来た。だから、魔法学院に入って、卒業したら軍はすっぽかして、研究者としてやっていけないかって思ったんだ。」
「それで、エスターセル魔法学院を受験したのですね。」
ちなみに、叔父様が受験したのは、ヘクストスの北頂の学府街の中に60年ほど前から開校している学校で、男子のみが入学します。
わたしが通う同名の女子魔法学園は、同じ街区の、ほんの一部にひっそりと新設された、比べようもない小規模校。
「で、その入試論文の出題が、「かつてない斬新な術式について」っていう・・・」
これ、わたしたちも、あの事件の後で呆れました。
当時の関係者がたまたま本校のミラス助教授なのです
が、この出題は、出題の意図が不明瞭かつ採点基準も採点者裁量が大きく、入試直後、学院内でも問題になったとか。
「なかなか楽しく挑ませてもらってね。気が付けば時間内で全く新しい術式が一本できてた。」
「それって、それまでに考えていたんじゃなくて、その試験時間だけで新しい術式をつくったということですか!?」
それはありえないのです。
魔法でできることは、既に術式がつくられ、今さら新しい魔術がつくられることはめったにありません。
あったとしても、それは長年の研究と実践、それに多くの人材があってこそです。
「そうそう。これは、本来術式の内部に威力や範囲を決定する部分があるんだけど、それをやると、式の韻や律、音節が著しく乱れることが気になってね。きっとそれが無駄な魔力消費につながってると思ったんだ・・・で、術式の外側に結合詞っていう新しい術因子を作って、外部で変数を調整するようにしたんだ。付帯術式って僕は呼んでるんだけど・・・で、更に、二つの異なる術式も、別な結合詞を使って、並列起動に並列展開・・・今はさらにそれを応用して、新しい魔術開発も進んでいるところ。記憶を再現して、それを第三者に体感できるような、幻影や幻聴にして。」
自分の話したいことになると急に早口でまくし立てるのが叔父様です。
わたしは聞き逃さないようにするのが大変で・・・。
ですが、その中で結合詞と言う言葉が引っかかりました。
聞いたことのない魔術用語だし、発想です・・・。
もうわたしの理解を超える話になってきました。それでも話の内容を理解しようと試みます。
「つまり、「結合詞」を使った「付帯術式」で、魔力消費が激減かつ威力が増大・・・今は、思い出を、そのまま再現できる・・・しかも別の人にも見せたり聞かせたりできる術式ができている、そういうことですか?」
「さすが、クラリス。物分かりが早い。僕の自慢の姪だよ。」
うれしそうな叔父様の顔を見ると、わたしは少し頭が痛くなりますけど。
「精神魔法・・・幻影・・・幻聴・・・。記憶がかかわると、時間魔法の術式も必要なのですか?それだと術式の容量が大き過ぎて、使用する魔力がありえない量になります。」
「そこは、術式の結合詞の性質によってだね・・・。」
叔父様は楽し気に話し続けます。
しかし、聞き手であるわたしがそろそろ意欲を失っても勢いは変わりません。
自分が話したいことを話す。相手が聞きたいことは気にしない・・・いつもの叔父様です。
そもそも、叔父様にはわたし以外の人には、まともに話しかけることさえできない・・・コミュ障でしたか?・・・の上に、わたしに対してもそういう気遣いはできません。
対人スキルが低すぎるのです。
わたしとて魔法学園の生徒なのですから、魔法の術式についての正統な理論なら興味があるのですが・・・。
「叔父様。少しお静かに。」
このままでは、先に進まない、いえ、別な方に進んでしまいます。
わたしは、叔父様に向け卓上の答案用紙に指さします。
「ああ・・・と、今はこっちの話を聞きたい?」
とても残念そうな、遊びの途中に「もう遅いから帰ってこい」と言われた子どもの顔。
「はい。本題に戻りましょう。」
多少強引でも、そうしないと、きりがないのです。でも。
「本題って、何だっけ?」
くじけそうです。それでも
「叔父様が、この答案の記述者で間違いない、ということで、よろしいのですね。」
「うん。そうだよ。なんなら、もう一つ証拠を見せようか?」
・・・要は自慢したい、と言うことです。
事件を起こしたのが自分かどうかはどうでもいい、自分のやったことに興味持ってほしい、という・・・子どもですか!
いい年して・・・しかし、ここは証拠とやらを見せてもらうべきなのでしょう。
「では、お願いします。叔父様。」
でも、証拠ってなんでしょう。そう思っていたわたしの期待も予想も大きく裏切られるのです。
「何か御用でしょうか。ご主人様。」
現れたのは、一人の少女。赤茶色の髪は、まあいいでしょう。
でも、そこにつき出た二つの犬耳に、お尻の付け根にはふさふさした尻尾の半狼獣人。
その愛らしい顔に浮かべる表情は、叔父様への絶対の信頼と、それ以上のもの・・・。
「メル!・・・悪しき侵略者の末裔にして、叔父様に使い魔の如く付き従う万能メイド!」
思わずつぶやいてしまいました。そして、その少女もまた
「お久しぶりなのです、クラリス様。その中二病的な物言いはご主人様の厚い薫陶あってのことなのです。」
グサ、です。そんな薫陶なんか、いりません。
しかし、わたしとメルは、ある意味コインの表と裏のような存在。
共に叔父様なしにはあり得ない過去と現在を持っているのです。