第8章 その3 秋休暇、そして出港
その3 秋休暇、そして出港
「僕は北方の魔獣討伐で、小部隊の戦いを実習する方がいいって進言したんだけど。」
「フェルノウル教官、その結論はもう会議で出ているでしょうに。」
上半期最後の日、わたしと叔父様は学園長室に呼ばれました。
実はセレーシェル学園長に夕食の招待されたのですが、叔父様がお断りしたのです。
それで、学園長室でお茶をいただくことになったのです。
叔父様はこれすら断ると言いかけたんですが、さすがに非礼すぎるので、わたしが半ばムリヤリ連れて来たのです。
そして、いきなり、戦場実習の批判。
叔父様は、1年目から南方戦線で戦場実習をするのは反対だ、というのです。
1年目は冒険者を雇い、大陸北方の平原に多数生息する魔獣退治を行うことで、小部隊での実戦をもっと経験させるべきだ、と。
「そうすれば、まず近い。あそこなら水路と陸路で三日で着く。水陸2週間はかかる南方よりよほど近い。その輸送コストの差額で冒険者を雇う。それなら、小部隊の戦闘経験が上がるし、将来軍人になる以外の選択肢も増える。」
・・・要するに、わたし、いえ、わたしたちを少しでも戦場とか軍人から遠ざけたいのですね、まったく。
「フェルノウル教官、あなたとイスオルン教官の主張は近似値なのですね。」
「心外だ。一部は共感するがあんなテロみたいなことは反対だ。」
・・・怪しいのです。主張は似ている気がします。
ただ、叔父様は最後まで「力ずく」という手は使わないし、わたしたちの意志を無視することもないのです。
「だいたい、だ。戦争戦争ばかりで、魔法の奥義を学んだり、世界の謎を追及しその深淵を覗いたり、そんなことも全然しない魔法学校って何なんだよ!」
「・・・フェルノウル教官、あなたは本当に大人ですか?わたしたちは子どもを、女の子を戦争に送る軍学校の教員なのですよ。」
セレーシェル学園長は、そう叔父様をたしなめています。
それでも叔父様を見る視線は・・・決して厳しくも冷たくもなかったのです。
まるでできの悪い弟を見ているようです。学園長の方が年下のはずなのですが。
「やれやれ、せめてエスターセル湖、ビーワ湖、ニュスペリオル湖の三連湖を結ぶ水道が、古代文明がつくった人工の運河だったって、ちゃんと実物を見せながら教えたかったな。」
なるほど、北方へ水路を使っていけば、その・・・え!?
「叔父様?それは本当なのですか?聞いたこともありませんけど。」
「キミも勉強不足だ。ちゃんと「マコローポの世界の根源」にも触れられている・・・ま、あの書き方じゃ、怪しくて仕方ないけど、その証明は僕がしてやるさ。」
・・・怖い気がします。
世の中知らない方がいいというか、淵穴をのぞいて邪竜を呼び出すというか、ミイラ取りがミイラを作るというべきなのでしょうか?
少なくとも叔父様にはミイラを大量生産する素質に不足はなさそうですし。
「フェルノウル教官の無駄な博識ぶりは感心しきりなのですけど」
「それ、感心してないだろう?」
学園長がクスクス笑っています。なんだか、楽しそう・・・。
「ですが、その知識欲や好奇心が、あの「魔法教典」を完成させ、画期的な授業方法を考案したのですね。」
そう。全員に同じ魔術書を与え、同一の知的共通認識に基づいて授業を行うことで、おそらく下半期からの授業効率は大きく上がるでしょう。
いえ、今まで個人で魔術書を所有できなかった生徒にとっては、この秋休暇中にも自学自習の効果が望まれます。
「それは、学園長が承認してくれたからだ。よく僕の主張を理解し実現してくれた・・・それは感謝している・・・ものはついでだが、もう一つお願いがある。これは授業とは全く関係ない・・・現時点では。」
「現時点では?」
「将来的には、大きくかかわるかもしれない。」
それは、わたしが・・・その、先日お泊りした時に叔父様にお渡ししたものに関わるお話です。
叔父様はあの中身についていろいろ調査して・・・その結果
「僕は戦場実習には同行できない。だから、同行する教官を選抜するにあたって、推薦したい人がいる・・・。」
え?叔父様が同行できない・・・わたしの心臓がギュウとつぶされたようです。
「叔父様!一緒に来てくれないんですか!そんな!?」
わたしは思わずそう詰め寄ってしまいました。それなのに・・・
「あ・・・言ってなかったけ?」
本当にこの人は自分勝手です。あんなにわたしが心配だと繰り返しておいて、そのくせ実習には同行してくれないなんて!
しかもそれをわたしに言わないで、いきなり学園長に話しますか?
「ただ・・・今からこの解析に入る。そして、それを形にするには・・・ざっと二、三十日はかかる。」
そんなことをシレッと言います。なんだか、それが無性に腹ただしいのです。
「・・・またひきこもりですか。」
「違うよ。別に世の中がイヤでひきこもる訳じゃない・・・前みたいに。今回は、急いで形にしないと・・・なんだか、気が済まない、そんな感じだ。」
「・・・別にわたしはかまいませんけど、どちらでも・・・せいぜいメルと仲良くしてください・・・学園長、わたし、所用がありますので、失礼いたします。」
叔父様は驚いてわたしを引き留めようとしましたが、わたしはそのまま退室しました。学園長は、楽しそうにそんなわたしと叔父様を見比べていたように思います。
その日に用意して、秋休暇に入って実家に帰ったものの、結局三日ほどで寮に戻りました。
とうさんもかあさんも、いえ、おじいちゃんおばあちゃんもみんな残念がっていましたが、気が付くと、あの8月の末から9月の日々がよみがえるのです。
叔父様の教官着任に始まって、「光害事件」「飛行事件」「二度目の学園爆発事件」・・・。いろいろなことがありました。
それを通して、今までの友達エミルとリトとは一層仲良くなり、シャルノとは友達でもありライバルとしても大切な存在になりました。
そう言えば上半期の成績はわたしとシャルノが並んでレベル5魔術士として認定されました。
レベル5とは、初級魔術士の最上位なので、これ以上のレベル6からは下級魔術士になります。
あの名門のエスターセル魔法学院ですら、上半期でレベル5になる生徒はほとんどいないとか。
誇らしい反面、シャルノがわたしを見る目が険しくなった気がして、少し寂しくもありました。
もっとも秋休暇にあった時はいつものシャルノに戻っていてほっとしましたが。
ちなみにリトはレベル4。クラス委員長のヒルデアさんも4で、通常なら充分素晴らしい適性なのです。
驚いたのは学業が苦手だったエミルが、この一月で追い上げてレベル3!これも立派なものです。
もっともあまりわたしが褒めたせいか「レベル5のクラリスに言われても」と複雑な顔をされることになりましたが。
意外に低いのがデニーのレベル2。もっとも魔術書も持たないで、しかもミステリーやら人の秘密の追及ばかりしていれば、あの頭の良さも無駄遣いで、そんなものかもしれません。
レンもレベル2。魔術の素養はともかく、引っ込み思案なところとか、そういうものが影響している気がします。
それでも上半期最後の授業では、特に叔父様の授業は随分楽しそうだった気がします。
ひょっとしたら下半期に伸びるかもしれません。
リルは・・・レベル1。彼女は魔力そのものは高いのですが、術式を覚えたりするのが苦手で・・・やる気はあるし、素直な子なんですけど。
この子も魔術書がなかったせいで、大変だったでしょうし。
実家から帰って寮に戻ると、部屋にはリトがいました。
うれしくてつい抱き合ってしまいました。
「クラリス、帰省終わり?」
「はい、リトやみんなと一緒の方が落ち付きます。」
「うれしい。実は2班のみんなも寮にいる。」
「え?みんな里帰りしていないんですか?」
「みんな毎日課題に追われている。」
なんでもリトは3人の家庭教師役をしていたとか。
「それでは、わたしも明日から加わりますね。」
「みんな喜ぶ。」
そんな感じで、10日足らずの秋休暇はあっという間に過ぎていきます。
時々実家がこのヘクストスにあるエミルやシャルノにも会って、忙しい中にも充実した日々でした。
一度だけ2班にエミル、シャルノ、それにたまたま会ったヒルデアさんも加え、8人で、4対4の模擬戦をして・・・負けてしまいましたがいい思い出です。
「・・・そう言えばクラリス。あなた、フェルノウル教官殿は最近どうなさっているのか、ご存じありませんか?」
シャルノが何気なく聞いてきましたが、叔父様を気にかけすぎですよ?
「・・・叔父様は今大切な研究でひきこもっています。」
「へえぇ?教官殿があなたより大切な研究ねえ?」
エミル、その言い方は気に障ります!無言のままジトッて視線を向けてあげます。
「エミル、無神経。」
「あ、ゴメン。ちょっと、あたしらも気になることが・・・」
気になること?なんでしょう?
「エミル!それはあなたが言ってはいけないって・・・」
「あ?あかん!なんも聞かんことにしたってぇな!」
どうも、エミルとシャルノには、叔父様について聞きたいけど聞いてはいけないことがあるようです。
「エミル、シャルノ。もしもわたしを通さないで叔父様のことを知りたいのなら、メルにお聞きなさい。」
「え・・・あ・・・いや・・・そこまで深刻というか、秘密っていうか・・・ねえ?」
「ええ・・・まあ・・・それほどでもありませんわ。」
「二人とも、変。」
本当に変。何か叔父様がまたご迷惑でもかけたのかしら?
そして、いよいよ下半期が始まりました。
今日は、南方戦線に向かう輸送船に乗り、セムス川を下っていきます・・・そのまま船で河口まで五日の船旅、更に河口からケール湾を沿岸沿いに進み、軍港シーサスまで4日。
更に最終目的地であるミルウォルの城郭都市まで陸路4日の13日途中一日の港での滞在含めると14日の長旅です。
その間は、船の中で授業や演習が進められるのです。
今、わたしたちはヘクストスの河川港で、船を目の前に、見送りの方々と別れを惜しんでいます。
わたしの父や母も川向こうのエクサス側にいて、船を見送ると言っていました。
さすがにこちらにわたる余裕はないようです。
思えば8月。セムス川で会った少年兵たちが向かったのも南方戦線のはずです。
あの人たちはみんな生きているのでしょうか・・・あの時の、わたしが手を振り返した時のうれしそうなみんなの様子が思い出されます。
わたしたちが乗り込む船もあの輸送船と同じくらい大きな船に見えます。
事実これは100人を運ぶ小型の輸送船で、人員を運ぶのはこれが一番小さいサイズとか。
これに生徒20名、教官7名が乗り込みます。かなりの余裕です。
そう言えば、船にはわたしたちに同行する新聞記者の方が二人乗り組むそうです。
一人はまだ若い方に見えます・・・あら?
その若い方が、港であいさつしているのは・・・叔父様!?
なにか、随分親しそうに話しています。
あ!?その人が叔父様に抱きつきました。
何やらわたしの心臓が、ギュウギュウと握りつぶされています。
クラスのみんながそれを見て、なぜかきゃあ、とかうれしそうな悲鳴を上げていましたがあれはなんだったのでしょう?
その時は気にもしませんでしたが。
「あれって・・・男の人だよね?まだ若いけど?」
茶色のベレー帽に茶色のスーツ姿。濃紺の短髪。小柄ですがわたしにもそう見えますよ?エミル。
「教官殿・・・まさか・・・そっち?」
いいえ、気のせいです、目の錯覚です、何かの間違いですよ、リト。
「そういう趣味の方も世の中にはいらっしゃいますし、別に驚くことではありませんけども。」
シャルノ、貴族界の常識は、わたしにはついていけないのです。
叔父様の後ろに控えていたメルのろうばいぶりは、見ていて全く笑えませんでした。
固まっていたメルが尻尾をピンと立てて、慌てて二人を引きはがします。
そして、叔父様はその方の頭を帽子ごしに撫でて、名残惜し気に話した後、ようやくわたしたちの方に向かってきます。
メルがヨロヨロとついて来ます。
何事かを察したのか、エミルもリトもシャルノも、わたしたちの近くから遠ざかっています。
メルですら少し離れました。
叔父様だけは何事もないように真っすぐわたしに向かってきます。
目の前に叔父様が来たので、わたしはニッコリと微笑みました。
「ひええええっ。」
どこからかそんな悲鳴が聞こえましたが、わたしはまったく気になりません。
「クラリス、これをキミに渡して・・・」
休み中一回も顔を出さなかった叔父様が何か話していましたが、わたしの耳には不思議なことにまったく入ってきません。
話している叔父様を中心にゆっくり円を描いて、丁度180度移動した辺りで
「えい!」
わたしは笑顔のままで叔父様を押し出しました。
「うわああっ!え?ええっ?ちょっと・・・僕は・・・泳げない・・・助けて・・・クラリスぅ・・・がぼぼぼぼぼ」
誰かがおぼれそうになっていますが、わたしはまったく気にせず、みんなのところに戻りました。
「あら、みんな、どうしたの?」
なぜか友達の顔が強張っています。
「めっちゃ、ひく。」
「うん・・・怖い。」
「・・・あの子は決して怒らせないようにしましょう・・・。」
その後、おぼれた人は船員さんに助けられたようです。
良かったですねぇ・・・ちっ、いえ、舌打ちはしませんけど。
「では、これより生徒一同は、アウレイア号に乗り込みます・・・敬礼!」
ヒルデアの合図で、わたしたちは一斉に敬礼をします。右の人差し指と中指を立て、他の指はしまって、「剣印」をつくります。
それを号令とともに、一度下に降ろし、続いて右のこめかみに素早くつけます。
礼の後は、一瞬溜めてから、ちゃんと前に半円を描きながら手を戻していきます。
練習の成果もあって、きれいに決まりました。
すると船員の方や見ている方々から一斉に拍手が起こります。
これはエスターセル魔法学院・・・名門の男子校の方・・・でも同様に行う儀礼なのですが、うまくいけば拍手、下手と思われたらブーイングが上がるというなかなか怖い伝統があったらしく、新設校のわたしたちが、拍手をいただけたのは幸いでした。
「ところクラリス班長、出港前にフェルノウル教官殿にあのベレー帽の方が抱きついていた件について詳しく・・・え、ええっ班長!?やめてください、船から落とさないでぇ・・・誰か助けて!」
メガネの醜聞記者がなにか言っていますけど、不思議です。全く聞こえませんよ?
「デニー、謝罪!」
「あなたが悪い、謝れ!死にたくなければすぐに謝って!」
「クラリスもこんなことで殺人はいけませんよ!殺人は!」
「班長、デニーが何かしたの?なになに?」
「・・・班長、目が怖いよぉ・・・」