第8章 その2 上半期の終了
その2 上半期の終了
「なんであんなに敬礼の指導をしたか、わかってますか?」
ワグナス教授の「軍法」の講義です。戦場に行く前に、あらためて戦場での行動模範を叩き込まれます。
軍令・軍律もですが、軍礼も一緒に教わります。
「あんなの上手にできたって戦いには役に立たないわよ・・・。」
昨日最後から三番目まで合格しなかったエミルがブツブツ言って・・・今教官ににらまれました。
シャルノがエミルを助けようとしてか、慌てて挙手します。シャルノは友情に厚いのです。
伯爵令嬢という身分をひけらかさない、本当に素敵な友人です。
「はい。教官殿。見事にそろった敬礼ができる、それはその部隊が高い士気を保ち練度を持った信頼しうる友軍であることを示す証となるからです。」
確かに、友軍からろくに敬礼もできない部隊と見られれば、連携もろくにとれないでしょう。
ですが、過分な礼法はわずらわしいと感じることもあります。
ただ、わたしたちは新設の小規模校、しかも初の女子の軍学校ともなれば教官方が気になさるのも仕方ないかもしれません・・・。
その後は学生杖を使った杖礼など、さまざまな軍礼や、少し脱線して、戦場でわたしたちが身につける軍装なども学びました。
最後に、わたしたちは現在の実習班・・・5人×4班のまま、各班ごとに、選ばれた特務小隊に配属されることが知らされます。
「ねえ、クラリス?結局特務小隊ってなんだっけ?」
昼食中、東屋でエミルが聞いてきましたが・・・初歩過ぎです。
「簡単に言うと、魔法兵が配属された小隊を特務小隊と呼びます。通常の小隊が三個分隊・・・槍、盾、弓・・・の30名なのに対し、特務小隊は魔法兵分隊10名をくわえた40名編成の増強小隊です。」
「エミル、不勉強。」
「・・・悪かったわね・・・でも、じゃあわたいたちが配属される小隊は・・・」
「ええ。特務小隊。ですから10名の魔法兵がわたしたち5名について、細かく指導してくださいます。45名の特務実習小隊と言うところですね。」
それにシャルノも付け加えます。
「でも、戦場ですから、小隊はあくまで一部。その所属する中隊の指示で行動するのですよ。魔法兵が配属された中隊は特務中隊・・・特務中隊には2個特務小隊と4個通常小隊が配属されます。わたしたち1班と2班は同じ中隊に配属ですわね。」
そうです。エミル、シャルノと同じ中隊なのはほっとします。
「待って、じゃ、特務中隊は200名いて、魔法兵はうち20名!たった十分の一しかいないの?」
商人の子のせいか、エミルは暗算が早いのです。
「それが現実。魔法兵は貴重。」
そうなんです。特務中隊、つまり魔法兵を戦力の中核に据えた部隊ですら、魔法兵そのものはその十分の一しかいない。
一般の部隊の中での割合は、数百分の一以下なのでしょう。
ですから、わたしたち魔法学生の育成に軍は慎重にも慎重を課す、と言うことになります・・・叔父様が言った旅団単位の支援というのは大げさではないのでしょう。
「ふう・・・。」
シャルノ?シャルノはコーンスープのお皿にスプーンをいれてかき回したまま、口に運ぼうとしません。普段なら決してしないでしょう。
「シャルノ、どうかしたのですか?」
「え?・・・はい。実は父が・・・その・・・」
「シャルノ、それ、言わんときぃ。言うたらあかんで。」
エミル?わたしとリトは顔を見合わせます。最近になって、時々エミルはこの変な話し方になります。
どうも、実家が絡んだり商人気質が現れるとなりやすい気がします。
わたしとリトが、シャルノとエミルを見つめますが、二人とも黙ったままです。そのままお昼休みが終わり、釈然としないまま午後の授業に向かいました。
午後は珍しく「芸術」の授業です。いわゆる一般教養として身につけることになっています。
わたしは好きな科目なのですが、リトやエミル、デニーはそうでもないようです。
一方、リルは大好きなので、座席に座ったままでもウキウキと体を揺すり、それに合わせて・・・ム・・・が揺れます。
そして今日は・・・
「実習中、それぞれの班ごとに、独自の班章をつけることにしています。ちなみに学園章もつけますけど・・・今日は班章のデザインを考えてみましょう。もしも立派なデザインがあれば、それを実際に採用するかもしれません!」
それで、各班ごとに別れて、班の意見を集めることになりました。
「メガネはどうでしょう!?知恵の象徴です!」
「却下。」
「・・・とくにない。」
「・・・ん・・・お花がいいの。」
わたしもお花は好きですけど。
「んじゃ、リルに任せて!エターセリュのお花に学生杖を組み合わせて・・・どうだどうだ!」
これは。いいです!これにしましょう!
「リル、これ、とってもステキです!」
リルのデザインは絶賛され、採用決定。なんと他の班もリルに描いてほしいと、いうので、2班の班章を基準に他の3班のデザインも決まりました。
リルは学業や体術などは苦手だという印象がありますが、実習では粘り強く、忠実に指示に従う頼りになる仲間です。その上こんな才能まで。
最初はあんなにぎくしゃくしていた2班ですが今では本当に素敵な仲間たちになりました・・・って、ええ?
「レン・・・まだ13歳なんですか!?」
余った時間で雑談していたら、いつしかそんな話が!
「・・・うん。」
「納得。」
レンよりは少しだけ大きいリトです。でも・・・。
「この学園の応募資格って・・・15歳じゃ?」
「あ、実はですね、一次合格者が足りなくて、年齢制限を取っ払った二次試験が実施されたのよ!」
さすがメガネ探偵。そういうネタはちゃんとさらってるのですね。
「だから・・・言わないけど、あと二人は二次試験で合格した、15歳じゃない生徒がいるの。でもプライバシーだからこれは言わないから。」
・・・わたしのプライバシーは探ってるくせに・・・まあ、いいでしょう。
「では、レンはわたしたちより2歳も年少なのに一緒に勉強している、優秀な生徒なのですね。」
「・・・ううん。みんなについていけなくて、大変。」
そんな風に、上半期最後の一週間は過ぎていきました。そして、今日はその最後の日です。
「今日の戦術の教官、誰だと思う?」
魔法装置の修理は叔父様とメルがあっさり終えて、すぐに「戦術」実習は再開されました。
イスオルン教官の実習の穴を、毎時間いろいろな教官が交代で埋めています。
しかし、本音を言えば、「あの」主任の実習からすれば、少々物足りない時があるのです。
例えばワグナス教授は、その知識や魔法の実力は申し分ないのですが、ではわたしたちが戦場でどう行動すればいいかを教えるとなると、状況設定が単純すぎて、絶対無理な戦力設定か、意外に簡単に勝ってしまうかの両極端になります。
適切な戦術行動でようやく勝てるという条件の設定は、なかなか難しいのです。
そういう意味では、今日の教官は最悪でした。
「え?まさかフェルノウル教官殿なのですか!?」
「シャルノくん、まさか、の意味は聞かないことにするよ。僕だってこんな実習に自分が向いているとは思っていない・・・こら。そこ、うなづくな。」
くすくすと笑う声がします。なめられています。叔父様。ですが・・・。
「んじゃ、今日の勝利条件は、生存だ。以前話したけど、僕の従軍体験に基づいた戦術行動を敵は忠実に行う。その時は・・・中隊で生存したのは18名。約1割だ。だから、キミたちも・・・二人生き残ったら、いや、大サービス。一人でも生き残ったら勝利としよう。敵はたったの・・・いや、それは秘密にするよ。でも、キミたちが勝ったらご褒美をあげよう。」
わたしたちは以前と同じように、自分たちで話し合って20名4個班を割り当てます。
「ヒルデア、シャルノ。意見具申です!」
あの叔父様があそこまで過酷な勝利条件を出すのです。当たり前に戦っては全滅必至!
「クラリス班長・・・?そこまでしなくちゃけないかな?フェルノウル教官殿だからって、そんなに意識しなくても。ボクは」
「ヒルデア。それは甘いかもしれません・・・わたくしはクラリスの意見を聞きたいですわ。」
「シャルノ?・・・キミまで言うのなら。いいだろう。班長、話してくれ。」
ヒルデアさんはクラス委員長で真面目でいい人ですが、ちょっと素直過ぎると言いますか。
「それで、意見具申は通ったけど、わたしたちは結局、いつもの偵察歩兵ですか、班長?」
「まあ、そんなところ。ごめんなさいね、みんな。」
「問題ない。この方が安心。」
「そうそう。信頼されてるし。」
「・・・うん。」
わたしたち2班は先行して偵察。敵を捕捉します。おそらく優勢な敵でしょうから、即座に撤退。
囮となっておびき寄せ・・・味方の集中攻撃で撃破してみせます!
今日の味方は偵察と囮の歩兵1班に、魔法兵3班という超攻撃的編成です。
本来ありえない編成ですが、叔父様の体験が非常識なのですから、わたしたちの一番有利な布陣で問題ないでしょう。
味方の魔法兵3班は、ヒルデアとシャルノの指示で伏兵となっています・・・。
ところが・・・敵が見つかりません。そして、幻影の空がオレンジ色に。
「ウソ、夕暮れって・・・」
やられました。夜戦設定です!と言うことは・・・
「リト、リル。先行して・・・いえ、撤回。みんな、引き上げるわ!撤退する!」
これは、逆に敵に捕捉されて夜に紛れて攻撃される、という状況でしょう。
敵を探るより一目散に逃げます!まして、味方に警戒を呼びかけないと!
ところが・・・騎影!いけない。ゴブリンライダーまで!夜の狩人・・・。ゴブリンとトロウルの連合軍による夜戦!
うかつに逃げては、わたしたちが捕捉されます!
リトを伝令に走らせながら、わたしたちはデニーが見つけた岩陰に潜伏します。
・・・夜戦の結果は惨憺たるものでした。
夜戦そのものなら、演習で経験しましたが、昼から夜に、という経験は初めてでした。
その戸惑い。それにどこからともなく飛来する巨石。何百m飛んでるのやら。
リトの伝令はかろうじて間に合いましたが、それでも撤退する前に敵の巨石と弓矢の攻撃が始まりました。
味方は魔法兵なので、弓はありませんが遠距離攻撃や防御・支援など多彩な魔法で十分に戦える、と思っていましたが、見えない敵から一方的に攻撃されたのは初めてです。
直撃こそなかったものの、砕けた岩が飛び散り、範囲攻撃となります。
また、岩が飛んでくる中、いくら身を隠しているつもりでも平然と呪文をとなえることが難しいのです。
味方の呪文成功率が大きく低下します。慌てて身を乗り出すと。
ゴブリンアーチャーの弓矢が飛んできます。
「そうだ!明かりを・・・誰か「光」を!」
「ダメよヒルデア、明かりなんてつけたらいい的ですわ!」
「でも、敵はここをわかって攻撃してるよ!」
「トロウルにゴブリンは夜の種族。それでも灯りのない中じゃまだ逃げ道があります。」
「・・・今、2班が時間を稼ぐ。クラリスから合図・・・」
暗闇の中、それでも飛来する石の発射地点を探します。
5体のトロウルがスリングを使って巨石を投げ続けているのを見つけると、敵に「光」を投射し、その光に向かってわたしたちは突撃します。
と言ってもすぐに撤退・・・のつもりでしたが・・・瞬殺されました。
「食べられちゃう~・・・」
確かに、実戦なら、おいしくいただかれることになったでしょう・・・。
それでもわたしたちが放った光が合図で一時的にトロウルの投擲が止むのはわかるはず・・・あとは任せます・・・。
2班が壊滅しながらも、一時的にトロウルの投擲兵を引きつけている間に、味方が撤退してくれることを願ったわけですが、ジャイアントウルフに騎乗したゴブリン・・・ゴブリンライダー5騎とゴブリンアーチャー5体から逃れるのはなかなか大変のようで・・・。それでも魔法を駆使して・・・。
「シャルノくん、リトくん、ジーナくん、アルユンくん。以上4人の生存を認めます。おめでとう!きみたちの勝利だ!」
・・・。みんなボロボロで、だれも喜んでいませんでした。
だって、味方戦果はトロウル1体、ゴブリンライダー1体。
一方、味方戦死者11人。撤退できない重傷5人・・・は多分戦場じゃ戦死。
敵15体相手に味方20人で、一番最初に戦死したわたしが言いたくもありませんが大敗です。
「んじゃ、勝利したキミたちにはご褒美だ・・・ああ、今日の最後に配ってもらうよ。」
ご褒美、ねえ?またスクロールとかでしょうか?
「あと・・・フェルノウルくん、少し残ってくれたまえ。」
ええ?・・・みんながこそこそささやいてしてます。リトやエミルは・・・同じく何かつぶやいています。
デニーなんか見たくもありません。
「クラリス・フェルノウルです。御用でしょうか!」
多少わざとらしく、でも軍人らしく敬礼してみせますが・・・。叔父様?
叔父様は、深刻な表情を作っています。珍しいです。そして、わたしに向かって
「・・・クラリス、無茶は止めてくれ。」
そう言うのです。でも、そんなに凹まないでください。わたしの方が心配します。
「叔父様。それは、公私混同です。」
心配は・・・まぁ・・・まぁまぁ・・・うれしくないこともありませんけど。
いつもであれば、このくらいのやり取りで済んだと思うのですが、叔父様はまだ終わりませんでした。
「・・・そうなんだけど。だけど言っておかなきゃいけない・・・きみは、きっと戦場でも同じことをする。みんなのために、自分の命を投げ出して・・・それは一見尊く見えるかもしれないけど、間違ってると思う。」
「・・・そうかもしれません。ですが一人の犠牲で何人も助かるんなら・・・。」
「止めてくれ!キミに死なれたら・・・僕は・・・。いや、キミの目標はどうなる!キミの目標は生きのびて、力をつけることで、ようやく実現するかもしれない。でも、その遥か手前で、キミは平気で命を投げ出しそうだ。目の前の人を救うために、当たり前のように。」
叔父様の心配はわかります。でも、わたしはそこまで深刻にとらえませんでした。
「心配しすぎです。わたしはまだ戦場実習にすら行っていないのですよ?叔父様。」
過保護です、そう言うのはさすがに控えました。それでも叔父様は心配そうです。
ですが、学園の生徒として、教官として、お互いのいうべきことは言い終えたつもりです。
叔父様はまだまだ言いたそうですが、わたしはそれを遮って退室したのです。
「では、次の授業がありますので、失礼します!」
残った叔父様をメルが慰めているのを横目に、わたしは走っていきました。
「教官、何?」
リトが黒曜石のような瞳をわたしに向けます。
「・・・さっきの実習で・・・無茶だって。」
「しかし、クラリスはじめ2班のおかげで、生存者が出たわけで、軍としては間違っていないと思いますけど・・・過保護ですね。ふっ。」
シャルノがニヤニヤと笑います。だから伯爵令嬢にそんな笑いは似合いませんよ!
「でもわかるなぁ、教官殿の気持ち。かわいいクラリスがトロウルに食べられちゃったら・・・あの人、何しでかすかわからないよぉ?」
そう言う心配もありましたね。叔父様のことを考えると、わたしは無茶できないのでしょうか?
・・・考えても無駄です。わたしがどうするかなんて、その場にならないと分かりませんし、そんな場面になんてなりたくもありません。
そして、この日の最後。わたしたちは上半期の成績を受け取り、ワグナス教官の訓示を聞きます。そして・・・
「そう言えばキミたちに、フェルノウル教官からご褒美だそうです。」
なぜかご満悦なワグナス教官を見て、みんな首をかしげます。
「ねえ、フェルノウル教官、どんなご褒美くれるのよ?」
エミルが青い目をぱちくりさせて聞いてきますが、わたしも首をかしげるばかりです。
「フェルノウル教官から、みんなに「スターシーカーの魔術書」を再編集して、5分冊にしたものの1巻めが配布されます。貸与の形をとりますが、キミたちが在学中は持っていていいし、なくしたら再発行します。写本は、売ったりするのでなければ許可します。これは他の魔術書や呪文大全の一部も利用した大作で、しかもみなさんが使いやすいよう、呪文動作や魔法円など解説図、原著や関連書の引用、索引などもついています。下半期からは、基本的に魔術関係の授業はこの魔術教典を使用して授業を行いますので、休み中に目を通しておくように!」
歓声すら上がりません・・・そんな貴重なものをいただいていいのでしょうか?
わたしがかつて叔父様からいただいた「スターシーカーの魔術書」の方が書籍としての価値は高いでしょう。
おそらく金貨100枚程度。しかし、今回叔父様が再編集したものは、他の書の有用な部分まで包括し、おそらく内容や習熟度ごとに分冊にして、より詳細なイラストや注釈を入れたのでしょう。
わたしの魔術書の使い方を見て、きっとより使いやすいものに改訂したのだと思います。
その教典としての価値は計り知れません。
それを生徒、いえ、おそらく教官の分もおつくりになった・・・おそらく8月からずっと密かに作業していたのです。
実は魔術書は希少で高価なものです。
生徒の中でも所有していない者も多く・・・デニーやリルもそう・・・、持っていたとしてもみんな違う魔術書なのです。
入学当初、シャルノが・・・当時はまだシャルノ様と呼んでいましたが・・・平民のわたしが「スターシーカーの魔術書」を持っていることを知って目を剥いたものです。
だから授業の前に図書室で必要な個所を筆写するか、教官が前もって用意するか、いずれにしても不便なものでした。
だから叔父様のように自在に魔法文字や絵を板書したりできる人でもなければ、なかなか講義はわかりにくいものなのです。
しかし、この再編集された「スターシーカーの魔術書」を教官はおろか生徒全員が所有して、それを使って一斉に授業するともなれば・・・授業の質的な改善は劇的なものになるしょう。
さきの魔法装置による実習に加えて、この業績は計り知れない・・・おそらくわたしが叔父様の「すごさ」に気づいたのは、この時が初めてだったのです。
最後の最後に秋休暇中の膨大な宿題・・・叔父様から・・・が配布されましたが、誰も反応できませんでした。
その反応は、わたしたちが休暇一日目に自分のカバンを開いたタイミングで、悲鳴と言う形で起こるのです。




