第7章 その8 運ばれた先
その8 運ばれた先
「正当防衛と緊急避難を振りかざせば、なんでも赦される、なんて思ってませンか、教官殿。」
「僕を追い詰める世間が悪いに決まっている!」
そこは胸を張るところなのでしょうか、叔父様?
衛兵隊に連行されたわたしたちですが、連行したクライルド隊長さんの方が頭を抱えて苦しそうです。
隊長さんの精悍なお顔が情けないことになっています。
アレイシル副隊長さんにいたっては、駐屯所で叔父様の姿を見た瞬間、急に腹痛に襲われて、そのくせ「巡回に行きます。行かせてください、後生です。聞き取りはイヤぁ!」って・・・。
よほど前回の叔父様の聞き取りでおつらい目に遇ったのでしょう。
「すみません!叔父様は悪気はないんです・・・ホントですよ!」
わたしは懸命に頭を下げるのですが
「キミが謝ることはない!悪いのは、あの主任のおっさんと、何とかいう商会と・・・一応、僕だ。」
「いちおう・・・自覚あったんですね、教官殿。」
一転して、とても晴れ晴れとしたお顔で隊長さんがつぶやきます。
「ああ・・・迷惑をかけたっていう自覚はあるぞ!悪いことをした覚えはないがね。」
「叔父様!いい加減にして下さい!」
わたしは叔父様の頭を押さえつけ、
「謝ってください!そもそもご迷惑をおかけしたのですから、頭が高すぎるんです!」
と、衛兵隊への謝罪をさせます。
「だいたい、この不穏な情勢でまた『飛行』術式なんか使って!」
いくらメルが心配だったとても。しかもリトまで巻き込んで!
「ああ・・・でも、なんかあまりみんな驚いてなかったよ。」
なんて言い草でしょう!ところが隊長さんまで
「そうですね。不本意ながら、学園近隣の人たちは、今回の学園の爆発やらの騒動も『またか』くらいに言ってましたよ。」
って言い出して・・・それは、学園近所の方々も随分と非常識なことに慣れてしまったというべきでしょうか。それは立派な悲劇ですよ?
「ああ、教官殿は、もうヘクストスの、少なくてもこの魔法街区じゃすっかり有名人だよ。たかだか一か月で50万人都市の有名人なんて、大したもんさ。」
一見賛辞に聞こえますが、残念ながらわたしは騙されませんでした。
「・・・全然うれしくありません。本当に、いつもご迷惑をおかけして・・・。」
ありがたいことに、おおよその事情を把握した衛兵隊では、教官や生徒の事情聴取の結果、
今回もおとがめなしという判断を下しました。
そもそも衛兵隊に通報したのが叔父様自身でもあり・・・厳密に言えば式神だそうです・・・一番ケガをしたのは叔父様の使い魔メイドです。
もっとも、奴隷への、しかも半獣人への暴力はさほど罪にならないとか。叔父様は本当はかなりお怒りなのですが。
さらに言えばキッシュリア商会が派遣した人員には目立った外傷もありません。
それでいて不法侵入その他の罪状は明らか・・・。
ただ、叔父様はイスオルン教授と話したことで、自分の行っている研究成果をこれ以上広めてはいけない、と考えるようになりました。
そのせいか、駐屯所から解放されても、表情に変化はありませんでした。
あるいは常に付き従っている半獣人がいないので、寂しいのかもしれませんが。メルは強制的に眠らされて治療。
さすがに今夜は入院だそうです。
「よく半獣人を治療し、入院までさせてくれましたね。その魔法医の方!」
わたしはうっかりそんな感想を漏らしてしまいました。その直後に感じた、冷え冷えとした感覚・・・叔父様が悲しそうにわたしを見つめました。
「ご、ごめんなさい!・・・わたし・・・そんなつもりじゃ・・・」
以前と比べれば、随分メルを認めるようになったわたしです。あの子の気遣いに救われたことすらあります。
それなのに・・・こんな言い方しかできない。
あわてて謝ったのですが、わたしの方を見ないまま、叔父様は一人で行ってしまわれました・・・。
なんてバカ!わたしはバカで、人でなしです。尻尾のあるあの子よりよほど、人として劣っている気がします。
まだあの子を受け入れていない、言われなく卑しんでいる・・・。
自分が許せず、右手で自分の頬をたたきました。
それでも、頬の痛みは心の痛みを消してはくれません。
しかも、最近ぎこちなかった叔父様と、今日の一件を通してまたいつも通りに話せそうだったのに・・・。
叔父様にあんな悲しそうな顔をさせてしまった。
叔父様には、メルのけがは叔父様のせいです、と言っておいて・・・。
さらに自分が許せなくなり、駐屯所の壁に頭を叩きつけます。
「クラリス!」
「あなた、何やってるのよ?」
「ケガをしていますわ・・・まさかご自分で?」
わたしは、リト、エミル、シャルノに抑えられてしまいます。
「ケガなんて大したことじゃないから・・・放して!」
「バカ!」
そうです、わたしは愚か者です!
「とりあえず落ち着こう、ね!」
ムリです!だってわたしはメルが目に前にいないからってあんなことを言って
「あなたが傷つけば、あなたより悲しむ人がいるでしょう!」
その通りです!でも、わたしはその叔父様にあんな悲しいお顔をさせて!
その時・・・!呪文の詠唱が聞こえたかと思うと。
「「「「眠りの雲!(スリープクラウド)」」」
え?同一呪文の集団詠唱!?そんな高度な・・・デニー、リル、レン・・・。
「クラリス班長は、顔に似合わず狂暴です・・・。」
「うんうん。静かに眠って。」
「・・・班長、痛そう。」
魔法抵抗に敗れたわたしは、心配そうな声を聞きながら意識を失いました。
目が覚めると、見覚えのない場所にいます。
まさか、また誘拐でしょうか。
でも、記憶の最後は友達に囲まれていた景色です・・・が。
すっかり慣れた動きで、自分の身なりを調べます。
制服のまま。乱れはなし。ほっとします。
ようやく部屋を見回します。自分がいるのは簡素ですが清潔なベッドの上。
部屋は・・・始めて見るのに不思議と見慣れた雰囲気です。
広くない部屋に漂う、インクと紙の臭い。
一方、それ以外にも生活感がこびりついていて、この空間で仕事と生活の両方が行われている・・・まさか!奥の作業机に行きます。
高価なインクや紙、製作中のスクロール・・・。
そこに部屋の扉が開かれました。
やっぱり!
「目が覚めたかい。クラリス。しっかしキミのクラスメイトたちは何を考えてるんだか・・・眠ったキミをみんなでここに運び込んだかと思えば、今夜ここにおいてくださいって・・・非常識にも・・・ってクラリス?」
叔父様・・・叔父様・・・。
「ゴメンなさい!わたし、叔父様にはあんなこと言って、それなのに、自分ではメルをまだ差別していて、だからついあんなことを!」
夢中で叔父様に飛びついてひたすら謝ります。
途中からは言葉にありません。
それでもわたしは止まりません。
ひたすら言葉にならない「ごめんなさい」をくり返して・・・。
叔父様は呆気にとられたのか、長い時間身動き一つしないでわたしに抱きつかれたままでいました。
それでも、何分、いえ、何十分たったでしょうか。
ようやくわたしを軽く抱きしめ、頭を撫でながらこういうのです。
「分かってるよ。キミは素直ないい子だ。だから、今度はもうあんなイヤな言葉を言わないでくれ。僕の大切なクラリス。」
それを聞いて、わたしはいっそう申し訳なくなって・・・さらに何十分もこのままでいることになるのです。
「そろそろ、いいんじゃないかなぁ・・・僕はとっくに許してるし、メルだってそんなに気にしないと思うぞ~?」
もう少し。
もう少し、このままで!
何年も、こんなに甘えることができなかったんです。
だから。もう少しだけ!
「・・・褒めてくれてもいいさ。とっさにこれを脇のラックに置いたことを。」
叔父様は目覚めたわたしのためにお茶をいれて持って来てくれたのですが、わたしが飛びついたので危うく火傷させるところだった、と言いたいみたいです。
あれから2時間はたったでしょう。今、淹れなおしてくださいました。
「おいしいです・・・紅玉茶。」
「ああ、しかも北方のクオリティーシーズンの北紅玉茶だ。僕が知る限り、これほど薫り高くてさわやかで、自然な甘みと酸味が絶妙な茶は、他にないね・・・カフェインが強そうなのが玉にキズだけど。」
カフェインってなんでしょう?
「そのかわり、リラックスしたかったらブランデー・・・焼きワインを入れると、これまた風味が一段深くなるっていうか・・・キミはまだダメだ、ワインにはちみつくらいで止めておきたまえ。」
「わたしも、もう15ですよ。立派な大人です。なのに叔父様は子ども扱いばっかり。」
「当たり前だ。友達に寝たまま運ばれる大人なんて、酔っ払いだけで十分だ。それともキミは酔っ払いなのか?僕は酔っぱらいを一人前扱いしないんだが。」
ひきこもりのくせに!と言いたいところでしたが、顔が赤くなります。
なんでエミルたちはわたしを叔父様の所に運び込んだんでしょう?
あ、でも!?
「叔父様、そう言えば、教官室は!・・・」
「・・・ああ、外は荒れてひどい様だった。さっき片付けたけど、まだ完全じゃない。」
ここは校舎内の一画にある教官室。
教官室には付属の準備室があって、叔父様が普段起居しているのは、この準備室です。
「でも・・・どうして宿舎にお入りにならないのですか?」
叔父様も一応は職員なので、学園に隣接した職員宿舎に入ることはできるはずなのに。
「あそこは広すぎて落ち着かない。」
ですって。なんだか、実家の「開かずの間」を思い出します。
「まぁ・・・本当にひきこもりが染みついているのですね。狭いお部屋の方が落ち付くなんて。」
叔父様はバツが悪そうです。元の世界の感覚が残っているとか。よほど狭いお国なのでしょうか?
「そのかわり、ちゃんとこの広さでも必要なものはそろえている。」
「本当に・・・蔵書に作業机、小さいけどちゃんとテーブルと椅子のセット・・・ベッドまで・・・」
もっともベッドは1台のみ。
あの・・・いえ、メルは叔父様と一緒に起居しています・・・ベッドも一緒です。
叔父様のことですから、あくまで添い寝です。
ですが、叔父様が近くにいないと、メルは泣き叫んで暴れてしまうので仕方のないことです。
あの子はわたしたちと出会う以前、心身によほど大きな傷を負ったらしく、未だに暗い所には一人でいられないのです。
今もムリヤリお薬などで眠らされているのでしょう・・・かわいそうに。
「簡単な調理器具も用意した。術式の「火操り」を使うことで、薪や炭なしで調理できる・・・そうじゃなきゃ、煙やら火の管理やらでここじゃ使えないからね。」
コンロやオーブンを使うのは一仕事です。母さんもいつも苦労しています。
「調理器具も、ですか・・・。叔父様、お願いがあります。あの、麦がゆを作っていただけませんか?もう夕食の時間を過ぎてしまいました。食堂もしまっていますし。」
「あぁ・・・気が付かなかった。・・・でもいいのかい?そんなもので?」
「食欲もありませんし・・・。」
大嘘です。お腹が鳴らないのが幸いなだけ。
さっきから腹筋をしめている成果です。
「今朝、救護室でもいただいたのですが、以前叔父様につくっていただいたことを思い出してしまって、急に食べたくなったんです。」
「うへえ?そんなことあったっけ?・・・んじゃ、少し待っててくれ。ああ、そう言えば、リトくんがさっきキミの持ち物だってなんか置いてったよ。中身は自分で確認してくれ。」
荷物?叔父様が調理に向かったので、わたしはその中身を確かめに行ったのですが!
「リト!いえ、みんな!何を考えているのですか!?」
カバンの中身は、わたしのパジャマに替えの下着まで!そしてこの書きつけは!
「助手がいない、チャンス!」
「最近いろいろ拗らせ過ぎだから、今夜は思いっきり甘えちゃえ!」
「わたくしはお止めしたんですよ。でも、みなさん、こういうのは本人の覚悟だと申されまして・・・教官殿に限って大丈夫とは思いますが、どうかご無事で。」
みんな妄想しすぎです!わたしと叔父様に限ってそんな心配は不要なのです・・・きっと。




