第7章 その7 「衝撃」の決着
その7 「衝撃」の決着
叔父様の声がします。でもなぜか姿を見せてくれません。それでも・・・
「クラリス、指輪の力・・・教えるのをためらった。今から教える、ある攻撃術式が付与されている。」
わたしはあらためて冒険者たちに向かいます。みんなは遅れて、それでもついて来ます。
「随分軽く見られたよ。テリウスさん。学生の、しかもこんな女の子に勝負を挑まれちゃった。」
「後ろの上級魔術士三人を相手にするよりマシです。主任教授の裏切りは意外でしたが、女子生徒を捕まえて人質にでもしましょう。」
「人質以外にも使っていいのかい?けっこうかわいい子たちだよね。」
「・・・それを今言っては人質にならないのでは?」
残った敵は目の前の重戦士。
他に標準的な武装の、剣と盾の戦士が二人。
おそらく中級魔術士が二人。
さっき眠った盗賊が起きて・・・六人、さらにテリウス。
「教官方、ご助力無用です。みんな、いいわね!」
「無謀。でも了解。」
「クラリス、自分、なんやおかしゅうなってるで?」
「状況はよくわかりませんが・・・しかたありません。」
「・・・班長、戦況の解析始めます!」
「あたい、やるよ!」
「・・・レンも。」
支援魔法はまだ有効。ならば、魔法の手数でまず圧倒する!
「エミルは「魔力矢」で、魔術師の妨害を。デニー、リル、レン。抵抗されてもいから、戦士たちに「眠りの雲」を!前衛二人、勝負は急がない。」
「了解!」
そう、勝負を急ぐのは、わたし!
充分な支援をもらっている。いつもより敵の動きは見えている。
ましてあの重武装では動きはわたしでも!
だったら!見ててください、叔父様!
「なめてくれるな、お嬢さん!」
両手で持つ大剣。それを軽々とふるう熟練した戦士。
一撃でもまともに当てられたら終わり・・・でも。
頭の上を横殴りの一撃が。
とっさに身をかがめます。
剣が通りすぎるタイミングで前に・・・きゃ、足払い!跳んで避けます!
もう一回剣が、今度はやや下から!
後ろに下がってよけます。・・・さすがです。
でも自然にできた距離!
「眠りの雲!」
ナイス!デニー!
さっきから唱えていたのですが、今の発動のタイミングばっちりです。
男は抵抗はしたものの、一瞬動きが止まります。
そしてわたしは短剣を突き出し・・・いえ、これは囮。
男の目が右手に向いたスキに学生杖を捨てた左手が男の腕に触ります。
触れた!今しかありません!
「衝撃!」
そう。これが指輪に付与された下級攻撃呪文です!
「こいつは、風の精霊魔法「雷撃」を下級術式に編集したもので、相手に接触する必要がある。だけど・・・」
わたしの魔力が銀の指輪を介して「術式」を発動します。
それはわたしが触れた男の右腕を伝わり、直接体内に衝撃波をもたらすのです。
「この術式にはヨロイは無効。しかも一度術式を発揮したら、付帯効果で麻痺も発生する。相手が魔法抵抗に成功してもそれなりのダメージと一瞬の麻痺は必ず発生する。」
「うわああああっ!」
若い重戦士は魔法抵抗にも失敗し、大きなダメージを追い、加えて動きが止まりました。
「しかも下級呪文で接触系。なにがいいって、魔力消費は最低レベル・・・つまり一度でも接触したら・・・」
「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃!」
連続詠唱で、相手が倒れるまで撃ち続けます!
六回目の詠唱で男は完全に沈黙。崩れます。
「ふうっ。」
まだ指輪の魔力のおかげで疲労がありません。
・・・叔父様。確かにすごい指輪です。
一行のリーダーで最もレベルの高い重戦士があっさり崩れ落ちると、戦士たちも動揺しました。
リトは「閃光」と剣撃を繰り返し、ついには敵の守りをかいくぐり、小剣を首筋に突きつけます。
シャルノは、リルの「眠りの雲」に一瞬揺らめいたスキを突いて,武器飛ばし。
これも首筋に細剣を突き付けます。
戦士は二人とも膝を突き、武器を手放して降伏の構えです。
前衛が崩壊すると盗賊が逃げようとして、レンに後ろから「蜘蛛の糸」(ウェブ)を翔けられ、行動不能になります。
そこで二人の魔術師も降伏・・・。
ですが
テリウスは!?
「冗談じゃない!こんなにあっさりと崩れるなんて、役立たずめ。契約金を返してほしいね。」
この辺が、戦闘系でない緩さです。
いくら高レベルで自信があるとはいえ、さっさと逃げればいいものを。
わたしはさりげなく近寄り、そっと肩に触れます。
「ん?何だい?」
「衝撃!」
テリウスはなにしろレベルが高く、魔法抵抗を成功し続けます。
しかしどれだけ抵抗しても、いくばくかのダメージが通り、一瞬とは言え麻痺効果が発生する「衝撃」の連続・・・。
「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」「衝撃」・・・「衝撃!」
「最悪。」
「自分、えげつないわぁ・・・」
「いっそ一思いに始末してさしあげては?」
「班長、もう拘束しましょう。」
「班長強い強い。」
「・・・怖い。」
ようやくテリウスが崩れ落ち、拘束します。ふう、です。
「その術式はなんだね・・・まさかそれもあの男の?」
「はい、フェルノウル教官が新たに編集した術式です。」
「・・・なんで魔術も使えないくせに、こんな術式を・・・理解できんよ。」
「イスオルン主任教授。僕はあなたが嫌いだが、他の教官よりも理解しているつもりだ。」
叔父様の声がまた聞こえます。
いえ、今度はちゃんといらっしゃいます。
叔父様!・・・思わず走りだそうとしたわたしの足は、しかしピタリと止まるのです。
「メル助手!?」
「メルッち!」
叔父様は、メルを抱きかかえています。
しかし、メルの服が大きく破れ、あちこち傷が・・・もう血は止まっていますが・・・しかも右の耳が半ばちぎれていたのです。
「テリオス、とかいったな。こいつの仲間は、ここにいる奴らで最後だ。あとは全員ぶったおした。ついでに衛兵隊に使いを走らせたからもうじき・・・あのなんてったけ?まあ、あの隊長が来るだろう。」
クライルドさんです。ワグナス教授の弟さんの。あと副隊長さんのアレイシルさん。
「さらにつかまってた教官も無事解放した。これでいいかな、学園長。」
「フェルノウル教官・・・なぜ?」
「なぜ?僕だって「隔離」した部屋から出たくなかったさ。そこのおっさんのせいで嫌な思いして、もうコリゴリだった。だけど、教官の一人が何を考えたか僕の教官室にやってきて・・・でもそいつは他の奴らを手引きしたんだ。うっかり戸を開けた・・・メルがひどいことされそうになって・・・。メルはとても弱ってたのに、奥の間にあいつらを入れまいとして・・・僕は気づくのが遅れた。」
「それは叔父様のせいです。」
「クラリス!?」
みんなが驚きます。
ですが、叔父様にしっかりわかってもらわなくてはなりません。
「叔父様がメルに出て行けなんて言えば、メルは叔父様に呼ばれるまで死ぬまで側に控え、叔父様の近くに誰一人近寄らせません。そのためにこの子は死ねるのです。叔父様がそのことを知らないはずがありません・・・メルのケガは、叔父様が招いたのです。」
「・・・キミが正しい。僕は僕の逃げ道のためにこの子を犠牲にした・・・八つ当たりしたんだ。メルに。」
叔父様は辛そうにメルの頭を撫でます。
メルはちぎれかけていた右耳をパタパタさせようとして、叔父様が必死で止めています。
「ご主人様?・・・何でお泣きになっているのですか?メルは今幸せです。ご主人様がまたこうしてメルを抱いてくださっているのですから・・・。」
「・・・ゴメン。メル、僕は本当にダメでひどいヤツだ・・・ひきこもってる資格すらない。・・・しばらくはお休み。」
叔父様が泣きながらわたしを見たので、わたしはため息をつきながらメルに「眠りの雲」を行使します。
すっかり弱ってるメルは、ふだんならありえないほど、あっさりと眠り、更に叔父様が薬を飲ませて安静にしました。
「愁嘆場はいいかね。フェルノウル教官。」
「ああ。待たせてすまないね。あんたも意外にいい人だったんだな。僕以外の相手には。」
イスオルン主任教授が眉を顰めます。
「意味が分からんね。わたしは充分卑劣で愚劣なことをしたつもりだよ。まさか生徒にあっさり謎解きされるとも思っていなかったが。」
デニーが密かに胸を張ります。わたしが肩を叩くとニヤっと男の子のように笑います。
そういえば、この集団、意外に女子力低そうです・・・。
「僕も、こんな初歩的な手段で事故を起こすような魔法装置を作っていたことが情けない。反省しきりだ。・・・学園長、今日の会議とやらで決まったのは?」
急に話を向けられながらも、セレーシェル学園長は答えます。
「・・・まずわたしとフェルノウル教官の解任、クラリスさんへの再度の聴取、場合によっては退学など処分、そして来月の戦場実習の中止。」
戦場実習の中止?
「学園内で不祥事が続出したのだから。それどころではないということです。さらには・・・女子魔法学園の廃校も検討するべき、と。」
今年創立して、もうそんなことになるんですか!?
みんな一斉に非難の声を・・・
「待ってくれ!・・・これでも、イスオルン教授は温情のつもりなんだよ。」
叔父様が珍しく大きな声を出すと、みんな一瞬声を止めます。
しかしそれは話の意味が分からないからです。
「ああ・・・つまり・・・自分で言った方がよくないか?」
イスオルン主任は目をギョロリといからせるだけで無言です。
「やれやれ・・・つまり、この人は、女の子に戦いなんてさせたくなかったのさ・・・良くも悪くも、なんだがね。」
わたしたちは一斉に驚きの目を主任に向けるのです。
ですが主任は迷惑そうでした。
「キミの言い様だとわたしは随分と軟弱なフェミニストになってしまうんだが。」
「だから、自分で言おうよ・・・ちぇ、言う気なしか・・・じゃ、捕捉するけど・・・悪い言い方をすると、教授は男尊女卑・・・女性差別主義者だ。女は家庭にいるべきで、仕事なんか、まして戦争なんかに行くもんじゃない、っていう。部分的には僕も共感できる。」
ああ・・・それは未だに根強く残る考えです。
10年くらい前はそれが当たり前だったって。
そう言えば主任は時々「女の癖に」「女だから」という言い方をしていました・・・。
「もちろん、いい意味でもあるんだけれど・・・結果として女子魔法学園の教官というのは、彼にとってはかなり苦痛なんだよ。世間でいうような学園長になりたかった、ということはまったくないと思うけどね。」
「では・・・この一件は!」
「この一件だけじゃないさ。教授は10月の戦場実習だけはなんとしても中止にしたかったんだ。だから、7月の事件以来、いろいろ画策していたんだろう・・・ただ、やはりキッシュリア商会と組んだのは、失敗だと思うよ。あいつらは、結局僕の術式やら魔法装置やらを独占して軍に売り込もうとしていただけの小悪党だ。」
「それについては異論があるね。キミがつくったいろいろなオモチャは、多少の悪事を正当化したくなるほどの商品になるからな。つまりはキミが事態を悪化させたとも言える。だからキミには早々にひきこもってほしかった。」
「・・・すまないな。僕は世の中に疎いんで、無自覚に危険なもの垂れ流しにしていたかもしれない。」
「全くだ・・・キミの姪が使用した今の術式一つで、戦いのバランスが激変するぞ。こうもレベル差をたやすく覆す下級術式とはな。あれは上級者殺しと言ってもいい。」
ええっ!?そんなにこの「衝撃」ってすごいんですか!?
「軍に教えれば・・・いや、軽はずみに広めるべきではないね。あの飛行術式にしても、幻影にしても・・・せいぜいこの魔法装置を独占管理して、若手の訓練に活用するくらいでやめておきたまえ。後はキミのかわいい姪たちの護身用というところで、どうかね?」
「ご助言、ありがたく受け取らせていただくよ・・・どういう風の吹き回しだい?」
「別に。そのままさ。キミの研究は危険だ。知られればキッシュリア商会だけではすまんよ。それは世の中を乱す。年寄りの繰り言だ・・・だが、キミが来てから、生徒たちの成長は・・・見ていて楽しかったよ。」
主任?
イスオルン主任はわたしたちを見て、かすかにお笑いになったように見えました。
「・・・クラリス、今日の戦い、見事だった。まさか、教官が集まる学園に突入して、我々を模擬演習室に誘導するとは・・・そして、デニス、よくぞわたしの工作を見破った。・・・リト、エミル。これほど早く簡易詠唱を身につけた生徒は初めてだ。シャルノ、剣と魔術どちらもよく勉強したな・・・リルルにレンネル・・・あの劣等生が、よくもこいつらについてこられたものだ、頑張ったな・・・みんな、よくやった。」
わたしたちは思わず主任を取り囲みます。
「イスオルン教官殿・・・これを!これが、今日までのわたしの戦いを支えてくれました!」
わたしは「戦略論」や「戦術」のノートをお見せします。
そうです。
教官殿はわたしたちを「女だから」戦場に行かせたくないと思う差別主義者かもしれません。
それでもこの方は、「女だから」といって、授業で手を抜くことは決してしなかった。
あれほど厳しい授業は、女だって生徒として真剣に向き合ってくれた証なのです。
「・・・なるほど、わたしは自分の生徒に敗れた。そのことだけは誇っていいようだ。最後に手練れの冒険者と戦い、それに打ち勝ったキミたちを見ることができてうれしかった・・・ちっ、それを言わせたかったのか、あのひきこもりは。」
いつの間にか衛兵隊が演習室に来ています。
クライルド隊長が学園長とワグナス教授・・・お兄さんですよね・・・から事情を聞いています。
イスオルン主任はそちらに歩き出しました。
そしてわたしに向かって何か小さいものを投げつけました。
思わず受け取ります。
ですが、わたしはつかんだものを見もせずに叫びました。
「半年間、私たちを真剣に鍛えてくださったイスオルン教官殿に!・・・敬礼!」
わたしたちは一斉に敬礼をします。
教官殿はわたしたちの敬礼を見て、口びるをゆがめ「下手くそ。」と言って立ち去ります。
なぜでしょう。
みんな涙が止まりません。
わたしたちをだまして、事故まで起こして、戦場に連れて行くまいとした差別主義者・・・それでもあの人は確かにわたしたちの尊敬するべき教官でもあったのです。
イスオルン主任は衛兵隊に連れていかれます。
悪びれず、堂々と。
近くで主任と話していた叔父様のほうが、よほど卑屈に見えます。
去り際に散々嫌味を言われているようです。
そのうち閉口した叔父様は主任から逃げ出し、メルを抱えて病院へ行こうとします。
「それなら、リトが入院していた魔法医がいい。」
「・・・ありがとさん。最後だけは心から礼を言うよ。」
それで、二人は別れました。
イスオルン主任は最初から叔父様とは相性が悪く、今もなお仲がいいとはお世辞にも言えませんが・・・叔父様が主任のことを誰よりもわかっていたのはおどろきで、主任が叔父様にあれほど諫言を言ったのは意外です。
「リトくん、頼む。キミがいた病院に案内してくれ・・・浮揚!」
えつ!?そのスクロール使うんですか!?
「え・・・きゃあ?」
今のかわいい悲鳴、リト?
叔父様にいきなり抱きかかえられたせいか顔が真っ赤です。
「ゴメンな。んじゃ。」
叔父様はメルにリトまで抱えて、そのまま宙に浮き、火事で空いた穴を通り空へ飛んでいきました・・・どれだけ急いでいるやら、なぜかムカムカします。
しかもリトまであの態度!
「ええと、クラリスさん・・・また会っちまったな。色々聞かせてくれよ。」
「・・・・・・。」
「あれ?クラリスさん?」
別に隊長さんが悪いわけではないのです。ええ。
ただ、ちょっとわたしだって機嫌が悪い時くらいあるのです。
「けっこう大人げないよ・・・そんなとこ、おじさんそっくり。」
ムカッです!
「そんなことはないのです!エミルに叔父様の何がわかるというのですか!?」
「クラリス、エミルや隊長さんに八つ当たりはいけませんよ。わたくしたちも衛兵隊に協力しますから・・・そうでもしないと、ここの火事の実行犯がデニスで終ってしまいます。」
確かに、あの叔父様の答案の写しを直接唱えたのはデニーなのです。
「ええっ!?わたしが真犯人なの?こんなどんでん返しな展開!燃えるわ!」
・・・そのうれしそうな反応は、「予想の斜め上」なのです。
「デニー、変だよ?」
「・・・マニアだから。」
リルやレンも当惑して、デニーからひいています。
わたしも毒気を抜かれて、結局、大人しく駐屯所にいくことにしたのです。




