第7章 その6 商会の逆襲
その6 商会の逆襲
「主任教授殿・・・随分旗色がお悪いようで・・・手助けがお入り用ですか?」
テリウスです。テリウスはじめ、冒険者の一団が演習場に入ってきました。
「推理の披露に夢中になってたわ・・・」
デニーの「敵検知」はもう手遅れ。
どうやら学園内に大勢の冒険者・・・おそらく未登録で非合法の・・・が入ってきたようです。
以前誘拐された時にあった人たちでしょうか?
ですが、どうやって・・・。
「今日は臨時の保護者会、そういうことにして、先ほど校門に看板を立ててきました。」
用意のよろしいことです。
武装は学園に入ってから整えた、と言うことなのでしょう。
「テリウスくん。これは何の真似かね。こんなことを頼んだ覚えはないが。」
「いやいや、先ほど学園内で大きな爆発がありまして、どうやら校舎内にいた教官は無論、待機の言いつけを守らず校舎にいた、いけない生徒たちも爆発に巻き込まれて死んでしまうようでして・・・」
「!?」
「みんな、学園長も、教官方もこちらの用具室に!」
模擬演習室には魔法装置が設置される以前に使用していたポールや人形などをしまう用具室があります。
用具はかなり多いので、広さや守り易さで言えば、このままここにいるよりはマシでしょう。
幸い扉も壁も頑強な作りです。
まだ状況をつかめない教官方が、抵抗もできずにみすみす冒険者に捕まっていきます。
学園長とワグナス教授、さっきからわたしたちといたミラス助教授は間に合いましたが・・・。わたしたちは用具室に立てこもるべく移動し、用具を使って防壁らしきものを急いで作ります。
中からカギと「錠」をかけます。
外ではイスオルン教授とテリウスがまだ言い争っているようです。
そのスキに逃げられないでしょうか・・・窓でもあれば、ワグナス教官が「飛行」で衛兵隊を呼びに行けそうですが・・・飛行!?
・・・叔父様なら・・・いえ、叔父様は今?このままなら叔父様まで捕まってしまうのでは!
そう思い当ったわたしは、たった今自分でかけたカギと「錠」を外そうと解錠をかけるべく・・・
「クラリス、待つ!」
「どうしたのよ。あなた?」
「叔父様が・・・このままでは叔父様も捕まってしまうの!」
「落ち着きなさい、だからって、せっかく閉じこもったここから抜け出して捕まりに行くことはないでしょう!?」
「放して!」
わたしはみんなの手を振りほどこうとします。でも
「クラリスさん!落ち着きなさい!みんなを、お友達を危険にさらすのですか!」
「あ・・・。」
学園長に頬を叩かれて、わたしは我に返りました。
「す、すみません・・・。わたし・・・。」
「気持ちはわかります。わたしだって、捕まった職員の方々が心配です。ですが、あなたのおかげでせっかくここに逃げ込めたのです。なんとかいい方法を考えましょう。」
「・・・はい。」
わたしは少し冷静になりました。叔父様だけが危険なわけではないのです。でも・・・
「あ!」
「デニー?なになに?」
「・・・なぁに?」
「クラリス班長。そう言えば先ほどわたし、メル助手から預かってました。」
メルから?
「困ったことがあればこれを開けるように、とフェルノウル教官から預かっていたそうで。」
「・・・・・・。」
デニーがわたしたのは一つの袋・・・。
なんなんでしょう?
あからさまに叔父様の趣味的なにおいを感じます。
心配した自分がばかばかしくなります。
しかし、ひきこもっていた叔父様が?
それでも状況が状況です。デニーから袋を受け取り、中を開きます・・・。
「親愛なるクラリスへ
僕はまだひきこもることにしている。もともと世の中に興味はないし。ただ昨夜からこの「隔離」した空間を覗き込もうという動きがあった・・・とても不愉快だ。だが、学園内でこんなスパイ用の術式を使うヤツがいるんなら、相当危険そうだ。もしもの時は、僕のことはいいから、自分のことを考えてすぐに逃げること。友達が心配だと思うから、少し多めに準備した。だから、いいね、ちゃんと逃げてくれ。」
袋の中には、この伝言とスクロールの束。お金。そして・・・
「指輪?」
「強力な呪符物ね・・・でもいいのかしら、フェルノウル教官も。女の子に指輪をプレゼントなんて・・・意味深よねえ?」
が、が、が、学園長!?そんな意味は・・・ない、と思いますよ、なにしろ叔父様ですから。
「う~ん・・・なるほど。」
なにがなるほどですか?ただのマジックアイテムです!逃げるのに必要な!
「じゃあ、他の人が着けてもいいの?あたしとか?」
「絶対にダメッ!」
・・・あ。いえ、これはそのぅ・・・。
「みなさん、クラリスさんをからかうのはやめて、逃げる算段をしませんか?」
さすがに味方で数少ない男性です、ワグナス教授は。
微妙な雰囲気を無視して効率優先です。今は助かりますけど。
この指輪は作りかけで、しかも試作品だそうです。
だから銀の指輪に台座が青で何かを刻もうとしていたようですがわかりません。
ただ、いまの段階でも多くの魔力を秘め、またいくつかの防御系の術式が付与されています。
しさくひん・・・微妙です。
あと、スクロールですが・・・?
「あれ?外の様子が変です。」
デニーは「敵検知」で様子を探っていました。
「・・・変って?」
「敵が無力化していきます。麻痺状態です!」
ワグナス教授が「透視」を唱え、様子を見ます。
「イスオルンが、冒険者たちともめているようだ。」
「だったら・・・チャンスかもしれません。主任に協力して冒険者から逃げましょう!」
「クラリスさん?正気?主任はあなたたちをだまして・・・」
「ですが、主任はわたしたちを傷つける意図は、やはりなかったと思うんです。」
「それは不明・・・でも可能性はある。」
「マジなの?それ、めっちゃ賭けじゃん。」
「ですが、このままではらちがあきませんし・・・。」
リト、エミル、シャルノが議論しています。
ですが、デニー、リル、レンはわたしに従ってくれそうです。
「だったら、行きましょう!」
わたしたちは大急ぎで扉を開け、模擬演習室に飛び出しました。
それでも、できる限りの支援魔法をお互いにかけあい、充分に備えています。
扉の外には見覚えのあるプレートメイルを着こんだ若い冒険者と、テリウスたち。
それに対峙するイスルン主任。
そして倒れた冒険者たち・・・。
「ふん、きみたち、なにしに出て来た?」
「いえいえ、よくぞ出てきてくださった、というべきです。」
「イスオルン主任、あなたはこのならず者たちと完全に協力しているわけじゃないのね?」
学園長が尋ねますが、主任は無言です。
ですが、倒れている冒険者たちは魔法で麻痺しているようです。
主任が術式を行使した、と考えるべきでしょう。
「イスオルン上級魔術士の得意な術式、「麻痺の雲」(スタンクラウド)でしょう。」
初級術式「眠りの雲」(スリープクラウド)系の、中級術式です。
範囲攻撃で抵抗に失敗したら即意識を失う、という呪文。
しかし、ではこのテリウスは、それに耐えたということなのでしょう。
「なんかいけすかんやっちゃ。あきんどでもえろうやり手やで。」
エミル、また?
「ようは、職業レベルが高くて、専門以外でもいろいろな修正がついているんでしょう。」
「商人の、主任教授レベル?」
「そんなもんやろ。番頭とか、そこらへんはかたいわ。」
「では、攻撃力は低そうね。対応力は高そうだけど・・・リルとレンは」
「魔力を高めて」
「・・・眠りの雲。」
心強いです。学園長と教授はお任せです。
「エミルは中衛に、デニーと並んで。」
「はいな。」
わたし、リト、シャルノは前衛。
しかし、制服に学生杖の基本装備。
学生の悲しさです。
せめて用具室でなくて装備室に行ってたら革ヨロイくらいはあったかも。
今さらですけど。
「とりあえず主任は敵じゃないと仮定して。冒険者の無力化が優先。テリウスも攻撃力がなさそうだから、後回し!」
「了解!」
みんなやる気十分です。ですが、向こうはプロ。レベルもずっと高そう・・・。接近戦は不利!
「リト!」
「閃光!」
リトの簡易詠唱で目がくらんだところをシャルノが細剣で武器飛ばし。
「リル、レン!」
二人もひるんだ敵に「眠りの雲」をかけます。通常詠唱なので時間はかかりますが、
充分に練った魔力は多少のレベルは・・・。
シーフらしい軽装の男が一人倒れただけ。
思ったよりレベル差が大きいようです。
敵の魔術師が後衛に向かってスタッフを構えます。
いけない、攻撃呪文?
わたしたちと違ってケガをさせないとかの気遣いがないようです。
・・・実戦。
そうわかってはいますが、同じ人間相手に、どうしてもためらいます。
わたしにしても短剣で武器を受けることは出来ても、相手を刺すことはできません。
一方相手はそうではない・・・レベル以上にこの違いは大きそうです。
「魔力矢!」
エミルが簡易詠唱で、詠唱中の敵の魔術師を攻撃します。
魔術師相手に魔術攻撃ですから、大きなダメージにはなりませんが、詠唱を中断させることができました。
この辺の判断がさすが実戦派(自称)です。
しかし、エミルは喜ぶどころか、暗い顔・・・同じ人間を傷つけている、そんな罪悪感があるのです。
このままでは・・・。
「お嬢ちゃん方、魔法学校の生徒にしては、随分戦い慣れてるな。」
わたしの正面には、あの時の、高価そうなプレートメイルを着こんだ青年がいます。
わたしは答える気もなく、スキをうかがいます。
「だんまり、か。」
「みんな、一度さがって」
学園長?・・・ですが、今かろうじて優位、少なくても互角に近い戦況なのです。
「下がってクラリスさん。」
「下がるんです。」
ワグナス教授まで。
「学生のキミたちが戦う必要はないんです。」
「・・・では、あなたたちはなぜ戦わないのですか?今何をしているのですか?術式も唱えずに・・・。このままではもう捕まっている教官方が、どうなるか・・・。」
いけない。こんな話をしていてはいけないのに。
わたしは正面に向き合います。油断して危うく短剣を弾かれるところでした。
なんで学園長も教授も・・・助教授はどこに行ったの?
「クラリス。そこまでだ。このままではみんな戦えまい。」
「主任まで!?」
いえ、なぜ主任が?気が付くと、リトもシャルノも不安げになっています。
「みんな・・・油断しないで。前を向いたまま後退。」
「・・・了解。」
「ふん、みんな不満そうだな。では言ってやろう。学園長もワグナスも軍人ではない。軍から委託されて魔術を教えているが、要は一般の魔法学者。戦闘に関しては冒険者以下だ。呪文は知っても戦いに使う覚悟はない。・・・学園長、あんたはこの事態をどうしようとして、こいつらに戦うな、なんて言ったんだ。」
「それはもちろん、この子たちを下げて、自分が魔術で・・・」
「あんたらはただ戦いを避けたがっているだけだ。自分でやる気なら、もっと効果的なタイミングは山ほどあった。」
そう。だからわたしたちも攻めあぐねた。上級術式の援護があれば・・・。
「もっとも、こいつらを下げることに関しては、わたしも同意見だ。」
「教官殿!?」
教官殿は明らかに味方ではないのです。
それなのに今はわたしたちを気遣って戦いから遠ざけようとしている、そんな感じすら受けます。
「それは、なぜですか?イスオルン教官殿?」
「クラリス、わたしをまだ教官と呼ぶのか?」
「はい、今のあなたはそういうお顔をしていらっしゃいます。」
不本意そうに顔をゆがませるイスオルン主任教授。
しかし否定はしていないのです。
「だからお答えください・・・わたしの叔父様であれば、生徒の真剣な疑問には必ずお答えくださいます!」
「わたしをあんなえせ教官と一緒にするな!」
・・・まあ、魔法も使えない叔父様と比べられれば、確かに不本意でしょう。
失礼でしたか?ですが、叔父様は主任とは違う意味で、教官らしいところがあります。
「・・・クラリス。それは僕が答えよう。」
「!?」
まさか、この声は・・・
「だが、その前にきみたちで、そこの冒険者たちを捕えたまえ。」