第7章 その5 突入!
その5 突入!
「みんな、正面の玄関までは普通に並んで進みます。玄関まで行ったら、あとは全力疾走よ!」
「マジに学園に突入なんて・・・クラリスめっちゃ無茶苦茶だよ。」
「でも、合理的。」
「戦いは機先を制する。先手必勝ですわね!」
「・・・もう知りませんよ、班長!」
「突撃突撃!」
「・・・お~!」
わたしたち学園に突入しました。
デニーの推理は納得できるもので、それを証明する手段も充分達成可能なものでした。
さすがです。
ただ、彼女は、事件の決着は明日学園にいってセレーシェル学園長やワグナス教官に訴えればいい、と考えていたのです。
しかし、それでは危険です。
明日までわたしたちがあのならず者や冒険者相手に無事とは限りませんし、また今日の内に「敵」が何をしてくるか分かりません。
わたしたちは学生の身なので、社会では弱い立場なのです。
長期戦は不利。
勝機が見えたからには、強引な手段でも、意表をついて短期決戦です。
故に「戦いの鉄則は、主導権を握れ!よ。」と言ってみんなを説得しました。
そして教官たちが会議をしている学園に突入したのです。
玄関のカギをわたしの「解錠」であけ、そのまま廊下に入ります。
でも、あ、人影が?
「キミたち!?自宅待機だよ、どうしたんだい?」
ミラス助教授!?・・・これは天祐かもしれません。
「ミラス教官、わたしたちに同行してください!お願いです!」
「何を言ってるんだ、早く帰りなさい。このままだと重要な規律違反で処罰されるよ!」
ミラス助教授はどうやらイスオルン主任教授の一派ではないようで、わたしたちを案じてくれているようです。
ですが、その温情は今は困るのです。
「・・・ミラス教官・・・一緒についてきていただかなければ・・・。」
シャルノが怖い顔をしています。
いえ、これは悪い顔でしょうか?
「お付き合いしているスフロユル先生に、いろいろお話することになりますよ・・・こんな日に大勢の女生徒と密会している件について、とか。」
「ひっ、何でスフロのことを・・・いや、待て、密会って何ですか!わたしは何も・・・」
ええつ?お二人そうだったんですか?
さすがシャルノの情報網です。それにしても・・・
「密会密会。」
「・・・うん。密会?」
わたしたちの中でもひときわ小柄なリルとレンは、「密会」って意味、分かってるんでしょうか?
ですが彼女たちが密会なんて言うと、いっそう背徳的な感じがします。
「クラリス班長?なぜ教官を?足手まといでは?」
デニーが聞くのはもっともですが、
「ミラス教官は、7月の事件では爆心地にいた方なのです。」
「あ・・・なるほど。さすが班長ですね。」
エミルとリトは事情はわからないながらもミラス助教授の左右の腕をとって確保しています。
教官は女生徒二人に腕をとられて都合が悪そうですけど、このまま進みます。
多少速度が落ちてしまいましたが・・・。
しばらく歩くと、何人かの足音が聞こえてきます。
「解錠」で侵入したことがわかったのでしょう。
さすがは魔法学園です。
「そう言えばクラリス、あなた、よく「解錠」なんて術式覚えてるね。」
「エミル。わたしはこう見えても誘拐歴2回、今日だって誘拐未遂にあってるのです。捕まった時の逃亡手段は確保しています。」
どう見えるかは別にして、これは自慢していいのでしょうか?
「・・・意外に、経験豊富。」
こんな経験は別に望んでいないのですが。
「げげっ、クラリス・フェルノウル!それに関係者の一団!?」
ジャーネルン講師の声です。
どうやら若手教官たちが追いかけて来たようです。
でも乙女に向かって「げげっ」とは何ですか?本当にムカッ、です。
「ジャーネルンは、やはり敵ですね、班長。」
デニーは冷静に判断しています。
「んじゃ、先手必勝・・・「閃光!」」
リトの魔術で追いかけて来た教官たちが遅れます・・・この子もためらいがありません。
見かけによらず果断です。
「キミたち・・・どうしたんだい。クラリス君、シャルノ君。特に真面目なキミたちがなんでこんなことを・・・。」
ミラス助教授が嘆いています。なんとなく申し訳がないのです。ですが・・・
「教官殿、わたしは非暴力主義の真面目な生徒のままです。ですが、無抵抗主義でも従順なだけの生徒でもないのです。」
「あなた、こんだけやって、まだ真面目って言い張る気?」
「真面目は真面目。」
「真面目も過ぎれば、大人の不正を許せない。結果的に悪い大人には反抗します・・・そんな所ではないでしょうか?」
いろいろ言われているうちに、見えてきました。模擬演習室です。
「解錠!」
わたしたちは演習室の魔法装置にたどり着きました。
そして多くの教官が会議を中断してやってきました。これも期待通りです。
「クラリスさんたち、どうしてこんなことを!?」
セレーシェル学園長です。困惑しています。
「あなたが甘すぎるからだ。だからこんな危険な生徒、さっさと確保するべきだったんだ。」
イスオルン教官!わたしを確保するつもりで大演習場で待ち伏せさせたくせに。
「イスオルン教官殿!質問があります!」
わたしは前に出て、わたしたちを取り囲む教官たちに向かって叫ぶのです。
「質問だと!お前はもう退学だ。生徒でないものに答える義理はない!」
セレーシェル学園長やワグナス教授が申し訳なさそうな顔をします。
ですが、ふん、です。
今さら退学が怖くてこんなことはしません!
「では、一方的に話させていただきます。イスオルン教官殿は、キッシュリア商会と癒着して、叔父様が開発した魔法装置を奪おうとしました。またキッシュリア商会は、叔父様と不正に取引しようとして過去2回わたしを誘拐しました。その証拠に大演習場にはキッシュリア商会の手の者たちが事故の調査と偽って入り込んでいます。先ほども、わたしを拉致しようとしました。」
キッシュリア商会。エミルが言うには、主に冒険者相手に装備品や術式を提供している新興の中小商会だそうです。
最近アドテクノ商会からやり手を引き抜いて軍の業務にも販路を拡大しようと画策していたとか。
それがあのテリオスという男。
以前叔父様の教官室前ですれ違ったそうですが、わたしは覚えていませんでした。
「一度見た顔は忘れない。このエミリウル・アドテクノ、七つの特技の一つよ。そもそもあいつ、うちの商会じゃ評判悪かったんだから。」
そして、あたしも以前エクサスで誘拐された時に眠っていた人が、大演習場の警護にいたことに気づきました。
つまり、わたしの最初の誘拐事件の時から既にイスオルン教授とキッシュリア商会はつながっていた、と言うことです。
「とんだ言いがかりだなクラリス。虚言を弄し、わたしの立場を悪くして、そこまで自分の叔父とやらが大切なのか!?・・・叔父、ねえ。」
プチ、です。何かが切れた気がします。
「デニー!」
「え、ここで!?」
「早く!」
「・・・鬼班長。」
ぼそっとつぶやいて、デニーはメルから預かった一枚の紙を取り出し読み上げます。
教官方が、何かの術式と気づき、身構えます。
中には抵抗呪文を唱えようとしている方もいますが、デニーは先に唱え終わりました。
すると大きな爆発音が響き、辺り一面に煙が立ち込めます。
覚悟していたわたしたちですら、まともに立っているのはつらいので、その場にしゃがみます。
一方、急なことに驚いた教官の皆さんが慌て、倒れ、叫んでいます。
すみません、教官方・・・。そんな中
「ミラス教官!これは7月のナゾの爆発事件と、同じではありませんか?」
と、シャルノが聞いてくれます。
「ええっ・・・あ、そう言えば・・・音も煙もすごいけど・・・何も壊れない。誰もケガしていない!」
・・・わたしもシャルノも、ミラス助教授もあの日一緒に体験したのです。
そして、もう一つ!
「いや、火事だ!魔法装置が燃えているぞ!」
模擬演習室の中央にあった魔法装置。
わたしが密かに起動していたのです。
「・・・すみません。壊したくはなかったのですが、皆さんの前でイスオルン教官の工作をお見せするためには仕方ありませんでした。」
幸い「消火」や「水生成」などの術式で火はすぐに鎮火しました。
「デニー、お願い。」
「はい。ようやく出番ですね。」
デニスのメガネが怪しく光ります。
火を消し終わった後、教官方にも事情を知っていただく時が来ました。
イスオルン主任教授がこちらをにらんでいます。
何事かを察してか、セレーシェル学園長とワグナス教授がわたしとイスオルン主任教授を見比べています。
「そもそも。フェルノウル教官殿が開発した魔法装置は、極めて安全性が高く、自然な状況のなかで事故が起きることはまずありえません。」
「起こったではないか、しかも今ので二度も!?」
「ええ。それはつまり、二回とも自然な状況でなかった、ということです。ハッキリ言えば、何者かがわざと起こした事故、つまりは人為的破壊と言うことです。」
デニーは生き生きと推理を披露していきます。
ホントに楽しそうです。
ここでデニーが説明したのは、魔法装置を暴走させるために、魔法装置の稼働中に同系統の魔法を使い、魔力の過剰供給を起こした、ということです。
大演習場の時も、一回目の爆発は大きく、煙が一面を覆いましたが、その直後では目に見える被害はなく、なにより煙で咳き込む者もいませんでした。
これは7月に起こった通称「エス女魔爆発事件」と同じです。
つまり叔父様の、あの「幻影と幻聴の同時展開」の術式を使用した、ということでしょう。
そして、同系統の幻影を発生させる魔法装置の稼働中に、この術式を使用すれば一時的に魔法装置に魔力が過剰に供給され、暴走する、という仕組みです。
「では、大演習場の事故の時に、この術式を入手し、それを使用しうる人物は誰か・・・皆さん、お分かりですね。それはイスオルン教官殿しかありえないのです。わたしたちは今朝の段階で昨日の火災発生時の生徒の居場所を確認しました。おそらく教官の方々もなさったとは思いますが、だれにも気づかれずにそんなことができるのは教官殿と伝令に出ていたリトだけ。そのリトは魔法装置の一部である魔法円盤の近くにいたおかげで死にかけました。ならば当然、残った教官殿が犯人、と言うことになります!」
デニーがイスオルン教授を指さします。そして、わたしが捕捉に入ります。
「もちろん、教官殿が、わたしたち特にリトを傷つける意図があったとは思いません。おそらくわたしたち2班の展開が早すぎて、事故を装うのを急いでしまったせいだと思っています。」
そう。生徒を傷つける意図はなかった、そう思いたいのです。
「展開する幻影の上限は100体。それを上回る200体を展開させたのは、事故の発生確率を高めるためなのでしょう。しかし、その多すぎる敵兵力を把握できるほど、2班は、或いはリトは早く動いていたのです。結果として先行した2班、更に伝令として行動したリトが、不運にも石柱付近を通り被害に遭った、そういうことだと思います・・・。」
しかし、イスオルン教授は、未だ傲然と前を向いています。わたしたちの推理を全く気にした様子がありません。
まだ何か、手が残っているのでしょうか?




