第7章 その4 参戦者たち
その4 参戦者たち
わたしの目の前を、年かさの男が前に立ちふさがります。
わたしはその男をにらみます。
「どきなさい!」
もしもわたしに触れたら・・・ただではすませません!
しかしそれでもその男は腕を伸ばしてきました。
ちっ、です。いえ、舌打ちはしませんが、学生杖と短剣を構えます。
そしてまずは略式詠唱で・・・
「そこの自分、危ないで。」
「そうですわ。その子、一度怒ると本当に怖いんですから!」
エミル!シャルノ!
その後ろにはデニーに、リルとレンまで!
「自分ら、誰や、なんてよう聞かんで、オレになんかあったらアドテクノ商会が黙っとらん!このヘクストスにおられんようになっても知らんわ!」
「親の七光をひけらかすのなら、テラシルシーフェレッソ伯爵家も負けませんわ。」
金髪のお嬢様顔のエミルに、プラチナブロンドの本物の令嬢シャルノが並んで啖呵を切ると、かなりの破壊力です・・・しかしエミルの言葉はどこの言葉なのでしょう?
あの上品な顔には似合わない口調ですが。
「みんな、どうしてここに!」
わたしは、彼らが飲まれたスキに包囲を抜け出し、みんなに合流します。そして
「これは正当防衛です。街中でも呪文を行使させていただきます!証人もいますし。」
ふり向いて、男たちに構えたワンドを見せつけます。
「あたいらの班長命令とあっては!」
「・・・レンも従います。」
リルとレンも学生杖を構えます。
みんな!
・・・ですが
「お嬢さんたち。そのフェルノウルさんは、昨日の事故を仕組んだかもしれないんだよ。だからおじさんたちは、その子がもしも現場に近づいて何かしようとしたら捕まえてほしいって、教官に頼まれたんだ・・・邪魔するとキミたちも、仲間だって疑われちゃうよ?」
・・・そうです、みんなを巻き込むわけにはいきません。
わたしは一度息を整え、みんなにちゃんと向き合うのです。
「みんな、ありがとう。来てくれただけで本当にうれしかった。でもここまででいいわ。」
そして、再びみんなから離れるため、前に出ようとします。
なのに、途中で止められます。
「クラリス班長、それはもう手遅れです。何より私は真実が知りたい!」
・・・デニー・・・・それ、病気かも。あなたが手遅れじゃぁ?
「なんやよう知らんけど、こんな融通利かんクラリスがおっぱじめることは、正しいに決まっとる。」
エミル、何を言ってるかさっぱり分かりませんが、気持ちだけは伝わりました・・・多分。
「ま、あなたがどうしようもないほど生真面目ってことは、わたくしたち知ってましてよ。」
シャルノ・・・あなたまで。しかも
「そう。ついて行く。」
リト!どうしてここに!病院は!?
「・・・理由、いる?」
その言葉と、それを言い放つリトの黒曜石のような瞳・・・。
「あ・・・ありがとう。みんな・・・本当に。」
わたしは泣きたいのです。
一瞬だけうつむきます。
ですが、今は泣いている場合ではありません。
「ならば、お願いです。この人たちを確保して、情報を入手します!」
まずはこの場で威力偵察。
そして、もしも戦力的に味方が優勢と判断したら、今のうちに大演習場の魔法装置を確保します!
なにしろここにいるのは、エスターセル女子魔法学園の中でも選りすぐりの一団なのですから!
「わたし、リト、シャルノが前衛。魔法か物理攻撃かは任せます。エミル、デニーが中衛、支援系または敵に妨害系の術式を、リルル、レンは十分に魔力を溜めて、合図で「眠りの雲」を!」
「「「「「「任せて!」」」」」」
みんながそろって声を上げます。
その間に、紺色の服の男たちが隠していた武器を構えます。棍棒、小剣の類。
「しかし、初の実戦が人間相手とは、想定外でしたわ。」
細剣を抜き放ち、さわやかに笑うシャルノは、フェイントを駆使して一人、二人と立て続けに武器を飛ばします。
「うん。意外。」
寡黙なリトは敵の攻撃をかわしながら、わたしたちに「風甲」をかけます。
略式詠唱です。戦いながら?なんて反射神経と平常心!
わたしも短剣で攻撃を受け流しながら、ひじを相手の腹に叩き込みます。
エミルは通常詠唱で前衛に「防御」を唱え、デニーは「敵検知」を唱えてながら状況を見渡しています。
リルとレンはワンドを構え、魔力を溜めながらわたしかデニーの指示を待っています。
敵の前衛は・・・と言うほど統率が取れていませんが・・・崩れたので、わたしはあのテリウスと呼ばれた男の確保に向かおうとします。
ですが、後ろから、大演習場の方から5人ほど増援が来たようです。
「リル!」
デニーがすかさず指示します。助かります。
リルが魔力を高めた「眠りの雲」を唱えると増援が倒れ、リルは再び待機に入ります。
わたしはテリウスに向かいながら、
「レン、この男に!」
レンが魔力を十分に練った「眠りの雲」を唱えます。
ですが、テリウスは軽く頭を揺らしたものの、抵抗しました。
あれほど練った術式に抵抗!?
冒険者や兵士のようにも見えませんでしたが・・・。
「でも!」
抵抗して意識が揺らいだその一瞬でも充分なはず!
わたしはテリウスの顎を狙ってひじを突き上げます・・・が。
「おっと、危ない。」
テリウスは後ろに大きく飛んでわたしの攻撃を避けます。
「剣で突かれたら危なかったですよ・・・荒事は苦手でね。」
ちっ、いえ、舌打ちはしませんが・・・何者でしょう?
確かに戦いに長けているという印象はありませんが、手強い、という気がします。
「クラリス班長、敵!・・・おそらく冒険者の一団が来るわ。それも10人以上!」
デニーの「敵検知」は随分精度が高いようです。
ですが、冒険者!?・・・このならず者たちならともかく、戦闘の専門家たちとまともに戦う自信はさすがにありません。
なにしろこちらは魔法兵ですらない学生の身。しかも数も装備も足りません。
大雑把な状況は把握出来ました。
充分です・・・テリウスの身柄は惜しかったですけど!
本音を言えば、魔法装置も!!
でも。
「みんな、撤退します。」
リトが「閃光」!と唱えます。強い光に敵の一団が目をくらませます。
わたしたちはそのすきに逃げることに成功しました。
「リト、いつの間に簡易詠唱できるようになったのよ・・・せっかくあたしだけだって思ってたのに・・・油断もなにもあったもんじゃないわ。」
エミルはいつもの口調に戻っています。
よかった。あのままでは、何を言っているのか分かりませんでした。
「入院中。暇つぶし。」
「それは、暇つぶしでやることですか、リト。だいたい入院したのも昨日からでしょうに。」
わたしもそんな気はします。ですが
「リト、その髪型も似合います。」
先ほど病室で見た時は、いつものおかっぱがあちこち不揃いで・・・でも今は思いっきり短く切りそろえられています。
ちょっと男の子みたいですけど、これも本当に似合っています。
「ありがとう。エミルが。」
「へへへ。このエミリウル・アドテクノ、七つの特技の一つよ。」
「そう言えばエミル、あなた、先ほどの言葉遣い、あれは何なのですか?」
シャルノがイヤそうに聞きます。それはわたしも聞きたいです。
「いや・・・あれね・・・忘れて?」
手を合わせられました。まぁ、ムリに聞き出すほどでもありませんし。しかし・・・
「これからどうするどうする?」
「・・・どうしよ?」
リル、レンはまだ不安そうです。
リルが不安げに動くたびに、その身長に不似合いなほど大きな・・・ム・・・が揺れます。
コホン。
レンはフルフル震えていますが、つい抱きしめたくなるほど愛らしいです。
そんな、二人を、みんなを巻き込んでしまいました。
今さらながら残念な思いがあります。
あの後、わたしたちは追跡を逃れ、ここ、アドテクノ商会の倉庫に潜んでいます。
エミルもシャルノも自分の実家を利用するように言ってきたのですが、それはお礼を言って、でもお断りしました。
たしかにヘクストスきってのアドテクノ商会や、テラシルシーフェレッソ伯爵家の協力があれば心強いです。
ですが、わたしと叔父様の問題にみんなを巻き込んでしまっただけでも申し訳ないのに、更にご実家まで関わらせては・・・貴族や大商会の娘ともなればなにかの取引材料にされそうです。
この二人が「お嫁さん」にでもされてしまうかもしれません。
「まず状況確認からよ。でも・・・どうやってわたしに?いえ、そもそもなんで?」
みんなが来てくれて、本当に心強いのです。うれしいのです。ですが・・・。
「クラリス、さっき言ったつもりだけどな。それ、飛ばそうよ。」
「・・・・・・うん。ありがとう・・・本当にありがとう・・・本当に・・・本当に・・・。」
もう何度目でしょうか。でも何度でも言わずにはいられないのです。
「クラリス、命の恩人。何より友達。」
「まったく、いつまで繰り返すのですか?話が進みませんよ。」
「あたい、2班のみんなが好き。助けるの当然だよ。」
「・・・うん。好き。」
すみません。みんな・・・わたしは胸が詰まってしばらくお話しできませんでした。
そして、ようやく落ち着いたわたしは、みんなから事情を聞いていきました。
まずエミルとシャルノは、家が近いこともあり、実家から通学しています。
そして昨日のうちに近くて有力な保護者には学園から連絡が来ていたのです。
「この火事の原因は、魔法装置の暴走です。これは、学園長が軽はずみに任用した危険人物が開発したものです。」
と。
それぞれ父親から書状を見せられたエミルとシャルノは自分たちなりに事情を話したものの、学園の不穏な動きを感じ取ったのです。
書状には「近日中に学園長と危険人物の処分を決定するのでご静観をお願いしたい」とまで書いていたそうです。
ちなみに差出人は・・・予想通りイスオルン主任教授。
アドテクノ会長とシルシーフェレッソ伯爵の話をまとめると、もともとエスターセル女子魔法学園の学園長は男性の主任教授、つまりイスオルン教授の可能性が高かったとのことです。
ただ、初めての軍の女子学園創立ということを考慮した結果、最終的にセレーシェル学園長が就任したのだそうです。
なにか、いろいろな事情が見えてきました。
「だから、まずクラリスが暴走しないか、見守ろうって二人で決めてたの。今朝から。」
「ええ。あなたが暴走を始めたら魔法装置どころではすみませんからね。」
「言える。」
・・・随分なお言葉です。否定したいところです。
好意で言ってるのでしょうから我慢しますけど。
「あたいたちも、登校前にデニーと相談して。」
「・・・うん。」
リルとレンはデニーの指示で、教官の聴取の後は表立ってわたしに近づかないようにしていたそうです。
デニーはかなり早い段階からいろいろ考えていたのでしょう。
昨日から一部の教官の動きが変だった、と気にしていたとのこと。
そして、エミルと別れたつもりのわたしは、しっかり病院からデニーたちに後をつけられていた、ということなのです。
詳しくは偵察に行ったデニーが戻ってから・・・あ?
「戻ってきたわね!戦場の名探偵!」
「クラリス班長、人に言われると、恥ずかしいわ、それ。」
自分で言うには平気なのですね。
「でも、期待には応える。」
この頑固な探偵さんは、未だわたしが叔父様の「幼な妻」説・・・ぎっちょん・・・を捨てていないのですが、それによると昨日「新妻」・・・ドキドキ・・・のお見舞いにすら来ないフェルノウル教官の動向が気になったということです。
そこで、わたしが病室を抜け出す以前に教官室に行き、セレーシェル学園長とイスオルン主任教授が出てくる様子で、異常に気付いたとの事・・・なにやら探偵さんというより新聞記者さん、という感じですけど。
「だからクラリス~、幼な妻とか新妻とか言われる度にそんなに悶えるんだから、やはりバレバレだって。」
「な、なにもばれてはいないのです。いえ、隠していることなどありません!」
それで、いろいろ教官の立ち話や打ち合わせの資料などを集め、更に、今日の午後、早速メルに会いに行ったとか・・・。
「メルは?」
「メル助手、いつも通りにふるまってたけど、疲れていたかな。」
おそらくは、よほどムリをしたのでしょう。叔父様とわたし以外には本心は見せられない、あの子です。
「教官殿は・・・何ていうか・・・。」
「叔父様はもともとひきこもりなので・・・当然ご自分の苦境には耐えられません。」
「そうなの。会えない、とはメル助手に言われたわ。でも事情は聞けたし、必要なものは借りられたし。」
「でも、それじゃ教官殿は根性なしだよ!」
リルが不満なようです。リルが言いたいことはわかります。
本当に叔父様は根性なしの甲斐性なしのひきこもりなのです、でも。
「叔父様は・・・でも・・・あれでもがんばっていたのです、リル。許して。」
「班長?でも、クラリス班長のために2班もシャルノもエミルも頑張ってるのに。なのに肝心の教官殿がそんなんじゃダメダメ!」
まだリルは不満です。おそらく他のみんなにもその気持ちがあると思います。
わたしだって、叔父様がひきこもりをやめ、全てに立ち向かってくださったらどれだけうれしいか、心強いか・・・。
「はいは~い、注目!」
デニー?
「みなさん、フェルノウル教官のひきこもりについては、いろいろ言いたいこともあるでしょうが、幼な妻のクラリス班長が我慢しているものを、私ちが言い立てるのは筋違いですよ!」
ぎっちょん!また「幼な妻」・・・。その単語、本当に心臓に悪いんです・・・。
「なにより、私たちにできることがあるんです!この事件は、解決が近いんです!」
「ええっつ!?」
デニーの、そのメガネが怪しく光る時に、事件は解決するのですか!?
「そうよ、クラリス班長。言ったでしょう、期待に応えるって!」