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第7章 その3 クラリスの戦い2

その3 クラリスの戦い 2


 戦うことを決めながら、ベッドの上で麦粥をいただきます。


 叔父様がつくったものの方がおいしいし、そもそも食欲はありません。


 しかし「腹が減っては戦はできぬ」とは真理です。


 思い出すと、ちっ、です。いえ、舌打ちはしませんが。


 これはイスオルン教官が「戦略」の授業で言った言葉なのです。


 しかし、不愉快でも真理は真理。


 まずは体力がなければいけないのです。

 

 スフロユル先生には、一度寮に戻り自室で着替える許可をいただきます。


「でも、今日は授業どころじゃないし、みんなも昨日の件の事情をきかれるだけよ。あなたは、今日はここで休んでいた方がいいんだけど・・・」


 と言われましたが、それでは戦えないのです。


 わたしはまだ状況把握が不十分ですし、ここでは情報収集に限界がありすぎます。


 いま、わたしの戦力はわたしだけ。


 ならば無駄な戦いはできません。


 そのためには情報が命なのです。

 



 自室に戻り、必要なものをまとめます。


 制服やカバン、筆記用具などは昨日の実習前から教室に置いたまま。


 学生杖は救護室に運び込んでいたので今も持ったままです。

 

 不愉快ですが、今必要なのは、「戦略」論のノートです。


 外出する前に、机に向かい、ノートの見直しをします。


 そして、これからの戦いのための方針を定めます。


「戦いの前には、戦闘目的と勝利条件、戦闘対象、の設定をする。」


 わたしの目的は、叔父様を救うこと。


 ならば、戦いの勝利条件とは、叔父様の無実を晴らすこと。


 あるいは、あの事故が叔父様の責任だとしても、充分な時間を与えず設置を急がせた学園側の責任も認めさせること。


 ならば、戦う相手は、叔父様を追い込んだ者。


 メルの話であれば、イスオルン教授が一番叔父様を追い込んでいる、という印象です。

 

「戦略」はまだ初歩しか学んでいませんが、その講義はイスオルン教官です・・・複雑です。


 いえ、それを言えば、わたしが学んだ「戦い方」とは、大部分がイスオルン教官から学んだものなのです。


 ですが、今当てにできるものはこれしかないのです。


 大きな目的は決まりました。


 では、次は・・・戦場の設定です。


 どこを攻略するべきなのでしょう?


 まずは今回の事故現場である大演習場。


 ここには証拠である魔法装置があります。


 叔父様がこれを調べることができれば一番なのですが、今の状態では・・・。


 しかし、できればわたしだけでも見ておきたいのです。


 続いて学園。イスオルン教授以外の教官方を味方にしたいのです。

 

 そして、戦闘手段。


 最善は説得です。


 イスオルン教官を説得することが一番ですが・・・まずむずかしいでしょう。


 つづいて真実の追及。


 なぜイスオルン教授がこうも強硬なのか、または事故の原因は本当に魔法装置の暴走なのか、全て叔父様の責任なのか?

 

 そして・・・「主導権を握れ」。


 彼我の戦力がどうであれ、まずは敵の動きに合わせるのではなく、敵を振り回す。


 うかつな行動は論外ですが、敵の先に動くこと。

 

 ノートを読み返しながら、大きな部分では考えがまとまっていました。


 わたしがやるべきことは、早い段階で大演習場を探ること。


 学園では情報を集めながら、教官方の信頼を得ること。


 最終的にはイルオルン教授を説得またはその秘密を暴き失脚させることです。

 

 ただ、わたしが知っている情報は、全てメルから聞いた内容です。


 あの子がウソを言える状況ではありませんが、主観的になっているかもしれません。


 もっと他方からの情報が必要でしょう。


 やはり情報不足は否めません。まずは、中立的な方から聞くべきです。

 

 わたしはノートから必要なことを読み取り、そして今日の方針を固めていきました。


 そして、主のまだ帰らないベッドを横目で見ながら見て、部屋から出るのです。

 

 リトがいない、一人だけの通学。いつもより早い時間帯。みんなはまだまだ来ないでしょう。


 今のうちにできることをしなければ。


「学園長。いらっしゃいますか。クラリス・フェルノウルです。」

 



「・・・どうしたのかしら。こんな時間に?」


 セレーシェル学園長は、今日もおきれいです。


 おそらくは寝不足でお疲れのはずですが、その気配を見せない、そう言うところが大人です。ですが


「お聞きしたいことがあります。フェルノウル教官のことです。なぜ教官を調査から外すのですか?」


「・・・だれからそんなことを?」


 わたしは、それに答える気はありません。


 ですが、最初はお話をお聞きする目的だけだったのに、どうしても冷静さを欠いてしまったようです。


 つい学園長に迫ってしまいました。


「設計、開発、設置の全てを一人でやらせておいて、いざ問題が起こると、調査もさせない・・・責任の押し付けですか!?」


 学園長は見る見るうちにしょんぼりとなってうつむきます。


「・・・ごめんなさい・・・でも、事故の原因があの魔法装置にあることは明らかなの。」


「ですから、事故の原因を明らかにするのであれば、当の魔法装置の稼働状況や実際の損傷などを正確に把握する必要があると思います。それもなしに・・・」


「失礼する!」


 突然話の途中にイスオルン教官が入室してきました。


「主任教授、ノックもなしに失礼ではありませんか?」


 学園長もそう咎めます。


 しかし


「クラリス・フェルノウル!一生徒の分際で教官たちの判断に異を唱えるとは、分が過ぎるぞ!・・・学園長もです。関係者の肉親を相手にまともに話を聞いてはいけませんぞ・・・だから女の学園長は弱腰で、生徒からも舐められるのです!」


 イスオルン教授は、わたしと学園長を見比べ、そう怒鳴りつけたのです。


「お待ちください。教官殿!教官殿は、わたしが生徒でお・・・フェルノウル教官の姪だから意見すら聞かない、セレーシェル学園長が女性だから判断を誤っている、そうおっしゃっているのですか!」


 教官は丸眼鏡の奥で目を細め、不快そうにわたしをにらみます。


「・・・きみは事故の当事者でもある。事情を確認してからでなければ何も答えられない。」


「それはわたしが事故の原因をつくったかもしれない、ということですか?」


「誰もそんなことは言っていない。それとも心当たりでもあるのか。」


「教官殿!それはあまりに」


「クラリスさん!・・・あなたはまだケガも完治していません。また事実確認はこの後行われます。今あなたと話すことは出来ません・・・お戻りなさい。」


 ・・・もしもこの時学園長が止めてくださらなければ、わたしは教官に暴言を吐いて懲罰を受けていたかもしれません。


 とは言え、この時のわたしは冷静と言えず、不貞腐れたまま退室するのが精一杯でした。


 初戦は感情的になり、撤退です。


 ただ学園長は少なくても叔父様に悪意をお持ちではない、一方イスオルン教授は明らかに叔父様やわたしに、いえ、ひょっとしたら学園長にも含むところがある、という気がします。


 これが収穫と言えなくはない、そんなところです。


 


 ホームルーム前に、登校したクラスメートがわたしのケガを心配してたくさん話しかけてくれました。


 わたしはそれに応えながら、できるだけみんなが事故当時どう行動していたか、どこまで事故を把握しているのかを聞き出します。


 やはり先行してた2班以外は、あまりよくわからないまま避難したようです。


 ですが、では、避難する判断は誰がどう下したのでしょうか?各班ごとのいろんな様子を聞きます。

 

 ホームルームで、今日の午前は課題学習や自習が中心で、その間一人ずつ教官に聴取を受ける、と説明を受けました。


 午後は、教官方は会議のため、生徒は自宅待機です。


 わたしは質問があったのですが、もう目立つのは避けたかったので我慢しました・・・が。


「ワグナス教官殿!質問です。リトはどうしているんでしょうか?」


 ナイスです!エミル。


「リトさんは、今日一日入院確定です。明日以降はまだわかりませんけど・・・わたしが午後お見舞いに行きます。」


「教官殿!同行を希望します。」


「わたしもよろしいでしょうか!」


 エミルに続いて、わたしもお見舞いを許可されました。


 


 わたしは真っ先に聴取されることになりました。


 もっとも事故の事情に詳しそうということでしょう。


 相手は、警戒していたイスオルン教官ではありませんでしたが、教官の助手のジャーネルン講師です。


 20代後半の若い男性で、金髪で青灰色の目、男性的な整った顔立ちの、生徒からは人気もある方です。


 ですがわたしをどうも警戒している、と感じます。


 考えすぎでしょうか?

 

 わたしとしては、かなり素直に状況を話し、協力しているつもりなのですが・・・


「随分、班の避難が早かったけど、叔父さんから前もってなにか聞いたりしていたの?」


「そう言えば、リト君に伝令にいかせたのは、他になにか目的があったの?」


「なんで慌ててリト君を探しに戻ったの?途中で何かしなかった?」


「二人とも火傷だって?ギリギリセーフなタイミングで、うまく戻れたね。」


 あからさまに何かを疑っているというか、或いは誘導しているというべきでしょうか?


 すべてにこやかに否定しましたが、神経をヤスリで削られる感じです。


「・・・クラリス君・・・何かわたしたちに話すことはないかい?本当のことを言ってくれ。」


 その笑顔、イラッです・・・「真実検知」でも使われた方がよっぽどすっきりします。


「すべてお話しいたしました。もう何もありません。」


「・・・本当かい?」


 そう言ったでしょう!・・・いえいえ。大丈夫です。


 わたしは平静です。もう感情的にはなりません。


 にこやかに「はい。もう全てお話ししました。」と繰り返し答えます。




「クラリス・・・随分長かったね~。」


「はい、エミル・・・疲れました。」


 見回すと2班のみんながいません。


 わたしに前後して聴取。打ち合わせするとでも思われているのでしょうか。


 シャルノもいません。彼女も昨日の小隊長ですから教官方も急いで聞きたいのでしょう。

 

 しかし他の生徒の中には、少々わたしをこわごわと見ている者がいます。気のせいでしょうか?


「あ・・・クラリス・・・気にしない方がいいよ。」


 なるほど。気のせいではないのですね。


 戻ってきたデニーもリル、レンもわたしの方は見てくれません。


 「聴取」にかこつけてどんな話がされているのでしょうか。


 状況はますます不利のようです。




 そして午後。


 病室のリトは、やけどの後も消え、いつもの可憐なリトです。


 ですが、きれいな黒髪が不ぞろいです。火で焦げてしまったそうです。


 わたしとエミルは悲しくなりました。


 リトは元気に・・・と言ってもいつ通り少ない語数ですが・・・ふるまっていましたけど。


 お見舞いの後、わたしとエミルはワグナス教官に帰宅するよう厳命されます。


 教官はリトを聴取するためお残りになりました。

 

 

 

 わたしはエミルにさよならした後、ひそかに大演習場に向かいます。


 ここで、昨日何かが起こった。


 ならばその現場を調べたいと思ったのです。


 今わたしができるのは、情報収集です。


 重要な攻略目標は学園の教官方か、現場の魔法装置です。


 会議中の今、手薄なのは現場の大演習場のはずです。


 正直、エミルが言うところの「融通が利かなくてバカがつくほど真面目な」わたしにとって、制服姿で昼から一人で出歩くのは抵抗がありましたが、それでも自由に動ける時間は貴重なのです。

 

 そんな思いをこらえながら、ようやく大演習場にたどり着いたのです。


 ところが!


 大演習場は入り口が封鎖されていました。


 おそらく中では調査が行われているのでしょう。


 外には警護でしょうか?


 紺色の服を着た、見慣れない人たちが何人も立っています・・・いえ、見覚えがある気がします・・・。


 あ!?

 

 さりげなく通り過ぎて、一度通りの角に隠れます。


 ひょっとして・・・。隠れながら見直します。いけない。


 わたしを追ってか、何人かこちらにやってきました。

 

 わたしは速足で歩き始めます。


「お嬢さん・・・エスターセル女子魔法学院の生徒だね。」


「いいえ?違いますけど。」


 女子魔法学園です!


 ですが親切に訂正する気分にはなれません。


 街中で女子生徒を取り囲むような人たち相手にまともに相手なんかできません。


「かわいい顔して嘘つくなよ。その制服、ちゃんと知ってるぜ。」


 女子生徒の制服を知っていることを自慢するような人たちとは口もききたくありません。


 話すたびに嫌な気分になっていきます・・・。


 しかも


「生徒は自宅待機のはずだ。なんでこんなところにいるのか事情を聞かせてもらうよ。ついてきてもらおう。」


 一番年かさの人がわたしの腕をつかもうとします。


「何をするのですか!」


 わたしは飛びのいて、わざと大きな声を上げます。


「わたしはお友達のお見舞いに来ただけです。ちゃんと教官の引率つきでした。それが済んで帰宅するところをたまたま通っただけで、何で捕まえようとするのですか!?誘拐ですか!」


 わたしが大声を出したので、男たち・・・4人・・・は困っているようです。


 しかもわたしが話したのは理屈も通っていますし、事実なのです。しかし・・・


「それは、キミが事件の容疑者だからだよ、フェルノウルさん。」


 やや遅れて来た男がそう言います。わたしを知っている?


「あなたは叔父であるフェルノウル教官と謀って事件を起こした可能性がある。真犯人ほど現場に戻ってくるっていうからね。来るのを待っていたんだ。」


 なるほど・・・向こうも戦略目標を固め、伏兵を配置していたのですね。


 しかも戦力が豊富。学園以外から援軍があるとは!


「へ~この子ですか?テリウスさん、叔父とできてて、いろいろやらかした女子生徒って?」


「意外に清楚なお嬢さんだ。女は見かけによらないねぇ。」


 男たちは急に勢いづいて下品な笑みを浮かべ、わたしを取り囲みます。


 ・・・なんて噂が流されているやら。怒りを覚えるとともに、反吐が出ます。


「事実無根です。道を開けてください!」


 わたしは堂々と前に進みます。


 この人たちは街中で、人目は気にならないのでしょうか。


 人払いでもされているかもしれませんが、もうわたしは気にしません。


 ひそかに学生杖と短剣を構えるイメージをします。


 もしもの場合は、強行突破あるのみです。


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作者:SHO-DA 作品名:異世界に転生したのにまた「ひきこもり」の、わたしの困った叔父様 URL:https://ncode.syosetu.com/n8024fq/
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