第7章 エスターセル女子魔法学園の一番長い日 その1 再びの「爆発事件」
第7章 エスターセル女子魔法学園の一番長い日
その1 再びの「爆発事件」
そして、単独偵察任務演習の翌日です。
学園校舎から離れた大演習場に移動して準備を整えます。
イスオルン教授は先に到着して大演習場に新しく設置された魔法装置を起動していました。
先日、結果を出したわたしたち2班は、今日もいい成績を出そうと張り切っています。
何しろ二日続けての演習。
前日の好調が残っているように思っていたのです。
しかし・・・
今日はクラス20人4個分隊(実際は班)での集団戦闘訓練です。
今までの戦績を基に自分たちで役割分担を決めて、戦闘に入ります。
状況は山岳戦。小隊長はシャルノ。今日はシャルノの率いる1班が魔法兵隊です。
わたしたち2班は、昨日の高評価のおかげか、歩兵隊。しかしあくまで斥候と防戦が主任務です。
「この前みたいに二人で突撃、後はおしまい、じゃいけませんわよ?」
「はいはい、小隊長。」
「ひどい、シャルノ。」
「リト、いいの。わたしたちは魔法兵を含む特殊小隊なの。だから魔法兵が動きやすいように、前衛も動かなきゃいけない・・・距離感は大切よ。じゃ、2班はこれより敵戦力の把握のため先行します。」
大演習場は、とても広く、この北街区では一番広い施設です。
人工の山道を進みながらの敵の捜索は、なかなか骨が折れます。
「デニー、二列目の4班、盾兵小隊との距離は?」
「少し離れすぎと思う・・・万が一敵に迂回されていたらこれ以上の先行は危険かも。私たちはいったん待機ね。でもリトには先行して偵察してほしい。」
「リト、行ける?」
「了解。」
デニーは周囲を警戒しながら、地形を把握しています。
きっと敵の動きも予測しています。
「リル、レン。今のうちに」
「うん、わかった。隠れる」
「・・・はい。」
二人とも、判断が早くなりました。助かります。
後方との距離を縮める間、ボ~ッとして待つのではなく、隠れます。
その間、リトに敵の位置をつかんでもらう、そんな動きです。
ここまでは、まあ、よかったのですが・・・。
「敵勢力・・・おそらく200体近い。」
そうです。わたしたちは戻ってきたリトの報告を聞いて唖然とします。
「多すぎよ!10倍よ!!今日の敵は、難易度設定がおかしいわ。・・・リト、本当?」
デニーが驚くのはもっともです。リトが確認したのは20体程度のオーク兵。しかし
「オークはもともと数が多い。発見した敵の密度、指定された戦場の広さ。何より、中隊旗を確認した。」
オーク族は個々の力は弱いのですが、繁殖力が高く、軍としては秩序だった行動ができるのです。
そのせいか、中隊以上の規模なら隊旗があります。ですからリトの推測はかなり根拠があります。
不幸中の幸いとしては、オークの頭部はイノシシ型なせいか、視力は弱く弓兵に不向きで、魔法兵もほとんどいない、つまり遠距離戦は怖くないということ・・・。
「後退を進言します。これより他の隊と合流。小隊として撤退または天嶮に拠って防衛戦に切り替えるべきよ。」
デニーの進言は素早く、戦理に適っていると思われます。
「・・・リト、直接小隊長に伝令して。敵は200体。2班は現地点で待機・・・いえ、デニー、防戦地点を探して。そこで待機します。」
・・・しかし、防衛拠点に選んだ岩陰にたどり着く前に、オークの軽歩兵・・・おそらく偵察部隊に捕捉され防戦する羽目になりました。
今日は歩兵と言うことで魔法は禁止です。
敵は10体で長剣に革ヨロイです。
味方は、槍に革ヨロイ。
わたしとデニーはバックラー(円盾)を持っていますがリルとレンは腕力が足りず小剣だけです。
頼りのリトは未だ合流できず、ピンチです。
「そこの一本道でわたしが防ぎます。デニーはわたしの後ろで援護をお願い。リル、レンは二人一組で、お互いを守って。」
幸い、オーク族は体格・腕力ともに人族よりは劣ります・・・とは言え体格はわたしとそう変わりませんが。
一対一なら・・・何とか!
時折回り込もうとするオークはデニーが牽制してくれました。助かります。
「魔法兵なのに・・・わたし、こんなのばっかり!」
つい愚痴がこぼれます。
いくら魔法騎士適性があるからって、実習じゃ白兵戦ばかりしている気がします。
不愉快です。不公平です。理不尽です。数体を突き伏せて、追い返します!
「クラリス班長、キレると強い!」
「強い強い!」
「・・・ちょっと怖い。」
「うれしくないです!」
そんな時です。
大きな轟音と共に爆煙が!まるで大演習場全体が震えているようです。
「みんなその場に伏せて!」
わたしは伏せながら指示を出します。そして状況確認に努めます。
ですが視界は煙で覆われて何も見えません。
「オーク兵の大規模魔法攻撃・・・なんてないよねぇ?」
デニーは冷静です。今ではすっかり頼りになります。
「あたい、わからない。」
と言いながらもリルは平気なようです。意外ですが助かります。
ですが・・・レンはうずくまって震えています。怖がりなこの子には厳しいでしょう。
「レン、大丈夫です。安心して・・・ね。大丈夫・・・デニー、リル。周囲確認お願い。」
わたしも怯えるレンを抱きかかえながら、状況を判断しようとします。
ですが再び大きな爆発音です。
なにが起こっているにかまったくわかりません。
それでも、周囲を覆っていた煙は一斉に晴れました。
おかげで、ようやく周りを観察することができます。
立ち上がって見回すと、大演習場のあちこちから煙が上がりました。
これは・・・。しばらくの間、わたしたちはその場に立ち尽くすことしかできません。
しかし・・・いつしかわたしたちの周りの茂みに炎が広がっています。
「魔力検知!」
「え?デニー・・・なぜ?」
歩兵役の今は魔法禁止ですけど。
「クラリス班長・・・あの炎は魔法じゃない。魔法装置の幻影じゃないわ。本物の火事よ!」
「ええっ!?」
レンが一層強く抱きついています。
「デニー、リル、レンも・・・姿勢を低くして。演習ではないと判断します。逃げます!」
「でも・・・リトは!?・・・他の隊は?非常用のサイレンも鳴ってないのよ!」
それは・・・デニーが言うのはもっともです。
ですが一番前に進んでいるのがわたしたちのはずです。
だから避難するのが遅れると、一番危ないのです。
炎が強くなり煙が辺りを覆っていきます。目に煙が入り、涙がでます。
煙も吸ってしまいました。みんなも、咳き込みます。
坂の下からも煙が上がってきたのです。
「みんな魔法学園の生徒です。きっと大丈夫です。だから、まず自分たちの安全を優先します!他のみんなに聞こえるよう、できるだけ大声を出して避難を呼びかけながら撤退します。」
「全員いるか?分隊長、人員確認。その後小隊長に報告!今日の小隊長は・・・シャルノか。」
「はい!教官殿!」
みんな集まっているところに私たち2班も到着しました。ここは大演習場入り口の広場です。
始業前にはここで諸注意を受けました。100人以上整列できる広さがあります。しかし・・・
「デニー、班長代理を任命します。リル、レンをお願い!」
「クラリス班長!?」
「ゴメン・・・リトを探してきます!」
リトがいないのです。単独行動をさせたのはわたしです。探さなければ!
「あ?」
レンが付いて来ようとしましたが、リルが止めてくれました。
わたしは目でお礼を告げます。
そしてシャルノが止める声を背中で聞いたまま駆けだすのです。
濛々とした煙の中を進みます。
しかしやみくもに、ではありません。
今日のリトが身につけている革ヨロイを「物品探知」しています。
ですからリトがいる場所はすぐに把握出来ました・・・避難する途中で思いついていれば、とも思いましたが、あの時は2班や小隊全体の避難行動で余裕がありませんでした。
下り坂。斜面わき道に倒れているリトの姿を見つけました。
この辺りは火が強いです。
「リト、リト!」
いけません。周りの茂みは燃えています。リトは煙に巻かれてのでしょう・・・。
煙・・・息を止めて行ってもいいのですが、いつまでも持つものでは・・・。あ!?
そうです。ならば、煙を近寄らせない風を起こせばいいのです。
それなら以前魔術原理で叔父様からご教示いただいた術式を・・・風向きを逆に、内から外へ渦を巻けばいいのです!
これが「丸暗記」「即実戦」ではない、理論・術理を理解した上で術の行使なのでしょう。
わたしは「風操り」を詠唱し、煙を遠ざけながらリトに近づきました。
すぐ側の草むらが燃えています。リトのヨロイにも火が・・・。
「水操り!」
叔父様から授業でいただいたスクロールを使い、水を呼んで火を消しリトを濡らします。
「・・・クラリス?」
「リト!助けに来たわ。」
きれいなリトの頬の皮がめくれています。あちこち火傷を負っているのです。
わたしは泣きそうになりました。でも、まだ泣けません。二人で無事に戻るまでは・・・。
目が覚めると、わたしは魔法学園の救護室のベッドの上です。
スフロユル先生が心配そうにわたしの顔をのぞきこんでいます。
「クラリスさん?・・・意識はしっかりしてますか?わたしがわかりますか?」
「はい・・・スフロユル先生。・・・リトは?リトはどうなりましたか!?」
わたしは起き上がろうとして、止められました。
「大丈夫よ。あなたよりも火傷がひどいので、専門の魔法医のところに運んだけど、「肉体治癒」をかけてもらったから火傷は全回復したはず。ただ、しばらくは入院ね・・・あなたも火傷していたのよ。もう直しておいたけど、最初に見た時は、二人とも美人が台無し。ゾンビみたいだったわよ。」
・・・あんまり想像したくないです。でもリトが無事・・・本当によかった。
「あ!?叔父様は?わたしのことを心配して何か無茶なことになっていませんか!?」
ここにいないということが不安です。
こんな時にわたしの側に叔父様がいない?不自然なのです。
「ああ・・・フェルノウル教官は、お忙しくてね・・・そうだ、友達が外で待ってますよ。」
先生がみんなを呼ぶと、エミル、シャルノに続いてデニー、リル、レンが入ってきました。
「クラリス!めっちゃ心配したよ~!」
「エミル、まだ近寄ってはいけません。傷に障るかも。でも、本当に良かったですわ。」
「班長・・・ご無事でなにより・・・。」
「よかったねよかったね。」
「・・・うん。」
みんな、心配かけてごめんさない・・・。




