第6章 その4 2班のピンチ
その4 2班のピンチ
「リト、左、任せます。あとの3人はその場で防戦の用意。」
リトは右手にロングソードを持ち、わたしはショートソードとバックラーを持って
敵であるオーク歩兵の前衛に突入します。敵は6体で、槍兵です。
「え?私、何すれば・・・」
デニスはマゴマゴ。
「・・・あ、え、・・・」
レンネルはオドオド。
「ええとええと、他のみんなはどうしてるかなぁ。」
リルルはキョロキョロ。
三者三様ですが、戦術的に意味のある行動にはなっていません。
さっきの役割は弓兵でしたから、魔法兵と並んで後方から支援する任務でした。
多少ゆとりがあったせいか、3人とも直接指揮に従っていると、まあまあ・・・まぁ?
くらいは・・・まあ。
しかし今は歩兵役。中隊の前衛小隊の役割です。
わたしたちが突破されると、二列目の盾兵隊の動きが止められます。
そうすると3列目の弓兵隊、魔法兵隊の動きが制限されるのです。
・・・わたしたちのような体格の劣る兵が歩兵で前衛など本来あり得ないのですが。
今日の戦場実習では、実際に小隊に配属した場合に他の兵科の分隊とどう連携をとるかの訓練です。
とは言えわたしたちのクラスは20名の半個小隊。
ですが、5名の班を分隊に見立てて、お互い交代で役割を変えていきます。
さっきは1班が魔法兵役、わたしたち2班が弓兵、3班が盾兵、4班が歩兵で、今は1班が盾兵、3班が魔法兵、4班が弓兵そしてわたしたち2班が歩兵分隊・・・最前列という任務です。
本来であればわたしたちは全員魔法兵ですから、魔法兵分隊の役割を身につければいいのですが、実戦では魔法兵だけで戦うことはまずありません。
ですから、できるだけ実戦に近い形にするため、交代で他の兵科の動きを真似しながら、自分が魔法兵の番ではその動きを、それ以外の時は魔法兵の周りの兵から見てどう動けば魔法兵らしいのかなど考えながら、その動きをまねています。
一通りのことは実習前に教わってはいるのです・・・が。
わたしとリトは二人ですが、互いに支え合ってオーク槍兵6体を追い払いました。
しかし・・・
「きゃあああ!オークにPされるぅ~」
リルル?別のオークがいたのですか?オークもP・・・いや、今はいいのです。
「2班、一部だけ突出しすぎです。歩兵隊、横撃を受け半壊!ただちに後退して!」
ちなみに小隊長役は盾兵班の班長。今はシャルノです。
って、もう半壊ですか?だから防戦に備えてって指示したのに・・・なんで!?
「リト、後退します。あと3人は戦死判定・・・。」
「危険。横撃した敵がその後盾兵を拘束する・・・。」
そうなったら魔法兵も弓兵も防御力が脆弱・・・。
この2隊は、盾兵隊に敵の遠距離攻撃を防いでもらい、自分たちは敵を攻撃するのです。
その盾兵が動けないと・・・。
「きゃああ・・・敵の一斉射です!・・・やられました。味方魔法兵沈黙・・・。」
こうなります。結果は小隊全滅。
全滅と言っても小隊全員が戦死判定ということではないのですが、人員の3割の損害は組織力の喪失とみなされ、部隊としては全滅なのです。
「気にしないでよ、クラリス。実際のオーク軍がこんなに組織的に動くことはないって。」
「それは言い訳!」
エミルが最近賢いことを言いますが、やはりリトが正解です。
敵が賢くない、たまたま負けた・・・そんな言い訳は許されないのです。
「クラリス・・・わたくしは、あの時小隊長役でしたけど、やはり2班の脆弱さは気になりました。防戦の指示を受けていながら無策で3人とも戦死。あの後の3戦目、4戦目もうまく隊として機能できていません。やはり班編成の見直しをお願いするべきではありませんか?」
3戦目の盾兵役では、そもそもレンネルとリルルは盾を持てないという恐るべき現実の前に、わたしは班の盾を二人分運ぶことで疲れてしまい、小隊長としての役割どころではなく小隊全滅。
4戦目の魔法兵役では、レンネルとリルルの魔法成功率が低く、加えて盾兵との連携が取れず・・・またも3人戦死。
そして、いつもの中庭での4人の反省会です。
「1班、優秀。」
「ありがとうございます、リト!これも班員のみんなのおかげですわ。最近ではエミルの「魔力矢」が簡易詠唱になったせいで、火力が倍増です。」
「いやぁ、めっちゃ調子に乗って、魔力をカラにしちゃったけどね。」
「いいえ、それもその後では改善したではありませんか!最近のエミルはすごい吸収力ですわ!」
「それもフェルノウル教官のおかげだって。ちゃんと勉強すれば身につくって実感できて・・・フェルノウル教官殿!お慕いしております!」
エミルが両手を胸の前に汲んで、あのお姫様顔でウルウルと乙女なポーズをとっています。
わたしはお友達のパフォーマンスを生暖かく見守るだけです。微笑みながら。
ですが、
「エミル、死にたい?」
「それ、自殺宣言です。自重なさい!自愛しなさい!」
「ヤバッ。クラリス、冗談だからね。本気にしないで!」
最近、エミルが叔父様を褒めだすと、リトとシャルノが怖そうにわたしを見ます。
なぜでしょう?心配しすぎですよ?
でも・・・ふう、です。
「うん。ため息。」
リトも同じ気持ちでしょう。2班は、どうもうまくいっていないのです。このままでは・・・。
そんな時わたしたちに近づく人影・・・いえ、犬耳と尻尾のついた半獣人影です。
「クラリス様・・・やはりこちらでしたか。」
なにやら手に不似合なカバンを持っています。
「メル?珍しいですね。なにかわたしに用事ですか?・・・ひょっとして?」
「いいえ、ご主人様からは何も言付かってはおりません。ご主人様は、今、魔法装置の大型化に取り組んでおいでです。」
・・・この使い魔メイドは時々わたしの気持ちすら先読みします。
ちっ、です。いえ、舌打ちはしませんけれど。
「ですが、これをお持ちしました。ご主人様からです。」
そう言って、メルはわたしにカバンを手渡し、ついでにリトとシャルノには紙の束をわたし、さらについでエミルにクッキー一袋を手渡し、去っていきました。
・・・念のいったことです。喜ぶ3人に首をかしげるわたしです。
ふとメルの去った方を見ると、デニスとリルルが歩いていました。
けれど、わたしたちを見つけると、目を伏せ、回れ右をしていきます。
「なによ、あの二人。自分たちでこそこそ。めっちゃ不穏な感じ。」
「ん。」
「待って。そんな言い方よくないですわ。」
・・・そう。何かあの二人の動きは不自然に感じてしまいました。
ですが・・・。
わたしはメルが叔父様から預かったというカバンを開けてみることにしました。
「いいんですの?こんなところで開けて?」
「ひょっとしたらクラリスになにか大切な贈り物かもよ?」
「・・・(ごくっ)。」
カバンの中には、いつぞやいただいたポッドという、「保温」という術式が呪符された容器と、ふんわりと焼きあがったばかりのロールケーキ。
それにティーセット。
「なになに?教官殿からあたしたちに差し入れ!?」
「でも・・・それならメル助手になにか言付かってもいいでしょうに・・・?」
「それに数が合わない。」
え?数?
その時、わたしは先日叔父様から去り際にいただいた言葉を思い出したのです。
「・・・わたしは間違っていました。相談する相手が違っていました。リト、ついてきて。エミル、シャルノ、今日はこれで。ごめんなさい!」
そう言ってわたしは叔父様から頂いたカバンを持って走ります。
少し遅れて、それでもリトはついてきてくれます。
後には呆気にとられたエミルとシャルノ・・・。