第6章 その3 叔父様の助言
その3 叔父様の助言
少し落ち着き、新しいお茶をいただきました。
黒米茶は香ばしく、気持ちを明るくしてくれます。
そして、わたしたちは本題・・・それぞれの相談事を順番に叔父様に告げていきます。
順番はくじ引きで決めました・・・わたしが最後になったのは、別にメルがクジに細工をしたせいではないと思います。
最初はシャルノです。
シャルノは、ミレイル・トロウル戦役について叔父様に質問をしました。
しかし、なぜか叔父様は教えてくれません。
「できれば自分で調べてほしい・・・僕だと主観的で情緒的な結論を押しつけてしまいそうだから。」
「ええっ!?叔父様が『主観的』で『情緒的』になってしまうのですか?世の中から逃げてひきこもってる、主体性のない無気力人間の、この叔父様が?」
ついシャルノを差し置いて発言してしまいましたが、わたしと叔父様以外は一斉にお茶を噴出します。
ぶぶ~って。乙女の嗜みが台無しです、みんな。
「クラリス、めっちゃ失礼。」
「無礼。」
「いくら親しいといっても教官相手に非礼ではないかと思いますわ。」
そして、口をそろえてわたしを非難します。メルは笑顔ですが、尻尾は怒っています。
「すみません。叔父様相手になると、つい遠慮がなくなるんです。」
いろいろ無自覚になるという自覚があります。
「謝る相手がちがうでしょう?きちんと教官殿に・・・」
「いやいや、そんなことは気にしないで。間違ってないから。」
シャルノはちゃんと叔父様に謝れと言いましたが、とうの本人はホラ、この通りです。
「で、あえて繰り返すけど、その主体性がなくて無気力なひきこもりが言うよ。僕はあの戦いを虚心では語れない。結果として僕がキミたちに気づいてほしいことから、むしろ遠ざけかねない。」
叔父様は、資料はメルに用意させるから、自分で読んで判断しなさい、と言いました。
シャルノはしばらく考えていましたが、ようやく考えがまとったのか、顔を上げます。
「わたしたちが予断を持たないように、という思慮深い教官殿に感謝します。」
「うへっ、そんな大したもんじゃないよ。ただ自分の恨みつらみを生徒に伝えるだけの最低な人間にはなりたくないからね。」
シャルノは、いかにも伯爵家の令嬢らしく、上品にクスッとだけ返しました。
その後、リトが授業の板書を転写した紙をねだります。そう、おねだり。ムカッ、です。
「教官・・・お願い。これ、ください。お願い!」
「ちょっとアスキスくん。近い!」
「リトって呼んで。教官。お願い!」
こんな必死なリトは初めてです。
お人形のように可憐なリトが、そのまま叔父様に迫っていきました。
リトは「なんでもします」とか言いそうです。
ちょっと想像して、またムカッ。
「こほん。メルが差し上げます。このままではご主人様のいろいろなものが危ういのです。」
と、メルが直接リトに転写紙を渡すことになりました。ホッ、です。
「でも、板書はちゃんと書いて頭に刻んでほしいんだけど・・・」
そうこぼす叔父様ですが、
「大丈夫。ノートはこれからも取る。」
そうです。リトはそういう子です。
「ええ?じゃなんでほしいのよ?」
「エミル、少しは自分でお考えなさい・・・ところでメル助手。わたくしにもぜひ・・・」
更にその後は、エミルが略式詠唱の訓練をつけてもらいます。
何度かの詠唱の後です。
「エミルくん。キミの筋は悪くない。だけど、詠唱中にいろいろ考えすぎだ・・・いっそやっちまうか!」
「はい?教官殿。何をですか?」
「大丈夫だ。ここまで術式をイメージできている。言葉にする途中で考えすぎなら、途中を吹っ飛ばす。最初のイメージがいいから、そのまま術名に叩きつけてみろ・・・お前はできる子だ!エミル!」
「はい、教官殿!」
なんか、エミルが燃えています。
ですが、叔父様の、こんな焚きつけるような指導は、わたしもおそらくメルも受けていないのです。
メルの口元も尻尾も不穏です。わかります。
「向こうに、敵がいる!魔力を放出して、狙え、エミル!」
叔父様が窓の外を指さすと、エミルは間髪入れずに叫びます。
「はい、教官殿!・・・いけええ!「魔力矢」!」
エミルが、ワンドを振りかざして術名を叫ぶと 白銀の輝きがエミルからあふれ、魔法円を形成します。
それも一瞬で矢にかわり、白銀の矢が放たれます!矢はそのまま窓の外を出て、空へ飛んでいきました。
「ええっ?」
エミルはなんと、略式詠唱を通り越し簡易詠唱で「魔力矢」を習得してしまいました。
クラスで最初に簡易詠唱を身につけたのが、座学嫌いで理論スルーだったエミルとは!?
「できたぁ!できましたぁ、教官殿!めっちゃうれしいです!」
エミルは飛び跳ねています。今、叔父様にハグしました!
わたしたちの中では一番スタイルがいい、あのエミルの胸が叔父様の胸元でつぶれています!
「・・・いろいろ非常識で、不愉快です。」
「不本意ながら、クラリス様に同意なのです。」
どうやら更に不愉快なことに、メルと感情を共有する羽目になったようです。
さすがにハグは「問題になる」と言って、いち早く驚きから覚めたリトとシャルノが引きはがしましたがエミルは、もう
「フェルノウル教官、めっちゃ最高です!愛してます!」
なんて、正気とも思えない妄言を吐いています。
「エミル・・・危険。」
「あなた、死ぬわよ?クラリス、怖いですわよ。」
まさか、お友達にそんなことはしませんよ。
メルが何かしても今なら止めませんけど。
エミルも一時の興奮から覚めると、顔を赤くして、叔父様に謝罪します。
叔父様は・・・さっきまでデレデレしてましたが・・・今は余裕ぶっています。
「デレデレなんてしてないぞ。あくまで大人として、毅然としながらも生徒の成長を共に喜ぼうとして、だね・・・。」
なんて、もっともらしいことを言っています。ふん、です。
「クラリス様。男が言う女嫌いとは「饅頭怖い」とおんなじなのです。」
「そのようね、メル。以後注意が必要です。」
これほどメルと意見が合うことも珍しいことです。
「敵の敵は味方・・・軍事同盟?」
「エミル・・・あなた、この複雑な人間関係に入るには少々人として単純すぎます。背中から刺されたくなければ、自粛したほうが身のためですわ。」
なぜかリトとシャルノが深刻そうにわたしを見ます。
「うん・・・ごめん、クラリスにメルっち。フェルノウル教官に愛してるなんて調子に乗っちゃって。あんまりうれしかったんでつい・・・言い過ぎだった。」
これもなぜか、エミルが真剣に謝っています。
「どうしたの、エミル?あなたはちょっと喜びの度が過ぎただけでしょ?わたしに謝ることなんてないのですよ。」
って微笑んであげましたが・・・うまく意図が伝わなかったようで、エミルは強張った笑みを浮かべていました。
そして、ようやくわたしの相談事になったのです。ですが・・・
「キミは間違ってる。相談する相手が違うよ。」
・・・これで終わりです。わたしたちの退下時間をつげるチャイムが鳴り響いています。それもあって、しぶしぶ引き下がりましたが
「・・・めっちゃクラリスに冷たいね、教官。なんか怒ってない?」
「不思議。」
「確かに不自然ですわね。わたしたちにはあんなに親身になっていろいろしてくださったというのに・・・姪のクラリスには一言の助言もなしなんて・・・。」
「親身・・・。」
叔父様から誠実なアドバイスを受けて上品な笑みを返す美人のシャルノ。
叔父様に甘えておねだりする黒い髪に黒い瞳の可憐なリト。
叔父様にハグするお姫様顔でスタイルのいいエミル。
そんな映像が脳裏によみがえります。ムカッ、です。
「たしかにみんな、随分と叔父様・・・フェルノウル教官と親身におなりですね。」
3人は慌ててなにか訴えていましたが・・・。
「叔父様は、相談する相手が違う、そう教えてくださいました。」
これが助言なのでしょうか?では
「・・・やはりイスオルン教官殿に相談するべきなのでしょうか?あるいは担当教官のワグナス教官に・・・。」
「スフロユル先生なんてどうかな?」
救護室の・・・正式な軍医の資格をお持ちとか。
「なんか違う。」
「精神的なアドバイスをいただくのなら、適切なお相手とは思いますが・・・。」
結局はわからないまま、叔父様が何を言いたいのかすらつかめず、わたしたちは次の実習を迎えることになるのです。