よりみち篇 魔王 その1 再びシーサスへ!
よりみち篇 魔王 その1 再びシーサスへ!
魔王と呼ばれる存在がわたしたちの王国史に記されたのは、その創立期である、今から約三百年以上前が最後なのです。
その後は、異世界からの転移者、転生者の中から魔人になる者が、更にその後は大規模な亜人の集団転移が認められ、人族の仇敵たる魔王は姿をみせなくなったのです。
しかし、再び魔王が現れた。そんな噂が流れたのは……あれから半年経った、ある日のことなのです。
「進路そのまま!ヨーソロ!」
ケール湾に入って二日後です。
真っ赤な快速艇エスターセル号の船上で、リトの挙げた声が海上に響くのです。
この半年間は魔術以外にも操船の訓練漬けで、すっかり潮風にも慣れたわたしたちなんです。
機甲馬車に快速艇……もう水陸両用部隊ですから、なんでもあり!
「魔力炉、出力安定だよ。」
船も安定してるのですが、リルのム……は揺れ揺れです。
男性がいたら大変なんです。
なにしろ船内のわたしたちは、水中運動着、通称すくうる水着という肌もあらわな格好です……日焼け対策はしてますけど。
これではわたしたちが女性だけの部隊になるのがやっぱり正解だったなって思うのです。
もちろん今だって船内は男性の立ち入り厳禁なんです。
「現在地は……シーサス軍港までおおよそ……そろそろ見えるころや思いますけど……。」
ぎこちない手つきで象限儀を操作してるジェフィです。
あの糸目はもう、ただのシワでしょう。
ちなみに象限儀とはこの世界本来の言い方で、叔父様は四分儀って呼んでました。
「魔術が発達したこの世界じゃ、六分儀は不要かな」なんておっしゃってましてけど……?
叔父様はおそらく前世のもっと便利な道具をご存じなのに、カヤクとかインサツキとかと同様、この世界の自然な発展を妨げないよう教えるつもりはないのです。
「ジェフィは航法の計算が甘いって思うの。」
そこに鋭いレンの突っ込み!
内気で無垢なレンでしたが仲間には時に厳しいのです。
「そうそう!ジェフィ、意外に数学苦手!」
そしてすっかり勉強にも自信がついたリルです。
お姉さん、うれしい!ってわたしの方が年下ですけど。
「術式『位置確認』で位置さえわかればこないな作業せんでええのに。」
残念ながら「魔術時計」同様、「確認」は所属する魔術協会から離れると使えないですし、迷路や迷宮の突破に使えるほどの精度ではないのです。
いえ、それでも、実は旗艦セレーシェル号には呪符してるので、使えなくはないのですが
「実習中は単独で航海術を磨くという目的もあるんです。緊急時以外は禁止ですよ。」
って、デニーの言う通りなのです。
「はいはい……ですがうちの数学のことをリルはんに言われとうありません。」
「それ、ひどいひどいよ。ジェフィ!」
まあ、まだまだ優等生には遠いリルなのです。
頑張ってるけど。
「……みんなそろそろ静かにして!先行した水兵さんたちの報告によれば、もうすぐ、目標が見えるはずです……デニー!」
そう。目標は、シーサス軍港の沖合に出現し、商船を沈め、人を食べるマンイーター。
今年の南方戦場実習は、既に実戦が組み込まれている、上級生のわたしたちです。
「はい、班長閣下!……『遠視』!」
閣下は禁止、と言いかけたけど、当のデニーはもう術式に入ってしまい……ち、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど。
そして叔父様から戴いたあのメガネの、なんて怪しくも便利なこと。
通常100mの「遠視」に比べ、低こすとで距離を延長できるおかげで、熟練したデニーなら周囲1000m程度は容易です。
つまり遠眼鏡でも見えない海中も……
「閣下、目標発見です!10時の方向!距離700m、深度40m!」
だから閣下は禁止です!
どさまぎメガネ!
とはいえ、この子の鍛えられた距離感覚は、水上戦では必須です。
決戦詠唱距離訓練は、魔術戦だけでなく射撃戦でも有効なのでした。
「なら……総員、第一種戦闘配置!リト、とぉりかあじ!リル、魔力炉出力8まで!レン、敵位置を旗艦に連絡、ジェフィ、デニーは弩砲用意!」
「ん。とぉりかあじ~」
「うん!出力8まで上昇だね!」
「魔伝信送るよ。」
「了解です、閣下!」
「こないなもっさいモン……ウチ、魔術の方が得意なんですけどなぁ……」
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わたしにとっても忘れられない修了式から、あっという間に過ぎて…………あれから半年後。
季節は秋、10月です。
わたしたちは昨年に続いてに戦場実習に赴いたのです。そう、南方へ!
とはいえ、その間、ネコちゃんたちの秘密パーティーに潜入したり、ケーシェとヤフネの後輩教育が行き過ぎて苦情が来たり、ヘクストス市内の謎の妖獣騒ぎに巻き込まれたり、二年目前期の魔術レベル認定で、わたしとシャルノとレリシア様の三つ巴バトルがあったり、相変わらずの多事多難だったんですけどね……なんかに呪われてるんじゃないかって思うくらいですけど。
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そんなことを思い出しながら……ようやく上陸作業もすんで一休みです。
ここは軍港では数少ない軽食店なんです。
でも軍港ですから、頼めるものは少なくて、みんな同じお茶に焼き菓子のセットを頼んだんです。
味は……まあまあだし、久しぶりのオカの味です。
「やれやれですね、閣下。」
「デニー、閣下はやめて……でも、ほんと。接岸だけならまだしも、手続きがこんなに面倒なんて。」
軍属の女子学生の単独上陸だからっていうだけで軍港への上陸許可がなかなか……お役所仕事ってどこも面倒なんです。
ちゃんと前もって連絡してたはずなのに!
「ん。でも他の班より早かった。」
「一番乗り!やったやった!」
我がエスターセル女子魔法学園の上級生、現24名の全4班は、各班ごとに快速艇に乗り込み、同時にセメス川の渡し場からスタート!
どの班が先に目標を倒してサーバスに到着するかの競争をしてたんです。
そして、結果は、我がアルバトロスの圧勝です!
「協力してくれた水兵さんたちにも、お礼の魔伝信、送っておいたの。」
メダユ島の女子水兵学校は、わたしたちの姉妹校です。
今回もたくさん協力してくれて。
「でもでも、あのマンイーターって、大きかったね。」
実物を間近に見ても怯えないどころかはしゃいでたリルは、相変わらずの無邪気さです。
もっとも、あのム……また育ったんじゃ……あれは目の毒。ある意味凶器です。
「あれはメガジョーズという、大あごザメの変種の魔獣でした。」
デニーはこの半年で南方や海洋の魔獣の研究書を何冊も写本して勉強したんです。
ただ、その成果をあの「デニーノート」に写したおかげで、みんな、簡単に「燃やせ」「破け」とか言えなくなってしまいました。
きっと狙ってやったのでしょう。悪知恵だけ発達して、
「そないな怪物……みんな退治してしまえばよろしい思いましたけどな。」
敵には容赦しないジェフィです……わたしにもですけど。
あの糸目がシラジラと冷たくわたしをにらむのです。
もちろん彼女が正しい。
わたしが指示したのはメガジョーズの退治だけで、その眷属たちは見逃したのですから。
「んん。クラリス正しい。」
「そうなの。あの大あごザメの群れは、メガ種に率いられていたから人を襲っただけだって感じたの。」
なのに、こんなわたしを擁護してくれる義姉妹のリトとレンです!ありがとう!
「まあ、その通りですね。メガ系の変種は同種の眷属を従えて人族を襲いますが、眷属だけならただの魔獣、いえ、海獣ですよ。」
人族を襲うことも完全にないわけじゃないけど、それも自然の摂理の範囲なら……きっと叔父様ならそう言うんです。
「そうそう。よくわかんないけど、それで解決したんならこれでいいよ!」
「……班長はんに似て、みなはん、しんなりしたとうさん方ですなぁ。」
「元男爵令嬢のジェフィに上品なお嬢さんと言われるのって、あたい、うれしいよぉ!」
リルに遠回しな皮肉は通じないし、意外なことにそんなリルを嫌っていないジェフィですから、素で喜ばれて困惑の極致です。
そんな希少なジェフィを見て、笑いをこらえるわたしたちなんです。
「……だけど、ここ、なんだか落ち着かないって思うの。」
「ほんまです。こんな軍人はんばかりのいかつい港、疲れます。」
昨年に続き二回目のわたしたちですら、こんな軍港は馴染めないのですから、始めてのジェフィは当然……って、全然そう見えないんですけどね。この腹黒は。
なんて考えながら、軍港では数少ないお茶のお店で休憩中ですけど……ここ、女子率少なすぎのせいか、みんなの見る好奇心丸出しの目が……とっくに水中運動着は着替えて制服なのに、なんだかいやらしい気がするのです。
これだから叔父様以外の男性ってイヤなんです!
いけません、こんな時は……ふふふのふ。これです、これ!
「クラリス、また見てる?」
「ふにゃあああ~だってかわいいじゃないですかぁ……もう、世界一です!」
「……顔、崩れてる。エミルみたい。」
「でも仕方ないってレンも思うの。」
「このイラスト、クレオさんがわざわざ描いてくれたんだよねぇ……まだまだ追いつけないよぉ。」
そうです。
あの新聞記者にしていらすとれいたあのクレオさんが描いてくれたのは!
「しかし三つ子はんなんてよう無事お産みになりましたなぁ、班長はんのご母堂は。」
わたしの弟と、妹二人の、つまり三つ子です!
夏季休暇中に無事誕生しました!
「魔術院で『多産』の祝福してもらうなんて、クラリスのおかあさんたち、本気で双子産むつもりだったんだって、びっくりしたの。」
そう。弟が欲しいか妹がいいかかって聞かれた時、悩んだ結果、両方の双子がいいって答えたら、かあさんもおばあちゃんも乗り気になっちゃって。
さすがに「産み分け」の術式は人族には禁忌ですけど、「多産」や「安産」なら許可だったんです。
「ん。しかも、結果は三つ子。」
「多産」は大地系の中級術式ですけど、お金はかなり……実家の家計は、あの魔術教典の製本でかなり改善したみたいです。
さすがに「安産」は使いませんでしたし。
「だから、お産は本当に大変でした。二人とも、あの時はありがとう。」
夏季休暇、また一緒に里帰りしたリトとレンです。
その後はしばらくわたしの弟たちの話で盛り上がって……。
「あ、クラリス、魔術時計『タイマー』が復活してます。後続のセレーシェル号が近づいてますよ。他の班の快速艇だってきっともう上陸してます。」
「……確かに。1357。予定時間近い。」
「では、急ぎましょう。」
「え~もう少しゆっくりしたいよぉ~。」
「リル、任務が優先なの。」
最年長のリルを最年少のレンがたしなめるって……なんだか、ですけど。
「い~えぇ、見てるだけで潤いますなぁ。」
どこに安らいでるやら……まあ、このメギツネも、無邪気で無垢な二人には甘いし。
ここは軍港シーサスです。
昨年は輸送船で二週間かけて運ばれたわたしたちも、今は自力で航海し、途中、ケール湾に浮かぶメダユ島で、姉妹校の水兵学校と交流し……例によって操船術を競う羽目にもなりましたけど……わずか六日で到着したんです!
「クラリス・フェルノウル以下、チームアルバトロスのみなさん……お見事でした。」
旗艦でもある改装輸送船セレーシェル号から降りたセレーシェル学園長です。
魔術師としての正装、紫のローブがお似合いです。上級魔術師の証、金の☆も。
「ふん、甘ちゃんどもめ。まあ、敵の首魁を素早く見極め仕留めたのはまあまあだが。」
そしていつも通りの教官姿、白いシャツに黒いマントのイスオルン主任です。
あの丸眼鏡が不安を誘う、人相の悪さですけど。
さっきの戦闘もしっかり分析されてました。
「みなさん、操船も水上戦闘もかなり慣れてきましたね。」
こちらも、同じ身なりのワグナス副主任。
こちらは少し太った……いえいえ、恰幅のよろしい、見た目も中身もいい人教官です。
「でも、航法はまだまだよぉ。復路ではもっと難しい課題を用意しておくわぁ。」
……そして、この、おへそ丸出しの、露出過多な衣装で、メリハリの利きすぎたないすぼでいの美女。
彼女が4月から、わたしたちの水上水中運動や操船などの、水軍教練の中心になられた人。
なんですけど
「ネーデア教官……またそんな格好で。」
「ここは軍港だぞ。」
「見ている兵士さんがかわいそうですよ。」
そうです。
この、露出狂で異性好きの問題教官、ネーデア師です!
今だって遠目に見てた兵隊さん相手に無駄なせくしぃもぉしょんで…………あ、兵隊さん、鼻血噴出して倒れました。
これでは全ての男子校が採用を見送ったのは必然なのです。
ですが、他に引き受け手がいなかった、という事実は事実として、魔術師としても水軍教官としても優秀なことは、認めるにやぶさかではないのです。
「あらあ、あっちの坊やも、おいしそう。」
……変態ですけど。
叔父様の変態度合いを10ヘンタとした場合、この人は7へンタくらいはありそうです。
叔父様のような大事件は起こしませんが、小さなトラブル……もちろん男性がらみの……は後を絶ちません。
おかげでセイン・エクスェイル教官は四月不登校になりかけるわ、シャルノが怒りまくるは……。
「クラリス先輩!」
どすん。ってわき見していたわたしに勢いよくぶつかってきたのは……淡い金髪の小柄な子。
「キラ!」
「せんぱぁいっ!会いたかったですぅ!」
上目遣いでわたしを見つめる潤んだ瞳に長い睫毛。
その真っ白い肌はソバカスが浮かぶくらい透き通ってて。
それが今真っ赤に上気にて……同性だけど、かわいい!
思わず抱き返しちゃうんです!
このままお持ち帰りしたいくらいなのです!
「だめでしょ、キラ。任務中は戦隊長閣下とお呼びしないと!」
そんなわたしから暴れるキラを無情にもひきはがすのは……ウランです!
「戦隊長閣下、キラが失礼したのであります!」
こちらは同じ金髪でも明るくくっきりした色で、身長もわたしより高い美人です。
二人は、エクサスの孤児院の出身で、一時期わたしが魔術師の修行を引き受けたこともある子です。
そして4月に晴れて我がエスターセル女子魔法学園に入学、わたしの後輩になったのです……デニーとおない年でレンより年上の後輩ですけど。
ふたりとも優秀で、何よりかわいいんです!
だから入学以来も一緒に放課後迷宮実習に出かけたり、里帰りしたりして。
「いいじゃない、ウラン……先輩だって、ホントは閣下なんて呼んでほしくないんだし!」
「ダメよ。いい、今は戦場実習中!軍隊ならば戦闘中に等しいんだから、けじめをつけなさい!」
「あ、あのね、ウラン、わたしは気にしてないし、戦闘中はお大袈裟じゃない?」
「はい、いいえであります!戦隊長閣下!小官としても、閣下をお慕いする気持ちはキラに劣らないものであると自負しているのであります。しかしながら、現在は先輩後輩であり、また先輩はわたしたち生徒を率いる戦隊長なのでありますから、公私の区別と上下関係は明確にする必要があるのであります!」
……この下士官じみた「あります調」。
叔父様なら嫌がること必定なのですが、後輩教育を任せたケーシェとヤフネの暴走の副産物として、特に真面目で素直な生徒に残ってしまったのです。
「なに言ってるのよウランのわからずやわたしたちはクラリス先輩をお慕いする気持ちをいついかなる場合でも忘れず表現するためにこうしてるんじゃないなのにその気持ちをこんな堅苦しい形式で隠すなんて嘘よ欺瞞よ卑怯千万だわ」
そして、もともと激すれば早口なキラですが、最近ではもはや無呼吸で5分くらいは持ちそうな勢いです。
普段仲のいいこの二人ですが、ひとたびこうなってしまうと……
「チームアルバトロス、ただちに撤退します!」
回れ右するわたしです。
もう、手の施しようがないのです。
後は巻き込まれないだけ……二人ともホントにかわいいんですけど。
「ん。賢い判断。」
「キラもウランも別別ならいい子なのにって思うの。」
「こうなったらこの二人、永遠に終わりませんからね。」
「クラリス好き過ぎだね。」
「そんなかわいい後輩をケンカさせて放置なさる?あこぎですなぁ、班長はんも」
って言ってもしっかりわたしについてくる、気を見るに敏なジェフィですけど。
そして……荷揚げやら歓迎会の打ち合わせやらで忙しいはずの本隊……ほとんどは下級生部隊40人ですけど……を後に、再び港内に向かったわたしたちです。
「レン。ワグナス教官に」
「うん。アルバトロスは、自主的に港内で情報収集任務に尽きますってメールしたよ。」
さすがはわたしの義妹なんです。
後輩たちもかわいいけど、更に年下のレンだってとってもかわいい。
「そうですね。ついで、ではなく、情報の確保は重要です。」
怪しく光るメガネがなければ、ガリガリのデニーだってかわいいかも?
素顔は未だに誰にも見せないけど。
「それには賛成します。ただし……うっとおしいこと、この上ありまへんけど。」
「ん。兵士の視線……。」
「とっても気になるの。」
男性ばかりのこの軍港で、若い女性たちが歩いていれば、中にはそういう視線も。
「こんなところを闇雲に歩き回るのは避けたいですね……あ、デニー!?」
そこで思いついたのは、知人にあたることです。
明日の歓迎会のために、下級生たちを指導する部隊ももう来てるはず。
そして、それは去年と同じ部隊だったはず!
「ああ、なるほど……では『周辺検索』!」
幸いなことにわたしの予測は当たっていて。
「兵役が残ってることがこんなにうれしいなんて!」
ペリオさんたちです!
赤茶の髪で小柄なペリオさんたちはちゃんと生きのびて、また我がエス女の指導中隊になったのです。
ペリオさんは、今はやっと槍兵小隊とか。
以前は小柄な体格なのに盾兵で、大変みたいでしたけど。
「感激です!またお目にかかれるなんて!」
明るい茶色の髪のサムドさんも相変わらずやせてますけど元気そうです。
え?これでも太って、今は弓兵小隊?
王国の弓兵って長弓ですから、体力も技術も必要なんですけど大丈夫なんでしょうか?
「夢じゃないっすか!まじ、夢じゃないっすか!」
そして三人の中で一番体格のいいヘライフさんです。
言葉遣いは少し乱暴ですが、実は兄貴肌の人なんです。
で……今は槍兵?
「みんな配属小隊が変わっちゃったんじゃ?」
「ですが、こちらの方が王国の練兵基準には適してるんですよ。」
「去年の一件が片付いてから、少しだけ余裕ができて。」
「ああ。俺たち徴兵された少年兵も、多少は適性に合わせようってことっす。今さら感ありありだったっすけど、でも、少しでもマシになるんならいいっす。」
「みんな……苦労したんですね。」
そうです。
去年の夏にたまたま見かけた輸送船に乗っていた少年兵たちも、既に何人も戦死して。
「だけど、他の船のヤツらより、かなり俺たち率はいいよな。」
「そうですよ。クラリスさんのおかげです。」
「ああ。兵役が終わったらあの子に会いたいって、そう願ってみんな生き抜いてるっす。いや、死んだヤツだって、クラリスさんのことを思い浮かべて逝ったに決まってるっす。」
あの時、輸送船に向けて手を振ったことは、わたしにとって英断だったけど、少しは……それがほんの少しは、家族と別れ故郷と離れて戦う、名もない少年兵たちの役にたったのなら……ぐすぐす、のわたしですけど。
「……三人も、無事でよかったです……兵役が終わったら会いに来てね!」
わたしはそう言って励ますんです。
ですが、彼らの兵役は、トレデリューナ臨時法のため一年延長されて3年。
あと2年近く残っているのです。
そして、彼らが運よく退役したころにはわたしが、おそらく戦場にいるはずで、それを言うことはできません。
それでも、伝えた気持ちにウソはないわたしなんです。
「……魔王?」
一年ぶりの再会の感激も一段落し、周辺情報や戦地の近況を聞いていたわたしたちに告げられたのは、そんな時代錯誤な一言でした。
「亜人との戦況そのものは、なんとか持ち直してるんだ。ゴブもオークもなんとか。」
「トロウルなんかずっと見なくなったし。ですけど……ここからミルウォルまで続く軍道で、見知らぬ魔獣や怪獣が群れをなしているんだそうです。」
「輸送中の物資が奪われたっす。ホントは言っちゃいけないっすけどね。」
現れたのは亜人の軍勢とは異質に見える勢力。
強力な魔術を使い、幾多の魔獣を使役する、謎の存在の出現のウワサ……。
「魔術師ですか?亜人の群れにもたまにいるという祈禱師じゃなくて?」
「同じ中隊の魔法兵が聞いた話じゃ、精霊魔術より難度の高い魔術だったって……」
もともと自身の意志で直接精霊を使役できるのが祈祷師で、これは亜人にもいることはいるのです。
しかし、魔法言語で精霊を動かし、更には己の意志で多くの術式を発現させる魔術師は……。
でも、邪巨人の中にも魔術種がいましたし、皆無でもないのかもしれません。
「もちろん、軍も調査隊や討伐隊を派遣したんだけど、見つけることすらできなくて。」
「まさに神出鬼没なんです。」
「で、姿を見せた時には、もう手遅れっす。」
「出合わせた大隊なんかじゃ、そいつ一人にも全然歯が立たないって。だから‥…魔王がよみがえったんじゃないかって。」
つまりは、南方軍でも未だ未確認の段階で、亜人と別かどうかもわからない。
しかしウワサで済ませるには、シーサス軍港から輸送される物資に不安がありすぎ。
しかも……明日以降、下級生がその軍道を通って進むからには、安全を確保したいのです。
「デニー、ジェフィ……明日からのわたしたちの実習……前倒しってできるかしら?」
「戦隊長閣下?それはさすがに今からでは……」
わたしたち上級生は、もう実戦訓練にはいっているのです。
ですから明日からは4班に別れて各自で行動し、亜人や魔獣を退治する予定なのです。
「……デニーはん。ここは班長はんの言う通りです。安全の確認もできんまま、後輩たちを歩かすなんてできまへん。多少のムリは……せんとあきまへんのです。」
「ん。結論が正しいなら、後は急ぐだけ。」
「……しかたないですね。ですが、教官には正式に許可をもらわないといけませんよ。」
「ええ~あたい、今日はゆっくり休めるって思ってたのに!」
「リル、お姉さんなら、妹たちの心配しなきゃだめなの。」
……下級生より年下のレンにこう言われて、さすがに最年長者のリルは恥ずかしそうです。
まあ、この子も言ってみただけなんでしょけど。
こうして、わたしたちはペリオたちと別れ、急ぎ本隊のある臨時宿舎に向かうのでした。
「魔王?……勇者もいないこんな時代に?そんなのいるはずないのに……。」
それでも執拗にこみ上げる胸の不安を押し殺して。




