第24章 その5 魔術と奇跡
その5 魔術と奇跡
ギシギシ。
軋むギブスが耳障りですが、しかたありません。
絶賛停学中のわたしですが、今は自室で特訓中なのです。
最初の頃は軽いストレッチだけですぐ動けなくなったわたしですが、すぐに慣れてきました。
もともとここ数か月で魔力は随分増加した身ですから体調が回復し、精神的な落ち込みからも脱してしまえば、この通り!
今ではつけたままの筋トレも大丈夫。
第一段階はクリアです……ってそこで気を抜くと。
途端にミキミキ!って。
いけません、姿勢が崩れちゃいました。
「油断大敵だぞ!クラリス!」
バンって顔を叩いて、気合を入れ直すわたしです。
そうなんです。
この大魔術師養成ギブス九式は装着者の状態に合わせて強度が変わるので、わたしが強くなればなるほどギブスの負荷も多くなるのです。
それでも子どもの頃トラウマになってしまったみたいに、ずっと芋虫状態には程遠い。
ちゃんと動けるんです!
「だけど……魔術回路、いつ再起動するんでしょう?」
そうです。
体力も魔力も回復、いえ、むしろ増強された感まであるのですが、なかなか魔術の行使ができない。
「やっぱりワンドがないせいでしょうか?」
停学中、ということもあり、現在は学生杖は返却中なのです。
最近ではワンドなしでの詠唱をする機会もかなり増えましたが、それでも一般的にはワンドなし詠唱は成功率が4割下がる、という叔父様の説明でした。
そして……何よりも、わたしを見下ろすみたいに張られた紙の大きな文字!
「魔術の無許可使用は厳禁です……わざわざわたしの部屋に張りますか……」
昨日、室内で詠唱の練習をしていたわたしを見て、寮母さんが。
まあ、そうなんですけど。
でも停学中のわたしですから、用事がなければ学園にも行けず、当然、魔術使用許可区域には入れないのです。
未だ学生の身ですから、魔術の行使に強い制限があるのは
「理解はできますけど!」
じろ。
部屋の外にタマタマ?いらした寮母さんが、ジロって見てます……なんで部屋のドアを開けっぱなしにしなきゃいけないんでしょう?
そんなに信用ないんでしょうか?
「ゴホン、ゴホン。」
「わかってます。」
室内で魔術回路の再起動なんてやって、もしも暴走させたら……最悪、学生寮全焼!?なんてこともないとは言い切れないのです。
しかもわたしには旧悪も前科もありますし。
「あのう~寮母さん……気分転換に外出なんか……できちゃったりしませんか?」
「しないねえ。」
「ですよね~……」
はあ、です。
停学中=謹慎中のわたしです。
それなのに、プールで倒れたり、研究棟にお届け物なんかして、完全に目をつけられてしまいました。
明日はもう、魔術レベル認定、当日です。
なのに……この九式、本当に再起動を促す効能があるんでしょうか……不安です。
そして……翌朝の……いいえ!
「さあ、行ってらっしゃい。」
もうお昼過ぎですよ!?寮母さん!
「まあ、もうみんなの試験は終わりましたし。」
迎え来ないってあきらめてたんです!ワグナス教官!
「気分はどう?」
最悪です、スフロユル教官!
もうわたしいらない子だって思い込んで、思いっきり泣いてたんです!
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魔術認定レベルの前に、わたしの魔術回路が起動するかの試験をする。白絹羊皮紙にそう書かれた公式通知をリトが持ってきてくれたのは、昨日の放課後のことでした。
「ん。明日、迎えに来るって。」
「やったやった!クラリスもレベル認定受けられるんだね。」
「ですがクラリス……その……大丈夫ですか?」
「魔術回路、動くのか不安だってレンも思うの。」
リルやデニー、レンもそろった部屋の中で、久しぶりに大魔術師養成ギブスを外して見せます。
「……軽い。体も……。」
そして心も。
体力不足も魔力の消耗も、叔父様がいなくなったことの精神的な不安も、今はない。
一か月の停学期限が終わる前に起動試験を行えることで、むしろ機会を増やしてくれた学園長に感謝です。
だから、朝からずっと迎えが来るのを待っていたのに……。
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なのに、リトを見送って以来、ずぅ~~~っとお迎えが来なくて、すっかり諦めて泣いていたわたしだったのです。
「ほら、預かっていた学生杖ですよ。」
ワグナス教官に渡されたのは、加工された樫の木の枝です。
「久しぶりです……。」
わたしのワンド。
いえ、もちろんこれは学園から貸与されたもので、でも卒業まではわたし専用の学生杖です。
ですが、学生向けということで飾りもそっけもない、いかにも実用一点張り。
いえ、むしろ質素を売りにしてるみたいなつくりですけど、もう一年近く一緒だったのですから、今ではこれがないと落ち着かないくらいです。
誰もいない試験会場では、これだけが今のわたしの仲間……。
そうです。
室内演習場には遠巻きに見ている教官方と、魔術協会から判定にやってきた老師の方々だけ……なんですけど!
「おお、ホムンクルス、よく来たンよ。」
「ふふうむ、いやいや、人造魔術回路を刻んだ娘さんヂャ。」
「だから、きみは失敗したホムンクルスをつなぎ合わせて人造魔術回路を刻んだフレッシュゴーレムだヨ。かわいい見かけにだまされちゃいけないヨ。」
うわぁ……あの、叔父様級の変態魔術師が三人……。
なんでこの人たちが!?
例えばです。
叔父様の変態の度合いを10ヘンタという単位に置き替えたと仮定します。
ならば、本当は若いくせに威厳欲しさに「老化加速」なんてやってるノソウリン師は8ヘンタくらいはありそうです。
そして、もう40年くらいも80才くらいで若返りもせずに「加齢停止」してるセワシタン師は7ヘンタくらい。
見かけは一桁、中身は三桁のモーリーモン師は、わたしへの変態行為を考えれば11ヘンタくらい。
彼女は叔父様を上回る変態と言えるのです。
「だって、きみの魔術回路が再起動するか否か、それによってきみの正体が判明するからには、ぼくの目で見届けないとだめだヨ。へへへへェ~。」
って、なんでそこで手をいやらしく動かすのか意味不明です!
絶対セクハラでパワハラです!
こんな人たちの前で試験!?
こんな状態では集中できなくて、とうてい実力が出せません。
ムダにハードルがあがってませんか!
わたしは立ちすくんでしまうのです。
「ふん。これくらい、なんとかせんか。」
その時、遠くで呟かれたその声が、なぜかはっきり聞こえます。
その傲然とした仕草。
「素直じゃないのね。今日の再起動試験を手配したくせに。」
「……なんのことかわかりませんな。」
でも……学園長の突っ込みが本当なら……わたしは主任に見捨てられていない?
いえ、よく考えれば、こんな予定外の再起動試験なんかに学園の教官方がみんな見に来てくださっている。
学期末、しかも年度末でお忙しいはずなのに……。
「……リス。」
「……ばれ。」
「……かり。」
ハッ。微かに、本当に微かな、どこからか漏れ聞こえる声のようなもの。
わたしは目の前のモーリーモン師たちから、もう一度辺りに目を凝らすのです。
すると……狭くはない室内演習場の一画に、隠れるようにしている姿が。
みんなの姿が!
「……生徒の見学は禁止したはずだが。」
「禁止してるわよ。たまたまいるだけ。それくらいいいじゃない。」
「甘すぎだ。孤立無援の逆境で実力を発揮せずに軍人の素養はない。」
「ならあなたも見てないで帰れば?」
「…………ちっ。」
「彼女らの試験は終りましたし、下校時間にもまだ早いです。忘れ物して戻ってきた、そんなところでしょう。」
「いい人ぶるのもいい加減にしろ……私は知らんぞ。」
「はい、黙認の言質、頂きました。」
……学園長も、副主任も、そして主任も。
何より、声援を押し殺して隠れて見てるクラスのみんなも……みんながわたしを!
そして……どこかでわたしを応援する、あの人も。
「……ならば、なすべきことは一つです!」
学生杖を構えるには何日ぶりでしょう?
そもそも制式戦闘衣に身を包んだのは?
そして……この碧玉に光がともったのは!
わたしの魔力が外に向かい放たれたのは!
「思いは胸の奥に、頭の中に式を描いて、自分の意志は強く刻んで!……そして世界に奇跡を起こす!……」
それが魔術!
それが一人の魔術師のなせる小さな奇跡!
それがどんなに小さくたって、その積み重ねが世界を変える!
「だから……もう一度!動いて!わたしの魔術回路!」
魔術がなくても夢は叶えてみせるのです!
でも、魔術があれば、それはあと少しでかなえられるのです!
「魔力……それは世界の根源を司るもの」
わたしの体内の魔力……生命魔力オド……が、わたしの集中と詠唱に合わせて形づくられていくのがわかります。
それが体内を駆け巡っていくのが感じるのです。いける!
「魔力……それは生命の中に流れるもの
魔力……それは精霊の働きを促すもの
魔力……それは物質を形成しうるもの」
今までは途中で霧散していた魔力が、しかし今はわたしの中で形づくられて……それは刻刻と形を変える精妙で複雑極まりないものへ。
それは、敢えて例えるならば、白銀の細い糸で編まれ、ゆらめき続ける炎のような。
それが魔力を増幅し、性質を決定されたわたしのオドが体内から強く放たれます。
それが触媒となって、世界に満ちる魔力……現象魔力マナ……を呼び寄せ、かつてないほどに大きくも複雑な白銀の魔法円を形成していくのです!
それまでは静まり返っていた演習場で、一斉にどよめく声が起きるのです。
そしてこれから!
わたしの意志を、魔力により世界に刻んでいくんです!
強く!深く!はっきりと!
「魔力よ 今、その姿を矢と化して ・・・かの標的を撃ち抜きたまえ」
唱える呪文は「魔力矢」。
この攻撃呪文の基本中の基本と言える術式こそが、魔術の根源的な構成から成り立っているからには、再起動試験の術式には最適でしょう。
「我、人の子の一人 クラリス・フェルノウルが願う。魔力矢!」
わたしは左手にワンドを構え、右手は剣印を結んで額につける姿勢で、発動のきっかけとなるべく最後の魔力を放ちます!
わたしの眼前の魔法円は、形を変え、白銀の矢となります。
その姿は、今までよりもずっと大きく!強く輝いて!
それは魔力の軌跡を描いてまっすぐ飛んで!
標的を突き抜けるどころか、標的そのものを消し去ったのです!
破片すら残さずに!
大歓声の中、わたしはみんなに向かって、あらためて敬礼するのです。
右の人差し指と中指を立て、他の指はしまって、「剣印」をつくります。
一度下に降ろし、続いて右のこめかみに素早くつけます。
礼の後は、一瞬溜めてから、ちゃんと前に半円を描きながら手を戻していきますが……その前に、みんなに向かって一言!
「クラリス・フェルノウル、恥ずかしながら帰って参りました!」
その後は、みんなにもみくちゃにされて。
「なんて奇矯なあいさつ……さすがはあのお方の、ですわね。」
「まったく!めっちゃ心配してたのに、人の気も知らないで!」
「まあまあ、ボクはクラリスが復帰してよかったって思うよ。」
「今の魔力矢すごかったですぅ~」
「やっぱり組長だぜ!」
「まあわたいはこうなるってわかってたけどね。」
「やっぱりもっとかわいい服がいいの~♡」
「みんな、まだ試験の途中ですよ、不謹慎です!」
「いやいや、今こそ激励の好機だ。機を見るに敏なのはいい傾向だぞ。」
もちろんリトやレン、リルにデニーたちも来てくれて。
「みんな、ありがとう!わたし、うれしいです!ホントに、ホントに!」
だけど……。
「レベルを計るのはこれからちゃいます?ようよううちらとおんなじとこに来ただけですのに、そないに喜びなさるなんて……なにやら班長はんもみなはんも無邪気で微笑ましいですなぁ。」
グサリ。
ジェフィは遠くで、あの糸みたいに細い目でしらじらと見ていて。
さすがは語感と行間だけで人を罵倒できる陰険女!
そして、妙な気配に気づいて振り向くと、いつの間にかみんなが遠巻きになっていて。
目の前に立つのは……わたしの最大のライバル!
彼女が突然近寄ってきたと思ったら、バシッって、頬に衝撃が走ったのです。
「え?……シャルノ?」
どうして?
叔父様にもぶたれたことないのに!
「あなた、わかってらっしゃるの!……ジェフィではありませんが、ここはまだ通過点!わたくしたちの決着をつけるには、これからが本番だということが!」
シャルノはプラチナブロンドの髪をたなびかせ、仁王立ち。わたしをにらみつけているのです。
その視線は、彼女が時にわたしに見せる険しいもの。
「なのに、なにを浮かれていらっしゃるの!……人の気も知らないで!さっさとレベル認定を済ませなさい!」
シャルノの気持ち……。
そう。
先日の日蝕事変で知ったこと。
それは、本来この学園は、シャルノを女性でしかも魔法兵初の将軍にするために入学者を選抜された。
つまり、入学時点のわたしたちは……伯爵家とっては、よく言えば将来信用できる部下候補。
悪く言えばシャルノの引き立て役だったのです。
それが、いつしか学園の方針が大きく変わり……それに。
「いいですか、クラリス。一介の市民のあなたが、このわたくしと互角の力を持っている。その意味をお考えなさい!」
1学期の末にはあと一歩彼女に及ばなかったわたしは、しかし2学期では追いついて。
だから、学園の方針転換には、わたしの存在が関わっている可能性があるのです。
それに叔父様の暗躍があったことも否定できませんけど。
「…………意味はわかりません。」
「……何をおっしゃるのです。」
「ですが、わたしのやることは一つです!わたしは全力でレベル認定に挑み、そして……あなたを超える!」
それが、貴族のシャルノではない、レリューシア王女殿下でもない、市民のわたしが最も高いレベルを示すことこそが、学園の価値を、叔父様のご尽力を認めさせる一番の成果。
それこそが王国を救う最適解なんです!
大公殿下にも、伯爵様にも、商会長にも、「大佐」にだってそれを教えて差し上げます。
何より、これが、わたしの夢への第一歩なのです。
「だから、絶対に譲れません。遠回りはしましたけど、この後のわたしを見ていてください!シャルノ!」
今までは、こんな目をしたシャルノをまともに見ることができなかったわたしです。
ですが、今は、今この瞬間ははっきりを睨み返すのです!
ぶつかる視線がバチバチバチって、音がするみたい。
「なんだ……ちゃんとわかってらっしゃるではありませんか。ならもうお話しすることはありません。」
そしてシャルノは、わたしから背を向けて、また元の位置へと、離れた場所へと戻るのです。
「そうだね、みんなももう戻るよ。ボクたちが邪魔になっちゃいけないからね。」
ヒルデアの声で、みんなも戻っていて。
そしてわたしはまた中央に一人。
でも……胸の思いはむしろ何倍も強くなって。
「……キミ、ホントに廃棄ホムンクルスに人造魔術回路を刻んでくみ上げたフレッシュゴーレムじゃない?」
魔術認定は、多岐にわたる試験です。
魔力量も計られますし、暗唱できる呪文の種類や呪文動作の正確さ、唱技術も試されて、最後はもちろん実際に術式を行使します。
わたしの場合は、「衝撃」や「酸性風」といった非公式術式は使えませんし……ワグナス教官にしっかり釘をさされました……堅実なシャルノと比べれば多少は控えめにしないといけません。
それでも……全ての試験を終えて。やれることは全部やりました!
「だから老師……いい加減そのイラヤシイ手、やめてください!」
「……それで真っ白?」
「まるで燃え尽きた灰になったみたいってレンは思うの。」
「でもでも!クラリスすごかったよね!」
「ええ。ですから、今は少しそっとしておきましょう。」
試験後。
力つきてばったり倒れたわたしは、見た目によらない力持ちのリトに背負われて、学生寮でベッドの中です。
途中で寮母さんには挨拶くらいしましたけど、あとはもう……ぐったり。
「なんで試験結果、すぐに出ないのって思うの。」
「うちだけで二十人以上も、しかも他の学園の生徒も判定するんですよ。すぐにはムリです。」
「ん。いろんな試験やったし。だから修了式に発表する。」
「結果、待ち遠しいですね。」
「そうそう。あたい、ぜったいいい成績だって自信あるよ!」
「ん。みんな頑張った。」
「学園長、最後に言ってたね……きっと自分の記録なんて何人にも破られたって。」
「そう言えば、市内の年間レベル記録はほとんど学園長が建てたものなんですよ。」
「初耳。」
「すごいすごい!……でも、その記録を抜いたあたいたちもエライ!」
「さすがにリルは抜けないんじゃないかって思うの。」
「レン、ひどいひどい!」
「それは歴代記録レベル8にはさすがに。何しろ前期は1だったんですよ。ですが、かなりよかったはずですから自信を持ちましょう。」
「うん!デニー、ありがと!」
「リトはきっと抜いたって思うの。」
「んん……自信ない。」
ベッドで寝てるわたしの側で、みんなの声が聞こえてきます。
そんな声を子守歌代わりにして、わたしは再び意識を手放すのです。
ですが……それは久しぶりに安らかな眠りなんです。




