第24章 その4 招かれざる客とお届け物
その4 招かれざる客とお届け物
プールで意識を失った後、医務室で目覚めたわたしは、「転送館」から「実家」に転送しましたが、やはり叔父様が帰っているわけもなく、かあさんたちに不審な目で見られ逃走したのです。
困ったことにひきこもりの叔父様が他に向かう場所に心当たりもなく……実家だってホントは出禁ですし……その後は闇雲に捜し回りはしたものの、成果もなくて、ついには心配し捜しにきてくれたリトとレンに連れ戻されて。
「叔父上のことはリデルも心配。でもまずクラリスも休んで。」
「このままじゃ、クラリスが倒れるの。それじゃアントも悲しむって思うの。」
結局は学生寮の自室の中で不安に押しつぶされる思いで数日を過ごしたのです。
それに、今さらながらでしょうか?
一連の騒動の疲れが一気に押し寄せ、近頃「体力無尽」などと不当に言われていたのがウソのように、わたしはベッドに伏せることが多くなって、治癒魔術でも効果なし。
そんな日の朝、わたしの部屋にやってきたのは!
「失礼するのです。」
ピンク色のとんがり帽子とローブで隠してたって、その中の犬の耳と尻尾が見えなくたって、生意気な妹弟子だってくらいは一目瞭然なのです。
そして、わたしにとっては憎らしいくらいに、愛らしい笑みを浮かべて!
「お久し振りなのです。クラリス様。思っていたよりもお元気なのです。」
「メル!?あなた、どうして……いえ、そんなことより叔父様は!」
メルは、室内に他にだれもいないことを確認し……リトはわたしが強引に学園に行かせました……ゆっくりと部屋に入ってきたのです。
自分の身長より長くて立派なあのメイジスタッフを抱えたままです。
叔父様にいただいてから何か月も経ったのに、相変わらず大事そうにして。
「椅子もお茶も遠慮するのです。クラリス様の化学兵器の毒見をするほどメルは命を粗末にはしていないのです。」
ムカムカ!
誰もあなたなんかに椅子もお茶も勧めてはいないのですけど、その無礼な言い様!
「お茶くらいはあなたよりもわたしの方がおいしく淹れられます!」
先日だって、部屋を訪れてくださったワグナス教官たちにお淹れしたのです。
ちゃんとお二人ともご無事でしたし。
「おそらくは時間差で効果を発揮する毒性に進化したのです。ですから副主任の体調が今どうなっているのかは不安なのです。」
「そこまで言うのなら、あなたが実際に飲んでみればいいでしょう!」
「ですから、メルは人体実験の犠牲になるわけにはいかないのです……ご主人様のお世話をしなくてはいけないのです。」
叔父様のお世話。
普段であればなんということにない言葉のはずなのですが、しかし、魔術協会の三賢者……というより絶対三人とも変態なのです……の「過去視」によれば、叔父様は儀式を成立させるために、その生命に関わるほど大量の血を失っている、ということなのです。
そのことを思い出し、一気に頭が冷えたわたしです。
「叔父様はご無事なのですね。でも、あなたに世話されるほど、まだ重態なのですか!?」
「今はメルが話せることは少ないのです。」
妙に落ち着いてもったいぶるメルです。
しかも、いつもならばどんなに表情を取り澄ましていても、その耳と尻尾の動きでわたしには丸わかりなのですが、今は耳も尻尾も隠れているせいでわからないのです。
ちっ、いえ、舌打ちはしませんけれど。
「もともと先見性と計画性に優れたご主人様なのです。儀式で血を失うことは覚悟の上で、いざという時の為に数か月前からご自分の血をユケツのために保存していたのです。」
ユケツ……が何かは分かりませんけど……なんらかの対策をしていた?
ですが……何が予見性ですか。
まったくこの犬娘は叔父様への評価が甘すぎ、いえ、盲目的に信じ過ぎているのです。
「ならば、儀式の後も平気だったのですか?」
「……いざ当日になると、ご主人様は二度も、しかも予想を終える大規模な儀式を行うことになったのです。」
ほら。
「いつも通りですね。」
何かするたびに「見込みが甘かった」って失敗、「予想外の出来事だ」って方針転換、「気が変わった」って大暴走、「計算間違った」って大爆発……それが叔父様のつうじょううんてん、なのです。
所詮、あの人の計画性とか予見性なんてこんなものなのです。
「それで、予想以上の血を儀式に捧げることになってしまったのです。しかもその後、すぐユケツなさればよろしかったのに……」
……そこにクロちゃんがわたしの危機を伝えて、その後ムリなさって……叔父様のバカ。
「ですから、血液を不足のまま、長時間行動なさったご主人様は、少々……」
ケガや状態異常を治す術式であれば、中級にもあるのです。
メルならば日蝕後、問題なく使えたはずです。
しかし、体力に魔力、いえ、生命力そのものの源泉たる血液の不足を一瞬で回復する術式となると……まさか!?
「いえ、ですが、もうお命にかかわるような危機はないのです。ですから今は……メルと二人で手に手を取って、幸せなはねむーんの最中なのですぅ♡」
帽子やローブの下からでも分かりやすく動く耳や尻尾!
この自分の妄想に浸っている表情!
メルがわたしの前で、こうもわかりやすくはしゃいでる!?
「あなた、まさか!?あなたが叔父様を誘拐したんですね!」
予想を超える事態です!
おそらくは、意識が危うい叔父様をメルがそのまま拉致して、監禁しているのです!
「拉致?監禁?クラリス様、メルがご主人様のご意志に逆らうことは不可能なのです。そんなことくらいはわかっていただきたいのです。」
「……それはその通りでしょうけど」
思いっきり不本意ですが、確かにこの犬メイドが叔父様の意志に逆らうことはないでしょう。
「でも、誘拐は否定しないのですね。」
「誘拐、と言われるのは不本意なのです。それは誤解なのです。」
「碁会も六階もありません!」
「ですが、当分の間、ご主人様の身の安全を考えれば、その所在は極秘にさせていただきたいのです。ですから学園長にも、もちろんクラリス様にもお話しすることはないのです。」
「早く治療魔術院にお連れすればいいでしょう!」
「ですから、現在はそういう状態ではないのです。」
「なら、今叔父様はどんな状態なんです!」
「……それはナイショなのです。ですが……メルは今、一番幸せなのです♡」
ブチブチ!
その時、私の額の何かがまとめて何本もちぎれ飛んだのです!
「それでは、用件は終ったのです。これで失礼するのです。」
そんなわたしを尻目に、そのまま立ち去ろうとするメルです。
「待ちなさい!」
しかし、既にメルは半獣人ならではの身のこなしで、風のように部屋から去っていくのです!
そして追いかけるわたしは、すぐに見失ってしまったのです。
そして、部屋に戻ったわたしが目にしたのは……
「あの犬娘!いつの間に!」
分かりにくい場所に置かれた、謎の包みでした。
「クラリス?」
「どうしたの?もう起き上がって平気なの?」
放課後、下校したリトたちです。
「寝てる暇なんて、ありません!」
「元気?」
「ムリしてるんじゃないかってレンは思うの。」
「いいえ。心配かけました。もう大丈夫です。」
「でも、動きが変。」
「なんだかぎこちないって思うの。」
それは仕方ないのです。
何年ぶりでしょう、これをつけたのは。
気を抜くと、倒れてしまいそうなんです。
この数日で相当なまっていたわたしです。
「それよりも……帰ってきたばかりで悪いんですけど、少し付き合ってください。」
「ん。」
「それはいいけど?」
「ありがとう。」
行き先は目の前の学園とは言え、帰宅してすぐにUターン。
それでもリトもレンも文句も言わず、わたしにつきそってくれるのです。
わたしもリハビリを兼ねてのことで、不安なのです。
実際時々よろめいたり躓いたしては、二人には支えてもらって。
メルは、わたし宛てに残した包みとは別に、一つのカギを置いったのです。
それは学園の北東にある研究棟の一画にある……
「おや?お久し振りですね、クラリスさん。」
「お久し振りです。」
長身で金のロン毛、でも端正な顔立ちの男性です。
名前はまだ知りませんけど、司書助手の方。
ここは学園の図書室なのです。
「あの……これ。」
「ああ、でも完成版は……それにどうしてあなたがこれを?」
「メル教官がわたしの部屋に置いていかれました。そして、未完成部分も。」
第三者にはメルにでも敬語を使ってしまうわたしですけど、実は歯軋りしたいんですけども。
「そうですか!それではついに完成なんですね!」
なのに、そんなわたしの屈託を置いてきぼりの助手さんなんです。
「クラリス?」
「何が完成したの?」
「さあ?」
黒髪のリトも、淡く緑色がかった金髪のレンもお人形さんのように首をかしげます。
でもわたしだって預かっただけなのです。
正確には勝手に置いて行かれたとも言いますけど。
「ああ、これは、魔術教典の原稿ですよ。その最終章の。」
それは、書庫の奥まった場所にありました。
既に完成しわたしたちにも貸与されていた一巻。
そして、まだ見たこともない、二、三、四巻の完成していた姿。
さらに別の、一画には
「これが、フェルノウル教官から預かっていた五巻の編集中の原稿です。」
「助手さんも教典づくりに関わっていたんですか?」
「わたしは編集や添削のお手伝いをしたくらいですけどね。何しろ学園の秘密作業ですから、ここに隠されてることを知ってるのは、わたしだけですね。学園長も知りません。」
なんでも一巻を出版した段階で、その完成度の高さを聞きつけた魔術師や製本業者などから、叔父様にはいろいろな動きがあったらしく……わたし、全然気づかなかったんですけど。
「……ここに……うん、これでいいね。」
どこかひょうひょうとした司書助手さんです。
見かけは20代ですが、実年齢ははてな?のせいか、いつもはこんな感じです。
それでも目がキラキラしてるのを見れば、この方は図書室で働くのが好きなんだって思うのです。
「ああ。だって本は知識の宝庫ですからね。しかもこの魔術教典はホントにすごいんですよ。ここ300年ほどの魔術研究の成果を凝縮したばかりか、それをこんなにわかりやすくしたんですから。」
それを成し遂げた叔父様も、きっとすごいんです!
この魔術教典は「スターシーカーの魔術書」や「レインウッドの呪文大全」などの歴史的な名著の数々を元に、その主要部分に現代的なで具体的な注釈、術式や儀式の動作などのイラスト、更には参考にした文献の紹介や難解な用語の索引までつけて五分冊に編集された大作です。
「そうですよ。よっぽど魔術のことばかり考えてないと、こんなのできないですよ。人族の中でも類を見ない偏執的な魔術研究者です。魔術に魅入られて社会生活の全てを捨てた、まさに大変人ですね。」
……それでは褒めてるようには聞こえませんけど。
「この原本を元に、各筆写師さんに依頼して、製本作業に入ります。二巻はとっくに入っていて、もう完成間近ですけど……これで、王国の魔術師の水準は大きく引き上げられるでしょう。」
「んん?」
「レンたち以外の人にも?」
「そうですよ。だって、この教典は、魔術協会を通して、できるだけ多くの魔術師の手に渡るよう、ウソのような安価で販売される予定ですから。」
王国では書物そのものが高価なのです。
ですから普通の魔術書でも写本で金貨10枚くらい、貴重なものなら100枚以上で販売されるのです。
そして魔術書や魔術関係の教材が高価で希少だったために、これまでは教官や生徒はバラバラの教材で非効率の授業だったのです。
しかし、叔父様はこの魔術教典を学園の全教官・生徒に配布することで、同一教材による魔術の授業という形式に変えたのです。
リルやデニーたちのように学生への手当てすら仕送りしてる苦学生なんかは、もちろん魔術書もなく、図書室で写本するにも紙代すらろくになかったのですが……いえ、リルに至っては現代文字の読み書きすら不自由していましたけど……そんな問題も解決し、今ではいきいきと勉強しているのです。
ですから、魔術教典を貸与されて以来、学生たちの魔術への理解は……ひょっとしたら教官方も……著しく向上したのです。
これは王国の魔法史に残る大事業なのかもしれません。
「この魔術教典の価値を考えれば、五巻で金貨数百枚は、いえ、1000枚はくだらないでしょうね。もちろんその利益の多くは著述者にも入りますけど。」
そうなのです。
そして、筆写・製本業者には、ほんの一部しか利益が来ない。
それですら何十人という職人を雇うくらいはできるんです。
わたしの実家なんか、この注文の一部に何か月も費やして、それでもそれに値する収益を獲得できたはず。
「しかし今回は、著述者自身が利益を度外視してましたからね。ほとんど原価ですよ。いえ、引用元になった魔術書の関係者にもトッキョシヨウ料とやらの謎のお金を払ったくらいですから、赤字出てるんじゃないでしょうか?」
せっかくのお金をなんて無駄遣い!
せめて実家にもっと支払ってほしいのに!
あの穀つぶし……じゃないって今では知ってますけど。
それでもお金のことでは未だに看過できないんです!
「クラリス、意外にケチ。」
「アントは魔術師全体のことを考えてるの。とってもエライってレンは思うの。」
ふん、です。
生まれてからずっと、かあさんのグチを聞かされ続けたわたしなんですから。
「……疲れました。」
助手さんに後のことをお願いしたわたしは、寮に戻ったのですけど。
「やはりムリ。」
「いきなりこんなの、無茶だって思うの。」
ベッドに倒れ込んだわたしを介抱してくれる義姉妹です。
「でも……以前よりは遥かに平気です。」
「叔父上、意外に鬼畜。」
「こんなのつけたら、レンなら死んじゃうって思うの。」
そして、身動き一つしたくないわたしから、「こんなの」を外そうとして止められたレンは不満そう。
「心配ありがとう。でも、これは矯正用の九式なの。だから平気です。」
こんなの。
そうです。
メルがなぜかわたしの部屋に置いていったのは……あの大魔術師養成ギブスなのです!
しかも最新型!
ちゃんと言えばいいのに!
「矯正用?」
「この九式は装着者の状態を検査し、現状に一番適切な強度に自動調整するんだそうです。何らかの理由で魔術回路が不安定な場合も、魔力を安定させることで、その再起動を促すとか。」
試しに起き上がろうとして……うん、今の魔力が尽きかけていたわたしには軽いくらいの負荷に変わっています。
「ほら。これで明日から特訓です……えへ。」
「今、なにか隠したって思うの。口元が緩い時のクラリスは、信用できないの。」
「んん?」
「ええっと……」
まったく、こんな時は勘が良すぎるレンなんです。
首飾りのフクロウさんにもにらまれたみたいです。
「実は……経典の原稿にまぎれて、わたし宛ての手紙もあったんです。ずっと出しそびれていた、叔父様の。」
それは、もともとは夏休みにわたし宛てに出すはずだった手紙でした。
3月の、入学前にケンカして、ずっと離れていたわたしを心配していた叔父様の。
「叔父上の?」
「どうしてってレンは思うの。」
「……わたしもわからないんです。」
『実は、僕は密かに心配していた。もともとキミの魔力は強く、詠唱の技術や魔術の理解度も相当高い。なのに、あの一件以来、キミはいい子であり過ぎた。』
あの一件。
それはわたしたちの間にはすぐに伝わる、例の出来事です。
わたしが魔術回路を暴走させてしまって、叔父様もろとも焼け死にそうになった……。
『あれから、キミは随分自分をコントロールできて、感情も魔力の制御も上達した……でも、なんだかいつもなにかを押さえてるんじゃないかなって、気になってきて。だけど、それを確かめようとした頃、キミは、ちょっと反抗期に入っちゃって。』
魔術の修行も激減。
そもそも叔父様に会うことすら避けるようになり、たまに会えばかあさんといっしょに「ちゃんと働いて」とか。
『で、そのうち、魔法学校の受験勉強のために、またキミが来てくれたのがうれしくて、でも今度は僕の方から言い出せなくて。』
14才も半ばすぎた頃、わたしは、ようやく反抗期を脱し、更には受験勉強という免罪符を手に入れて、公然と叔父様の元に押し掛けるようになって。
『せっかく一生懸命勉強してるんだから、あんまり深入りしない方がいいかな、なんて、今にして思えば、僕は怖かったんだな。口では反抗期だってキミが大人になった証拠みたいに強がって喜んで見せていたくせに、ホントは……やっぱり寂しかったんだ。だから、変なことを言って、またキミが僕の部屋に来なくなることが怖かった。』
口に出してあらためて読むと、当時の叔父様の想いが一層強く伝わって胸が熱くなるのです。
「んん、そこ要らない。」
「そうなの。大事なところだけ読んでほしいの。」
なのに、次第に表情が乏しくなる義姉妹たちです。
隠してないで、ちゃんと見せろ、いや、読んで、なんて言い出したのはそっちのくせに。
『……本来、キミの魔術師としての才能はメルに劣らない。修行を中断した時期もあったけど、先に修行していたことを考えれば、今、こんなに差があるのはやっぱりおかしい。』
そんな風に思ってくださっていた。
でも、わたしがあのメルに、12歳で中級魔術師になった天才児に劣らないなんて、さすがに身びいきが過ぎるのです。
「叔父様は時々わたし可愛さに公平さを見失うのかも……」
「その感想もいらない。」
「そうなの。どんどん進んでほしいの。」
ふん、です。
『……だから原因を考えた。思い当るのは、やはりあの一件の後遺症だ。キミは感情を爆発させて、魔術回路を暴走させてしまった。それで、あんな事件を引き起こしてしまった。そのことが、常にキミのブレーキになっている。』
ドキリ……最初に読んだ時も、そして今も、やはり胸の奥でなにかが重い音を立てるのです。
『キミはもともといい子だったのに、行き過ぎるようになった。キミの詠唱は、発音も抑揚もとても素晴らしいけれど、どこか、そう、ほんの少し違和感が残っている。それは……キミが無意識にブレーキをかけているからだ。』
ですが、ブレーキと言われても、正直、わからないのです。
『加えて、キミはそんなに社交的じゃない。環境が変わったら、まして寮生活なんかしたら、どうなってしまうんだろう?キミの夢は知っているし、応援したいけれど、もしもつまらないことで躓いてしまったら、魔術の修行どころじゃない。』
「……そこはわかる。」
「そうなの。クラリスも、リトもレンだって、人付き合いは不安だったの。」
……まさに。
わたしとリトなんか入学当初は二人ボッチでしたし、レンだって内気なのにルームメイトがあのファラファラでは苦労がしのばれます。
ですが、手紙はいったんここまでなのです。
『なんて心配、今から見ればバカみたいだろ?』
「んん?」
「え?」
そして、続く2枚目の羊皮紙はなにやらインク跡が新しく、おそらく比較的最近書れたものなのでしょう。
『心配して、教官なんて柄にもないことまでして、2学期をキミたちと過ごした僕だ。だけど、わかった。最初はまだ怪しかったけど、キミは随分感情を出せるようになっていた。そうさ。感情を術に、詠唱に乗せること自身は悪いことじゃない。感情に流され、振り回されない限りは、むしろ術の威力を強めることもある。だって、自分の意志を強く空間に書き込むには、感情だって大事なんだ。なのに、キミは、あの事件で感情を抑えすぎるようになって、ちょっといい子になり過ぎて、ブレーキ踏みっぱなしになってしまった。ホントはもっと強く魔術を行使できるのにって心配にしてたんだ。だから、学園でみんなと暮らして、いつの間にかこうして大声で笑ったり、怒ったりするキミを見て、ほっとした。リーデルンくんや、レンさんや、みんなと一緒に暮らす時間が、キミを強くしてくれたんだね。』
「叔父上……リデルって呼んで。」
「この手紙、きっとリトが打ち明ける前に書いたかもってレンは思うの。」
『だから詠唱の内に感情を込めて、でも制御することを忘れず、強く意志を刻むことを忘れないで。それが、自分の意志で奇跡を起こす、魔術の基本原理なんだから。』
何度も、そう。
夏休み以来、何度も事件や騒動に巻き込まれて、でもその中で培った経験は決して無駄ではない。
みんなと過ごした思い出も、わたしの中で大きくなって、かけがえのないわたしの一部。
『だから……過保護な僕は少しキミから離れることにした。残り一年の学園生活は、きっとキミを、キミたちをもっと優しく強くしてくれる。』
「叔父上~……」
「アント……」
『それを見届けるためにも、僕は必ず一年後に約束を果たしにいくよ。キミとの、あと二つの約束を。』
「約束?」
「あと二つって?」
「……叔父様とわたしは、約束しました。絶対にわたしたちの卒業式には出てくださいって。」
「卒業式……」
「一年も戻ってこないの!?」
黒曜石のような瞳が、淡く緑色がかった瞳が大きく見開かれて。
「でも、一年後には必ず叔父様はお戻りになりのです!」
今は、どうなっているかはわかりません。
ひょっとしたら本当にメルに誘拐されたのかもしれません。ですが!
「叔父様は、わたしとの約束を必ず守るお方なのです!」
トラブルは起こさないとかの、少々のことに目をつぶれば、ですけど。
「だから、リト、レン。まずは次の魔術レベル認定、そして卒業式まで!これからの一年間、絶対に頑張るんです!」
ましてや退学なんて、アリエナイんです!
ギシギシ。
動くたびに軋むギブスの音だって、その度にわたしを鍛えてると思えば安いものです!
そして、手紙を制服のポケットにしまうわたしです。
「ん?隠した?」
「ひょっとして、まだ続きがあるの?」
ぎっちょん。
胸の奥が油の切れた歯車のように軋むのです。ですが
「なぁんにも!」
「んん?だったら見せる!」
「そうなの。ちゃんと見せてって思うの!」
そんな大したものではないのです。
いつものアレなんです。
でも、それはいくら義姉妹にだって見せるには、あまりに気恥ずかしいのです。
その後、わたしはベッドの上で二体一の、ぷろれすを演じることになりました。
しかも、あのギブスつき……なのに二人とも容赦しないんです。
そして圧倒的な不利のまま、あわや負けそうなタイミングで!
「こら!部屋で遊ばなない!」
って、寮母さんの叱責に救われるのです。
もちろん手紙の最後は
『僕のクラリス。愛してる。』
これはまだ姪への「愛」だって思うけど。でも。




