第24章 その3 プールサイドの三変人と秘密の儀式
その3 プールサイドの三変人と秘密の儀式
「ふん……3月いっぱいで、お前は学園から除籍される。いいな。」
必要なことを告げるや否や、イスオルン主任は学園長室を退室なさいました。
そう、魔術師でなくなればわたしは退学になる、と告げて。
それは相変わらずの傲岸で冷厳とした、いつも通りの主任でした。
「……。」
わたしはその背中を見送るしかできません。
裏切られた、というのは筋違いなのですが……でもわたしの中ではそんな感情が渦巻いたまま。
「……クラリスさん。あれは、ああいう厄介な人なの。」
「……使えないものには興味がない?」
鬼のように厳しくても、どこかわたしたちを気遣い認めてくれていたって思っていた主任でした。
なのに……あれは戦争に必要な部品をつくっていただけなのでしょうか?
「違うわ。あれでも、昨日から軍に規定の解釈を確認したり、抗議したり……驚いて何もできない私なんかと違って、打てる手を捜し続けてるのよ。」
「……本当、ですか?」
さきほどの主任の言動からは、そんな気配はまったく感じないのです。
ですから、これは学園長がわたしのショックを和らげようとして言ってるように思われるのです。
「だから、学園のことは私たちに任せて、あなたは、自分のことだけを考えて。」
「……ですが……それに叔父様が……」
魔術回路の件は確かに気がかりですけど、でもそれ以上に叔父様の失踪が気になります。
「それも冒険者ギルドに依頼したわ。アドテクノ商会も動いている。あなたにできることはないの。」
「ですが……」
「だ、か、ら!あなたができることは、自分の魔術回路を直すこと!それだけに専念しなさい!まずは魔術レベル認定に間に合うこと!あなたが受けないと学園は大変なんだから!いいわね!?」
最後はそんな激励なのか脅迫なのかわかりにくい言葉で学園長室を送り出されたわたしです。
なんだか茫然自失ですけど。
「クラリス、この前はめっちゃごめんね!」
で、出た途端に、いきなりエミルに抱きつかれて。
「まあ、エミルがわたしを心配してくれたのはうれしかったです。」
……みんなに立ち聞きさせてたのは、許せませんけど。
「それで、いろんな人がわたしの為に動いてくれてるのも確かですし。」
……あんな変態老師が押しかけてきたのは迷惑の極みですけど。
「ホント!許してくれる?ありがとうクラリス!」
……許すとは言ってないんですけど。
でもこんな顔面崩壊されて喜ばれては……やれやれ、です。
だからエミルはお得な性格なんです。
「クラリス!」
すると、いつの間にかクラスのみんなも集まってきて。
寮生はたまに部屋に来てくれたけど、寮外生たちは本当に久しぶりで!
「みんな心配してたんですぅ~。」
ゴメンね、ミュシファ。泣かないで。
「ボクも心配はしてたけど、でも部屋から出られたのは安心だね。」
いえ、実は退学させられそうで、大きく後退です、ヒルデア……とても言えないけど
「組長、しけた顔してんじゃねえよ。」
背中バンバン叩くのはジーナです。痛いのはガマンしますが、組長はヤメテ。
「気分転換には、かわいい衣装がいいの~♡」
だからって、季節外れのトナカイこすぷれにはついていけません。
やはりファラファラとはわかりあえないのです。
「ね、教官殿がどこにいるかわかったらすぐに教えて☆」
それ、わたしの心配じゃないですよね、アルユン。まあ、いいですけど。
そんなこんなで、ユイも、カリュナ、ルレーシャ、サーミャルたちも寄って来て。
そのわたしの近くには寮生のみんなも。
そんな中、でも一人いない。
「クラリス。シャルノは来ません。今のあなたには会いたくない、と言っておりました。」
「レリシア様?」
シャルノが、わたしに会いたくない?
なんで?……やはり魔術師じゃないわたしなんか話す価値もないんでしょうか?
「シャルノは……いえ、それはわたくしからお話しすることではありません。魔術レベル認定の場で、本人から聞くべきでしょう。」
「でも、レリシア様……わたしは……」
魔術が使えない。
だから認定どころか、このまま退学したら、シャルノにはもう会えないかもしれないのに。
「わたくしも待ってますよ、クラリス。二人で約束したではありませんか。」
それは、昨年の大公殿下の別荘で。
一緒にレベル10を目指すって。
王女殿下と約束なんて恐れ多いのですけど、でも確かにともに誓ったわたしです。だから
「…‥はい。必ず果たしましょう。」
自信があると言えばウソですけど、でもこの時のわたしも、レリシア様の紅い瞳に誓うしかなかったのです。
声に出してしまえば、それは誓約をなって、実現するための力になるはず……後はわたしの意志次第!……ならいいんですけど。
……あ、今気づきましたが、あの腹黒陰険謀略女もいませんでした。
ま、会えばどうせ遠回しに皮肉を言われるだけですし、ね。
「にゃあ」
絶賛停学中の身であっては、授業に出るどことか、正直、学園内にいることすら後ろめたいのです……。
「にゃあ!」
でもみんなと別れると、どこか虚ろなままで、どこをどう歩いていたのかわからず、学園の中をさまよっていたわたしです。
「にゃああああっ!」
「きゃ……クロちゃん?」
いつの間にか、赤い首輪をつけたままのクロちゃんが寄って来て、足元でわたしをじっと見つめています。
「クロちゃん。なんだか久しぶり……元気だった?」
わたしがしゃがんで、クロちゃんの頭を撫でると、クロちゃんも気持ちよさげに目をとじて喉をゴロゴロ、上機嫌です。
その後は足元にスリスリされて、はあ~……癒されます。
「ありがとう……わたし、なんだかあなたに助けられてばっかりですね。」
ようやく落ち着いて辺りを見渡せば……ここは中庭の一画。そして目に入ったのは……小さな石碑です。
あれを見ると、まだ視界がぼやけてしまうわたしです。
「いけません、こんなことじゃ!」
自分の顔をパンって叩いて。
そうです。
わたしができるのは、わたしの魔術回路を再び開かせること、それだけ。
だけど……
「どうすれば戻るんでしょう?」
以前聞いたことですが、叔父様はまだ幼いころ、魔術回路を強引に起動させるために特訓したことがあったのです。
ですが……その内容たるや!
断食?滝行? まあ、精神的には鍛えられそうですけど、これはまだマシな方。
片眉毛ぞり?それ、精神の別の方が、端的に言って羞恥心が鍛えられるだけですよね?
大岩砕きとか亀の甲羅を背負って駆け巡るとかに至っては、修行の方向性が大きくねじ曲がったとしか言いようがありません。
あとは……虚空蔵求聞持法を百万回唱えるとか。
「……って、コクウゾウグモンジホウって何?」
「にゃあ」
さあねって言われたみたい。
まあ、そうですよね。
そもそも100万回って……それが1回1秒で唱えられるものだとしても、1日で…………86400回が限界です。
100万回だと…………………………11日半!?しかも不眠不休で!それでは3月中には可能かもしれませんが、魔術レベル認定には到底間に合わないし。いえ、もともとこの修行法は、確か記憶術がどうこう言ってたはずですから、とっても長い詠唱のはずで……だったら何か月かかるんでしょう?
「にゃあ」
今度は何言ってるかわかんないって言われた気がします。
いけません。
どうも追い詰められて視野狭窄になったかも。
かわいいクロちゃんを抱きあげて、近くの東屋に向かいます。
「にゃあ」
ですが、わたしの手をすり抜けて、クロちゃんは走りだすのです。
やはりネコはどこか薄情っていうか気まぐれっていうか……あれ?
「にゃあ」
なんだか、ついて来いって言われた気がしますけど……気のせいですよね?
……後悔しました。
悔いが残ります。
時を戻したいです。
さっきの自分を殴ってやりたい!
クロちゃんの後を追いかけたわたしなのに。
「おお、お嬢さん。やっと自分がホムンクルスだと打ち明ける気になったんヨ?」
「ふふうむ。いやいや、ようやく人造魔術回路の在り処を思い出したんヂャ。」
「弟子は黙ってなよ。ついにボクに解剖されに来たんだね?いいよぉ~優しく脱がして、きみのまだ見ぬ縫合跡にちゅうしてあげるよ!」
なんで、この三人に会ってしまったんでしょう!?
叔父様級の変態が三人集まれば、もう王国屈指の災害じゃありませんか!
ここは室内演習場三階のプールです。
失念しました。
冷静に考えれば、魔術協会の老師たちがあの現象を調査するからには、ここに来るのは当たり前なのに……。
慌てて立ち去ろうとしたわたしは、あの子どもみたいな老賢者に捕獲されてしまうのです。
見た目だけじゃなく、動きも子どもみたいでムダに素早いのです。
「へへへぇ~大丈夫。怖くないからね~。」
「助けて、クロちゃん!」
思わず助けを求めるわたしです。
なのに、クロちゃんは、にゃあって鳴いてそのまま立ち去ってしまうのです。
やっぱりネコは薄情なのです。
「えい、あ、白だ。ぼくのローブと同じ色だね。いい趣味してる。」
「きゃああ!」
あわてて制服のスカートを押さえるのですが、遅かった!?
「清楚な風情に、その悲鳴、初々しくていいな~ウヒヒヒ。」
その下品な笑いにいやらしい手つき……もはや許せません!
しかも!
「……見ましたね。叔父様にも見せたことないのに!」
子どもの頃ならいざ知らず、思春期に入ってからは……あ、一度ゴラオンの中で。
でもあれは不幸な事故ですし。
「……いかに魔術協会の賢者で老師で長老格だからって……叔父様以外の男性に見られたからには……死んでもらいます!」
チャキ、と小剣をとりだすわたしです。
熟練した魔術師相手ですが、及ばぬまでも一矢報いるまでは、死んでも死にきれないのです!
そして小剣を抜き放って!
「あ?それなら大丈夫。ぼく、女だから。」
「詠唱前に、一太刀で……って、え?」
「だから、ぼく、女だよ。女の子が好きだけど自分も女だったりするんだ。疑り深いなぁ……なんなら見る?」
「え、いや、そこまでは……」
…………弟子らしい二人の老賢者が大慌てでプールから出ていきました。
そして、止める間もなく……確かに。
「……ですが、それはそれです。いくら同性でも!」
「ぼく、女の子が好きなんだから仕方ないじゃん。」
「ならご自分のを見ればよろしいでしょう!」
「でも、ぼく、前回の若返りで失敗しちゃって、少し小さくなりすぎちゃったんだ。もう少し大人じゃないと物足りないんだよねぇ。」
やっぱり、この子、変態です!
見た目は幼くても、相当に病んでいます!
「老化加速とやらで加齢なさっては?」
「……だけど、これはこれでいいんだよ。少しずつ好みの年齢に近づく自分!その過程がいいんじゃないか!ああ、ぼくってかわいいけど、これからもっとぼく好みになっていくんだなぁって!だからいきなり加齢なんかしたくないんだ。」
……繰り返しますが、変態です!
「それでね、セワシタンのヤツで実験成功したから、今度は老化停止が使えるんだ!だからちょうどいい年齢になったら、ず~っとその姿でいられるんだよ~いつまでも最高にかわいいぼく……うふ♡」
叔父様級、と思っていましたが、まさかあの人を上回る変態が実在していたとは、世界は広いのです。
いえ、でも変態の方向性が違うだけで、等級的には同レベルなのかもしれませんけど、わたしはそれを確認する機会が来ないことを切に願うのです!
「それでね、きみ。せっかく来たんだから調査に協力してよ。」
思いっきり身構えるわたしです。
だって、例え同性であっても危機が減じた気がまったくしないのです。
「そうなんヨ。あの日、ここで何があったか調査してるんヨ。」
「ふふうむ。ならば、その場にいたという娘さんが手伝ってくれれば助かるんヂャ。」
戻ってきた二人の老師も、そんなことを……言ってることは合理的なんですけど、もはやかぎりなく信用できないのです。
「調査しないと、ホムンクルス疑惑も人造魔術師疑惑も解けないよ?ぼくだって、フレッシュゴーレムの疑いを解くわけにはいかないかなぁ……この目で、いいや、この手で縫合跡の有無を確認しないうちは……」
「協力します!ぜひ協力させてください!」
目の前で両手をいやらしくワキワキされては、従うしかないのです。
その後、わたしは三人の老師に問われたことに、答えていくのです。
とは言え、あれはわたしにとっても謎の儀式。
重要なことは答えられないのです。
「ここで使った薬剤はなんなんヨ?」
「わかりません。」
「この図式はなんなんヂャ?」
「わかりません。」
「きみの胸のサイズは?」
バキ。
もはや無言で右ストレートを繰り出すわたしです。
もう見かけにはだまされないのです。
この子の中身は、セクハラ変態BBAさんなのです。
「いたた……きみ、容赦ないね。」
「モーリーモン師は協会初の女性の長老なんヨ?」
「娘さんたちにとっては女性の社会進出の先駆者でもあるんヂャ。」
……そんな偉い方とは知りませんでしたが。
「それはそれ、これはこれなのです。」
「まあ、いいさ。恥じらいや抵抗があってこその女の子だからね。」
うわぁ……わたしの背中にイヤなものが走りまくるのですけど。
「だけどこのままじゃナンにもわかんないよ。きみもほとんど聞かされてないし、フェルノウルめ……徹底的に痕跡を消したな。魔術も使えない若造って聞いてたけど、なかなかやるじゃないか。」
こんな時でも叔父様が評価されるのを聞くと、口元が緩みそうなわたしですけど。
「……ちぇ、しゃあない。やるぞ、お前ら。……『過去視』だ。」
時間魔術の一つ、過去視。
それは文字通り過去の光景を見るという術式なんです。
時間系は術式の中でも最難度と言われる系列ですが……この人たち、使えるんでしょうかって思うと、つい、じ~~~~って見つめてしまうのです。
「そんな熱い目で見ないでよ。ええと、クラリッサちゃんだっけ?」
「クラリス・フェルノウルです!」
そう言えばお互いにあいさつすらしないまま、巻き込まれて。
「え?フェルノウルなんヨ?」
「んじゃあ、娘さん、フェルノウルの?」
「はい。」
「なになに、愛人!?」
「違います。」
「隠し子なんヨ?」
「違います!」
「生き別れの妹ヂャ!」
「違います!!」
・
・
・
「……わかった!実の母親!」
「まさかの父親なんヨ?」
「ふふうむ、おばあさんヂャ?」
「……………………違います。」
あれからどれだけこんな不毛の問答を続けたのでしょうか?
そんなに姪って難問でしょうか?
世間に類を見ない希少な関係なんでしょうか?
「…………なるほどなんヨ。やっとわかったんヨ……やはりお嬢さんはフェルノウルのつくったホムンクルスなんヨ!」
っで、一周まわってこれですか……もう転倒する力すら残らないわたしです。
「ならば、そのホムンクルスが魔術を使えるように人造魔術回路を刻んだんヂャ!」
「おおお!それだ!」
「いや、待て待て!そのホムンクルスの死体を合体させてつくったフレッシュゴーレムに人造魔術回路を刻んで!」
「「おおおおおおお!さすがはモーリーモン師!」」
……三周回って、まさかの合体ですか……。
くたくたって、膝の力が抜けて、もはや立ってもいられらないわたしなんです……。
しかしながら。こんな人たちでも、これから「過去視」を行使するのであれば、貴重な経験です!
最難度の系列と言われる時間系術式を見られると思えば、魔術師の向学心を刺激されるわたしなのです。
魔法学校の生徒としてこれを見逃すわけにはいきません……絶賛停学中ですけど。
「いや、ただ見厳禁だから。」
「まあ、門外不出なんヨ。」
「さすがにむりヂャ。」
……まあ、そうですよね。
結局、魔法儀式が終わるまでプールから締め出され、しかも
「まだ帰っちゃダメだよ。過去視で見たことを聞くかもしれないから。」
って逃げることも許されず。
ちっ、です。いえ、舌打ちはしませんけど。
分厚いドアの外にまで、白銀の光が漏れてきました。
それがどれくらい続いたのでしょう。
以前なら「時刻」で簡単にわかったことも、今は全然わからない。
「叔父様もこんな感じなんですよね。」
自律神経を鍛えて体内時計なんて不安定なものに頼って、前世にあったという機械時計だって作ろうとすれば作れるはずなのに……ホントに変人です。
今頃どこでどうしてるんですか?
ぎいい。
光が消えて少しすると、ドアが開きます。
「終わったよ……泣いてたの?」
「いいえ。待ちくたびれて、あくびがでただけです。」
「そう。」
モーリーモン師は、疲れているみたいです。
さっきまでと違ってなんだか大人しい。
いえいえ、中身はBBAさんですから、大人しいって微妙な言い方ですけど。
「お弟子さんたちは?」
お弟子といっても老師ですけど。
「ぶっ倒れてる。魔力も体力も使いすぎてね。」
なんでも、日蝕当日のことは、協会の魔術時計も正確な時刻がわからないため、どこまで過去に遡ればいいのかも手探りで、いつも以上に大変だったそうです。
「それで……その儀式の後、フェルノウルはどんな様子だったんだ?」
そして、幼い姿のモーリーモン師と二人きりでの質問攻め。
いろいろ身構えていたのですが……拍子抜けです。
それに儀式のことじゃなくて?
「儀式後の叔父様ですか……いつも通りでしたけど。」
二度目の儀式で、ツキを長く定着させることに成功して、その後はクロちゃんに呼ばれて……
「兵棋戦?しかも宴会?」
「宴会はキライだからって欠席したんです。まったく人嫌いもいい加減にしてほしいんです。」
あのヒュンレイ教官みたいに魔術が使えるや速攻で地下通路を修復して、誰にも言わずに即、帰宅と言うのもどうかとは思いますけど……いえ、あれは奥さんの元へ一直線だったのかも。
「…………そうか。」
はてな、です。
さっきまでの同性であっても容認しがたい変態行為とは打って変わって、静かすぎ。
儀式の後の様子が変なのは、叔父様じゃなくて老師の方です。
「あの~老師?」
「ああ……疑いは晴れたよ。」
「疑い?……わたしがゴーレムとかの?」
「ははは……そうじゃない。ぼくたちの調査の本当の目的は、フェルノウルの儀式の……オドの源だ。」
オドとは生命魔力とでも言うのですけれど、生物に宿る力です。
専門職によっては霊力とか妖力とか、言い方はそれぞれですが、人族は……ほとんどの魔獣も……この生命魔力を源にして強い力を発揮するのです。
さらに人族は専門職の修行を通して、魔術やスキルというより強い超常現象を発現できるのです。
「しかし、あの日蝕の中、魔術師のオドはマナを呼べない。」
そうです。
幾多の専門職の中でも、魔術師は己のオドを元に、自然界に満ちたマナ……現象魔力とも言います……まで行使するがために、ひときわ大きな奇跡を発現できるのです。
しかし日蝕の中ではなぜかこれが不可能。
当然あの日、叔父様が行った儀式も、マナに拠らない儀式のはずなのです。
もっとも叔父様は魔術師ですらありませんけど。
「だからさ……フェルノウルは何を儀式の源にしてあんな現象を起こしたんだ?」
「それは……錬金術とネコちゃんの妖力を使ったのです。」
プールには、おそらく街中のネコちゃんがその小さく黒い姿を見せて、一斉に鳴いてツキを呼んで……
「それだけかい?そもそも錬金術だって万能じゃない、いや、むしろ魔術よりも制限が多い学術だ。それにネコの妖力は月を呼ぶ、そう、まさに呼び水として使ったはずで、そもそもの儀式に費やすオドは圧倒的に足りないはずだ……普通なら。」
「普通なら?それは叔父様が尋常の方ではありませんし……」
「そういうことじゃない……わかりやすく言いなおそう。生贄だ。」
イケニエ。
そんな不気味な言葉が子どもの小さな唇から飛び出し、わたしは急激な寒さに教われたのです。
気のせいでしょうか、辺りが次第に薄暗くなったような、そんな違和感も。
「ぼくたちが抱いたのは、あんな大きな奇跡を起こす儀式、しかも魔術の使えない場で……ならばその源には、生贄を捧げたのではないか、という疑惑だ。もちろん純粋な学術的な興味もあったが、一番はそこだったんだ。」
確かに魔術によっては、特に召喚系の儀式などでは生贄を捧げることがあるのです。
冬季実習で戦った竜亀なども、術者自身が生贄となったのです。
でも、それは禁忌。
そして、老師たちはそれを調査に来ていたのです。
子どもの顔をしていても、この方は確かに魔術協会の長老さんなのです。
変態だけど。
「ですが、それはあり得ません。叔父様はどんな生命でも大切になさいます。その叔父様が生贄なんてするわけがないのです。」
これは絶対の自信があるのです。
下手すればご自分の命が危うい場面でも、相手に暴力をふるうことをためらう方なのですから。
「……ああ。確かにそうだった。生贄ではなかった。だから、フェルノウルへの疑いは晴れたと言っている。だけどね……あれも禁忌に近い。」
「ええ?禁忌ですか!?」
「……マナを呼べず、生贄も使わない。ならば、フェルノウルはどうやってオドだけで儀式の根源を満たしたか……わかるかい?」
ゾクリ。先ほどから肌にまとわりつく冷気が、この時いっそう寒さを増したのです。
「自分の血だよ。単に血ってだけじゃなくて、いろんな薬剤と調合してるけど……それをあれほど大量に費やしたんだ。術者はただじゃすまない……なのに、その後も平気な顔して、兵棋?ありえないね。意識だって危うくなっててもおかしくなかっただろうに。」
子どもの声のまま、しかしそれがあくまで淡々と事実を告げる、そんな響き。
「消息不明って言ってたか?それ、正確じゃないな……あれじゃ、生死不明だよ。」
告げられた冷たい現実。
その最後とともに、わたしはめまいに襲われ、そしてそのまま意識を暗闇に吸い込まれたのです。
そこは日蝕の空より、暗くて寒い。




