第23章 その16 日蝕に魔法円は金色に輝く
その16 日蝕に魔法円は金色に輝く
「この世界の魔術は合理的な術式で成り立ち、そのくせ系統も種類も豊富で、その上術者の認識が反映されるから、自由度が高くて僕は概ね満足なんだけど。」
前世で、げえむやらあにめやらまんがやららのべやらで毒された叔父様の言説に拠れば、なのですが、その作品の世界観や作風ごとに魔術の描き方が全く違うのだそうです。
相変わらず理解不能なのです。
魔術が使えるこの世界に転生なさったのに、ご自身は長年魔術が使えなかった叔父様は、それでもその研究……半ば以上は思いっ切り無駄か危険すぎる愚行か著しく非常識なだけの修行……に没頭し、今ではわたしが知る限り一番魔術にお詳しい方なのです。
その実態は、まあ、紙一重の向こう側の住人に近いのですけれど。
「だけど、そうだな。不満があるとすれば、魔術回路の有無が先天的に決まってるってことだな……後はエフェクトがイマイチ。少しちゃっちい。」
前者は、ご自分が使えなかったからの不満で、これは理解できるんですけど……視覚効果ってなに?
「つまり、見た目が地味なんだよ。魔術回路は人それぞれ体内にあって、その形も大きさも個人で全然違うのに、発現した魔力は全員同じ色なんて手抜きだよ。ここは術者それぞれの波動とか周波とかで色が違うって設定にして欲しかったなぁ。」
設定じゃありません!
そういう現象なんです!
もう、本当にフマジメな人なんです!
「だけどね、クラリス……」
「はい?」
その時、叔父様はメガネを外されたのです。
こんな時は意表をつかれて、そのお顔を、珍しく真剣なお顔をしたこの人に目を奪われてしまうわたしです。
「……今日のキミは、一味違う。」
・
・
・
そう。
いつもは白銀の魔法円が描かれるわたしたち魔術師。
それが術者の魔力の量と質、そして込められた意志の強さで大きさや輝きがことなるのです。
でも、みんな白銀色。
とてもきれいな、でも色彩には乏しいと叔父様が言う理由なのです。
でも。
日蝕中の現象として開かないはずのわたしの魔術回路が、ツキの光を浴びたおかげで再起動した今は……白銀色に微かな金色を帯びた、敢えて言えば白金の輝きなのです。
白金色というのは、プラチナではなく、ホワイトゴールドという合金の色に近いそうですけど。
だから。
今のわたしの魔力は、わずかながらツキの輝きを帯びているのです!
「破城槌を動かせ!学園の壁を破壊する!」
学園長や主任、副主任が大佐と激しく論戦を繰り広げていた時。
そこに現れ、強引に決着をつけようとしたのは中央軍のガイーゼラデルカ中将閣下なのです。
いえ、軍学校の学生としてははばかりながら、あんな人、ガイーゼラ……、って長い!
ガイゼルで充分、以後ガイゼルと呼称します!
中央軍参謀府の重鎮でありながらコアードの核人主義に同調し、学園を接収しようなんて人は、以後、略称で呼び捨て充分なんです!
「そんなことはさせません!」
北校舎の屋上で立ち上がり、学園北西のトリデを見下ろし、叫んだわたしは、みんなの視線を一身に浴びちゃいますけど、いつもは地味で控えめのわたしだって、そんなこと気にしていられないのです!
「眠りの雲!」
学園外の配置した破城槌が、中将の指示で動き始める直前にわたしは術式を唱えるのです。
魔力を十分に込めたおかげで、簡易詠唱とは言え、わたしの目の前で展開する魔法円は大きく強く、そしていつもと違って微かに金色を帯びた白金の輝きです。
「なに、魔術だと?」
「バカな。日蝕の間は魔術は使えないはずだ!?」
そんな声は無視して、破城槌の中の兵士に術式を行使するわたしです!
そして破城槌はもう一つ。
だから術式ももう一度。
いえ、彼らを起こそうとする兵士が出ては面倒なので、立て続けに「眠りの雲」を唱えるのです。
叔父様なら、スクロール一つで全員眠らせることができるのに、まだまだ未熟……いえいえ、叔父様なら、きっと魔法街一帯全員眠らせちゃいますから、これで充分です。
でも、今度は範囲も思いっきり広げます!
白金色の魔法円が三度輝き、その後、北西にいた兵士たちが数秒のうちに全員眠ったのを確認すると、思わず安堵するわたしです。
「屋上に魔法兵がいるぞ!」
「誰だ!」
中将、いえ、ガイゼルたちの背後から、コアード兵を押しのけて、一群の兵士が押し寄せてくるのが見えます。
「閣下、お下がりください!」
「いや。たかが一人の魔法兵。しかもあれは学生だろう。あまり騒ぐな。」
「なぜ日蝕にも関わらず……?」
「それは後回しだ。捕えればわかる……少佐、一個分隊を屋上に送れ。」
「屋上を制圧したら弓兵隊を送れ。見逃していたが、あそこから矢を撃てばこんなトリデもどき、すぐにたたける。」
「はっ!」
一個分隊?
それは王国軍では10名の戦術単位です。
よほどの精鋭でもなければ今のわたしには、脅威ではないのです。
そして、先ほどから見ていると、この部隊の動きは、コアード兵に比べ相当落ちるのです。
でも……逆に言えば彼らは普通の兵士なのです。
「うかつに校舎に入るのは危険ですよ、兵隊さん!」
職員の方々があちこちに罠を張って待ち伏せしてる今、狂信的なコアード兵ならともかく命令に従うだけの兵士が痛い目をみるのは少々気が引けるのです。
今まで散々戦っていて、甘いと言われればそうですけど。
しかし、あっさりとここを明け渡すつもりもないし、捕まるわけにもいきません。
わたしの忠告をきかずに……聞いたら聞いたで軍人として問題ですけど……北校舎に入ろうとする分隊を
「眠りの雲!」
眠らせちゃいます。
近くの兵隊さんが起こさないよう、近くにいる人全員です。
どうせならガイゼルや「大佐」を眠らせれば解決!という気もするのですが、それは前もって叔父様に止められています。
「秩序を失った軍やコアードが学園周囲の住民に迷惑かけるかもしれない」って……こんなときだけ妙に気が回る叔父様です。
白金色の魔法円が発現し、バタバタと崩れる兵隊さんたちに
「情けない!女の魔術ごとき気合があれば抵抗できるものを、軟弱な!」
「少佐、貴様の部隊は腑抜けの集まりか!貴様に期待していた儂の目が曇っていたようだな。」
なんて言いたい放題の指揮官たちです……ち、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど、あの人たち、自分がわざと術の範囲から外されてることにも気づかずに、いい気なモノです。
「ふ」
そしてそんな有様を冷笑する「大佐」は……どうなんでしょう?
「エルミア、いや、イスオルン退役大尉!あの魔法兵に、今すぐ抵抗をやめさせろ。さもなくば攻撃を再開するぞ。」
「……中将閣下。本気でおっしゃっておられる?それは望む所ですな。」
「ほんとね。高級軍人で参謀府の重鎮って聞いてたけど、中身は全然じゃない?」
「と言う訳で、どうぞ攻撃再開してください。こちらはこちらで思いっきり抵抗させていただきますから。」
ガイゼルの脅しは全く効かず、学園長方も石垣から下がって防戦を続行する気なんです。
「中将閣下、どうなさいますか?」
不遜な様子で問う「大佐」ですが、ガイゼルは
「むうう……上の魔法兵が面倒だな。しかし屋上を占拠できればこちらが有利だ。まずはアレをなんとかする。」
「できますか?日蝕下で魔術を使う魔術師ですよ?」
「所詮は一人。しかもさっきの声は小娘ではないか!?」
むかっ、です。
小娘!?
これでももう16!
立派な大人です!って思いっきりどなってやりたいのですが、まあ、ガマンです。
「長弓隊、構えろ……放て!」
おっと、いけません。
屋上めがけ長弓隊の一斉射撃です。
弧を描くように飛来して、屋上に降り注ぐ弓の雨!
「風精操作!」
まずは、突風で矢をそらします。
「突入しろ!」
そのスキに校舎に入ってきた槍兵たちが、階段を駆け上がる前に
「施錠!」
屋上に通じる扉をとじるのです。
もともと北校舎は教官室の集まる棟という都合上、とても頑強な構造なのです。
なにしろ室内でなにをやらかすかわからない叔父様やあのヒュンレイ教官がいらっしゃるわけで、屋上だってホントは生徒侵入禁止の危険区域。
そして、ここへの通路はせまく、その扉は分厚い謎の金属なのです。
ガンガンガンって扉をたたく音がしますけど、大槌だってこれを破れるかどうか。
剣やら槍やらの標準武装ではまずムリです。
「さて、これで戦術上の優位は確定です。後はここから眠りの雲を連続詠唱して、一個中隊くらいは戦闘不能にしてあげます!」
標準的な編制では、中隊は6個小隊で、小隊は3個分隊、分隊は10人なのです。
ざっと180人……と聞けば大変そうですが、あれだけ眼下で密集されていれば簡単でしょう。
今のわたしの魔力に抵抗できる兵隊さんはほとんどいないのです。
魔法兵の怖さ、たっぷりと思い知れ、です!
「にゃああ!」
びく!
わたしの肩から降りていたクロちゃんが大きく鳴きます。
なに?
思わず身構えたわたしです!
そこに、突如飛び上がってきた黒づくめの男たちの姿です!
コアード兵!?
屋上の手すりにはいつの間にかロープが?
油断しました!
男たちが小剣を抜き放つと、その剣身までも黑いのが確認できるのです。
その数は4!
「むん!」
無言のまま切りかかってくるコアード兵たち!
腕利きです!
剣術では太刀打ちできないって言うか、抜く暇もありません!
「魔力矢!」
迫るコアード兵に三発の白金色の矢を食らわせます!
崩れ落ちる兵士を確認する間もなく
「!?」
続いて後ろから来た兵には、
「衝撃!」
かろうじて小剣をかわし、掌底で胸に衝撃波を叩きこむのです。
ち、思わず舌打ちです!
これは未だ非公開の術式だから使ってはいけないと言われていたのに!
そんな不要なことを考えていた一瞬!
左右から同時に敵が切りかかってくるのです!
いけません!
間に合わない?
「ふぎゃああ!」
ですが、クロちゃんが右の兵に飛びかかってくれたのです。
ならわたしは左!
「魔力矢!」
怒りがこもったせいかとっさで制御ができなかったせいか、その時出現したのは五つの白金色の矢でした。
そして、右の敵に向かうと、顔に飛びついていたクロちゃんがすぐに飛びさがって!
「……魔力矢!」
今度は落ち着いて三つの矢で仕留めるのです。
敵はわたしを殺すつもりでした。
だから……勝負は時の運。生き死にはお互い様なのです。
そう思ってわたしは胸の苦いものを忘れようとするんです。
「クロちゃん、ありがとう。」
「にゃあ……にゃ?」
って、クロちゃんの向いた方を見ると……次々と登ってくるコアード兵たち!
もう手すりにかかった手が何本も!
これも、ち、ですけど!
「……酸性風!」
もう!
禁止されてた術式をまた使ってしまうわたしです。
ですが、この威力は絶大で、わたしが唱え白金の魔法円が展開するや、強力な酸を帯びた風が吹き、手すりにかかったロ-プをボロボロにしていくのです。
そして
「ぎゃあああ!」
手すりに手をかけていたコアード兵たちも、手を放し、そのまま下に落ちていくのです。
どさっ、どさっという落下音がいくつも聞こえたのはすぐ。
それはとても重く響いたのです。
……このままなら、わたしたちの有利は変わらない。
さっき考えた通り、わたしはこの屋上から術式で敵部隊を無力化し続ければ、いい。
叔父様から預かった保管バッグのポーションだってたくさんある。
そのうち日蝕は終わり、わたし以外のみんなも魔術が使える。
そうなれば勝利は確定……そうなんです。
わかってはいるんです。
ですが……犠牲は増えるばかり。
「にゃあ?」
「……わたし、バカなんですね。思っていたより。」
これではあの甘すぎる叔父様を非難できないのです。
このまま屋上でわたしが抗戦し続ければ、犠牲は増える。
でも、何もしなければトリデへの攻撃が再開されるでしょう。
敵は諦めてはくれないのです……。
「クロちゃん、ここまで一緒にいてくれてありがとう。」
「にゃあ?」
「叔父様が言ってた通りです……いえ、叔父様がそうおっしゃったからこうなったんです。」
クラリス、でもキミはきっと止めてもやっちゃうよね。
「……はい。」
だったら、僕もなんとかするよ。
「お願いします……わたしの……叔父様。」
そしてわたしは暗い空に向かって、大きな「火撃」を放ったのです。
これは合図。
プールにいる叔父様への。
「にゃあ……にゃ!」
それを見たクロちゃんは、わたしから離れるどころか、またわたしの肩に飛び乗って。
「クロちゃん?」
「にゃああご」
なんだか、気にするな、しかたないって言われたみたい。
「……まだ手伝ってくれるのですか、ネコさんたちが?」
「にゃあ」
「……うれしい。本当にうれしい……ありがとう……」
(レン!みんなの準備はいいですか!?)
(遅いよ、クラリス!レンはこのまま一人でやっちゃうのって思ってたの。)
(ん。万端。)
今、わたしの思念の呼びかけで、義姉妹といえる二人が答えてくれます。
そして、こうも同調できるレンなら……できるはず!そうですよね、叔父様。
(じゃあレン、わたしの魔術回路を!)
(うん……『精神結合!』)
そうです。
今魔術回路が開いているのはわたしだけ。
ですが、わたしと同調しているレンは、わたしの魔術回路から流れる魔力を使って術式を使えるはずなのです。
或いは、レンの『精神結合』は彼女固有のスキル(体質)によるところが強いせいかもしれませんけれど……もともと術式の「精神結合」は中級術式で、しかも効果は少し違うみたいなのです。
そして……「うまくいくかどうかは、普通ならよくて五分五分」?
甘いです、叔父様!ほら!
(クラリス、つながったよ!みんなの魔力が流れてるはず!)
(でも、意識の同調と回路の共鳴は?)
それは仕方ありません。
みんなの魔術回路が開いていれば、回路の共鳴現象で何倍、何十倍もの威力になる効果もあるのですが、今はそれは望めない。
(どう?レンたちの術式は使えそう?)
(……はい、それにうっすらですが、みんなの思いが伝わってる気がします。しかも……)
トリデの中で待機していた寮生たちにジェフィやユイだけではありません。
(エミル?シャルノ?ミュシファ……レリシア様まで?みんなが学園を心配してるのがわかります!みんな……同じ気持ちなんです!)
この場にはいない。
おそらくは現状も事情すらわかっていない寮外生のみんな。
でも、そう、確かにつながっている気配がするんです!
みんなの、クラス全員の魔力を一つ一つ感じ取って、思わず泣きそうなんです。
「にゃあ!」
「ごめんなさい。しっかりします!……クロちゃんも、準備してください!」
「にゃあ」
得意げに尻尾ピンとたてたクロちゃんです。
みんなの魔力と、そしてクロちゃんたちの協力があれば……きっと!
とくん……感じます。
とくん……わたしの中のツキの残滓。そして、いま……
とくん……外の、まだ暗い空から流れる波動を。
とくん……それは少しずつ、しかし確実に大きくなって。
とくん……空一杯に、広がって。
とくん……でも、焦点が定まらず、未ださまよっているのです。
とくん……このままではまた消えてしまう、そんなはかない、微かな光なのです。
「にゃあああああああ」
肩に乗ったままの小さなクロちゃんです。
でもその鳴き声は強く大きく、この空をふるわせて、あの黒い穴を一瞬揺るがすほどに響き渡って!
「「「「「「「にゃああああああああああああ」」」」」」」」
それに応えてくれた、おそらくは王都中のネコたち!
その姿こそ見せてはくれないけれど、その数はさっきプールに集まったネコたちよりもずっと多いに決まってる!
だって、今、その瞬間は、黒い穴が、暗い空が、いいえ、世界が震えていた!
「だから叔父様、お願いします!」
憧れていた魔法のある世界に転生したのに、長く魔術が使えなかった叔父様。
なのに、ようやく開いた魔術回路をわずか10日ほどで焼ききってもう使えない叔父様。
それでも、知識を蓄え腕を磨き、ついには錬金術を身に着けた叔父様。
術式に頼らなくても世界を変えて見せるって、わたしの為に世界を変えるって言ってくださる叔父様。
そして、わがままで騒動ばかり起こして、いろいろ面倒くさいくて、大人のくせにちっとも目が離せない、それでも大好きな叔父様!
わたしのアンティノウス!
叔父様がもう一度、プールの側で準備してくださって……。
・
・
・
「今度はうまくいかない可能性が高いっていうか、普通は失敗するよ。よくて1割ってところかな?」
「でしたらもうおやめになって、叔父様はこんな危ないところからお逃げになってください。」
暗いプールの水面は、日蝕の空を映し、しかしその中央には空にはないはずのツキの姿を残したまま。
いえ、それはあくまで実像を呼ぶための虚像。
ツキを模しただけの、造り物のはずなのです。
その周りに配された謎の文様も、散らかった薬剤も、もはや無用かもしれないのです。
「じゃあ、キミは約束してくれるかい?……何があっても有利な屋上で時間稼ぎに徹するって。そこから降りて、自分でなんとかしようなんて絶対しないって。」
「……約束……できません。」
その時脳裏に浮かんだのは、例えばレンたちが危なくなったり人質になったり、そんな場面です。
まさか軍人を目指している自分が、敵の犠牲が嫌で降りるなんて、思っていませんでしたから。
「ほら。だったら可能性が低くても、僕はやるべきことをやるだけさ……でも、まあ、きっと大丈夫。」
「どうしてそうお思いになるのです?」
浮かんだ光景は、幼い時につきあった実験とやらでなんどもなんども逃げたり謝ったりした、そんなものばかりです。
だいたいこの人の「大丈夫」は不吉なんです。
なのに。
「大丈夫さ、僕のクラリス……キミには、キミたちには奥の手があるじゃないか。」
この時ばかりは、信じたくなったのです。
いえ、本当はいつだって……。
そして、その上今は、みんなとの魔力の共有もネコたちの協力もあって。
・
・
・
「にゃあ」
いつの間にか目をとじていたわたしです。
両手はしっかり組まれていて、空に向かって自然と掲げられていたのです。
「あった……黄金の円盤たち……そして……消えない!」
見上げた空には、再び淡く穏やかで、しかしまぎれもなく大きな黄金の円盤が浮かんだまま。
なのですが……でも多過ぎです!
それは天頂を中心にした円に並んだ、ツキたちの姿。
先ほど一瞬空に浮かんだ真ん丸のものが一つ。
そしてそれが少しずつ欠けて、半分に、更に欠けて食べ残したクッキーみたいに、さらには何もなくなって……その位置にはあの黒い穴が重なっていて。
そこから今度は逆に少しずつまた大きくなって、半円、ついには一周して、また真円の円盤に戻るのです。
ちゃんと数えはしませんけど、たぶん30個くらいでしょうか?
「こんな魔獣の群れ……本当にいいのかしら?」
って少しだけためらい、でも次の瞬間覚悟を決める。
だって、これはクロちゃんたちネコの協力が、クラスみんなの想いが、そして叔父様の努力の末にたどり着いた奇跡の景色なのですから!
「月輪の力を借りて、今、顕現せん!」
猫の妖力、私たちの魔力、多くのツキの霊力を一つに集めて、願うのです!
「月光円陣!」
叫びと共にグルグル回るツキたちが、次第に重なり一つになって。
先ほどまで定まっていなかった金色の光がわたしを照らして……さっきよりもずっと強く力をあたえてくれるのです!
そして天空には真円のツキが一つだけ残り、浮かんだまま。
まるで黒い穴とにらみ合うがごとく、バランスをとってるみたいに……。
そんな不思議な景色に目を奪われるのは一瞬だけ。
「落下制御!」
わたしは同調したアルユンの術式を使い、そのまま屋上から飛び降りようとするのです!
その時……わたしの前に浮かんだ魔法円は、まばゆいばかりの金色です!
太陽のような力強さはない、それでも微かな青みを帯びて、わたしの周りを煌々と照らす光!
「黄金の魔法円……時間限定です。お見せできなくて申し訳ありません、叔父様。」
せっかくのえふぇくとなのにって、つい心の中で叔父様に頭をさげるのです。
そして
「にゃああ~お!」
「クロちゃん!?」
なんと、わたしの肩の上のクロちゃんがクロくない!
わたしの魔法円と同じ色にかがやいているのです!
これは……すうぱあにゃんこちゃんなのでしょうか!?
或いは?
「ネコって……本当は金色なのですか?」
「にゃあ」
それは「さあね」って聞こえるんですけど。
「……で、なんであなたまで活性化してるんです?」
隣にいる大きなモノをじと~って見つめるわたしです。
「それはあまりにひどいお言い様でございます!そもそも主のお言いつけに従いお側に憑くようになって既に幾年月。もはやヤツガレはクラリス様と一心同体の間柄ではございませぬか。もうヤツガレは……」
「何が幾年月ですか?あなたがわたしに憑りついてまだ三か月くらいです!……いつから活性化していたんです、酉さん?」
そうです。
ゆっくり屋上から落ちていくわたしの隣にいたのは、酉さんです!
叔父様がわたしを守護するために憑りつかせた「使い魔」なんですけど、無駄口多くてうるさいだけ。
「よくぞ聞いてくださいました!ヤツガレは最初に月が浮かびクラリス様の魔術回路が再起動して以頼ずっとお守りしていたのですぞ!」
……道理で屋上から地上の話があんなにはっきり聞こえていたわけなのです。
その後もなんだかいろいろ話しかけてくる酉さんですが、はっきり言ってジャマなんです。
こんな時に話しかけないで!
地面がどんどん近づいてるこんな時に!
「空にあんな大きなアヤシイものが!?」
「さっきみたいにすぐ消えないぞ?」
「金色の魔法円だと?そんなもの聞いたこともないぞ!?」
「肩に光るネコを乗せてるぞ!妖獣を使い魔にしている……魔女だぁ!」
「いや、隣にいるのはコカトリスだ!凶悪な魔獣使い(テイマー)にちがいない!」
落下制御のおかげでゆっくり降下してるわたしですが、こんな言われようは不本意すぎ……なんで?
ネコは、まあ、妖獣って思われているので誤解されるのは理解はできるのですけど……。
魔獣使い?
コカトリス?
コカトリスというのは、確か複合・合成系の魔獣で、ヘビの尻尾やら竜の胴体やらニワトリの頭をして……ああ~……。
「あなた、なんでまた大きくなったんです?」
普段は活性化してもわたしの足もとをウルウロするサイズなのですが、今は5mくらいの馬より大きいサイズです。二度目ですけど。
「よくぞ聞いてくださいました!ヤツガレ、クラリス様に注がれる強い魔力の影響で、以前のように巨大になってしまったのです。いやいやこれも大きくなってクラリス様のお役に立てという天の啓示でございましょう。」
「どう考えても魔獣使いなんて濡れ衣はあなたのせいなんですけどね。まったく。」
暗闇に浮かぶ5mサイズの巨大なニワトリなんて、まあ、魔獣の類と思われるのは必定なのです。
そして地表では邪悪な魔女で凶悪な魔獣使いを恐れ、兵隊さんたちが怯えているのです……やれやれ。でも、これって使える?
「酉さん、わたしを乗せて、あいつらの上を飛んでください!」
「おまかせくださいませ、クラリス様。この忠勇無類の酉めには、そのようなこと児戯にも等しい……」
「さっさとやって!」
「……こ~こっこっこ~」
本当に面倒くさい酉さんです。
クロちゃんも「にゃんだかにゃあ」って感じです。
バサッツ、バサッツ!
短い距離なら空も飛べる酉さんが羽ばたき、その大きな背中で念を集中するんです。
アルユン、また借ります!
あの子は変り者で覚える術式も多岐にわたるのですけど、その才能はすごいんです。
だからわたしができるのは、真似だけ。
「……それは境界をゆらす影の形。それは現世に見せる虚ろの形。それは幽世に偏在する夢の形。……姿なきものよ、我の望みし心象を描きたまえ……わたしは人の子、クラリス・フェルノウルが願います!『幻影!』」
わたしには幻術の才能はありません。
ですから抵抗されればすぐに術式そのものが破られるし、そうでなくてもあの子の再現度には敵わない。
ですが……この暗闇で、みんながわたしを魔獣使いを怯えているのなら!
いえ、そもそも抵抗なんてさせませんけど!
そんな思いを込めて放った魔力が、大きな金色の魔法円を展開します!
それは暗闇にひときわ強く輝いて、まるでこの場をあふれんばかりに光を広げて。
輝きが見え無くなるや、辺りに描いた景色が実体化しているみたいです!
それはトリデの周辺ばかりか学園を包囲していた部隊にまで広がっていたのです!
「うわああ、あいつ、石になってる!」
「あっちの連中もだ!?」
「みんな、みんな石にぃぃぃ!?」
「コカトリスを見るな!」
「石にされるぞ、逃げろぉ!」
「バカ、勝手に逃げるな……おい……くそう!撤退だ。撤退しろ!」
ガイゼル中将が連れてきた大隊は、そんな精鋭ではないのです。
同じ後方にいても王宮の近衛なんかとは大違い。
日蝕で魔術も使えない女生徒を拘禁する程度のつもりで油断もあって、いざ怪奇現象やらコカトリスやら魔術使いやらに遭遇すると、アッと言う間に総崩れです。
これには他人事ながら王国軍の前途が危ぶまれるのです……。
「にゃあ?」
「はて?クラリス様には恐れ多いのですが、今のは他人事ではなくご自身の為した所業の成果でございますよ?もちろんその半分くらいはこのヤツガレの功績ではありますけれども。」
……ふん、です。
「それにしても……さすがはコアード兵です。」
「にゃあ?」
「クラリス様?そのように話題をお変えになられても」
バシ!
「こ~こっこっこ……」
軍の兵隊さんが大慌てで四方に逃げる中、コアードはまったく動揺を見せないのです。
それどころか混乱に巻き込まれないように、わざと道を作って兵隊さんを素通りさせているほどです。
「あの人たちは、おそらく本当に石化されても気にしない。」
なんという兵の練度、そして「大佐」の統率力でしょう……。
わたしは冷ややかな視線を感じながらも、そんな「大佐」の元へ酉さんを向かわせるのです。
ここにはいないあの人に代わって、決着をつけるために。




