第23章 その15 二つの道……わたし、観戦もおどです
その15 二つの道……わたし、観戦もおどです
「現時点で魔術を使えるのはキミだけだけど、その力は決して小さくない。」
プールサイドでの叔父様のお言葉を反芻するわたしです。
「そして、キミが目指す場所は、ここだ。」
「北校舎の屋上……あっ!」
そこは学園北西でみんなが立てこもるトリデを見下ろせるばかりか、周囲の様子も一望できる重要な戦術地点ではありませんか!
戦争嫌いで軍隊音痴と自称される叔父様が、かくも的確にそのことをご指摘される?
わたしは思わずマジマジと見返すのです。
「だって、高い所から現れた方がカッコイイだろう?」
がっくし。膝の力が抜けるんです。
「叔父様!」
もう、こんな時なのに、この人はご自分の趣味全開なのです。
そして、その北校舎の屋上に潜み、眼下で行われている教官方と「大佐」との論戦を見下ろしながら、少しイライラし始めた頃……。
「何か、動いている?」
暗闇の中ですが、今のわたしには「暗視」の効果で外の景色も見えるのです。
南の大通りから、馬たちがノロノロ曳いているのは、三角屋根の小さな家のようなものです。
「ソウ?」
そうです。
その車輪付きの覆いをソウというのです。
ソウの前は大きな穴が開いて、先端が金属で覆われた丸太がひょっこり顔を出しています。
「ならば、あれは破城槌。」
それは城門や城壁を破壊するための攻城兵器なのです。
そしてその前後にいるのは……。
「やはり、そうなんだ……。」
王都に潜入したコアード本隊に攻城兵器はない。
ですから、これほどの兵力差にもかかわらず、要塞化した学園に苦戦している。
しかし……彼らが王都に潜入できた背後には…‥‥。
「ああ。きっとコアードを手引きした同調者がいる。おそらく軍に。」
叔父様の妄想は、こんなところで確認されたのです……残念ながら。
そんな時、眼下の論戦にも異変が起こります。
「なかなか面白い計画ではないか。ぜひ儂にも詳細な説明を望む。続けてくれたまえ、エルミア。」
生徒・教官方が立てこもる北西のトリデ。
その石垣上にセレーシェル学園長とイスオルン主任とワグナス副主任がいます。
論戦の中心はイスオルン主任ですが、背後のお二方も参戦し、三人がかりの学園側です。
それに対し、学園の計画を一人で真向から批判する論陣を張っているのが「大佐」。
コアードの首魁です。
そして、その「大佐」の背後の暗闇から現れたのは……王国中央軍の制服なのです。
濃緑の服に金モール。肩章には、金の重線に交差した剣が二つ・・・。
「「「ガイーゼラデルカ中将閣下!?」」」
いかにも軍人という、恰幅がよく厳格な顔をしたその軍人は、以前に学園に視察にも来られた、中央軍参謀府の重鎮です!
閣下がコアードの同調者!?
「貴様たちのその計画とやらは、やはり一介の軍学校の権限を大きく超えた軍閥化の疑いが免れん。儂の権限において、学園の施設はすべて軍が接収する!……が、その前に、どうさならこの論戦、最後まで鑑賞させてもらいたい。部隊にはしばし待機を命じている。」
「閣下?」
「大佐。貴官の計画は高く評価している。しかし、一方、エルミアたちが話す戦略もなかなかに興味深いではないか。少なくとも一言のもとに斬り捨てるような代物ではない……それとも自信がないかね?客観的に評価された場合、自分の戦略が劣るかもしれぬ、と?」
「まさか……まあ、時間稼ぎにはいい趣向かもしれませんな。」
「時間稼ぎですって?」
「うむ。そろそろ到着するはずだ。軍に抵抗する暴徒を懲らしめるための、鉄槌がな。それまで、楽しませてもらおう。」
「日蝕が終わるまで時間稼ぎをしていたつもりだろうが、時間を稼いでいたのはこちらなのだよ、大尉。」
勝ち誇った様子の「大佐」に中将閣下、いえ、中将です!
「……ふん。そんなに聞きたいのなら、最後まで聞かせてやるさ。まずは大佐殿の頭の中にしかないはずの、戦略案からな。」
「貴官の推測かね?」
「いや、あの男だ。」
叔父様は、かつて「大佐」の下で働いていた、と告白してくださいました。
とてもつらそうに、憂鬱そうに。
ですが、一方で「お互い相手の考えがわかる」とも。
その結果が学園の過剰とも言える防衛体制であり、終戦に向けての計画案なのです。
そして、叔父様の予測された「大佐」の戦略案とは……王都でコアードに敵対する要人を拘禁することから始まります。
その後は……こう?
一 王国中央軍と南方軍が共同で遠征する。
二 王国南方領よりさらに南、現在亜人に占領されているアキシカを制圧する。
三 その南端のアルグラデ山脈にあった要塞を奪還、強化して亜人の北上を防ぐととも
に、南方進出への橋頭保とする。
四 アキシカ内の亜人、魔獣を殲滅した後、南方大陸へ遠征。この地を完全に征服する……。
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先ほどから幾度も出てくる、かつての属州アキシカ?
魔境?
そして棄てられた地?
なんだか危険そうな土地ですが、イスオルン主任のお話によれば、そんな土地が、亜人との戦いで大きな位置にあるのは間違いないようです。
しかしそんな重要な土地のことが、なぜ軍学校の生徒でもあるわたしたちに教えられていないんでしょう?
そして南方大陸!?
「これは現在の王国では教えちゃいけない話なんだけど……」
ですから、この説明は、ことが終わったから教えていただいた補足なのです。
「ま、どうせすぐに教わることになるから、ちょっとフライング。予習しておこうか。」
ですが、そんな大事な、ひょっとしたら機密事項をお話しくださるにはあまりに軽い叔父様だったんですけど。
わたしたちの習った王国は、地図上での下端、つまり最南端で南方戦線を形成しています。
南方戦線は、ロブナル山地の防衛線と、3つの城塞都市を甬道……遮蔽物で守られた道……で連結した「大三角」という巨大要塞都市を中心としていて、この地に人員・物資を輸送するための軍道と中継基地がそれを支えているのです。
さらには王都ヘクストスを要に張り巡らされた水運が、その膨大な消費を賄い、王国の生命線となっているのです。
この辺りは昨年の戦場実習でしっかり覚えたのです……もっとも戦線が崩壊し、戦争に巻き込まれてしまったのですけれど。
さて、問題はここからです。
「この南方の南。地図に描かれていない土地がある。それが属州アキシカだ。」
アキシカは、王国と南方大陸を結ぶ、細い陸の橋のような土地だそうです。
「僕の前世の、南北アメリカをつなぐメキシコみたいな土地だね。」
なんておっしゃる叔父様ですが、できれば寄り道・脱線する癖は今、発揮してほしくないのです。
「もう20年くらい前になるのかな。それまで大人しくしていたこの地の魔獣たちが一斉に暴れだして。それも人族の大敗を招いた一因だね。」
それがきっかけで、アキシカ大公になられる予定だった方が、その権利を放棄して、代わりに北方に封じられたとか。
「それが、レドガーのオヤジだな。」
はっ?レドガーとは、レリシア様のお父君、サーガノス大公レドガウルス閣下です!
いくら旧知の間柄でも、そんなその辺の人みたいに呼んではいけないのです。
「で、レドガーの兄貴がその後、なんだかんだのドサマギで国王になって、北方領のサーガノス大公家はレドガーが継ぐことになったってわけだ。」
待って!
そんな国王陛下に関わるお話をもののついでみたいに言わないで!
「だって、寄り道厳禁なんて言うから、この程度の内容ならさらっと」
「言い方!不敬です!」
この人の非礼も非常識も知ってるつもりのわたしですけど、未だに慣れることはないのです……慣れたら人として終わりという気もしますし。
「その後、大佐が南方軍を牛耳ってね。まあ、ヤツの派閥、コアード一派が、なんだけど。」
南方軍、特にアキシカで戦う地の王国が、コアードの!?
あんな核人、つまりは選民思想の人族至上主義者が牛耳ったなら、さぞかしそのアキシカの人たちもイヤな目に……
「でもない。公平に言えば、あいつらは自分に従う者と自分たちが認める相手には、まあ寛大だ。もとからのアキシカ住民は無税だったから王国の支配には従順だった。もっとも兵役もない代わりに基本は自衛だし、放置もされたけど、それは大佐も戦力を集中するのに都合がよかった。軍と住民の仲は……末期を除けば悪くなかったと思うよ。」
相手によって態度が変わるから選民思想、差別主義なんです!
自分が認めた「範囲」ならそうかもしれませんが、わたしや学園長なんて「女だから」!
これだけで話も碌にしないヤツらなんです!
男の叔父様には、この辺りがわかっていただけないのです!
「……叔父様、末期とは?」
「ああ。大佐が主導した南方軍は、州都エーデルンを中心に戦力を集め、そこ以外の土地から軍は一時引き揚げた。」
「では軍が守るべき住民を捨てて逃げたのですか!」
「キミが怒るのは道義的には正しいけど、でも、戦略としては大佐の方が正しいかな。」
「戦略!?軍隊音痴で戦争嫌いの叔父様が、民を見捨てる戦略を正しいとおっしゃるのですか!」
「だって、そうしないと軍は各地の住民の保護に忙殺され消耗し、その主力は亜人の軍勢に抗しえなかっただろう。その後は全域が亜人の支配下さ。つまりは軍も民も共倒れ。それよりは随分マシだって思うけど。」
その時の叔父様が浮かべたのは……
「しかし、大佐は民の保護を後回しにして、軍の戦力を温存し、時期を見て全力で亜人に向かい、勝った。最終的に王国はその後の政変で敵にとどめを刺し損ねた挙句、アキシカを放棄するなんて愚行を侵したけれど、それは結果論だ。大佐の戦略はアキシカを、いや、王国を救う、当時の状況の中では最上のものだった。」
なんて憂鬱そうなお顔。
あの夜浮かべたものと同じ……おそらくは一人で過ごされる夜はいつもこんなお顔なのでしょう。
「……叔父様は、あの大佐と同じお考えをお持ちになるのですね。」
「それはそうさ。僕は2年もヤツの飼い犬だった。ヤツの考えは全部わかるし、きっと僕の考えもけっこうヤツにはばれてるよ。」
それは、きっとわたしやメルには一番見せたくないお顔でもあったのです。
「だから、この後、僕が考えた案で、キミたちが目指すのも、この地になる……あの時、大佐が奪還しようとしていた地点、アルグラデだ。」
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・
そう。
「大佐」も叔父様も、このアキシカを、更に言えばその南端のアルグラデ山地を奪還するという点では一致しているのです。
ただ、そこに至る道筋が、そしてそこから別れる終戦案が大きく異なるのです。
日蝕の中、石垣の上ではランタンが照らされています。
ずっと上の北校舎屋上にいるわたしにも、その灯りは暖かく感じられるのです。
「今から30年ほど前まで王国はこの地、アルグラデ山塞で長年にわたり亜人の大規模な北上を妨げていた。」
ワグナス副主任がお持ちに大地図。
その一点を刺すイスオルン主任です。
「もともと二つの大陸をつなぐアキシカだが、ここアルグラデが一番東西の幅が狭い上に、その多くは、このグラデ川によって南北の移動が妨げられている。南方大陸を征服した亜人だが、ここから北は王国にある結界のせいか、転移できず、足で北上するためには……。」
ドン!
指で強くたたく主任です。
大地図は板張りのせいで破れはしませんが、重く、足をケガしていらっしゃったワグナス副主任は倒れそうになるのです。
「ここを通らざるを得ない。その上流にある、このアルグラデ山地をな。」
もちろん脇道や周囲の平地もあるのでしょうけれど、大河だって渡れなくはないのでしょうけれど、大勢での移動は不可能ということなのです。
ここ以外は。
「ここに王国が築いた頑強な山塞があった。それゆえ、王国はこの地を守ることで長くアキシカでの戦いを有利に進められることができたのだ。」
「大尉。私に講義するには、常識的過ぎる内容だが、まあ簡潔で的を得た解説だ。しかしそろそろ時間もない。結論を急いでくれないか。」
「ふん……アルジェウスの悪夢……突如、著しく統制のとれた亜人の連合軍が一夜にしてこの山塞を陥落させ、それ以降、多くの亜人が北上するようになった。以来王国は劣勢の一途だ。大佐、あなたが17年前に試みた、この地の奪還は極めて正統的で合理的な作戦だ。そして、今、あなたは王国の政府、軍の要人を動かし、再びこの地を奪還する遠征軍の派遣を考えている……そうだな。」
「正解だ。さすが第八師団の至宝、と言いたいところだが、その程度であれば大尉に読めても当然。私が教官ならばようやく及第点、というところだな。」
「採点が辛いな……厳しいだけでは、いい教官にはなれませんぞ、大佐殿。」
ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべる主任ですが、あなたがそれを言いますか!
あの厳格さが取り柄の鬼の主任が!
思わず屋上から叫びたいのをこらえるわたしです。
「しかしながら、アキシカを支配していた当時と今では違う。王国本土からの遠征には多大な人員と物資を要する。しかも現在の王国南方領の支配を固め、今や亜人と魔獣の地と化したアキシカを制圧し、その南端のアルグラデに至るなど、尋常の困難では済まされない。」
「国力が持たない、と言うのかね。しかし、そう言ってる間にも国力とやらは減少の一途だ。ならば一刻も早く決行するにしかず。どうだね、教官殿?」
「……他に手がなければ、私も賛同したかもしれないがね。」
「その手が、さっきのグラデ川遡上の強襲案だと?正気かね?だいたい君たちの卒業生を基幹とした、女だけの特務部隊?しかも水陸……両用?……女だけと言うからには、貴官のような男の上級魔術師も参加しないのだろう?魔法兵ばかりとは言え下級魔術士だけでは……」
「まず、そこが違いますね。」
意外にも再び大佐に反論したのは、地図の影に隠れてるワグナス副主任です。
「なんだと?」
「うちの生徒は優秀です。特にこの半年の成長は恐ろしいほどですよ。来年の3月、卒業時の魔術師レベルは、平均で軽く10を超えるでしょう。」
待ってください!
名門エスターセル魔法学院の卒業生平均レベルは3年間の履修で、たしか8ですよ!?8!
それを学徒出陣のせいで一年切り上げ、しかも創立一年目のわたしたちが平均で軽く10以上!?
「なに?」
「つまり、24名の第一期生の半数以上は中級魔術師になるでしょう!もう、王国の魔術史に残る偉業ですよ!」
それは過剰な期待です!
当事者の身としては期待に応えたくもあり……あまり「はあどる」上げないでって言いたくもあるのです!
「……来年の話、しかも可能性の話だろう?教官のひいき目、ということも充分にある。」
この計画が一歩目からつまずいているのでは、という点で、不本意ながら「大佐」とおんなじ感想なんです。
しかもこの計画が叔父様のアイデアに基づいているからには、絶対致命的な欠陥があるのです!
それは幼いころから叔父様の実験とか発明とかに巻き込まれたこの身が知っているのです!
「……もうすぐ3月の後期魔術師レベル認定ですけど、そこでもきっとすごい記録連発ですよ。間違いないです。」
「わたしの現役時代の記録なんか、きっと目じゃないわね。悔しいけど。」
「うむ。」
なのに、ワグナス副主任のお声に学園長も主任もうなずいていらっしゃる?
「……百歩譲ったとして、あのグラデ川を遡上する?あの川には……」
「知っている。河竜がいる。あの、城塞都市バルボアの城壁を一撃で砕いたという大魔獣がな。」
大魔獣!?……さすがは魔境なんです。
そんな魔獣がゴロゴロしてるとは、おそるべしです!
って、そこに行くんですか、わたしたち!?
「そのための冬季実習だった。」
えええ!?
「大魔獣の退治ではないが、あれで、ある程度目算がついた。」
あれの何をもってそうおっしゃられてるか、まったく意味不明の主任の言動です!
ご自分方だって竜亀に呪われて、竜亀になっちゃうところだったじゃないですか!
だからその後の霊獣ゲンブの騒動は、わたしたちの報告書でしか知らないくせに!
「それに。アルグラデ山地にも……いるんですって?」
「…………鶏が先か卵が先か、という論争には付き合わんよ。」
なんでしょう?
この学園長の話を黙殺したのは、さっきまでの女性差別対応とはいささか異なる感じですけど……要は魔獣の対応と、山塞の奪取、どちらが先かってこと?
「いずれにしても、貴官らの計画は、大いに……」
「水陸両用の強襲部隊。これだけでも成功率は格段に跳ね上がる。大佐、あなたはこの意味を理解しているかね?」
「……あまりに意表をついて評価に苦しむ。しかし所詮は少数の、しかも女だけの」
「ゴラオンを装備し、あんたたちが苦戦してるこの連弩が副武装で、しかも20名以上の魔術士、うち10名以上の中級魔術士を含む特務部隊だぞ?数年後にその魔術士の数は200に届く。これほどの魔術士を一つに集めた特務部隊は王国でもかつてない。それに魔力炉を動力とする魔法船団。支援する水兵たちを含めても最大でせいぜい大隊規模だろうが……それゆえに海岸、川沿いでの行動はまさに神出鬼没と言える。ひとたび上陸するや機甲馬車の機動力と防御力がモノを言うことは、これまた冬季実習で立証済み。加えて、ふふふ。まさか『箱入り娘』なんてものまで飛び出して……実戦指揮官には期待できるぞ!」
「箱入り娘」とは数両の機甲馬車を組み合わせた即席のトリデで、搭載したゴラオンや牽引していた機甲馬の支援のもと、大軍相手にも拠点防衛可能な戦術のことです。
立案者はわたしです。えっへん!……実戦指揮官?
え、なんのことです?
「河竜さえ押さえられれば、大陸東岸から一気にアルグラデまでいける!あんたらの、大軍でチマチマ進む計画と比べればはるかに能率的だ。少数故に王国全体への負担は極めて軽微。おそらくは現状の、一部貴族や商会の支援で十分だろう。」
「しかも、卒業一年目、つまり来年こそ魔術師は20名強ですが、以降卒業生は年40名になるでしょう。5年で200人近い魔術師がいるんです!土系の精霊魔術で築城も短期間ですみますし、それなら資材も現地調達です。いえいえ、最悪水も食料も魔術でなんとかなりますし。」
まさかの「活力付与」ですか!?
あれ、禁断の術式じゃないんですか!?
しかも築城って……ひょっとして、ヒュンレイ教官の授業ですか!?
あの叔父様以上の人嫌いが、ちゃんと授業なんかできるんですか!?大いに疑問なんですけど!
こんな感じで論戦は白熱し、続いたのですが。
「……そろそろ時間だな。大尉、貴官らの主張は理解した。いや、一部を除いて、だがな。」
ここまでイスオルン主任がおっしゃった計画をまとめれば、以下になります。
一 エスターセル女子魔法学園卒業生を基幹とした水陸両用の特務部隊設立……ワグナス副主任の
期待によればわたしたちの半数が中級になってることが前提です!
二 大陸東の制海権確保……この辺りにはクラーケンなどの魔獣もいますが、たこ焼き隊の実績を
考えれば容易でしょう。
三 グラデ川河口の港湾都市の奪還……ここを拠点に王都から海運により物資を送るルートが開け
ます!この奪還と防衛戦がわたしたちの「でびゅう戦」予定です。
四 アキシカ各地の魔獣の鎮圧……熟練冒険者さんを放ち、現地調査。もちろんわたしたちもです
けど……でも、ここが一番のカギのようです。そして魔獣を鎮める?そんなことを考え、実行し
ようとするのは……叔父様に決まっています!
五 グラデ川制圧・遡上……四までのことが終わっていれば、これも容易?
六 アルグラデ山塞奪還…‥そして、この作戦の最重要目標がここ!山塞を奪還、改修して、亜人
の軍勢から守り抜くのです!物資の補給はグラデ川の水運が期待できますが、最悪魔術での自給
自足も?ですが……これを実現すれば、亜人の北上を途絶えさせることが!
七 アキシカ遠征 そして、ようやく主力たる南方軍の出番です!遠征案そのものは大佐と同じに
見えますが、大佐案は中央軍を参加させるために遠い王国本土からアキシカへ、しかもアルグラ
デ山地を奪回するのは、アキシカ制圧の後ですから、制圧するためには北上を続ける亜人も相手
にしなければならず、軍、王国の消耗はかなりのもの。
しかし、主任の、いえ、叔父様の案では、先にわたしたちが山塞を占拠しているのです。
ですから亜人の数は限定的、少なくとも現状より劇的に増えることはないのです!
八 終戦……大佐たちコアードは亜人殲滅を掲げ、最終的には南方大陸への逆侵入まで計画してい
ます。しかし叔父様のプランでは、亜人の殲滅ではないのです。あくまで終戦。
既にこの世界の環境に適応し始めている亜人が人里から離れて暮らし、人に害をなさない限り
は放置。魔獣や野獣と同じように、初期対応は軍ではなく冒険者に任せるのです。そして南方大
陸を支配する亜人との交渉による、不可侵協定の締結……一種の共存です。なんて理想主義なん
でしょう、あの人!
でも……そう。叔父様はミレイル・トロウルの変種ミライを信じている。ひょっとしたら彼女
は、人と亜人の仲立ちになってくれるかもしれないのです。
「やはり欠陥だらけではないか?まず、わずか大隊規模の部隊でのアルグラデ奪還とその防衛という戦術的難題。そして一番の問題は、女を戦場に出す、そればかりかむしろこの作戦の要を任せるなど……そこがつまずけばすべて終わり、ということだ。」
「万が一そうなっても失うものは、王国軍全部をかけにするあなたの案よりも少ないのだがな。」
軍事的にはそうかもしれませんが、少しは失われるわたしたちの立場になってほしいのです。
いえ、軍人を目指す身としては、まあ、いいんですけど。複雑なだけで。
「ですが、彼女らの魔術師としての力は我々が……」
「そんなひいき目の曇った保証など、意味がない。」
「……大佐。あなたが思っていらっしゃるほど、女は弱くも愚かでもありませんわ。そして何より……あなた方のつくる世界では、あの子たちには息苦し過ぎるの。」
それは全面的に賛成です!
核人主義コアードの思想では、わたしたちは夢も希望も持たされないのです!
「女は家を守り、子を産み育てるという尊い役割がある。私はそんな女を蔑視しているわけではない。女は尊いものだ。」
「それ、女は家で子どもを産んで育ててれば、後は何もするなって聞こえますけど?」
「子を産むことは女だけの能力だ。人族という種族を維持するのにこれほど重要な行為はない。私はそんな女を尊重してさえいる。そして、その女を守るのが男の能力だ。余計なことは我々男に任せていればよい。」
ですが、大佐のこの言い分……これ、叔父様辺りも言いそうなことです。
つまりは、わたしを大事にするから危ないことはしないでほしい、わたしの夢は僕がかなえてあげるっていう、優しくはあるし愛してもくれてるけれど、でもわたしの夢を勝手に全部かなえないで!
……まあ、大佐の理屈に愛情や優しさが加われば叔父様の言動に近いわけで、主任だってもともとはそっちよりだったんです。
「ひとたび女が世に出て男と同様に働くようになれば、多くの女は女本来の役割を忘れ、子を産むという尊い行為をおろそかにする。結果、その種族は人口が激減し、衰退するだろう。」
わたしは学園長に全面的に賛成なんですけど、でも、この大佐の言い分にはそれなりに説得力があって。
つまり、そう。
叔父様の前世では、少子化が進み人口減少に入って、社会に活力がなくなった、とか。
「だいたい、こうなるのは70年代以前から予測できてたのに、僕の国は50年以上本格的な対策をとってないんだから、為政者の怠慢はすごいね。経済の二重構造とか環境問題とかデジタル化とか、大事なことは何十年前からわかっていても、ちっとも進まない。そんな政治家に投票する国民も、その程度なんだけどね……僕なんか面倒くさがって投票すらしてないからもっとダメなんだけど。」
なんて以前おっしゃられていたのです。
細かい内容はチンプンカンプンですけど、でも、その危険は確かにあるのです。女が社会に出れば、社会は少子化になり衰退する可能性が……。
「その辺りにしておきたまえ。戦略戦術論ならまだしも、ここで女性登用の議論など無意味なことだ。」
何か言いかけた学園長を、中将が遮ります。
思いっきりにらむ学園長です。それを無視して話をまとめる「大佐」。
「……イスオルン大尉。それに……ワグナス教授だったか?まあ、それなりに興味深い話を聞かせてもらったが、漫談としては笑えない、というところか。」
逃げましたね、ちっ、です。
いえ、舌打ちはしませんけれど。
「ふん。作戦案の優劣は一目瞭然なのだがな。斬新過ぎて理解できんのか。」
「うちの生徒の力を評価できないのでしょうか?」
「女をなめてるのよ。」
「一個大隊で、しかも女だけの特務部隊に命運を預ける気には、私でなくともゴメン被るだろうな。いかがですか、中将閣下?」
そして、中将に同意を求める「大佐」……。
「いや、なかなか面白い。」
え?その反応は意外です?まさかの表返り?
「特に在学中から編成・訓練した魔術師をそのまま部隊配備し、独立特務部隊としてアルグラデ奪還……可能であれば大いに面白い。失敗しても、軍全体への損害は確かに軽微……。」
そこ、叔父様が一番自己嫌悪する部分なんですけど!
あんなに落ち込むなら考えなきゃいいのに……。
「よって、その計画の一部は儂が実現してやろう。この学園を接収し、中央軍参謀府直下の部隊を編制することにしよう。」
それはひょっとして……。
「よって、貴様ら、および女生徒は拘禁する。その計画と設備、ゴラオンや魔法船団とやらはいただくことにするが。」
それは期待と正反対の反応です!
結局この中将も家庭以外で「女」は不要なんです!
「閣下、それでは私の戦略が劣るというのですか?」
意外に落ち着いた「大佐」の声です?
「そうではない。ただ、使えるモノは使いたいだけだ……それにそろそろ配置したはずでもある。せっかく運んできたのだ。使わねばなるまい?破城槌を動かせ!学園の壁を破壊する!」
中将の率いる部隊が学園を包囲し、トリデ脇の西の壁には、ついに2基の破城槌の配置が屋上から確認できます。
来ました!
「そんなことはさせません!」
立ち上がり、屋上から叫ぶわたしです。
ここからが、やっと、ようやく、待ちに待った、わたしの、そしてわたしたちの出番なんです!
「みんな、力を貸して!」




