第23章 その10 傷だらけの撤退戦
その10 傷だらけの撤退戦
「撃って!ここで矢を撃ち尽くしても構いません!」
押し寄せるコアードの一団めがけ、即製の土塀から連弩を撃つわたしたちです。
経験豊富な白兵班とは言えわずか四名では、がむしゃらに接近戦を挑むわけにはいきません。
目的はあくまでみんなの撤退支援、時間稼ぎなのですから。
十人以上の黒装束たちは、わたしたちの短矢を受け、次々と倒れていきます。
この元戎という名前の連弩は、威力や射程は通常の弩よりやや劣りますが、10連射もできる優れもので、弾倉交換も極めて簡単!
「錬金術で錬成された部品を使ってる?そうでもなければこれほどの高性能と耐久性はありえないだろうが。」
軍人の娘で兵器にも精通しているケーシェが驚嘆するほどなんです。
そんな彼女は連射を続け、撃ち尽くした弾倉を次々交換し、暗闇も気にせず百発百中!
これ、誇張でもなくほとんど事実!
……まぁ、正確には30発27中くらいですけど。
「ん。でも敵、まだ来る。」
一方、感情を殺しひたすら冷静に撃ち続けるリトです。
小柄な体格に似合わず、実は剣、いえ、カタナをとっては学園最強の武闘派ですが、飛び道具も不得手ではないのです。
魔法騎士を目指す者として飛び道具が得意なのはどうかとも思いましたけど、「魔術も飛び道具」と言い張られれば納得するしかありません。
「しっかし、あいつら、壊れた土塁の破片に隠れやがった。これじゃ、チマチマ撃っても当たんねえぞ!突撃しようぜ、組長!」
で、血の気が多過ぎる、蛮族出身のジーナです。
こっちは大剣がお似合いのクラス一の長身でバンザイ突撃娘でもあります。
魔術師には到底見えず、戦闘種族ノウキンとわたしが命名したのはナイショですけど。
「だめです、ジーナ。ここが敵の押し寄せる隘路だから有利なだけ。広い場所に突撃なんかしたら……」
「そうだ。包囲殲滅の憂き目にあうぞ。我々はあくまで殿軍、隊の目的を見失うな。」
「ん。ジーナ、短気すぎ。」
わたしを始め班のみんなから反対されて、さすがのジーナも諦めます。
「だけどよぉ、矢がもったいねえ。敵さん怖気づいて、物陰から出て来ねえぜ?」
勇猛というより冷徹と言えるコアード兵がかくれてばかり。
前進を食い止めるのには充分以上の効果です。
わたしたちの目的は敵の殺傷ではなく、その行動を遅滞、制限することなのですから。
「狙撃に切り替えて!敵が飛び出し接近するまでは連射を控えます。」
主任の決戦距離教練の成果で、デニーほどではないにしろ距離感覚がかなり身についたわたしたちです。
さらに言えば術式の詠唱よりは連弩の方が楽と言えば楽。
敵が押し寄せれば、矢を撃ち尽くすのは本望ですが、あくまで戦闘を長びかせることができればいいわけです。
そうしていれば、仲間が無事に撤退できるし、そして日蝕だって終わるでしょう。
魔術回路さえ起動すれば、わたしたち魔法兵は魔術で戦えるのですから、戦況は一気に逆転するんです!
わたしたち下級魔術師ですら戦力は軽く倍増、まして教官方が中、上級魔術を行使すれば、圧倒的なんです!
ですが……時間稼ぎも長くは続かず。
「……ちっ、あいつら、味方の死体を盾にして前進始めやがったぜ!」
……大盾をも貫く元戎の短矢ですが、人の体は厚く柔らかいせいかなかなか貫通しない。
とは言え、それを盾にするなんて!?
「合理的だな。戦理には適っている。しかし軍人として認めがたいぞ!」
「ん。好きじゃない。」
確かにわたしたちエスターセル女子魔法学園と彼らコアードは敵。
彼らは開戦以来数時間で、ほぼ一方的に多数の死傷者を出している。
防衛線の土塁を砕かれはしたものの、撤退戦のわずかな時間だけでも、わたしたち白兵班との戦闘でさらに何十人も死傷者。
それでも、仲間の、戦友の死を悼んでいるようにはまったく感じられないのです!
目的のためには仲間も、おそらくは己自身も当たり前のように犠牲になれる。
その死に尊厳はあるのでしょうか!?
倒れた者への感謝も傷付いた者への慰労もない戦いとは、誰にとって意味があるのでしょうか!?
ギリギリギリ……理解できない敵へ、そしてそんな敵から逃げなくてはいけない自分に腹がたち、歯軋りがとまらないわたしです!
「ここを放棄します!」
「組長、逃げるのか!」
「そうです!」
食って掛かるジーナを眼力でねじ伏せ、無表情なリトと悔しさを隠しきれないケーシェを従えて、この場を離れるわたしです!
「追いつかれたら、適宜反撃します。ですが、まずは走って!」
背嚢の外に出していた弾倉も回収せずに、そのまま走り去るのです。
隘路を抜ければそこは高い土塀に囲まれ入り組んだ、即製の迷路になっています。
ヒュンレイ教官の片手間仕事でしょうけど、あの方は人間的にはともかく仕事的にはいい方なのです。
つまり、急ぐ仕事も抜かりはない。
入ったわたしたちが迷いそうなんです。
「んん?→↑↑→↑←↑↑←↑……だった?」
叔父様ならば「それなんのコンボ」って言いそうですけど。
「道なんか覚えてねえよ!っていうか、そんな暇なかっただろ!」
「いや、それでいいはずだぞ。次は左!」
振り返りながら何度か撃てば、追いかけてきたコアードが射貫かれ倒れるのです。
「だが、あいつらにとって死体を追えば正解になっていないか?」
「ん!いやな正解!」
それも、デニーの言うところの「だいいんぐめっせえじ」なんでしょうか?
推理小説では定番だそうですけど、そんなに毎回人死にがでるなんて推理小説とはなんと恐ろしいものなのでしょう?
「でも仕方ないでしょう!追いつかれたら終わりなんですから!」
人海戦術をとられたら、どうせすぐ抜けられるただの迷路なんだし。
急ぎのせいか、罠もなければ魔獣もいない。
そんな迷路を走り続けるわたしたちですが、敵の勢いは落ちることなく、屈強なジーナや俊敏なリト、最近タフになったわたしはともかく、ケーシェが少し遅れ初めて……。
「ケーシェ、背嚢を捨てて!元戎も!許可します!」
「だが戦隊長!?」
「ん、割り切りが肝心。」
「待てよ、俺が持ってやる。なんならお前ごとおぶってやろうか?」
……なんて常識外の怪力でしょう?
ケーシェが断る間もなく、彼女を荷物ごと抱えるジーナは、それでも走る速さはほとんど落ちてない!?
「マッスル?」
「いや、こんなもん、普通だぜ。」
ジーナやリトに言われれる度に「普通」の基準がわからなくなるわたしです。
あの一件以来、『筋力増強』の術式は無詠唱で使えるようになったジーナですが、それ以前にそもそも怪力なのですけど
そんな撤退戦を続けるわたしたちですが、身軽なコアード兵に追いつかれてしまいそうです。
「あれ、去年の?」
「……最初の潜入部隊の!?」
それくらい動きが違うのです。
迷いなく冷静に、淡々とわたしたちを追い詰める、まさに狩人のような執拗さ!
「ここで食い止めます!射撃開始!」
迷宮の曲がり角で迎撃戦です。
せまい通路で逃げ道もない。
向こうは直進しかできずに撃たれるだけ……のはずなのに!
先頭の、革ヨロイもつけない数人の動きが早すぎて!?
「うわ、この距離でよけやがった!?」
「こっちは弾かれたぞ!?」
「ん、反射速度が違う。精鋭。」
多くはかわされ、急所への矢は弾かれる!?
魔術でないからには、回避は可能……とはいえ、そんな兵士はまさに精鋭でしょう。
その数は多くはないけれど、敵の切り札の一つです。
それでも撃ち続ければ数本は命中しているのですが、やはり動きは衰えず。
「げ、短矢の弾倉、もうないのかよ!」
「今のが最後だ!」
ならば仕方がありません。
敵の数も多くはないし、無傷でもない!
「全員、抜剣!」
ついには接近戦に持ち込まれるのです!
ならばこちらから突入です!
「先頭の精鋭を討ち取ったら、撤収の合図をします。その機を逃さないで……突撃ぃ!」
真っ先に切り込んだつもりでしたが、リトがわたしの前に出て、まず敵の一人と斬り結びます!
彼女の愛刀「風切丸」は、術式の加護のない今でもリトの期待に応え、その白刃は風より早く、ひらめくたびに敵兵を切り伏せていくのです!
精鋭相手になんて強さ!
隣のジーナは両手持ちの大剣を振りまわし、男以上の剛力で敵兵たちを一人、二人と吹き飛ばしています!
飛ばされた兵士はそのまま倒れて動かない……ホント、なんて怪力でしょう!
やや後ろにいるケーシェは、敵の攻撃を長剣で受けながし、間合いを詰めさせず、そのスキをついて突きで仕留めます。
二人と比べれば地味ですが、堅実な戦い方です。
いえ、あの二人が非常識なだけで、日蝕の中、敵の精鋭と一対一で勝てる魔術師なんて希少なんですけど。
そしてわたし。
勢いよく飛び出したわりにはやっぱり苦戦?
なにしろ騎士、蛮族、軍人の娘たちと比べれば剣を持って一年未満なんです。
ですが!
「見える……敵の動きが!」
リトのように素早くもなく、ジーナのような怪力もなく、ケーシェほど剣術が身についているわけでもない。
或いは手足に短矢がささったままの敵兵の動きが落ちているおかげでもあるのでしょう。
けれど、それでも今のわたしには、敵の攻撃が見えるのです!
そして、厳しく鍛えられたわたしの体は、わたしの思い通りに動いてくれる!
敵の小剣を何度も打ち払い、体勢を崩したスキに一気に間合いを詰めて喉を一突き!
若いコアード兵は喉から血を吹き上げて崩れ落ちるのです。
反射的に後ずさり、飛び散った血をよけたわたしです。
ぐっ……こみ上げたなにかを押し殺し、襲い掛かる次の兵士と剣を交えます!
ようやく二人の兵士を倒した時には、ほかの三人が先頭集団をほぼ壊滅させています。
「みんな、強いですね。」
「ん。普通。」
「まだまだこれからだぜ!」
「……戦隊長も。剣を学んで一年?よくもまあ、こんな腕利きを倒せたものだ。しかし」
「はい、すぐに撤退です!」
しかし、その後も敵の追撃は続き、矢を失ったわたしたちは何度も敵と戦ったのです。
リトやジーナは、危なげなく一度に何人も引き受け、倒してくれるのですが、剣術が未熟なわたしと疲労が積み重なったケーシェは次第に窮地にたつことが多くなり……。
「また来た。」
「懲りずによく来やがるぜ。何人倒されても平気って、あいつらゾンビかよ?」
「……任務に忠実で犠牲も恐れない兵士、か。敵ながら理想の軍、と言いたいところだが……。」
「……ええ。あれはただの人命軽視でしょう。もっと効率のいい戦い方だってあったし……。」
本来は魔術師のわたしたちですら今は革ヨロイくらいは身に着けているのに、敵兵の多くはそれすら着けていない。
攻城兵器がないのはしかたないとしても、武器だって槍と剣くらいで盾もない。
何より、同じ人族で、戦場に出て亜人と戦いたいと希望するわたしたちを、ただ女だからというだけで全否定する相手です!
戦うべきかどうかの判断ができないのでしょうか!?
戦うことも悔しいし、そんな敵に追いつかれ、追いつめられることも、なんて悔しい!
「……悔しいです。」
「ん……でももうすぐ。」
「お、そろそろこのうっとうしい迷路も終わりか?」
「そうです。次の所が出口です。」
「だが戦隊長……ここであいつらだけでも」
「はい、ケーシェ……このまま追っ手を案内するわけにはいきません!」
逃げたばかりの仲間たちが防戦体制を再構築する前に敵がやってきたら、苦戦は必至。
ここで残る追撃部隊を殲滅せんと決断するわたしたちなんです。
真っ先にわたしたちを追撃してきた部隊も、追いつく度に迎撃されてその数を大きく減じています。
多少距離を離した今のうちに回復すれば、充分に勝機はあるのです!
各自のサイドポーチを開き、緊急キットのポーションを一気飲み!
「ぷはあ。」
ジーナは、なんだかお酒でも飲んでるみたいです。
少しオジサン臭がするのです。
ところが、飲んだ後、少しして……あれ?
「おい……効かねえぞ?不良品かよ。」
「ん。これも。治らない。」
「治癒」や「疲労回復」のポーションを飲んだのに、まったく効き目がないんです!
って……しまった!
「日蝕の間はポーションも無効化されているのです!」
飲んだだけで様々な効果を発揮するポーションも、一種のマジックアイテムとも言えるのです。
傷薬もあったのに、敵が迫る今からではもう遅い!
なんて不注意なわたし!
自分に「液酸」を振りかけたいくらいの大失態です!
「しかし防戦中は効果が確かにあったぞ?」
「あのポーションはヤフネに持たせた携帯用保管庫の中のモノ!ですから効果があったのです。」
「んじゃあ、俺様たちの緊急キットの中身は……」
「全部効果なし?」
「はい。気づかなかったわたしのミスです!ごめんなさい!でも!」
傷つき疲れているわたしたち。
なのに回復もできず、それでも……
「このまま最終防衛拠点にあの部隊を案内するわけにはいきません!」
言い切ります!
残る敵だって、そんなに多くはないのです。
「わかっている。ここは死線を覚悟しても、任務を完遂する場面だ。さすがは戦隊長だ。」
一番疲れているはずのケーシェが真っ先に賛同し、抜剣すれば、
「ん。死ぬ時は一緒……死なないけど。」
リトは相変わらずの無表情で、でも、あの黒曜石のような瞳をキラキラさせて、
「望むところだぜ。俺様は、ぶっちゃけちょっと物足りなかったんだ。」
ジーナは、言葉通り、豪快に笑いながら大剣を構えるのです。
「みんな、ありがとう……では!」
健気なみんなの姿勢に思わず泣きたくなるのをこらえ、そして、わたしは前に出るのです!
愛用の小剣ではなく、敵兵から奪った槍を構えながら。
「ケーシェ!無理はしないで!わたしとあなたは二人の背中を守ればいい!」
狭い迷路の戦闘です。
前衛をリトとジーナに任せ、わたしたちは後衛に回り、迷路の出口を塞ぐのです!
そしていざ、接敵するや、リトの刀術が敵を次々切り伏せ、ジーナの剛力は吹き飛ばし、みるみるその数を減らしてくのです。
さすがはクラスきっての武闘派二人!
しかし数が多い。
二人のスキをついて回り込み、背後から攻撃しようとしたり通路を抜けようとしたり、そんな敵兵もいるのです。
「ケーシェ、そっちは任せます!」
そういう姑息な兵を相手にするのがわたしたちの役目!
わたしはリトの背後に突こうとした兵を引き付け、ケーシェは脱出路に向かう兵士を相手にします。
わたしの相手する兵は、背中を向けたままで、ケーシェに向けた声を聴いて初めてわたしに気づくのです。
「女のくせに、ジャマするな!」
その兵士は小柄で、わたしと年もそう変わらないのでしょう。
黒づくめで槍を持つ様子が、一瞬、若い時のあの人に重なってしまいます。
わたしは、一瞬動きが止まり、背中から攻撃できたチャンスを逃してしまったのです。
でも……叔父様は、アントはそんなことは言わない!
わたしが戦うことをあれほど嫌っていても、それでもわたしの願いを一番わかってくれているのです!
「女だって、かなえたい夢があるんです!あなたたちこそ、なんでジャマするんですか!」
女だから、それだけで魔術師として学ぶことも、戦場で戦うことも、人族の未来を救いたいと願うことも、全部諦めなきゃいけない?
「そんなの、おかしいです!」
わたしの槍がその兵士の心臓を貫く光景が、不思議なくらいゆっくりと映ります。
そして、それはわたしの瞳にずっと映ったままなのです。
肩と脇腹に受けたはずの傷も、全く痛みを感じることもないくらい。
繰り返し、同じ光景を何度も再生する、叔父様の「映像再生」みたいです……
「くぅう!」
いけません!
ケーシェ!?
ケーシェがお腹を槍でさされ、倒れていきます!
「ケーシェ!」
まだ槍を抜けずにいた兵士を突き殺し、ケーシェを支えるわたしです!
「バカ!刺された癖に、何で敵の槍なんかつかんでたんですか!」
敵はあらかた倒れ、残る敵も前衛二人が相手しています。
戦況を見極めるや彼女を横たえて、ポーチから包帯と傷薬をとりだすのです。
まずは血がこぼれる傷跡を押さえ、止血して。
「ケホ……ああしてれば……戦隊長がすぐ倒してくれると思ってな……」
「話さないで!」
「自分で叱っておいて……理不尽だぞ、戦隊長……。」
口から血を吐きながら、口答えをやめないケーシェ。
普段は日に焼けた肌が、どんどん白くなっていくのです。
「少しだけ待って。すぐに手当てして、みんなのところに……」
「ちくしょう!また援軍かよ!」
「ん。きりがない。」
なのに!
黒装束の部隊が向こうから駆けつけてくるのが見えたのです。
何人倒せば、敵は諦めてくれるのでしょう。
何人殺せば、敵はいなくなるのでしょう……。
そんな黒いモヤミヤが、わたしの視界を、心を覆っていくのです。
ケーシェ……助けられないかも。
仲間が、しかもこんな状況で一緒に戦った仲間が死にそうなのに、敵が来る?
わたしを覆うその黒い闇は、きっと絶望という名前なのでしょうか……。
「きゃあ!」
「なんだなんだ、今のかわいい悲鳴?……リトか?」
「ネコ、嫌い!いやぁ!」
え?
リトの悲鳴で黒い霧が切り払われたわたしが目にしたのは……たくさんのネコの群れ?
大きかったり小さかったり、太っていたりやせていたり、でもみんな、あの……
「尻尾が長くて四本足で全身黒くてちっちゃくて夜に目だけが怪しく光ってニャアと鳴く……ネコ。」
ああ、なんということでしょう?
そんなたくさんの、数えきれないネコがどこからともなくやってきて、コアード兵たちをひっかいたり、かみついたり……・
「にゃあ」
そしてわたしのひざ元にいたのは……小さな鈴のついた、赤い首輪をしたネコ!
「クロちゃん!?」
わたしに頭をスリスリする仕草は、こんな場面でなければどんなにか癒されたことでしょう。
「間に合いましたか!」
そして目を向ければ、迷路の脱出路から数人の兵士、いえ、武装した職員さんたちが!
「あ、あなたは図書室の……。」
ユイの知り合いという、司書助手さんです!
公認の資格があれば司書補だそうですが、そうではないので、助手だそうです。
スラリとした長身で長髪で細身の男性は見た目は20代後半くらいの端正な顔立ちです。
その方は背中に背負っていた黒い箱を地面に置いて、中からガラスの小瓶をとりだしたのです。
「これを飲ませて。彼女、重傷だけど、これは高濃度のハイ・ポーションだ。」
「ありがとう!……ケーシェ、しっかりして!」
わたしはハイ・ポーションを受け取るや、すぐにケーシェの口にあてるのです。
「ケホケホ……どうやら助かったらしいな。殿軍に救援をだせるとは、先に脱出した本隊の態勢も整ったということか。一安心だ。」
「……バカ。安心するのはそこですか。」
彼女には最近まで避けられていて、あまり話したことはないのですが、どうやらこの子も立派に困った子のようです。
「そこは軍人の鑑と言ってくれ。」
よくもまあ、ヌケヌケと。
「わたしたちは学生です。せいぜい軍人の卵の鑑、そう呼んであげましょうか。」
「……あまりありがたくないな。遠慮しよう。」
「なんで、革ヨロイで、しかもたった四人で戦ってた俺様たちが無事なのに」
「ん。助けにきた人が……」
「申し訳がない。」
戦いが終わり、ネコたちもいなくなり……。
「ああ、仕方がありません。あなた方を助け、支えるのが私たちの役目です。みんな覚悟してこの場にいるのですから気にしないでください。」
職員の方に戦死者を出してしまったのです。
「即死だったので、ポーションも間に合いませんでしたが、苦痛もなかったのがせめてものことです。」
実は防衛線の戦闘でも、わたしたち生徒が守る西側防塁群は敵の進路からややそれているせいか、犠牲もなく軽傷くらいだったのですが、正面を支えた職員の方はもう数名戦死した方々がいた、と初めて聞きました。
そうです。
わたしたちは戦争をしている。
それが例え理不尽で一方的な敵であっても、戦うからには犠牲が出て当たり前。
幸いにも死にかけていたケーシェは助かりましたが、死ぬのは敵だけではないのです。
亡くなった方は、金属ヨロイをつけた年配の方でした。
「あ……確かヤージンさん?」
「ええ、庭師のヤージンです。彼は裏方で、普段は生徒の皆さんには会わないようにしていたんでけどね。」
仲間の一人がヤージンさんの遺体を担ぎ、歩きだします。
仲間がお亡くなりになったのに、みんな随分……。
「冷淡に見えますか?」
「え!?」
どき。
初対面の人にまであっさり見破られるわたしです。
司書助手さんが、笑みを絶やさないまま話しかけてくるのです。
「あの……。」
「いいえ。でも、我々は昨夜のうちにお別れを済ませてますから。今日は苦しい戦いになるけど、この学園を必ず守る、そのために来た私たちです。彼も皆さんをお助けできて、本望なのです。」
「なんで……なんでそんなにまでして学園を、わたしたちを!?」
すると助手さんは、男性にしては長すぎる金髪を少しかきあげて。
「……ひょっとして?」
「ええ。でも、私は耳が少しとがってるだけで、精霊も見えないし魔術も使えません。弓系の適性が少し高いだけで、ご先祖様の影響はほとんどない……それでも今の王国で生きていくのは、息苦しいのです。コアードなんかに見つかったら、即、粛清されますしね。」
とは言いながら、実年齢は「?」らしく、十年単位で住居を転々としていたとか。
影響がほとんどない?
それ、訂正が必要だと思うのですが。
「学園に雇われたおかげで、今はそれほどでもありませんが、学園の外に滅多に出ないのは、あなたの叔父さんと好い勝負かな。」
あの人は周囲の差別とか無理解とは別にひきこもってるので、少し違うと思いますけど。
自分への差別や無理解もほとんど自業自得ですし。
「学園の職員には、こういう者が意外に多いんですよ。」
……それこそ、叔父様のおかげでしょうか?
わたしは、今ではクラスメイトも、人種の差異とかには随分寛容になりました。
ジーナやアルユンも、ローディアなんかと時々学園所有の迷宮で一緒に訓練してるみたいだし。
みんなも今なら、そういう職員方とも平気にお話しできるって思うんです。
「ははは。ならば、一度試してみますか。でも嫌われたら、クラリスさん、ちゃんと責任とってフォローしてくださいね。」
「それは、頑張ります。」
なんて約束させられたわたしです。
「そして……あと多いのは、あなたたちを陰ながら支えることが目的の人たち。」
ふとヤージンさんの遺体に目を向けた助手さんは、一度目をとじて。
「これ。あなたから、ある生徒に渡して欲しいんです。私には……荷が重い。」
渡されたのは、フクロウさんをかたどった首飾りですけど……。
「なぜわたしに?」
「その子にもそう聞かれちゃいますよね?聞かれたら黙っていられる自信はありませんから、あなたにお願いします。」
それは、死ぬ間際のヤージンさんが、その子の名前とともにわたしにこれを託した、そういう設定にして欲しいって、一方的なお願いなんです。
「後は何もわからないと答えてください。いろいろ背負って、それでもヤージンは彼女の側にいて守ろうとした。あなたにも、その想いをくみ取ってもらえませんか。」
……大人はズルいのです。
あくまで微笑みを絶やさない助手さんは、意外にオシが強くて、わたしは説得されてしまうのです。
「助手さん、自分の名前も教えてくれないし……」
「にゃあ」
「え?クロちゃん?」
救援に駆けつけてくださった職員の方々のおかげで、敵の追撃部隊を殲滅し、本隊と合流、つまり学園の北西にある、地下研究室とその防衛施設に向かったはずのわたしたちです。
なのに……
「なんでわたし、一人だけ?しかもここは……?」
いつの間にか仲間とはぐれ、一緒にいるのは肩にのったクロちゃんだけ……。
まさか!
王国では、ネコは人を惑わし怪異を引き起こすという……。
「あなた……わたしを惑わしたのですか?」
「にゃあ」
クロちゃんは、叫んだわたしの肩から飛び降り、でも足元から去ろうとはしないのです。
辺りには薄い霧が立ち込め、なんだか冷たくて湿っぽい。
そして空はまだ暗いまま。
「誰だい?そこにいるのは?」
そして、その向こうから聞こえてきたのは!
「叔父様!?」
そうです。
その声は、わたしとって、一番聞きたくて、でも時に一番聞きたくないお声なのです。
でも今は……?
もちろんわたしは声が聞こえた方向に走りだしたのです。
「にゃあ」
そんなわたしを追いかけるクロちゃん。
一体、この子はなぜ、なんのためにわたしを?




