第23章 その9 現れた剣士
その9 現れた剣士
「総攻撃だ!」
未だ日蝕が続く闇の中、リーチの声が響き渡り、それをコアードの指揮官たちが復唱するです。
「総攻撃、開始!」
「総がかりだ!一気につぶせ!」
「女を戦わせようとする学園関係者は皆殺しだ!」
「抵抗する者は女と言えども容赦するな!」
そんな戦意のこめられた声が既にわたしたちを威圧するのです。
先ほどまでの整然とした隊列が一変し、瞬時に正門前に組みあがる突撃隊形なのです。
「第一陣、突撃!」
「続けえ!」
総攻撃の声が上がってわずか数秒での正門突破に、時間の流れが何十倍にも加速されたかのようなのです。
今までの待機から急激な開戦という、この変化に完全について行けないわたしたち。
「カタパルト用意!」
ですが、それに対応できるのが主任なのです。
指示を受けた職員の方々があわてて作業に入ります。
「ちっ、いかんな……狙撃弓兵か。」
そんな主任のつぶやきと同時に、敵の最前列に位置した兵士二名が正門に入るや、巨大な長弓を構えるのです。
2m、いえ、2m半はある大弓です!
その前に大盾を構える兵士や後ろに待機する敵軍が見えます。
「総員、あの二名に撃たせるな!撃て!」
「射撃開始!」
しかし、わたしたち生徒の反応は遅れました。
かろうじて職員方の元戎から放たれた短矢が、大盾をも貫き、二人の弓手とそれを守っていたコアードたちを、それこそハリネズミのようにするのですが。
「やられました!」
「たった一矢でカタパルト、全壊です!」
「修理不能!」
間に合わず、二門の投石機は、それぞれ一人の弓手が放った一撃で、轟音と共に完全に粉砕されてしまったのです!
奥に配置していた標的を試射もせずに一撃で?
弓のスキルが恐ろしいことは冬季実習の水上戦で知っていましたが、実際に敵に使われるとかくも恐ろしいのです。
そして、投石機が使用不能になったと知るや、味方の犠牲を一顧だにせず、待ち構えていたコアードの縦隊が一気に正門を突破するのです!
「凄腕スナイパー二人と虎の子キャニスター(対人用散弾)カタパルト二門……トントン、と言うには割りが合わんな。ふん。」
そうです。
開戦と同時に敵の先鋒を討ち取って、多大な戦果と時間を稼ぐはずだったことを考えれば、例え手練れの狙撃弓兵と刺し違えたにしても、痛すぎる損失と言えるでしょう。
「こちらの手の内も読まれていた、か。これは……。」
そこで口をつぐんだ主任ですが、おそらくその次にはこう続いたのでしょう。
苦戦するな、と。
「カタパルトなんて、普通ならこの防衛戦には役立たずだと思われるはずなのに……。」
対人用散弾なんてものを使う容赦ない発想は、同族でなくてもまずありえないと思ったわたしです。
こちらの重要な手札と知って真っ先に狙うなんて……まさか、またスパイでも!?
「違うな。洞察されたのだ。彼奴に」
彼奴。
この場合は、あのコアードの人を指すのでしょう。
主任はいつも叔父様のことをあの男とイヤそうにそう呼んでいます。
そこに感じられるのは、侮蔑と呆れ。
でも、復帰以来の主任からは、ときどき一種の感嘆を感じるときもあったのです。
ですが、今主任の彼奴という言葉からは強い畏怖と感嘆を感じるのです。
主任が叔父様以上に評価する相手なのでしょうか?
「ふん、面白いやら、面白くないやら。戦う相手にも手段にも不足はないが、なにしろ、この戦いは……ある意味代理だからな。」
代理?
鬼の主任が、この人食い狼が代理なのですか!?
ではこの戦いの張本人は誰なんでしょう?
まさか学園長のことでしょうか?
確かに学園を率いて戦いになるのは学園長で、主任はその参謀長兼指揮官代行と考えるべきなのでしょう。
ですが、それは立場上はともかく、なんだか違和感がぬぐえないのです。
「閣下ぁ、空堀が突破されそうです!」
デニーが悲鳴のような声を挙げます。
目を向ければ第一の防衛線が、大した時間も稼げずあっさりよじ登られているのです。
深い空堀を登り損ねた敵兵が何人も底で杭ざしになったり毒蛇に襲われたりしてますが、多くの兵は勢いを落とすことなく第二防衛線に向っているのです!
「みんな、あわてないで!落ち着いて確実に狙いなさい!」
敵は軽装ながら黒装束で、日蝕の闇の中では夜間迷彩のようなもの。
しかも生徒の中には、やはり同族相手の狙撃にはためらいがある子が多いのです。
「ん。敵の矢、当たらない。」
「狙いを正確にしろ!」
わたしの声を受けて、リトやケーシェも仲間に呼びかけてくれます。
暗闇を苦にせず、リトもケーシェも一射するごとに敵兵を撃ち倒していきます。
リトもですが、冬季実習以来の経験でケーシェも夜目がきくようになったようです。
「そうです!防衛戦は守る方が圧倒的に有利です。自信を持って!」
数少ない敵の弓兵は、暗い空の下、低い位置から、しかも隠蔽されてる
わたしたちへ向けての射撃ですから、まったくと言っていいほど当たらない。
精々、土塁に弾かれるだけだし、露出した長弓兵の射撃姿勢はこちらからすればいい標的です。
「あれは囮だ。放っておけ、どうせ当たらん。」
「え?ですが、主任!?」
「盾兵のいない中、あの速さで押し寄せられる方が危険だ。狙いは槍兵に絞れ!」
「は、はい!」
敵兵の弓は囮?
あんなに堂々と、悠々と射ってるのに……いくら命じられたからって死ぬのは怖くないのでしょうか?
いいえ、あの、昨年の襲撃でそういう相手だって知ってたはずなのに、わたしは甘い!
「ヤージン!お前の班は弓兵を狙え!しかし職員、生徒は槍兵の足を止めろ!」
「おうさ!」
「「了解です!」」
「「「「はい、主任!」」」」
ヤージンさん、というのはジェフィが知ってた、少しご年配の庭師さんでした。
庭師だけでなく、きっと学園の防衛のお仕事もなさっているのです。
この班の方たちはみんな金属ヨロイを着込んだ重装歩兵ですが、接敵されるまでは元戎を使っての防戦も担当しているのです。
「クラリス、生徒たちの白兵班の用意はどうだ?」
「はい!武装は革ヨロイ、武装は各個ですが、わたしを含めた4名が出撃可能です!」
「ふん、出撃はないが……まずは射撃による、敵の足止めが優先だ。しかし、もしもの場合は、西防塁への侵入を断固阻止しろ!」
「了解です!」
そうです。
レンやリルたちが襲われたら、魔術も使えない今、抵抗すらできずに殺されてしまいます。
絶対に守って見せます!
……ですが戦闘に寮生みんなを参加させたことに、微かな後悔を感じたわたしです。
白兵ができる実戦派だけで参加するべきだったかもしれない……そんな想いが胸中からあふれそうになるのです。
「では、クラリスはこれより西防塁の防戦に専念いたします!」
「うむ……頼んだぞ。」
互いに魔法兵式の敬礼を交わすわたしたち。
陸兵式の直線的なものとは異なり、曲線を描きながらの優美な動作です。
もちろん元軍人の主任の敬礼はお見事なもので、そして、珍しく穏やかにすら見える笑みを浮かべていらっしゃって。
危機になるほど、穏やかになられる、わたしなんかと違って、なんて指揮官らしい態度でしょう。
見習わなくてはいけません。
「はい、お任せください、主任!……ご武運を!」
生意気にもこう返したわたしに、主任は破顔一笑されたのです。
いつもこんなに穏やかならわたしたちも安心なんですけど……戦場の方が授業よりも優しくなるって、絶対へンです!
「閣下ぁ!」
中央の土塁群から西防塁に駆け付けたわたしに、デニーが泣きついてきます。
この子、こういうところが参謀向きじゃないのです。
「随分敵が近づいてきたよ~。」
そんな声を挙げながらも、それでもリルは手は止めずに射撃を続けています。
「まだ大丈夫ですよ。大丈夫。」
できるだけ落ち着いた声で繰り返し、主任の真似をしてみんなに笑いかけるわたしです。
「ユイ、けが人は?」
「……いません。」
「ヤフネ、矢は、ポーションは?」
「まだ充分残ってます。」
「ほら。まだまだ戦えます。みんなは目の前の敵を撃つことだけに集中して。戦いは始まったばかりですけど、日蝕はあと2時間ちょっとで終わるでしょうし。」
さっきまでとは打って変わって、開戦するや急展開についていけない仲間たちです。
浮足だたないよう、多少楽観的に言い換えて。
「ああ、また外しちまった!」
「足止めだけでも充分効果的です。そのまま続けてください。」
失敗して大げさに騒ぐジーナはこう言いくるめて。
「当たったよ!一人やっつけた!」
「その調子です。ピピュルは弩の才能もあるんですね。」
いつも自信なさげなピピュルはここぞとばかり褒めて。
「戦隊長はん、敵兵がそろそろ第三防衛線においでやすようです。」
「ジェフィ、デニーと相談して効果的な射線配置に修正!急いで!」
有能で図太いジェフィには遠慮なく押し付ける。
「レン、体調はどう?ムリしてませんか?ソニエラ、敵に大きな変化はありませんか?」
「……平気なの。」
「コアード兵は、次々押し寄せてきます!ですが変わった動きはないようです。相変わらずの力攻めです!」
「そうですか。変化があったら教えてください。」
まあ、そうでしょうけど。
まさかこの短時間で壁を超える手段が見つかるわけもなく、敵の攻め口は、無防備に開いたこの正門だけ。
日蝕が終わる前に攻めなくてはいけない敵としては、要塞攻略の手は限られているのです。
だから強引なまでの勢いで押し寄せてくる。
主任はざっと500人と言ってけど、もっと多そうな気がしますけど。
でも、一見押されてるわたしたちですが、この場さえしのげば、日蝕も終わり魔術が使えるようになる!
そうすれば一気に反撃なんです!
「だから敵の勢いに押されないで!矢が当たった外れたって騒がないで!冷静に、正確に、自分の仕事に集中して!」
そう、それが例え同族と戦うことであっても、この戦いの先にしか、わたしが、わたしたちこの学園のみんながたどり着きたい未来がないのですから。
その後、激しい戦闘が続き、わたしたちはひたすら押し寄せる敵兵たちに短矢を射続けました。
錬金術の技術を用いたという元戎は、精密なつくりなのに故障もせず、弾倉を何度も交換して敵を撃ち倒すわたしたちです。
リトは冷静で容赦なく、リルはこんな時でも元気なままで戦っています。
レンは良くない体調を押したまま見張り台から報告を続け、デニーは時々悲鳴を上げながらもジェフィとともに戦況を分析しています。
そしてわたしも……時にみんなを励まし、時に叱りながら、何人もの敵兵を撃ち抜いていくのです。
そう、同じ人族を何人も。ですが、この罪悪感も後悔も、全ては生き残ってから。
学園を卒業して、教官方の期待に応えて、いつの日か、この戦いそのものを終わらせるまでは、押し殺すしかないのです。
償いは、その後に、必ず……。
「閣下、敵の勢いが随分落ちましたね!」
「ヤツら、みんな土塁から滑り落ちてるよ。」
第三防衛線、つまりわたしたちが守る目の前の土塁ですが、デニーやリルの言う通り、ほとんどの兵士が坂を上る途中で滑り、下の内堀に落下……毒の中に。
何人もそのまま浮かんで動きません。
「油のせい?」
「って言うか、ここの土は他と違って滑りやすいんだ。」
アルユンが言うには、ここの土塁には、火山灰が風化してできた粘土を使っていたらしいのです。
「暗くてわかんなかったけど、よく見りゃ赤っぽいよ。」
元戎を撃つ手も休めず、話すアルユンです。
そして、この土を使ったせいか、第三防衛線となっているこの土塁は非常に高く積み上げることができて、しかも硬くて滑るようです。
ちなみに最初に見た時に油と思ったのは、暗闇の下で見たせいで固められた粘土特有の表面がヌメって見えたから。
「へ~あたいは敵が登ってきたら油に火をつけるって思ってた。」
「バカ?そんなことしたら上にいるこっちが焼けちゃうじゃない。」
……わたしもバカでしたけど。
ちなみにホントは全部石垣にする予定だったのですが
「ふん、ヒュンレイが用意した石のほとんどを防衛用迷宮の増築に使いやがってな……あっちには敵兵は行かんのに。まあ、ヤツが言うには攻城兵器もない相手ならこっちの方がいいとのことなのだが。」
なんて主任がこぼしていたのです。
ヒュンレイ教官、マリアさんのお弁当、ちゃんと食べたでしょうか?
そのうち、どうあがいても第三防衛線の土塁を登れず犠牲が増えるばかりと悟った敵は撤収していきます。
多くの死体を残したまま、学園の敷地から去っていくのです。
「来た時もすごかったですが……」
「退く時もまた、あないに早いとは……」
「でも、あっさり逃げて行ったんだよ?」
「諦めがいいだけではないか?」
みんなも呆気にとられ、追い討ちがどうこう考えるスキはまるでなし。
「諦めがいい?いいえ、不利を悟って一度引いただけ。判断が早い、強敵です。」
それでも、ようやくひと息つける時間です。
まだ戦闘配置中なのに、こんな話ができるのは、余裕ができたのか現実逃避なのか、微妙です。
あちこちで倒れた敵の苦痛を押し殺した声や堀に落ちて暴れる音がまだ聞こえているけれど、
「みんな、休める時に休むのも重要な任務です。交代で回復してください。」
味方はそんな中でもわたしの指示通り、かわるがわる水や「活力付与」、「疲労回復」を飲んで……みんなも随分図太くなったんです。
「あいつらあのまま逃げちゃえばいいのに。」
コアード兵たちは、正門前の大通りで、整列し、未だ戦闘隊形を崩しません。
ちっ、です、いえ、舌打ちはしませんけれど。
本当に逃げてほしいのですが、うかつにそんな本音は言えません。
「リル、そういう楽観論がいかんのだ!」
「そうです!もっと真剣に!」
……ホラ。
ケーシェやらヤフネやら、口うる……いえいえ、頼りがいのあるしっかり者が戒めてくれるのです。
「そう……これで終ってくれるような、甘い敵ではないのです。」
普通に考えれば、王都に攻城兵器を持ち込めたわけはなく、他の軍施設から奪う間もなくエスターセル女子魔法学園に戦力を集中したコアード軍に、この防衛線を正面から突破する術はないのです。
ならば……他の門から?
或いはまた壁を越えて?
ですが、敵をここに引き寄せるために他の防備は偏執的なまでに固く、短時間で容易く突破されるようなものではありません。
「ですが閣下、このままにらみあいが続けば……そのうち太陽も」
「んん。いつもと違う。」
「いつ終わるかわかりまへんいうことかもしれませんな。ややこしいことです。」
「そうなの~♡でも、この暗闇でもファラのかわいさは隠せないの~♡」
約一名意味不明の発言が交じってますけど、そういう可能性もゼロではないのです。
最悪なんか考えたらキリがありませんが、このまま日蝕が終わらず、もう術式が使えないなんてことになれば、魔術の支援もない人族の軍は亜人にあっさり破れてしまうかもしれません。
「クラリス、考えすぎはよくないよ?今はここで学園を守んなきゃダメなんでしょ?」
「……ありがとう、リル。そうですね。まずはコアードから学園を守ることです!」
そうです。
いつかかなえたい理想に近付くには、目の前のことを一つ一つ片付けるしかないのです。
「みんな、第二波攻撃に備えて、待機を続けてください!まだ回復、補給が終わっていない子は急いで!」
「「「「はい、戦隊長!」」」」
そんな膠着状態は、しかしあっさりと終わりを告げたのです。
(クラリス、きっとあの人が来るって思うの。ううん、感じるの。)
怯えを隠しきれないレンの思念波が直接わたしとリトに届くのです。
(リーチ特務曹長と叔父様が呼んだ人ですか!?)
(……タイト師と互角に戦った、あの剣士?)
そう。
そして、狼獣人の血をひくメルを獣人化にまで追い込んだ、おそるべき敵です!
(ですが……剣技はともかく、あの人、そんな破壊力を持ったスキルは使っていないのでは?)
(……んん。きっと武器。)
武器。
戦闘スキルは、使用者自身に加えて、そのふるう武器にも左右されるのです。
例えばタイト・アシカガというサムライさんは、刺斬両用のサーベルでもスキルを使っていましたがあれは例外。
リトのようにカタナでなければサムライのスキルは本来発動しないのです。
そんな具合に、スキルは武器との相性やその性能が大きく影響するはずなのです。
それでは……
(ん。あの剣士、今まで自分の愛剣は使っていない。)
それであんなに強い?
ならば……単身で土塁を破壊できるスキルを使えても!?
「ソニエラ!敵に変化がないか、警戒を厳にして!」
「デニー、みんなの射撃位置を変更!正門に入った敵に一斉射撃できるように!」
「ユイ、けが人の回復、急いで!各ポーションは以後あなたが管理して!」
「ヤフネ、今ある弾倉をみんなに配って!次の攻撃は補充なしで戦えるくらいに!」
「ケーシェ、みんなの元戎の調子を確認、異常があったら調整お願い!」
「それから……」
矢継ぎ早に指示を出し、リーチの襲撃に備えます。
いえ、攻撃される前に打ち倒すのです!
さっきの狙撃弓兵のように、どんな手練れでもこの元戎の一斉射撃をくらえば倒れるに決まっているのです!
「クラリス!」
「戦隊長、正門を越えてきた新手、あれはヤバそうです!」
来た!
自分よりも大きな途轍もない大剣を背負った、人並外れた長身の剣士が悠然と姿を現しました!
「全員、射撃用意!…………狙いはあの剣士です。」
わたしの声でみんなが元戎を構え、土塁からその長い弓床をのぞかせ狙いつけます。
今が好機です。
あの剣士が、おそらくはスキルをふるう。
その威力は不明ですが、それを確かめる前に必ず仕留めなくてはいけません。
リーチが背中の大剣の柄に手をかけました……なんて大きい!
2m近い長身を上回る……でも、あんな大きな剣、抜くまで時間がかかるのです!
だから、今なんです!
「撃てぇ!」
タイミングは完璧!
この日蝕下とは思えないほど集中しているわたしには、全員の短矢がまっすぐリーチに向っていくのがわかるくらいです。
もちろんわたしの放った短矢も!
しかし!
リーチが目にも見えない速さでその大剣を抜き放ち、軽く一振りしただけなのに!
「ウソ!」
「あたいたちの矢が?」
「全部払われた?」
「すごいの~♡」
なんて驚いている場合ではありません!
わたしも驚いてますけど。
「第二射用意!」
そう、彼のスキルの射程も威力も、まだわからない。
もっと土塁に近づかなければ、効果がないのかもしれません。
ならばこの距離で攻撃を続けるだけでも充分足止めくらいはできるはず!
あとはイスオルン主任が手を打ってくだされば!
なのに!
わたしたちがレバーを引き、次の矢を装填する、わずかなスキに!
リーチはその場で大剣を両腕で大きく振りかざし、一気に空を切り裂いたのです!
風の音も聞こえず、何かが切られたわけでもない。
ですが!
「グラグラするよ?」
「崩れる!?」
「土塁が、防塁群が切られた、いえ……砕かれた!?」
強烈な衝撃と猛烈な震動がわたしたちを襲います。
そして足元が崩れていったのです、第三防衛をつくる、この高く積みあがった土塁が!
「総員、退避!」
遠くの城塔からイスオルン主任の叫びが聞こえます!
正面も、東も、この西の防塁群も、全てがあの一太刀で崩れていく?
そんな……上級魔術師の術式でもないのに、一瞬でこれほどの破壊力なんて!?
「閣下ぁ、もうダメです!」
……ですが、ダメ?
いいえ、ここで終るわけにはいかないのです!
防衛線は崩壊しても、みんなまだ生きている!
学園だって残ってる!
日蝕は今すぐ終わるかもしれない!
「主任の指示に従って!避難先は北西の最終防衛拠点です!」
そこには、ゴラオンなどの学園独自兵装を開発し格納した地下研究室があるのです。
「ジェフィ、みんなを率いてください!」
学園内は今、迷路のようで、誰かが冷静に先導してくれないと、動揺したみんなはバラバラになりそうです。
「……了解です、戦隊長はん!」
あのいつもの細い目を開き、きれいな瞳を見せて敬礼するジェフィはまるで別人に見えます。
きっと任せて大丈夫!
「リル、ソニエラ……レンをお願い!」
「クラリス!?」
「任せて!」
「はい、戦隊長!」
レンは体調不良のまま、今まで頑張ってくれました。
でも退却は一人じゃ不安ですし。
不安そうになんども振り返るレンを、リルたちが引っ張ってくれます。
そして崩れた土塁から逃げながら、
「リト、ジーナ、ケーシェ……わたしたち白兵班は殿軍です!みんなが逃げるまで、ここを死守します!」
スキルを放ったリーチは、疲労したのか正門前から動きません。
しかしその脇を追い越し押し寄せるコアードの兵士たち!
既に防御力のほとんどを失った堀も土塁も次々と突破されるのです。
ですが……そう。
この場、つまり土塁群から校舎の間を縫って北西の最終防衛拠点に向かうには、この入り組んだ迷路を抜けるか、逆方向に向かって北校舎を迂回するしかありません。
しかもそのルートにはヒュンレイ教官がムダに張り切って改築した防衛用迷宮があるのですから、まず安全。
「ん。ここは狭くて守りやすい。」
「一種の隘路だな。なるほど、遅滞戦術には最適だ。」
「ま、俺様はどこだっていいぜぇ。」
気が付けば、リトとジーナは二人がかりで大きな土塊を運び、即製の塀をつくっています……二人の怪力は、日蝕なんて無関係な、もう体質なんでしょう。
「おかげで、これなら元戎での防戦だけでもしばらく持ちこたえられますね。」
「それはそうだが……なんだ、その怪力は?非常識だぞ?」
「ん、普通。」
「ちぇっ、俺様はまどろっこしい射撃戦は飽きたんだけどなぁ。」
さすがは経験豊富な白兵班。
こんな異常で非常な事態でもなんなく適応しています。
ケーシェは少しアヤシイけど。
「先に逃がしたみんなは大丈夫でしょうか?」
押し寄せるコアード兵に元戎を構えながら、みんなの無事を祈るわたしです。
それにしても……叔父様のバカ!
わたしがこんなに困ってるのに、どこで何をしてるんでしょう、あの不良教官は!




